第34話 閑話・救世主の週一会議


「では集まったようなのではじめさせてもらいます」


 執事服を着た男性が声を上げると皆そちらへと注目する。

 ここは王城の上層階にある一室。現在複数の人間がテーブルを挟み向かい合うように座っていた。

 本来なら私含め十人いたはずの集まり。だけど今はその半分しかいない。


「スヴェルクさん、足りない人はどしたのー?」


 私の横に座る踊り子の衣装を着た女性――ルーシュが手を上げ進行役である初老の男性であるスヴェルクに質問を投げる。


「セーヴァ殿とラット殿は例の件の調査でドラムス領へと向かわれました。セレブリア殿が一緒になって商人とその護衛みたいな形を取られておりますな」

「シルビアのおばーちゃんは?」

「彼女も呼んだのですが今回は不参加とのこと。まぁ市井の方の情報も集めてもらってますし今回はよろしいでしょう」


 この集まりは異世界からの救世主と呼ばれた十人……正確には九人だったらしい人の集まりだ。

 週に一回、このメンバーで集まり互いに近況報告や情報交換を行う。

 現在皆バラバラで仕事を手伝っているため、せめてもとの願いで許可を下ろしてもらった。


「ではまずは私めから。先ほどの例の件ですが、王妃に例の禁呪の魔道書を用意したのはドラムス伯爵の関係者と言うのは先週お伝えした通りです。そのため本日お見えにならないお三方にはそちらの対応をしてもらっております」


 淡々と事実だけを伝えるスヴェルクだが、一体どうやってあの犯人の痕跡をつきとめたのだろう。

 私のような神託の一種なのだろうか。それとも逆に死者の声が聞こえるとか……。

 ともあれ現状分かってるのはドラムス伯爵付近が犯人と言うだけで証拠も動機もまだ不明らしい。そのためにセーヴァ達が調べに行っているそうだ。


「かの者がしでかさなければ国をここまで混乱させることはなかったはず。その償いはしっかりとさせましょう。……まぁ、個人的にはこちらにこれて良かったとは思いますが。では次にサイファス殿、お願いします」

「む、了解した」


 スヴェルクが椅子に座り、代わりに立ち上がったのは大男と呼ぶに相応しい大戦士サイファス。


「やはり騎士団周りを中心とした練度が不足している。個々の実力はまぁさすが王都と言うだけあって粒はある。だが先の一件で頭を潰されたのが大きかったな。指揮官の不足、目下の問題はこれだ」


 騎士団全体の数で言えば被害は微々たるものなのだが、騎士団長や副団長など上に立つ者が亡くなったせいでまとめ役がいない。

 現状はその次の騎士が団長をしているのだが、その新団長の空いた部分を埋めるために下から昇進、その昇進した者の部分を埋めるために……とスライド形式で一気に動いたため集団としての統率がとれていないのだ。

 しかも引継ぎも何も出来なかったのが更に問題に拍車をかけている。


「俺は戦士だ。個々の鍛錬ならば指導は出来るが集団戦は専門外だ。その辺りはセーヴァの方がまだ得意と思うが……」


 人を率い勇者として世界を救ったセーヴァ。

 勇者の役目を終えてからは一介の騎士になったためその辺りはこの中の誰よりも知っているだろうが現在はいない。


「それにいくら救世主として呼ばれたとは言え、良く分からない人間がいきなり上に立つのは良くない。可能な範囲で育成に励むべきだろう。……戦時でなかったのが本当に救いだ」


 以上だ、と腕を組み着席するサイファス。

 続いてスヴェルクに名前を呼ばれたのは私だった。立ち上がり一礼をして全員の顔を見ながら報告を行う。


「では私から現在のご報告をさせていただきますね。治癒魔法の研究ですが、やはり私の世界とこの世界では違うようで中々難しいみたいです。ですがこの力が使えている以上、何かきっかけがあれば進むとは思うのですが……」

「ふむ、きっかけですか。でしたらアプローチを変えてみるのはいかがでしょう。魔術師ギルドに助力を請うのはダメなのですか?」


 魔術師ギルドとの共同開発。確かにあちらも同じ魔法を扱うので手段としてはありかもしれない。

 だけど……


「提案はしてみますが期待するのは難しいかと。現状攻性系や各種魔道具が魔術師ギルド、浄化系が神殿となっております。治癒魔法があちらで完成した場合、最悪神殿としての存在意義が問われる可能性も……」

