第32話 《薬草殺し》の実力7


「それじゃ頼むぞ」

「了解、行きますよ。《生活の水ライフ・ウォーター》、《生活の氷ライフ・アイス》」


 魔法で右手から水を地面に巻き、左手ですぐさまそれらを凍らせる。

 スーリがラムダンに進言したのは自分が予想したのとほぼ一緒のことだった。水を張って氷らせてその上を滑らせる。

 まぁ実際かなり力技な気もしないでもないが打てる手があまりない以上やれることはやるだけだ。

 氷はラッシュボアの前から山の麓目掛け少しずつ伸ばしていく。一気にやれるほど魔力も効果範囲も無いのだ。


「じゃぁ周りに気をつけて進むぞ。スーリ、ヤマルを頼む」

「任せてよ。ちゃんと守るからね」

「ポチ、悪いけどお前にも協力してもらうよ。変な感じしたらすぐ吼えてね」

「わん!!」


 ここに来て更なる隊列の変更だ。まぁ運搬するためだから仕方ないと言えば仕方ない。

 力のあるラムダンとフーレがそれぞれ左右の斜め後ろからラッシュボアを押す。

 自分が前で氷を張りながら索敵、その横でスーリが自分の護衛だ。

 更に保険でポチをスーリとは逆方向に配置。無理はさせれないが人数の減った現状ではポチの鼻や耳も頼らせてもらうことにする。

 ポチはポチで頼ってもらえたのが嬉しいのか尻尾を振りつつ息を荒くしていた。気合十分と言った様子である。


「バランス崩れたらすぐに言うからな。その場合即座に退避してくれ」


 ラッシュボアが斜面から転げ落ちたらとにかく避けるよう念を押された。どうせ転がり落ちても元々頑丈だから特に問題ないらしい。


「ヤマル、魔力切れ起こす前に早めに言ってね」

「うん、おかしいと思ったらすぐ言うよ」


 実は当初は氷を張るのはスーリの役目だった。氷系の魔法があるからそれを使えば良いと思っていたらしい。実際自分よりもずっと広範囲を凍らせることが出来る。

 だが試しに撃ったその魔法は運搬には向いていなかった。より正確に言うなら予想通り地面は凍ったのだが、ある一定時間を過ぎたらいきなり砕け霧散したのだ。

 魔術構文からくる攻撃魔法の弊害だろう。自分のように自然解凍するまで無くならないものではなかった。

 そういった諸々の事情が重なり氷を張るのは自分の役目となったのだ。


 各自役割をこなしていきながら四人にしては中々のペースで山の斜面を降りていく。

 あまり魔物が出てこないのはラッシュボアの存在感だろうか。近づくと吹き飛ばされると本能的に察しているのかもしれない。

 また自分が多少慣れてきたこともあるだろう。特に張る氷の幅、厚さ、方向などの精度が上がったのが良かった。

 そして何度かの休憩を挟み太陽が赤くなり沈み始めた頃、ほぼ昼間の時間全てを使いようやく山の麓へと辿り着く。


「よし、休憩挟みたいところだがなるべく街道付近まで移動したい。苦しいだろうがもう少し頑張ってくれ」


 ラムダンですら肩で息を切らす中、この行軍はまだ終わらない。

 夜になると更に危なくなるのは何時の世もどんな場所でも共通のことだ。

 平地になったことでもう下り坂の恩恵は受けれない。山から視野の広がる平野に変わったため、ここからはスーリも後ろから押すことになった。


(俺も押した方がいいんだろうけど……)


