第38話 チカクノ遺跡3


(どうしたもんかなぁ)


 この文字、前時代の文字だから仮に古代文字と呼称するか。

 何故読めるか、と言われたら異世界召喚の言語変換機能のせいだ。だがそれを言ったところでどうにもならない。


「読めるから読める、としか言えないかな」


 説明できない以上単に読めるから、としか言えない。

 仮に彼らに本当のことを話したところでそれが証明される訳でもない。


「そんなの理由になってま――」

「まぁ待てグィン」


 更にグィンが詰め寄ろうとしたのに待ったをかけたのはリーダー格の青年だ。

 そう言えばこの子の名前知らないや。……まぁ機会あるまでリーダー君と心の中で呼んでおこう。


「あんたはこれ、読めるってことでいいんだよな?」

「うん、ちゃんと書いてある部分ならだけどね」

「なら大発見じゃないか! これ発表すれば俺らの成果どころかあんたの方でも国から報酬とかが――」

「あぁ、それは無理だよ」


 盛り上がってるところ悪いが彼の言葉をばっさりと断ち切る。

 残念ながらこれを成果としてあげるならどうしても一つ大きな問題があるからだ。


「なんでさ? あんたが嘘ついたとか適当にでっちあげたとかか?」

「いや、嘘もついてないし適当にでっちあげても無い。俺が読めるは本当だしそこの文字がさっき言ったようなことが書いてあるのも本当。でもね……」


 あまりがっかりさせるようなこと言いたくない。

 でも変に持ち上げられたら後で痛い目見るのは分かりきっている。引くに引けない状況になる前にこのことはしっかり言わないとダメだろう。


「『俺が言ったことが本当であるかどうか』を証明しなくちゃダメなんだって。君らの上の人に『ここの文字は実はこんなこと書かれてました。たまたま現地で会った人が読める人で教えてもらいました』なんて言っても成果として認められると思う? 俺が冒険者ギルドで書いてある事を発見として報告しても同じだよ。自分が読めただけじゃ認めてもらえないんだよ」


