第37話 チカクノ遺跡2


「行ってらっしゃいませ」


 営業スマイルの宿のおばちゃんに見送られ、コロナとポチを引き連れチカクノ遺跡の入り口へと向かう。

 あぁ、街中に目的地あるのは本当に良い。街の外を歩かなくていいから危なくないし。


「何か発見できるといいね」

「そうだなぁ。とは言えもう数十年経ってたら調査もほぼ終わってると思うし、過度な期待はしないほうがいいかもね」

「もぅ、ヤマルは夢がないなぁ。ほぼ終わってるからこそ、見つけたら大発見だよ?」


 しかし発見と言っても具体的に何だろうか。

 分かりやすい宝箱とか古代の遺物っぽいのならいいけど、それ以外となると仮に発見してもスルーしてしまいそうだ。

 まぁ考えても仕方ない。まずは現地行ってどんな感じなのか見てから考え……。


「よぉ、そこのお二人さん。ちょっと待ってもらおうか?」


 不意に後ろから声が掛かる。

 立ち止まり振り替えると眼前にはコロナの後頭部。何?と一瞬思うが、どうやら護衛としてちゃんと前に出てくれたようだ。

 そしてコロナの頭越しに見ると、白衣を着た青年が五人。そう、昨日乗合馬車で一緒になった研修生達だった。


「……何か用?」


 若干険の入った声でコロナが用件を尋ねる。

 若くても齢十五にてBランク傭兵の彼女。もしかしたら何か圧を感じたのか青年達が若干後ろに気圧され始めた。


「待った待った! ちょっと提案ってかお願いがあるんだよ!」

「お願い?」


 慌ててそう釈明する彼らに対し訝しげにコロナが聞き返すと、最初に声をかけてきた青年がそのお願いを話し始める。

 彼らは今回研修生として王都からチカクノ遺跡へやってきた。これは所属する研究室での研修生に対する通例みたいなものらしい。

 言われたことはここで何かしらの成果を挙げると言う事。ただ自分らも知っての通りチカクノ遺跡は王都から近いと言う立地条件や発見後の年数から殆ど調査は終わっており、現在その辺りは細々としか続けられてないらしい。

 そんな中目新しい発見、ましてやまだまだ研修生の彼らでは成果と言える成果など早々挙げれるはずも無く毎年頭を抱える人が続出してるとのことだ。

 そこで彼らのグループは昨日馬車で見た俺達に自らを売り込むことにした。

 遺跡調査と並行してガイドを行いたい。これが彼らのお願いであった。

 最悪調査で成果が挙がらなかったとしても、遺跡のことを広めさせたと言う保険が欲しいと言うことだ。


「それに研修生とは言え俺らは一応学者扱いだ。遺跡に入るのに同行者がいるのは珍しいことじゃないしな」

「あの、ちょっと一個聞きたいんだけど。俺ら二人だけだと遺跡に入れなかったりするの?」

「いや、そんなことはない。ただ一般人……いや、剣持ってるから冒険者か? どっちにしろもし何かあったときや見つけたときに俺らって第三者が証人になれるからさ。悪い話じゃないだろ?」


