第33話 《薬草殺し》の実力8

 王都の大通り、道行く人が皆こちらを振り返る。

 ある者は驚きの声をあげ、ある者は称賛混じりに感嘆の声を漏らし、ある者はその注目度に羨望の眼差しを向ける。

 荷台に乗っているのは巨大な猪の魔物。

 一般人でこの魔物を目にかかることは殆ど無い。冒険者や商人ですら荷台に鎮座してる姿を見た者は稀だろう。

 生息域の都合上一般人が見かけないのは当然として、見たことのあるだろう冒険者が驚くのはやはり原型が保たれているからだ。

 基本肉塊になってる筈の魔物。討伐の難度自体はCランクパーティーならば問題ないだろうが、この魔物の特性上ほぼ生け捕りに近い状態なのは稀でしかない。

 一体どのような手段を取ったのか。寿命を迎えたところをたまたま通りかかっただけじゃないのか。

 そんな会話を小耳に挟みながら、『風の爪』一行は荷馬車と並ぶようにして歩いていく。


「いやー、やっぱ大物仕留めたときは気分良いよな。なんかこう、凱旋って感じするじゃん?」

「まぁ私達なんて基本爪弾き者集団みたいなもんだしね」


 一般人から見る冒険者はあまり評判はよろしくない。様々な人材が一番集まる冒険者は粗暴な者が割と多いと見られている。

 ただ実のところその様な人物は多い訳ではない……と思う。まぁ無骨と言うか大雑把と言うか誤解されがちな人間が多いのは確かではあるが。

 その様なイメージが付きまとってしまっているのは、もはや長年蓄積されたものだろう。一朝一夕で拭えるものではないのは皆理解はしていた。


「ヤマルが戦狼運んだときもこうだったの?」

「俺のときは背負ってひぃひぃ言いながらだったし周りあんまし見てなかったから分かんないなぁ。夜だったから人通りもあまりいなかったとは思うけど」


 今回みたいに荷馬車あれば良かったと思うが、あの時は一人だったので呼ぶのは結局無理だったろう。

 離れてる間に他の魔物やスライムに持ってかれる可能性もあるし、他の冒険者に見つかったかもしれない。


「とうちゃーく!!」


 程なくしてもはや見慣れた建物、冒険者ギルドへと到着した。

 すでに噂を聞きつけたのか建物の中から幾人かの冒険者が表に出てくる。


「じゃぁ中で報告してくる。ヤマルは一緒に来てくれ」

「あ、はい!」


 物珍しそうにラッシュボアを触る冒険者とそれを見張る残りのメンバーを横目にラムダンと中に入っていく。

 こちらと同じ依頼を受けた同業者だろうか。明らかに年齢が凸凹の何組ものペアがカウンター前に並んでいた。

 そんな彼らの後ろに並び待っていると何人かの冒険者がラムダンに挨拶しにきた。どの人もラムダンに負けず劣らずといったある種ベテランの風格みたいなのを感じる。

 そんな熟練の冒険者同士の会話を横で聞きながら待つことしばし。

 ようやく順番が回ってくるもののラムダンが慣れた手つきで手早く手続きを済ませてしまった。正直やることが無い、と言うより別に自分いなくても良かったんじゃ……。


「今回はパーティーリーダー同士がいないとダメなんだ。ヤマルはソロだからリーダーってわけじゃないが、まぁ規則みたいなもんだと思ってくれればいいさ」


 思った疑問を投げかけるとそんな答えが返ってくる。

 今回に限らず例えば他パーティーと合同で依頼を受けた場合は、それぞれのリーダーが互いの報告に違いが無いか確認しながら報告するものだそうだ。


「『風の爪』とヤマルのとこはラッシュボアが丸々と魔石が数点、素材が二つか。他のやつらも言ってたがよくあの状態で仕留めれたな?」


 報告してたいつもの男性職員も今回の内容には驚きを隠せないようだ。

 その後も何も問題は無かったかなどの簡単な質問を二、三受けたところで報告は終了となった。報酬については物珍しいものなだけに少し時間がかかるらしい。


「あ、そうだ。待たせたが戦狼の金が来てるぞ」


 カウンターから去ろうとすると、思い出したかのように男性職員に呼び止められた。

 ようやくあの時の報酬が来たらしい、これで少しはマシになるだろう。懐事情が改善されるのは喜ばしい限りである。


「オークションだから今回は明細があるから確認してくれ。まずこれが競りの金額、そしてこっちがギルドへの手間賃だな。運搬やオークション出品費、手数料に初期の血抜きとか諸々だ。その諸経費を差っ引いた額がこれだ」