 結局この文字がそう書いてあるか判断するために必要な手段は二つ。

 一つは普通に情報を集め客観的に文字を解読すること。もう一つは俺が嘘をついてないと証明すること。

 どちらも出来ない以上、書いてある事が本当であったとしても信憑性は皆無なのだ。


「じゃぁこれは成果には……」

「ならないなぁ。精々読めたと言う人がこう読んだ、ぐらいの参考資料程度じゃないかな」


 まじかー……と皆が総出で項垂れる。

 期待してた分だけダメージも大きいようだ。まぁ自分も発見の報酬が無くなったわけだし、どちらかと言えばあちら寄りではある。

 もしあの文字が秘密の通路の隠し場所とかが書いてあったら、それを見つけることで文字がそう書いてあると証明出来たかもしれない。

 だが流石にあんな標語ではどうにもならない。


「まぁ期待させて悪かったよ。何か見つかったらちゃんと呼ぶからさ。ほら、グィンさんも次行こ、次」


 どうにもこの場にいるのがいたたまれなくなり、グィンを引き連れてそそくさと大部屋を後にする。

 後ろの方から暗くなったー!?と叫び声が聞こえたが……まぁ、うん、魔法の射程外だ。許して欲しい。


「はあぁ……大発見が……」

「まぁまぁ、ヤマルも悪気あったわけじゃないんだし……」


 肩を落として歩くグィンをコロナが宥める。

 そう言えばコロナはグィンに詰め寄られたときも冷静に対処していた。他の人が驚いてた中一人冷静だったのは見事だと思う。

 ……傭兵としての腕だよな? 実は事の重大さがよく分かってないなんてことは流石に無い……と信じたい。


「ここは中央あたりか……」


 大部屋から逃れるように歩いてきたので、中央の通路部分に来たようだ。

 丁度遺跡のど真ん中。先ほどと同様ぐらいの大部屋に、通路を挟んでものすごい小さな部屋が二つ。


「どっちも変な部屋だよね、ここ。今までの部屋と違って部屋っぽくないって言うか……」


 コロナが言うとおりこの三部屋は他の部屋とは構造が違った。

 まず地図の上側の大部屋だが部屋を仕切る壁が半分ほどない。いや、正確には通路側の壁の形状が自分の胸下辺りから頭の上付近までがごっそりなくなっている。

 壁と言うよりはもっと別の用途のためにわざと切り取ったような形だった。

 大部屋の中は逆に何も無く閑散としていた。グィンが言うには先ほどの部屋もだが、持ち出せれるものに関しては研究のためにもう殆どが移設済みらしい。


 そして通路を挟んで反対側にある小部屋二つ。

 こちらは大部屋と逆の異質さだった。

 まず入り口側の壁が厚い。ドアがあったであろう場所から壁の厚みを見ると他の比ではないのだ。

 他の部屋に比べまるで壁を二枚重ねにしたようなぐらいの厚さ。

 だがその厚みに比べると逆に部屋の中はとにかく狭かった。部屋の広さは三畳程しかない。

 そしてこの小部屋、二つとも全く同じ形状だった。それもそれぞれ入り口はあまり離れてない。


「この小さな部屋ってそもそもなんだろう。壁の厚みからすると貴重品入れる倉庫?」

「でもそれだと部屋小さいよね。普通ならもっと大きく作って壁を厚くするし、そもそも何故二部屋……?」

「うーん、不思議……」


 そう言いながらコロナが小部屋の一つへと入っていく。

 しかしこの部屋、本当に何のためにあったんだろうか。……まぁ不明だから未だに不明なんだが。


「グィンさん、この辺で何か不思議なものとかあるんです? さっきの絵とか文字みたいな」

「そうですね。大体よく分からないものばかりなんですが、例えばこの突起なんかこの部屋の何かに関わってるんじゃないか、なんて言われてますね」


 そう言ってグィンは小部屋の入り口の丁度間にある壁のある一点を指差す。

 埃をかぶってたせいか最初分からなかったが、近くでよく見ると確かに薄い突起物があった。


「どうです、実はこれもさっきみたいな文字とかだったりしません?」

「残念だけど文字じゃないね」


 言語翻訳機能が何も反応してないのでこれはただの突起物でしかない。

 形状は逆正三角形の突起物。それが薄い板状の何の中央部に張り付いている。

 しかしこの配置、この突起物。小部屋の位置取りも相まってまさに会社のエレベーターみたいな……。


(……いやいや、ここ異世界だぞ。剣と魔法でファンタジー一直線の世界だぞ)