 なるほど、確かにこの遺跡の情報を教えてくれたりする人が同行してくれるのはありがたい。

 それに彼らは研修生とは言え確かに学者、ここに派遣されるに当たり事前の知識とか情報もきっと仕入れてるだろう。

 半人前とは言え専門家が一緒にいることは心強いことではあるし。


「コロ、どう思う? 俺としては頼まれても大丈夫とは思ったけど……」

「……うん、大丈夫だと思う。多分私だけでも十分倒せるから」


 誰を、とはあえて聞かないでおく。


「うん、じゃぁお願いしようかな」

「よっし、助かった! ありがとな、ガイドはしっかりやるからよ!」


 五人からまるで歓声のような声が上がる。よっぽど切羽詰まってたのかもしれない。

 ともあれ彼らを含めた七人で再び遺跡入り口へと向かうことにした。

 そして歩くことしばし。流石にそう大きくない町の中心部だけありそこまで時間はかからなかった。


「あの柵に囲まれた箱状の建物が遺跡の入り口な。あれ自体も遺跡の一部なんだよ。で、その横の丸太小屋で手続きをしてから中に入るんだ」


 指差し説明する少年が言うように、遺跡の入り口にはぐるっと円状で出来た柵。

 その柵が途切れてる入り口と思しき場所には王都でよく見た王国兵が二名。多分見張りか門番と言ったところだろう。

 そしてその王国兵のすぐ側には小さな丸太小屋があり、今も女子の研修生と思しき数名が中から出てきて遺跡の方へと向かっていった。


「手続きって何するの?」

「確か身分証明と入場料ってとこだな。金は保全の方に回されてるとか先輩が言ってたかな?」


 まるで遊園地とかテーマパークだな、と内心苦笑してしまう。

 そして王国兵の前を横切り全員揃って丸太小屋の中へと入った。

 中は簡素な事務室と言った具合で机と椅子が数点と職員が二名。それ以外は本棚に遺跡の資料と思しき本やよく分からないものが並んでいるぐらいだった。

 そして初老の職員が入ってきたこちらを確認しては、机の上にあった本を広げたままこちらの方へと差し出してくる。

 チラリと見ると名前と職業がずらりと並んでいる。最下段に女性の名前がいくつかあったので、多分入場者のリストだろう。入れ違いに遺跡に入ったのを見かけたし。

 

「はいはい、君達も研修生だね。そちらの二人は?」

「あ、冒険者のパーティーです。今回彼らと一緒に中に入ることになりまして」


 職員に簡単に説明すると彼はすでに慣れているのか、こちらに対して諸注意を行うぐらいだった。

 注意と言っても物は壊さない、中で暴れないなど常識の範囲内で行動するようにとのこと。何かあったときは罰が下るからと念押しされた。


「それとそこのわんちゃんもしっかりと見張っておくようにね。飼い主の責任だからね」


 隠すように今日はカバンにポチを入れてたのだが、物珍しさからか鼻先を隙間から出してたのを見咎められてしまった。

 だがあんまり厳しくないのかはたまた緩いのか、それだけしか言われなかった。


「じゃぁ皆身分証明書出してこの本に名前書いてね。あ、入場料は別々でいいよね?」


 とんとん拍子に手続きが進み、ものの五分もしないうちに許可が下りる。

 元の世界あっち基準だともっと色々厳重だったりするものなのだが、こちらではそうでもないのか。いや、もはや調査が下火のため遺跡としての価値が下がっているのかもしれない。

 他にも遺跡はあるみたいなことをコロナが言ってたし……。


「では良い成果を」


 まぁ成果があるとは思えないが決まり文句みたいなもんなんだろう。

 職員の人の言葉を背に丸太小屋を出ては兵士の横を抜け柵の中へと入る。


「んじゃこっからは別行動だ。流石にガイド五人も要らないだろうし、こっちも調査はしないといけないからな」

「ん、分かった。それで誰が俺らと一緒に来るの?」

「それはもう決めてある。グィン、頼んだぞ」


 言われ一歩前に出てきたのは茶色の短髪の青年だ。

 俺より若干下ぐらいの身長に中肉中背。白衣は着ているが知的というよりは活発な印象を受ける。


「グィンです、よろしくお願いします」

「俺がヤマル、こっちの子がコロナでカバンからはみ出てるのがポチ。紹介遅れたけどよろしくね」


 グィンと手短に自己紹介を済ませ遺跡の中へと入る。

 箱状の建物の中は下りの階段しかなかった。更に奥を見れば階段は踊り場を挟みコの字に折れ曲ったまま更に先へと続いている。


「じゃぁ俺達は先に行くな。また後で」

「ん、そっちも調査頑張ってね」


 調査班の研修生達が先に階段を下りていく。

 そして全員の姿が見えなくなると、グィンがコホンと一つ咳払いをして自身に注目を集め始めた。


「では早速ガイドしたいと思います。このチカクノ遺跡は地下に広がる遺跡、本体はこの下になります。とは言えここも遺跡の一部。例えば今見えてる床、階段、壁に使われてる建材は今の技術では再現不可ですね」