 ずらっと並ぶ項目と数値。それを見たとたん驚愕し思わず息を飲む。

 書かれていた数値は現状の手持ち金を遥かに上回るものだった。差し引きされた金額ですら当分何もしなくても余裕で生きていける程だ。

 だがこれ程の金額、世話になったギルドを疑いたくはないが適正値だろうか。つい横にいるラムダンに不安な視線を送ってしまう。

 彼はいいのか?とこちらに確認してきたが、頷き許可を出すとその明細を繁々と眺めはじめる。


「競り値かなり高いな、これ。どっかの好事家が落としたのか?」

「まぁそんなとこだな。それ以外は普通だろ?」

「あぁ、あれの手間賃と考えれば妥当なところだな。ヤマル、問題なく受け取っていいぞ」


 ラムダンからの太鼓判を貰ったところで受領書にサインを書きお金を受け取る。

 ずしりとした重みを感じるのはいつぶりだろうか。いそいそとそれをカバンの中へと仕舞いこむ。

 そして職員にお礼を言い表に出ると丁度ラッシュボアがギルド職員らの手によって敷地内に運ばれていくところだった。

 荷台が空になったことで荷馬車の業者もここでお別れ。すでに前金で貰っているらしいので挨拶もそこそこに彼は帰っていった。


「さて、とりあえず今回の依頼はこれにて無事完了だ。晩飯は打ち上げ兼ねて食べに行くつもりだが、ヤマルは時間あるか?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

「なら一度ここで解散した方がいいな。晩飯の時間までまだあるしな」


 そう言うとラムダンは打ち上げ会場になる店と名前と場所、それと時間をこちらに告げる。

 行ったことない場所だったがなんとか分かりそうだ。時間あることだし一度戻って荷物置いてきてもいいかもしれない。


「じゃあ後でな」

「またねー! 遅刻しないようにー!」

「それでは失礼しますね」


 去り行く『風の爪』のメンバーに手を振って見送る。

 さて、とりあえずやりたいことを頭の中で整理だ。そして脳内で効率の良いルートを選定する。


「よし、行こっか」

「わん!」



 ◇



「戻りましたー」

「あら、おかえり。思ったより早かったわね」


 離れてたのは三日だけなのにこのやりとりが妙に懐かしく感じる。それだけ今回のことが濃密だったのかもしれない。

 ラムダンらと別れたのはまだ日が沈むには時間がかかるような時刻だった。

 そのためまずは今回初使用した短剣のメンテ、及び防具を見てもらうため武具屋へ。預けることも考慮してたが特に問題無かったためそのまま持ち帰ることになった。

 そしてその足でそのまま大衆浴場へ。二日風呂に入れなかったし、宿のお手製水瓶風呂では足が伸ばせないためだ。まだ昼間と言う時間帯もあり人は少なく、伸び伸びと入れたのは運が良かったと言えよう。ポチも誰の邪魔になることもなくしっかりと洗えたし。