 浮かぶ可能性にとても嫌な予感が走り、背中に冷たい汗が流れる。

 しかし一度張り付いた疑惑は中々頭から離れない。

 なら疑惑は早めに晴らした方がいいだろう。当たってるにせよ外れてるにせよ、だ。


「ねぇ、そう言えばここ前時代の遺跡って言ってたけど、そもそも前時代って一般的にどんな風に伝わってるの?」


 そのためにまずはグィンにそもそも前時代のことを聞く。

 マヤ文明しかり、往々にして昔の文明が優秀だった話は無いわけではないのだ。


「よく分からない、って言うのが殆どですが、遺跡の規模とか見つかったものからは今よりも高度な文明だったのではないかと言われてますね」


 なるほど、つまりオーパーツみたいなのがあってもおかしくはないと言うことか。

 文明レベルが高度なら、日本にあったようなものが出てくる可能性だってあるだろう。

 だがまだ決まった訳じゃない。そもそもこの逆三角形の形だって日本のエレベーターなら『下に行く』って意味だがこの世界が同じ意味とは限らない。


「コロ、ちょっといい?」

「なぁに?」


 ひょこりと小部屋から出てくるコロナ。

 メモ帳に正三角形描き少し実験をしてみる。


「何も言わずにちょっと付き合って。今からとある絵を見せるから、それを見て思うがままに動いてみて」

「? よくわかんないけどいいよ」


 とりあえず描いた三角形をコロナに見せる。ただしコロナから見て右側が頂点になるように傾けてだ。


「ん~……?」


 やはりよく分からないと言った様子だがコロナは右の方に三歩ほど移動する。

 続けて三角形を逆向きにすると元の場所に戻ってきた。


「これでいいの?」

「うん、ありがと。ちなみに絵を見てどんな風に感じた?」

「こっちに動くように指示出してる感じかなぁ、なんとなくだけど」


 なるほど。少なくとも頂点方向に向けて移動する、と言う概念はこの世界にもあるようだ。

 前時代の人が同じだったかは不明だが、可能性としてならあると思ってもいいだろう。


「グィンさん、ちょっといい?」

「はいはい、何か見つかりましたか?」


 先ほどの一件で微妙に自分の株が上がってるのか、呼ばれたグィンが軽い足取りで寄ってくる。


「この小部屋の入り口周りの壁って洗ったりしたらダメだよね?」

「うーん、あまり素人がしない方が良いとは思いますが……。汚れ落とし程度なら僕たちの班でもやれますけど、人集めた方がいいですか?」

「うん。もちろんやってくれるなら嬉しいけど何も出ない可能性あるから、他の子にはそれはちゃんと説明してね」

「わかりました、ちょっと待っててくださいね」


 そう言うとグィンは先ほどの大部屋の方へと向かっていった。

 彼がいない間こちらはこちらで少し中を調べさせてもらおう。が、その前に……。


「ポチ、ちょっとお手伝いいい?」

「わん!」

「えーと今から俺ここの部屋の中入るんだけど、もしその間にこの部屋辺りから何か妙な音が聞こえたらすぐに教えて欲しいんだ」

「わふっ!!」


 お任せ!と言わんばかりに力強く尻尾を振り一吼えするポチ。

 まぁよっぽどのことが無い限りそんなことはないだろうけど念のための保険だ。


「ヤマル、この部屋のこと何か分かったの?」

「もしかしたら……ってぐらいだけどね。それでちょっと調べるからコロも手伝って」

「うん!」


 ポチを外に待たせコロナと小部屋に入るがやはり狭い。

 だが一応調べるだけ調べておこう。何も無かったらそれはそれ、むしろ今まで見つかってないんだからある方がどうかしてる。


「どこ調べるの?」

「まずはここだな。コロナは反対側ちょっと見てくれる?」


 ここ、と指差したのは内側の入り口部の壁。もしこの小部屋がエレベーターなら階層を指定するボタンかそれに類似する何かがあるはずだ。

 うん、あるはずなんだが……。


(土埃がひどいなぁ、一度は掃除してるんだろうけど……)


 土砂が撤去されてる以上一度は清掃はされているはず。でも調べようとしている場所は指で拭うとすぐに跡がつくぐらいに埃でまみれていた。

 とりあえず《生活の風》を左右の手に一つずつ生成。右手の風は外側に出すように、左手の風は内側に集めるように渦を巻くように操作する。

 そして右手を壁に近づけて埃を飛ばしては左手でそれらをかき集めた。

 本当なら《生活の水》も使って洗い落としたいところだが、流石に遺跡は国の所有物なのでこの程度で抑えておく。

 程なくして左手側の渦が埃で白くなる頃には大雑把だが目の前の埃だけは取れた。さて、何かあるか……。


「ヤマル、それズルくない?」


 すぐ隣から手甲を真っ白にしたコロナが恨めしそうにこちらを見ていた。

 選手交代。すでに埃が落ちた壁の調査をコロナに任せ、自分は反対側の埃を落としに掛かる。


「どう、何か見つかった?」

「ん~、ないかなぁ」


 もう片方の埃を落としながらコロナに問いかけるが残念ながら何も無いようだ。

 まぁ無いものは仕方ない。そもそもこれがエレベーターに似てるからってこっちでも同じのがあるわけではないんだから。

 あくまで可能性。あるかもしれないけど無い確率の方がずっと――


「でも変な壁だよね。ところどころ四角で凸凹してるし」

「いやそれだよ!!」


 慌ててコロナの方に寄り壁を見ると正方形に区切られた突起があった。

 縦方向に全部で四つ。ただ中に何かが書かれてたような跡はあるが完全に読めなくなっている。


「ヤマル狭い……」

「あ、ごめん!」


 気づけばコロナを壁の方に押し付けてしまっていた。

 即座に謝って離れると、コロナはしょうがないなぁと笑って許してくれた。


「で、どうだったの?」

「うーん、多分ってのはあったかな。もう少し調べたいけど……そうだな、コロ。ちょっと俺が下になるから天井の板が外れるか見てくれない? 無理に外さない程度でいいから」