 触っても大丈夫ですよ、と言われたので手始めに近くの壁を触る。

 経年劣化や風化が激しいが、石材や木材ではない。何かの人工化合物のような壁であった。


「これ、何だろうね」

「うーん、金属でもないしなぁ……コンクリは流石に違うし、何かの化合物? ……ダメだ、わかんないや」


 日本の建築に詳しい人だったらもっと詳しく分かったかもしれないが、自分では精々自然物じゃないぐらいしか分からない。

 まぁ魔法がある世界でそっちの技術が使われてたらもはや誰がいてもお手上げではあるが。


「こんくり? かごう……なんでしたっけ?」

「あぁ、気にしないでください。的外れな考えですから」


 グィンが聞き慣れない言葉に興味を示してきたが曖昧な笑顔で誤魔化す。

 そうか、この世界コンクリートはないのか。マルティナも飴の袋見たこと無さそうな様子だったし、化学化合物は無いか認知度が低いと見て良さそうだ。


「では下に行きましょうか。あ、ここからは火は使ってはダメですから注意してくださいね。最低限魔道灯は設置されてますが他に明かりが必要と思ったら自前でお願いします」

「あ、大丈夫。その辺は問題ないよ」


 《生活の光》でソフトボール程のサイズの光の玉を三個生成。眩しすぎない程度に輝度を調整し、一つは自分の近くに、もう一つは少し頭上に、最後の一つは進行方向に配置する。


「昨日の馬車でも思いましたけど、それ便利ですね」

「まぁ明かりだけだけどね。火を使わない安全な光源としては優秀だと思うよ」


 羨ましそうに魔法の光を見るグィンだが、すぐにガイドモードに戻り先導して階段を下りていく。

 踊り場を折り返すようにして更に下に向かうと、地上の光が届かなくなり一層と暗くなっていった。


「さぁ、ここです」


 最後の階段を降り切ると目の前には幅五メートルほどの廊下のような通路があった。

 その廊下は正面方向と左手方向に伸びており、床から延びるように設置された魔道灯の明かりがポツポツと浮かんでいる。まるで電気スタンドのようだ。


「ここがチカクノ遺跡の中心ですね。全地下一階、ここから広がる先全てがこの遺跡になります」

「あれ、ここから下って無いんだ? 他の遺跡もそうなの?」

「いえ、ですが他の遺跡も結構まちまちなんですよ。五階層ある遺跡もあれば、三階層のところもありますし」


 まぁ遺跡と言っても何のためにあるのかで分かれるし、ここは昔の人が一階層で十分と判断した場所なんだろう。

 日本だと一階建ての建物だと何があったか。平屋建ての一軒家? でもここはそんな感じはしないが……。


「とりあえずどうしましょう。見る場所はいくつかありますが」

「んー……いや、まずは全体像見たいかな。その後もっと見たいところ周りたいかも。コロもそれでいい?」

「うん、ヤマルに任せるよ」


 ではこちらに、と言うグィンの後を続くようにまずは正面の通路へとゆっくりと歩き出す。

 しかし上を見ればやや高いものの天井があり、ツルツルの床、横も同じように人工物の壁。

 遺跡は遺跡だけど何かの建物の中と言われた方がしっくりくる。


「左手の壁見てもらえますか?」

「左……壁と、これは土壁?」


 人工物の壁、そしてそこから四角に区切られたような枠内に土が現れていた。

 遺跡内部からするとこの土は自然物過ぎて何かミスマッチなところを感じてしまう。


「土壁じゃなくて土砂ですね。今は内部は綺麗になってますけど、発見された当初はここから土砂が中まで入り込んでたそうです」


 本来ならこの壁に何かはまってたけどそれを突き破って入り込んだってことか。つまりこの壁を境にここを中、土がある部分が外ってことになる。


「グィンさん。ここが発見されたときのことで何か特別なことあったんです?」

「特別なこと……あぁ、そう言えば昔はコロナさんのように武器を持った人が多かったみたいですよ。冒険者らが押し寄せたのもあるんですけど、発見当初にここにゴーレムがいたそうなんです」