「ラッシュボア倒したんだって? 中々頑張ったじゃないのさ」

「ほんと情報早いですね……。まぁそれも含め色々経験させてもらいました。行って良かったと思いますよ」


 心から今回は参加出来て良かったと思う。

 熟練したパーティーの戦闘や旅の心得、必要な物など見て聞いて体験出来たのは本当に大きい。


「あら、良かったわねぇ。あ、そうそう。コロナちゃんはまだ来てないから頼まれてた言伝もまだだからね」

「あ、分かりました。また留守にすることありましたら頼むと思いますので宜しくお願いしますね」


 女将さんに頭を下げ再び頼み終えると二階の部屋へと戻る。

 中に入れば変わらぬ簡素な部屋、だが清潔に保たれているのは女将さんがしっかり掃除してくれたからだろう。


「さてと、やることやっちゃいますか」


 正直今ならベッドダイブすれば夢の世界に行ける自信はあった。むしろしたいし中々抗いがたい誘惑である。

 が、それをすると寝過ごすかもしれない。それに今日は多分帰る頃には何も出来なくなるだろう。

 なので今のうちにやるべきことは済ませておく。つまりは……。


「洗濯だ!」


 窓を開けまずは脱いだ防具一式を天日干し。

 靴も動きやすいよう日本の靴に履き替える。使う機会は減ってるしほぼ部屋に置きっぱなしだが、やはり向こうの品物は早々手放せなかった。

 カバンから洗濯物を取り出し女将さんに許可を貰っては中庭へと移動。借りたタライに魔法で出したぬるま湯を入れ回し始める。

 ここのとこ洗濯が得意になってるなぁ、と内心で苦笑しつつ手早く終え、部屋に戻ってはそれらを干す。

 《風と火ドライヤー》で服を乾燥させながらカバンの整理。貴重品は持っていくがいくつかは部屋に備え付けの頑丈なカギ付きの箱にしまいこんだ。

 この間、日本時間にして一時間足らず。中々どうして、異世界暮らしも堂に入ってきたかもしれない。


(さてと……)


 流石に出かけてる間は乾燥はできない。どうあがいても魔法の射程外である。

 集合時間にはまだ早いけど、教えてもらった店は行ったこと無いところだし遅れたら悪い。早めに行って待つぐらいで丁度いいかもしれない。


「ポチ、早いけど行こうか」


 ベッドで寝てたポチに声をかけ部屋の戸締まりをする。

 そして一階で仕事をしている女将さんに再度コロナへの言伝を頼み集合場所へゆっくりと向かうことにした。



 ◇



「それじゃ無事戻ってこれたと言うことで、乾杯!」

『乾杯ー!』


 カン、コンとやや間抜けな音をたてながら祝杯を交わす。

 手に持ってるのは木製のカップだ。ただし中身は人によっては酒と果実水で別れる。なお果実水なのは自分とユミネだけだった。

 現在『風の爪』のメンバーと自分、そしてイーチェを含めた七人でテーブルを囲んでいる。

 人数が多いため店側で個室を用意してもらった。これなら多少騒いでも文句は言われないだろう。


「ヤマル君も無事で良かったわ」

「いえ、皆さんに色々手助けして貰ってたからですし……」

「またまたー、聞いてるわよ? 色々手伝ってくれたりラッシュボア捕まえたり……あ、ポーションも作ってくれたんだって?」


 イーチェのその言葉に反応したのはダンだ。もっちもっちと口いっぱいに肉を頬張りながらそれらを嚥下しては会話に入ってくる。


「あれ、ヤマルポーション作れたのか?」

「そうだぞ。荷馬車取りに行かせたときに渡したポーションはヤマル手製だ」

「はぁ~、全然気づかなかったわ……」


 まぁ見た目だけは普通のポーションだから言われなければ気づかないんだろう。あとは怪我の程度も軽かったため手製ポーションでも全快したと言うこともある。


「で、結局ヤマルくんはフーレとスーリどっち娶るの?」

「「ぶふぉっ?!」」


 いきなりのイーチェの言葉に口に含んだものを盛大に吹き出すフーレとスーリ。

 向かい側で座ってたダンがもろに直撃を食らい、きったねぇぇぇ!と叫びながら顔を抑えている。


「な、な、な……」

「あの、なんでそんな話に……?」


 口をパクパクさせている彼女らとは逆に自分は冷静だったと言えよう。会社のお局様から似たようなことをよく言われ続けていたせいかもしれない。


「やっぱり姉としては女としての幸せも味わってほしいのよね。まぁフーレちゃんもそろそろお年頃だし」

「イチ姉ぇ!!」


 バァン!とフーリが思いっきりテーブルを叩くが当のイーチェはどこ吹く風と言った様子。

 伊達に長女はやっていないということか、付き合いの長さが窺える。


「ほら、それにヤマル君に『お義姉さん』なんて言われてみたかったりもするし? あー、でも『イーチェお義姉ちゃん』なんてのも捨てがたいわねぇ」

「ちゃんづけして呼ばれる歳かぐはっ!?」


 スコーン!と小気味良い音が響きダンが椅子ごと後ろにひっくり返った。

 床に空のカップが転がってることからどうも投げつけられたようだ。全然見えなかったが……。

 とりあえずダンのことは見なかったことにする。


(許せ、ダン。今お前の味方になるのはあまりよろしくない)