 でも一日中魔法を使ってる上、慣れぬ山道に人より少ない体力。ここに運搬も加わったら多分役目が果たせなくなる。

 女の子二人に押させていることに罪悪感を抱きつつも、街道まで氷の道を伸ばしていく。

 辺りが徐々に暗くなり始め、夕日が山に隠れようとした頃。ようやく街道沿いの位置までラッシュボアを運搬し終えることができた。


「よし、皆お疲れ様だ。今日はここでキャンプしてダン達が来るのを待つぞ」


 本日のお仕事終了。

 ……と言うわけにもいかない。まだキャンプの用意が何一つ済んでいないからだ。

 テントなどは無いため今日はここで雑魚寝となる。が、その前にまずは火だ。

 昼間、途中から彼らから預かった枯れ木の束を地面に下ろす。元々フーレが背負っていたのだが運搬の都合で自分が持つことになった。

 ラムダンに指示してもらい各自準備を開始する。

 組み方は昨日ダンがやってたのを思い出し見よう見真似、そのまま《生活の火》で着火しある程度火が強くなればまずは一つ終了だ。

 この頃になると辺りが闇に包まれ始める。火の灯りが周囲を照らすが、街灯すら見えぬ平野でのキャンプは一層不安を駆り立てられる。


「ヤマル、すまんが明かりをこっちにくれるか?」

「あ、分かりました。《生活の光ライフ・ライト》」


 生み出した光球をラムダンの声がする方、丁度ラッシュボアの裏手辺りに飛ばす。高さ二メートル当たりで魔法を固定するとラムダンがラッシュボアの影から姿を現した。

 そのまま彼の移動に追従するように光を移動させ見てみると、どうやら地面に何かを仕込んでいるようだった。

 更に観察してみると昨日見た柄の先が輪になっているナイフを地面に打ち込み、そこに紐を縛り付けている。

 ナイフは丁度キャンプを囲むようにぐるりと設置されており、その間には木の棒のようなものがぶら下げられた紐が張られていた。


(鳴子かな)


 紐に引っかかると音がなるアレだ。まぁ昨日の洞穴と違い警戒方向が全周囲なのだからあれぐらい当然の処置だろう。ダンもいない上に人数も少ないし。


「さぁ、今日は残ったもので豪勢にいくわよ。ヤマル、お水くれる?」

「はいはい、ちょっと待ってね」


 女性陣が食材を調理してきたので言われたとおり鍋に水を入れる。

 それを火に掛け待つことしばし、丁度煮立ってきた頃にラムダンも作業を終え戻ってきた。

 フーレとスーリが手早く配膳を済ませ、漸く皆が腰を落ち着けることができた。


「皆、今日は大変だったが良く頑張ってくれた。ちゃんとした打ち上げは明日やるが、今はそれぞれ自分を労ってほしい」


 乾杯!と手に持ったカップを当てあい互いを労う。

 流石に中身は水だが今はこれで十分だ。昨日も思ったことだが、こうして一緒にご飯を食べるのはいつ以来だろう。

 直近では城で召喚されたときだがそれは例外。その後のラムダンの講習時のときに彼と外で食べたが少し違うだろう。

 その前、つまり日本にいるときか……。


(あまり記憶ないなぁ)


 大学出てから一人暮らし。会社での昼は基本一人だった。落ち着くしそもそも社内で良い様に思われていないのは知っていたし。

 多分大学時代ぐらいまで遡りそうだが良く覚えていない。それぐらい久しぶりと言うことなんだろう。


「ん~、ヤマル。どしたの?」

「いや、なんか楽しいなぁって思って」


 気の良いメンバーに囲まれながら食べるご飯は普段より美味しく感じる。

 明日でこの一時的なパーティーが解散となると思うと寂しい気持ちになるが、今後は自分が作るならこのようなパーティーが良い。

 まずはポチ、そしてコロナ。流石に二人と一匹じゃ寂しいから可能ならもう少し……でも入ってくれる人はいるだろうか。

 そんな当てもない未来予想図を頭に描きつつ、二日目の夜は更けていった。



 ◇



「んじゃスーリ、夜明けまでもうすぐだけどよろしくね」

「うん、ヤマルもお疲れ様」


 まだまだ暗闇が辺りを覆う時間帯、ヤマルと見張りを交代して焚き火の側に座り込む。

 今から夜明けごろまでは自分が見張る番だ。火を絶やさないよう薪をくべながら周囲を警戒する。

 しかし……。


(どうやって時間潰そう……)


 昨日は二人で見張りだったので話し相手がいた。だが今日は人数の都合で一人きりである。

 何かしようにも見張りをさぼることになりかねないので大人しくはしてるのだが、暇なものは暇なのだ。

 何か、せめてこの状態でもできそうなことは……。


(あ、そうだ)