「ゴーレム? あまりこの中にゴーレムが入るようなスペースは無いと思うんですけど……」


 スペース無いってこの通路ですら結構なスペースがある。

 この空間ですら足りないとかゴーレムはどれほど大きいのだろうか。


「コロ、ゴーレムって見たこと無いけどそんなに大きいの?」

「私が見たのは小さくても高さは五メートル以上あるし幅もそれぐらいかなぁ。そんなのが手足振り回して場合によっては飛び上がるんだよ。絶対にスペース足りないよ」

「マジでそんなにでかいのか……会いたくないなぁ」

「まぁここにいたゴーレムはもっと小さいみたいですね。昔の人が優秀だったのか、人ぐらいのサイズで金属製だったと言われてます」


 まぁここで動くなら人間サイズじゃないとままならないだろう。

 しかしゴーレムか……止まってる奴でいいから見てみたい気はする。やっぱり動く無機物と言うとどうしてもロボットを連想してしまうし。

 ここのは金属製って話だし、余計にそう思えてしまうのだろう。


「そのせいで武装した人がいることが当時多かったようです。そのゴーレムは最終的には破壊されたようですけど、結構怪我人も出ていたみたいですし」

「ここの守り手だったのかもしれないね、それ」


 ともあれそのゴーレムは討伐され、今は安全が確保されたためグィンのような研修者だけでも中に入ることができるわけか。

 先人の活躍の上で今俺は安全にここを見て回れているわけだし、本当に感謝するしかない。

 ……いや、もしかして他の遺跡行くときなんかそのゴーレムがいる可能性だってあるわけか。それならなるべく遺跡には行かない方向がいいかもしれない。

 コロナがいるとは言え危険に足を突っ込みたくはないし。


「さて、これで大体ぐるっと一周してきましたね」


 そんなこんなで遺跡をぐるりと一周してきた。

 カバンからポチを表に出し中からメモ用の本を取りだす。そして歩いてきた場所、見えたところからこの遺跡のマップをざっくりと書き出した。

 この遺跡は上面図から見ると通路は漢字の『日』のような形だった。正方形を達磨のように積み上げたような形と言えばいいだろうか。

 入り口が『日』の字の右下とすると、グィンに案内されたのはそこから反時計回りにぐるっと一周した形だ。

 目算だが通路の縦方向が百メートルぐらいで横が五十メートルぐらいだろうか。

 通路の外側部には大小の部屋のようなスペースがあり、反対の内側は土で埋まってるところが大部分のため不明。

 ただ左右の通路を繋ぐ中央の渡り廊下っぽい通路では、図面で上側に大部屋っぽいのが一つ、下側に小部屋よりももっと小さいよく分からない部屋が二つ。

 こう見るとこの遺跡、何か部屋っぽいのが多い気がする。いや、部屋かどうかは不明だけど。


「ヤマル、どこ見ていく?」

「そうだな……とりあえず近場から見て回ろうか。何か気になることあったら都度グィンさんに聞くって事で」


 とりあえず入り口の階段から一番近い部屋へと歩を進める。

 向かって右手の部屋、すでに扉は無く開け放たれたままの入り口をくぐると中は真っ暗だった。どうやら魔道灯は通路にしか設置されていないらしい。

 《生活の光》の一つを部屋の中央の天上付近に飛ばすと室内が見渡せるようになった。

 瓦礫で散乱している床、元々ベッドあたりだったのか骨組みだけになっているよく分からないもの。

 壁もヒビが所々入っており、この部屋がどのようなスペースだったのか全く分からない。


「なんだろ、個室?」

「そうですね、コロナさんが言うとおり昔の人の部屋ではないかと言われてるみたいです。実際に見るのは初めてですが……」

「そこの壁から土見えるけど、ここにも土砂が流れてきてたのかもね」


 通路同様に土壁のように壁の一部が土で覆われていた。

 しかし土砂が来たってことはこの遺跡は昔は地階構造では無かったってことなのだろうか。


「グィンさん、研究者の一般論としてこの遺跡って元々外に出てたけど何かの理由で埋まったってことになってますか?」

「そうですね……確か現在ではこの遺跡は埋まったよりは元々地面の中にあった何かの施設ではないか、と言う方がやや優勢でしょうか。その辺りはまだ賛否分かれてますが」

「と言うとなんか根拠あるんですよね?」

「はい。元々地上にあったと主張する側は、『土が遺跡に流れ込んでたのは元々地上にあったためその対応できてなかった』と言ってますね。反対に元々地面の中にあったと主張する側は『そもそもこの遺跡の出入り口は見つかった一つだけであり、仮に地上にあった施設であれば別の出入り口が分かりやすい場所にあるはずだがそんなものは見つかってない』と言ってます」

「それって入り口が埋まってるだけの可能性もあるんじゃ……」

「かもしれません。けど数十年見つかってないのですし、無いと思うのが自然かと」


 入り口かぁ、確かに通路を一周したけどそれっぽいものは見当たらなかった。

 土砂が取り除かれた後だから発見当時より綺麗になっているはずだし、それこそ研究者や学者がずっと見逃してるとは思えない。


「そう言えばこの遺跡ってどんなところなの? 何かの施設ってグィンさん言ったけど、私が見た限りだと宿屋みたいなイメージがあるんですが……」

「それがよく分かってないんですよね。経年劣化と土砂とかで内部のものは殆どないですし……あぁ、そう言えば昔の人が使ってたと思しき絵や文字があるはずです。そこ行ってみましょうか」