 

 もちろん怪我人が癒せることになるのは自身として望ましいのでそのことについて協力を仰ぐのは問題ない。

 だけど目下神殿内における業務、特に力が削がれる事で予算が下り辛くなるのは避けたいところ。傘下施設の孤児院だって結構一杯一杯なのだから。


「まだ始まってすぐの分野でもあります。手探りでやっているので結果はどうしても遅くなってしまうかと……」

「わかりました。そちらで何かありましたら教えてください」


 着席すると代わりに立ち上がったのは私と同じぐらいの身長の男の子。

 彼、リディは現在一番政治の話が集まりやすい場所で働いている。国王代理の側で資料をまとめたり、逆に必要な資料を集めたりしているとのこと。


「えと、まず今後ですが……誰かを王として据える方向になりそう、です。そのことでやっぱり揉めているそうで……」

「やはりですか。現国王代理がそのまま引き継ぐのは無理なのですか?」

「僕達が来る前に、国が落ち着くまでのトップになる代わりに王にはならないって約束したみたいで……。そうしないと他の貴族の人たちが納得してくれなかったそうです」


 あの国王代理がこのままいてくれたら一番のような気もするけど、やっぱり政治の世界は私では分からない部分が多いようだ。

 普通ならバラバラになりそうな貴族を利害関係とは言えちゃんとまとめているのはあの人ならではかもしれない。


「あの、実際王に立候補してる方々がいらっしゃるんですよね?」

「えぇ、やはり国王に近しかった貴族の方……は軒並み亡くなっちゃったので、その人に次ぐ人、あとは今回の件で難を逃れた国王と対立してた人。それと先々代国王のご兄弟の血縁の方とか……後よく分からない隠し子と言う人もいて……」

「やれやれ、内乱にならなければよろしいのですが。国王代理も苦労が絶えませんな」


 それでも未だ不穏な空気が無いのは国王代理の手腕か、はたまた平和な時代のせいか。

 悪い見方をすれば何か起こす前触れでおとなしくしてるのか……。

 何事も無ければいいのにと思う。


「それと、えと、頼まれてました世界地図持って来ました。ちょっと広げますね」


 バサリ、とテーブルの上にリディが用意した世界地図が広げられた。


「この世界、と言うかこの大陸って言うのがこのような形になってます。外側はすべて海、この向こうに何かあるのかまではまだ分かってないみたいです」


 地図には四方を海に囲まれた大陸が描かれていた。縮尺を知らなければ島と言われても気づけなかったかもしれない。

 形は左側が底辺、右側を頂点とした正三角形に丸みをつけたような感じになっている。


「この大陸は三つの国家で成り立っているみたいです。えと、この大陸左下一帯に位置するのが僕達が呼ばれた人王国と王都です。左上が獣人、亜人種からなる獣亜連合国、そして右側には魔族からなる魔国があります。領土は大陸を三等分してるような感じなので、大体均等に近いかと」

「ふむ、実際国家間はどうなのですかな?」

「現在は良好……みたいです。行き来も特に問題ないですね。随分昔にこの三カ国で戦争していたという文献はありましたけど、本当にもう歴史書レベルでの前のことなので……」


 なら外交面では現状維持が今のところ望ましいということ……かな。

 内側がバタバタしているので、そちらの方の問題を片付ける方向で話が進むかもしれない。


「ねぇ、この地図の真ん中は?」


 ルーシュが指す地図の真ん中。

 ぽっかりと空いた丸印とその外を多い囲むような森の表記がされている。


「ここはどの国も所有してません。中央に霊峰と言われるとても高い山があり、その周囲には山を守るように広大な森が広がってます。聖域、神域、地獄への門等々色々言われてるみたいですが、森の中の魔物が強いこともあって調査が殆ど進んでないのが実情です。とりあえず中に入らなければ大丈夫みたいなので、どの国も放置してるみたいです」