 心の中で手合わせ一つと謝罪を告げ、再びイーチェの方へ向き直る。


「でも別に俺なんかじゃなくてもいいのでは? そもそも二人なら選り取り見取りでしょう?」

「まぁ相手選ばなきゃそうなんだけどねー。私も結婚遅かった分色々言われてたから、あまりその苦労させたくないのよね」


 適齢期と言う奴か。こちらでの適齢期がいくつかは知らないが、現在二十四のイーチェが遅かったと言うぐらいだ。

 結婚して何年かは不明だが、二十代前半ですら遅いと言われるほどなんだろう。


「でもこんな弱いのと結婚したら後々苦労しますよ? 甲斐性ないとか絶対近所の人に言われますって」

「あ、あのヤマル。そろそろその辺で……」


 ぷしー、と顔から蒸気が出そうなぐらい赤くなっていたスーリがようやく止めに入る。多分顔が赤いのはお酒が入ってるだけではないだろう。

 しかし今回の依頼であれだけ自分に物理的にくっついて、しかもケロっとしてた子がこういった話で赤くなるのは意外だ。

 まぁ好意を向けられているのはなんとなく気づいていた。だがそれは異性に対するようなものではなくダンに接するような親愛みたいなものだったのも分かっている。

 だから今回こういった話になって戸惑ったのかもしれない。単にこういう話題に慣れていなかっただけの可能性もあるが……。

 そして向こうではフーレが顔を隠すようにちびちびとお酒を飲んでいた。だが会話の内容が気になるのかチラチラとこちらを何度も窺っている。


「ヤマル、ちょっといいか?」


 と、先ほどイーチェの攻撃でひっくり返ってたダンが再び椅子に座りものすごくマジメな顔でこちらを見ていた。

 その顔はここ二日一緒にいたときですら見たことの無い真剣さだ。いつものおちゃらけた雰囲気など微塵も無い。


「ここ数日で一緒に過ごし飯を食った仲だ。だからあえて対等な立場、いや、男として言わせて貰う」


 ゴクリ、と思わず息を呑む。

 まるで刺すような視線、一体ダンは何を言うつもりなのだろうか。


「悪いことは言わねぇ。ハズレと分かってるモンを掴ませるのはさすがに見過ごせなごばっ!?」

「「誰がハズレだ!!」」


 顔面と鳩尾にカップが直撃し錐揉み状態で床に墜落するダン。

 余計なこと言わなきゃいいのに、と視界から消えるダンを横目に、フーレとスーリは互いにがっちりと握手を交わしていた。


(このシーンだけなら仲の良い姉妹で和むんだけどなぁ……)