 そう言って案内されたのは手製地図で言う右上付近の大部屋だ。

 流石に絵や文字のことは知れ渡ってるらしく、グィンの仲間であろう研修生が数名、それに観光者のような人らが何人かいた。


「お、グィンらも来たか。どうだ、ちゃんとガイドやってるか」


 片手を挙げながら現れたのは最初に声をかけてきた青年だ。

 どうやら彼らもここで調査してるらしい。


「えぇ、問題なく。それよりもそっちは?」

「ダメだな、サッパリだ。まぁこっちはこっちでやるからよ。んであんたらもここ見学か?」

「うん、ここに何か文字とか絵とかあるって教えてくれたからね。見ておこうと思って」


 そうかそうか、と少年が頷くと、部屋の一角を指差した。

 指された位置の壁面に確かに何か絵っぽいのが描かれているが入り口からでは薄暗くてよく分からない。


「何の絵?」

「さぁなぁ、せめてここが何のためにあったか分かればいいんだがなぁ」


 まだ入ってから一時間ぐらいしか経って無さそうだがもうお手上げと言った様子だ。


「部屋暗いなぁ、明るくしてもいい?」

「おぉ、いいぜ。さっきそこの通路お前らが通ったときに見たけどその魔道灯便利そうだよな。一個貸してくれないか?」

「残念だけどこれ魔法だからね。貸せないけど代わりにこの部屋にいる間だけは明るくするよ」


 両手を合わせ再び《生活の光》を使うと同時に手を離しては追加の明かりを出す。

 手の平の間から伸びるように出てきたのは長い筒のような光。白い光を放つそれは日本人にはお馴染みの蛍光灯と言うやつだ。

 別にこんな出し方ではなくてもいいのだが、少しだけカッコつけてしまったのは内緒である。

 それらを三つほど出すと天井に等間隔で貼り付けるように飛ばした。照らされる明かりで室内が一気に見渡せるようになる。


「おぉ、すげぇ」

「え、何あれ? 魔道灯じゃないよね?」


 室内にいた他の面々が驚く中、先ほど見え辛かった絵の方に目を向ける。

 壁に描かれてたであろうそれらは何とか絵ということは分かるものの、ヒビ割れに劣化による色落ちなどからどのような絵なのかはやはり読み取れなかった。

 それでも前時代の人がいた確かな証拠という事実に胸の奥が少し高鳴るのを感じる。


「ヤマル、あれが文字かな?」

「ん、どれ?」


 コロナに服の袖を引っ張られ言われた方を見ると、ちょうど壁画の左下、大よそ目線の高さぐらいの位置に何か書いてあるのが分かった。

 こちらも亀裂などにより文字そのものが脱落したり剥げているため、一見すると先ほどの絵の一部のようにも思える。

 近づきながら目を凝らしては欠けた文字から読み取れる部分だけを声に出す。


「え~と……『食……はしっか……手…洗…う』『借…た…は……場所…戻……』『……仲良………う』。なんだこれ?」


 少なくとも絵の説明ではないと判断する。