 そう言えば天気のいい日に雲を突き抜けるぐらいの高い山がうっすら見えた気がする。

 あれが霊峰、世界の中心。こちらの神殿内でも信仰の対象になっているものでもある。

 なんでも神が住まう地とか……。


「あと、召喚の秘儀についても引き続き調べましたけど……」

「あぁ、確か文献には我々のような存在が過去にもいた、だったか」


 そして続く話題は現在こっそりリディとラットによって調べられているもの。

 ここに来たきっかけ、その術式でもある召喚の秘儀。

 自分達のように呼ばれた人は過去に何人も存在し、その都度窮地を乗り切ったみたいな話をこの間していた。

 仕事が忙しい事もあり中々進まないものの、調査事態は少しずつやってもらっている。


「それで分かったことが一つ。呼ばれる側、つまり僕達みたいに召喚された側に何か共通項があるみたいなんです」

「共通項、ですか……?」

「はい。それが何なのかまではまだ……」


 召喚された側の共通項。

 一見バラバラに見える今回のメンバーでも何か同じ部分があると言うこと。

 いや、今回だけではない。過去の召喚者たちも私達と同じ共通部分があったと言うことになる。


「なのでそちらも引き続き調査してみますね」

「あぁ、無理ない程度にな」

「さて、一応これぐらいですかな。ルーシュ殿、そちらは何か? と言うか普段は何を?」


 私?と自身を指差すルーシュ。

 そう言えば彼女はこの場以外ではあまり見たことが無い。他の人なら見かけることもままあるけど……。


「各種貴族の夜会で踊ってたりしてるよー。結構評判良くてもう引っ張りだこ! 踊って美味しいご飯食べれて中々楽しんでるよー」


 満面の笑みでそう言うルーシュがこの世界を一番楽しんでいるのかもしれない。

 ともあれ彼女は彼女で特技を生かしたことはしているみたいだった。見かけないのは夜に出番が多いからなんだろう。


「では今週はこの辺ですかな。他に何かあれば挙手を」

「あ、はい。一つあります」


 そして会議の最後、皆に言おうとしてたことがあるので手を上げ発言権を貰う。


「この間ヤマルさんが訪ねてこられました。以前聞いていたように今は冒険者やってるみたいでして……」


 その名を聞いたことで場が少しざわつき始める。

 あれ以降音沙汰の無かった人物がようやく見つかったのだから。


「ヤマル無事だったんだ!」

「はい、苦労されているようでしたけど……」

「そうですか、無事で何よりです……ヤマル殿は我々を恨んだりしていませんでしたか?」


 スヴェルクの言葉に首を横に振りそれを否定。

 国王代理らは一時的に外に出てもらったと言っていたらしいけど、彼が追い出されたと言う事はとある別の貴族からも聞いた。能無しだから追い出してやった、などとそんなニュアンスで得意げに話してたと思う。

 その貴族は後に皆の前で何故か髪の毛が全て抜け落ちる事態に陥っていた。もしかしたらこの世界の神罰なのかもしれない。


「それでどうする? ヤマルをこちらで保護するのか?」

「……難しいでしょうな。我らの誰かが個人的に雇おうにも、そもそも生活基盤が我々には……」


 衣食住全て揃っており生活には何一つ不都合はしていない。

 だけどそれ以外が現在持ちえていない。頼めば用意してくれるけど、殆どが現物支給のようなものばかり。

 金銭面に関してはセレブリアが何かしているけど、彼も現在ここにいないため手は打てない。


「ともあれ彼が今も無事に生きていることは朗報です。セレス殿、彼との繋がりを絶たぬようお願いできますかな」

「分かりました」

「ローズマリー殿にも声を掛けておきましょう。彼女でしたら我々よりも会う確率は高いでしょうから」


 それでは今日はここまで、と言うことで今週の集まりが終わる。

 こういったお仕事の話も大事なのは分かっているけど、もっと他愛の無い話もしたいなぁ。なんて思うのはわがままだろうか。

 唯一十人が集まって話してたあのときが一番楽しかった気がする。

 今の周りの人はもちろんいい人ばかりなんだけど……。


「セレス、どしたの?」

「ううん、なんでもないですよ。いきましょうか」


 困っている人を助けたいのは本心だ。けどその反面、これではあちらにいたときとあまり変わりないのではないかと思ってしまう。

 どちらにせよ現状の問題が落ち着くまでは自由に動けないのがもどかしい。


(自由……ヤマルさんは自由なんでしょうか)


 私達が得たものを得られなかった彼、代わりに私達が得られなかったものを得た彼。

 どちらが良いのか答えの出ぬまま、ルーシュと共に部屋を後にした。

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