 もしこれがエレベーターなら天井に救出口があるはず。……日本と同じと考えれば、だが。

 あっちでは中からは開かないがここの物ならもしかしたら開くかもしれない。止め具部分が錆びてる可能性もある。


「ヤマル、いい?」

「いつでもいいよー」


 一度しゃがみコロナの足が肩に乗ったのを確認すると、両手を壁に当ててゆっくりと立ち上がる。

 ズシリと脚にかかる重量に思わず膝がガクついてしまう。コロナ本人は軽いのだが、如何せん片手半剣や金属防具に重量があった。

 流石に護衛の仕事をやっている手前、重いからといって外せとは言いづらかった。

 ……それに男としての小さな見栄もあったし。


「ヤマル、大丈夫? あと上見たら顔踏むからね」

「分かってるよ」


 やや冷たい声色でコロナから注意されるが流石にそんなことはしない。顔を下に向けたままコロナが天井を調べてる間はぐっと堪える。

 コロナの指示の元右に左に、前に後ろにとよろよろと移動しながらも狭い室内のため調査自体はすぐ終わった。

 結果は白。無理やりぶち破ることは出来そうだが、それ以外では特に外せそうな場所は見受けられなかった。

 飛び降りようとするコロナを押し留め、再び脚を震えさせながらゆっくりとしゃがみこむ。

 流石にエレベーターかもしれない場所で飛び降りは許容できない。丸ごと落ちることはないと思うが、何かの拍子にそれが起こったら目も当てられない。


「よいしょっと……。何も無かったね」

「まぁ早々見つからないもんだからなぁ。流石に無理に壊すわけにもいかないし」


 まだあくまで自分がエレベーターではないかと疑ってる段階だ。もし壊して何もありませんでした、ではごめんなさいで済む話では無くなってくる。

 そして一度小部屋の外に出ると丁度グィンが他のメンバーを連れて戻ってきたところだった。


「お待たせしました。確かこの部屋の入り口周りの壁の汚れを落とせばいいんですよね?」

「なぁ、調査だからやるのは構わないんだが、ここなんかあるのか?」


 至極もっともな意見に連れてこられた研修生たちが一様に頷く。


「えーとね、可能性だけど入り口の上、もしくは小部屋の間あたりに文字があるかもしれないの。あくまでしれないだけだからその調査だね」

「なんであるかもって分かるんだ? やっぱ何か知ってるんじゃないのか?」


 むぅ、確かにそう思われるのも仕方ないか。

 このような行動は何か指針あるからこその行動だ。思いつきだけで言えるようなことでもない。


「以前似たようなの見たことあるんだよ。それと同じものかの確認だね」

「なるほどなぁ。まぁこっちは元々手詰まりに近いんだ、可能性あるならやらない手はないな。あぁ、あるかないか確認できたらそれが何なのかは教えてくれよ?」

「分かった。手伝ってもらってるし、情報の共有はしなきゃね」


 互いの利害が一致したところで行動開始だ。

 リーダー君の指示の下、他の研修生たちが言われた通り壁の汚れ落としにとりかかる。


「さてと、今のうちにもう一つ見てくるか。コロ、ポチ、グィンさん、一緒に来てくれる?」


 流石に作業中ではいても邪魔になるし、今のうちにもう一つ気になる場所を調べよう。

 ここに来るまでは気にも止めてなかったが、仮に小部屋がエレベーターだとしたらあの場所にはアレがあるかもしれない。


「良いですよ、どちらに?」

「この階の入り口」


 入り口?とグィンとコロナが首を傾げる中、目的地の場所へと向かう。

 最初に降りたったこの遺跡の入り口。遺跡内部からそこを見れば当たり前だが登り階段があるだけだ。


「ヤマルさん、ここですか?」

「うん、ここ」


 頷き歩を進めそのまま登り階段へ迎——わずにその隣、階段のすぐ横の壁を調べる。

 一見すると他の壁と同じ、ただ少しだけ懸念点があった。


「あの、何を……?」

「切れ目がないかなぁ、と思って。コロも一緒に手伝ってくれるかな? もしかしたら壁に縦の切れ目があるかもしれないし」

「壁に切れ目? 亀裂じゃなくて?」

「うん、幅はそこの登り階段と同じぐらい。上の階段と同じと考えるならこの辺に……」


 指で埃を拭いながら調べてると予想通りのものを見つけた。

 土埃で溝が埋まっていたが、間違いなく縦に伸びる切れ目。その切れ目から登り階段の幅と同じぐらいに横に移動すると同じ様に埃に埋もれたもう一つの切れ目を見つける。


「ヤマルさん、これは……?」

「多分シャッターだね」


 しゃったー?と疑問を投げるグィンをよそにその壁を軽く小突く。

 ただし返ってくるのは重い反応だ。薄いシャッターならもっと分かりやすい音がするはず。

 壁とシャッターを交互に小突くが違いが全く分からない。もしかしたらかなり頑丈に作られてるのかもしれない。


「……一旦皆のところに行こう。ちょっと知恵貸して欲しいかも」

「と言うことは何か見つかったんですね?!」

「断定できないけどね。その辺踏まえて皆の知識と意見聞きたいのよ」


 現在のこっちの見方からでは手詰まりになってしまった。

 勝手に何かするわけにもいかないため一度意見交換と行こう。少し話もまとめたいし。


「とりあえずどこから話そうかなぁ……」

「何でもいいと思いますよ。目新しい意見なら皆飛びつくでしょうし!」


 グィンと少し話しながら再びエレベーター(仮)で作業中の研修生らの元へ戻ることにした。





 そして少し離れた場所では……。


「ポチちゃん、わかる?」

「わふ……」


 彼らの話してることが何のことかさっぱりのわんこ二匹。

 話題にあまりついて行けず置いてけぼりになっていたのだが、それに気づくのはもう少し後のことであった。

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