 前後の文章から察すると子どもに対する啓発か何かだろうか。ともあれ残念ながら遺跡に対する情報ではない。


「ヤマル、読めるの?」

「掠れてたりしてるからちゃんとは無理かなぁ……。文字の前後からの推察になるけど『食事の前はしっかりと手を洗おう』『借りた物は元の場所に戻そう』『仲良くしよう』辺りだと思うけど……」


 まぁこんなありきたりな内容では何も分からない。

 ともあれ折角だし後で見返すためにも画像ぐらいは残しておいた方がいいかも知れない。


「すいません、ちょっとだけ横に避けてもらってもいいです?」

「あ、はい……」


 何か呆けてる女子研修生を少し横に移動してもらい、スマホで文字の部分を二、三枚カメラに収める。

 カシャリ、カシャリとシャッター音が部屋に響き、最後に少し離れては壁画部分もしっかりと保存した。


「よし、こんなもんかな。じゃぁグィンさん、次の場所に……」


 スマホから目線を外し、次の場所に案内をお願いしようとしたそのときだった。


「いや、次の場所に。じゃないですよ?! アレ読めるんですか?!」


 いきなりものすごい剣幕でグィンがこちらに詰め寄ってくる。

 しかしすぐさま自分と彼との間にコロナが立ちふさがるように入り、グィンは慌てて歩みを止めた。

 しかしそれでもまだ興奮冷めやらぬ様子。なのでなるべく落ち着いた声で彼の問いかけに対して答えることにする。


「え、ちゃんとは読めませんよ。掠れて途切れ途切れですし、この子にも言いましたけど推察交じりですし」

「じゃなくて!」


 これ以上無いぐらい力強くグィンが文字を指差す。


?!」

「何でって……」


 そして気づく一つの可能性。

 もしかしてあの文字、他の人には読めない文字なのではないのだろうか、と。

 そしてそんな他人が読めない文字を自分が読める理由。そんなもの一つしかない。


(ここに来てコレか、すっかり忘れてた……)


 それは自分のみならず異世界召喚者全員に付与されてるであろう言語変換機能。

 こちらに来て会話や読み書きが成立してるのはこれのお陰だ。

 このお陰でよく分からないこちらの文字も日本語を読むようにすらすらと読めている。

 ただし正確に言うならば異世界の文字が日本語に見えるわけではなく、異世界の文字を見たときに日本語の意味として自動で捉えれてると言うのが正しい。


 要するに、だ。自分の目には普段こちらで使ってる文字も目の前の誰も読めないであろう文字もまとめて『異世界の文字』でしかないのだ。

 なまじ言語変換がされるためその違いが判断できないのである。

 まさか他の人が読めないものですら可能になるとは思いつくはずも無く、全員から注がれる視線に心の中で頭を抱えるしか無かった。


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