 流石にあの高速の投擲を見た後では和むに和めない。

 しかしこの一家の女性はやはり腕力に長けているのだろうか。長女から三女まで皆一様に同じように投げて……。


「わふ」

「ん?」


 床でもりもり肉を食べていたポチが不意にこちらのズボンの裾を引っ張る。

 食べ物が無くなったか、と思ったが皿の上にはまだまだ十二分に料理が盛ってあった。

 クイ、クイとポチは個室の入り口を指すように引っ張り続けている。


「……すいません、ちょっとトイレに」


 良く分からないが一度表に出て確認した方がいいだろう。何も無ければそれはそれで良いと思うし。

 皆に断りを入れ個室から出ると店の入り口にフードつきマントを羽織った小柄な人物が店内を覗き見していた。

 その姿に心当たりがあったので急いでそちらに向かう。ポチに良く気づいてくれたと心の中で感謝をしつつその人物の名前を呼んだ。


「コロナさん」

「あ!」


 近づき声をかけるとやはりそこにいたのはコロナだった。

 見知った人物である自分を見つけたからか、彼女は安堵の表情を浮かべている。


「おかえり、用事はもう済んだの?」

「うん。それで女将さんからヤマルさんの伝言聞いて……」


 そう、出るときに女将さんにコロナが今日戻ってきたらこのお店でご飯食べてるから良かったら一緒に、と言伝をしておいたのだ。

 とりあえず彼女が離れていた間のことを大まかに説明、今日はその合同パーティとの打ち上げ会となっていることも伝える。


「私が参加しても大丈夫なの?」

「コロナさんは自分の仲間だし大丈夫だよ。さ、行こう」


 店員に自分の連れであることを告げ個室の方へと向かう。

 ドアを少しだけ開け中を覗くと、再び椅子に座りなおしたダンがユミネに介抱されてる以外は良い感じに盛り上がっているところだった。


「あ、ヤマルくんおっそーい。ほら、座った座った!」


 こちらを見るイーチェがいい感じに出来上がっている。隣の椅子を叩きはよ座れと言わんばかりに座面をバシバシと叩いていた。

 いや、ラムダンもそこはちびちび飲んでないで止めて欲しいところなんだけど……。


「あの、その前にですね。ちょっと自分の連れと言いますか紹介したい人がいまして……同席いいですか?」

「おーおー、ヤマルくんのお友達? いいよー、おねーさんが奢っちゃう!」


 だからラムダン、そこの酒乱妻をそろそろ止めてくれないだろうか。

 ともあれ特に反対も出なかったためドアを開けコロナを部屋の中に招き入れる。

 一斉に注がれる視線にコロナが若干たじろぐものの、意を決したかのように彼女は被っていたフードを取った。

 中から出てくる鮮やかなピンクの髪とぴょこんと突き出した犬耳に全員から感嘆の声が漏れる。


「お~」

「獣人じゃない。この辺じゃ珍しいわね」

「ふわふわ……少し触らせても……」

「はー、可愛い子だあ痛ったぁ!?」


 ユミネが足を踏み抜いたのか、ダンが右足を押さえ蹲っているがとりあえず無視しておく。

 しかしこの短時間で身内四人の女性から攻撃を受けるとは……山中での気配察知や索敵の腕はどこに置いてきたのだろう。


「ヤマル、その子は?」

「あ、えーと……」


 コロナを紹介しようとして目の前の手にそれを遮られた。

 彼女が横目でこちらを見ており、自分でやるから大丈夫と言わんばかりに目線を送っている。


「はじめまして。明日よりヤマルさんのお手伝いをさせてもらいますコロナ=マードッグです」


 よろしくお願いします。と一礼すると室内に広がる拍手の輪。

 自分との初対面のときはもっと口調砕けてた気もするけど、第一印象は大事だし黙っておくことにした。


「コロナちゃんて言うんだ。冒険者……じゃないよね、見かけたことないし」

「所属は傭兵ギルドですね。そっちでヤマルさんに声かけて貰いました」

「へぇ、ってことは剣の腕も自信ありかな? 機会あったらお手合わせしてみたいわね」

「いいですよ。また今度になると思いますけど」


 わいのわいのと女性陣がコロナを囲み女子トークに花を咲かせ始める。

 種族間違うから少しだけ不安だったがどうやら杞憂らしい。


「ヤーマルー」

「ん?」


 ガシ、と肩を組むように腕を回され逃がさないとばかりにダンが詰め寄ってきた。


「あの子マジでどーしたんだよ。傭兵ギルドで引っ掛けたとかマジか?」

「引っ掛けたとか人聞きの悪い。どうしたもこうしたも……ッ?!」


 不意に視線を感じ目線を横にずらすと視界にあまりよろしくないものが飛び込んできた。

 こちらをじーっと見るようにしているのは一番大人しいはずのユミネ。だがその目が怪しく光っている。

 はっきり言おう、超怖い。圧が怖い笑顔が怖い。背中に冷たい汗が流れているのは体が逆らうなと本能的に察しているのだろう。

 そして彼女は胸の前でこちらに小さなジェスチャーを送ってきた。

 異世界言語機能が働いているのか、彼女が何を伝えたいのか寸分違わず読み取れる。

 

 ――変なこと。

 ――吹き込んだら。

 ――射る。


「…………」

「ん、どうした?」

「……すまん。《生活の電ライフ・ボルト》」


 ピッ!?と妙な声と共にダンがその場で崩れ落ちた。そして痺れて動けない彼をユミネに引き渡すと、彼女はとても満足そうな笑みで受け取ってくれた。


(まともな子だと思ったのに……)


 だがこれ以上は首を突っ込むまい。好奇心は猫を殺す、意味も無く危険地帯に足を突っ込む程愚か者になるつもりはない。


「それでヤマル。彼女が明日からお前と組むってことでいいのか?」

「えぇ、そうですよ」

「ふーん……」


 ダンのことは頭から追いやり再びラムダンの方へと向き直る。

 すると何やらラムダンが値踏みでもするようにコロナの顔をしげしげと見つめていた。

 そして手に持った酒を一気に飲み干し、一言だけ彼女に向かって言葉を放つ。


「キズモノでもか?」


 流石にラムダンぐらいになると別ギルドの話も耳にしていたのか。

 その言葉に驚いたのは周りにいた女性陣だ。キズモノの意味を知っているんだろう。

 だがどう声をかけていいかわからなくなった彼女らを尻目に、コロナは問題無いと笑みを浮べる。 


「ご心配いりません。ヤマルさん!」

「は、はい!」


 何故か急に名前を呼ばれ思わず声を詰まらせてしまう。

 そして彼女がこちらの目の前まで歩いてきた。やっぱり小柄なせいか、どうしてもあちらが見上げる形になってしまっている。

 そして彼女は大きく息を吸うと、とんでもない爆弾を落とした。


「キズモノDランク改め、傭兵ギルド所属Bランクのコロナ=マードック。ただいま戻りました!」

「は、え?」


 ……。


 …………。


『ええぇぇ~~~~?!』



 ◇



「まさかランクアップに行ってたなんて……」

「ごめんね、どうしてもこれだけはやっておきたかったの」


 打ち上げの帰り道、ポチを抱きかかえているコロナと並び歩きながら先ほどのことを思い出す。

 あれから場は騒然となりコロナ共々『風の爪』のメンバーにもみくちゃにされた。

 何せBランクだ。冒険者基準ならBランクはベテランの域である。それがあの場で一番年下のコロナがなっているのだから無理も無いだろう。

 事実ラムダンもまさかと言わんばかりにポカンとした顔をしていた。あのいつでも冷静なラムダンがあんな顔をするなんて中々珍しいものを見れたと思う。


「やっぱり元のランクに戻っておきたかったから?」

「それもあるけど……でもヤマルさん守るならBランクの方が箔がつくかなって。それに仕事の方も受け易くなるんじゃないかな?」


 まぁ確かにEランク冒険者とDランク傭兵よりはBランク傭兵が一緒の方が受けやすいかもしれない。

 自分が依頼者なら間違いなくそっちにするだろう。


「でもまぁコロナさんBランクかぁ、すごいね。ランクアップ祝いに何かしてあげよっか? まぁ叶えられる範囲ならだけど……」

「え、うーん……」


 何やら思案する素振りはしているが多分あるんだろう。ちらちらとこちらを窺うように視線を向けてきている。


「いいよ、遠慮せずに言って」

「じゃぁ、えっと……あの人たちみたいに呼び方さん付け無しがいいかなぁ、なんて」


 もっと難しいお願いと思っていたから少しだけ拍子抜けだった。

 とは言え彼女にとってはそれが望みなら叶えるのは吝かではない。


「そんなのでいいの?」

「それがいいの! さっきでも『ヤマル、それ取って』『ん、スーリ。これ?』とか、『ヤマルは酒は飲まないんだね』『そうだね。逆にフーレは結構飲むんだね』とか言ってたでしょ。でも私達パーティーなのに未だに『コロナさん』と『ヤマルさん』だし……」


 あー、さっきのドンちゃん騒ぎで少し疎外感を与えてしまったようだ。

 確かにあのメンバーと比べてはこれから一緒のメンバーに対して少し距離を置きすぎてたかもしれない。


「ん、分かった。俺のことも好きに呼んでいいよ。それで何て呼べばいいかな? コロナちゃんとかコロナとか……」

「あ、えーと……コロ、がいいかも。家族もそう呼んでるし」


 ポチとコロ、なんかワンコセットな……いや、両方ワンコには違いないのでこれはこれでいいのか。

 苦笑しつつ首を縦に振って了解の意を彼女に返す。


「分かった。コロ、明日からよろしくね」

「うん! ヤマルもちゃんと私を引っ張ってってね?」


 

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