 今日忙しかったため後回しにしていたが、一つ気になることがあったのでそれを考察しよう。

 現在気になっていること、それはもちろん視線の先で横になっているヤマルのことだ。

 いや、より正確に言うなら彼が使う《生活魔法》である。

 他の皆は魔法にそこまで執着してないのか便利な魔法で済ませてしまっている。だが自分のような魔術師から見ればあの魔法は異常だ。

 夕食時に彼に魔法のことについてあれこれ教えてもらった。逆に向こうもこちらの魔法について聞いてきたので色々教えてあげた。実に有意義な情報交換だったと思う。


 まず異常なのは彼か魔法かと言われたら後者だろう。うまく使いこなしてるみたいなので彼自身がおかしく見えるが、本命はあの魔法そのものだ。

 まず消費魔力が少ない。が、これはまぁ少なすぎるきらいはあるものの異常ではない。現に魔法の効果自体は消費魔力に合うように微々たるものだ。

 次に魔法の種類が多彩。だがこれも珍しい部類ではあるものの、他にないかと言われたら実は存在する。《巨兵(ゴーレム)召喚》なんか最たる例だろう。

 これは魔法でゴーレムを生み出すのだが、使用素材で石や鉄、土などで出来るゴーレムが変化する。一つの魔法で複数の効果が出る魔法はすでに存在するのだ。


 ではあの魔法が異常と感じさせるものは何か?

 最初にそれを見たのは昨日の食事の準備のときだ。あの時全員の服を彼が魔法で乾かしていたのだが、調理してたフーレに呼ばれた彼はその乾燥の魔法を使用したまま鍋に水を入れた。

 誰も何も反応しなかったが異なる魔法――実際には同じ《生活魔法》だが、ともあれ一度魔法を出している状態で別の魔法を出した。つまり魔法の『並列』での使用。

 効果そのものが小さく見慣れたもののため誰も気に止めてなかったが、例えば自分が火魔法を放ちながら氷魔法を使うと言えばすごさが分かって貰えるだろうか。

 そしてその時彼が使ってた乾燥の魔法は実は乾燥効果を持つ一つの魔法ではなく、異なる魔法を組み合わせて乾燥効果を出した魔法とのこと。つまり魔法の『合成』である。

 異なる魔法を合わせるなどまず無理だ。微細な魔力コントロールが必要だし、そもそも同時に発動させると言うことは詠唱を同じタイミングで唱える必要がある。人間、口が一つしか無い以上そんなことは物理的に不可能だ。

 もし一縷の望みを出すなら彼と同じように無詠唱にするしかない。ただ元々無詠唱の《生活魔法》と違いこちらは従来の魔法をアレンジする必要がある。

 ただでさえ難しい魔法の無詠唱化、それも同時に二つ。仮に合成するならここに更に調律するための魔力コントロールが必要である。もちろんこれも二つ分。

 初心者クラスから宮廷魔術師まで魔法を少しでも学んだ者なら言うだろう。『それは自爆しろと言うことか?』、と。

 もし合成後の効果を出すだけならそんなバカなことはしなくても普通にその効果の魔法を開発した方が遥かにマシだ。誰だってそうする、もちろん自分もだ。

 他にもまだある。先に述べた無詠唱や消費魔力の少なさ、複数の効果持ち。

 一つ一つは確かに珍しいしありえないわけじゃないと言ったものの、それが全て組み込まれるなら話は別だ。

 異なる効果の魔法が連続で次々に出てくる。しかも途切れることがほぼ無い。通常の魔法にこれを組み込めたら魔術師の有り様が変わってしまうほどのことだ。

 今日も泥化に氷結と連続で使用したのを目の前で見ている。


 さて、『並列』に『合成』、そして『連続』。更には『創造』まで組み込まれているらしいこの《生活魔法》。

 ここにきて当然ながら生じる疑問が一つ。


?)


 これがヤマルなら手っ取り早いのだがそれだけは無い。

 残念ながら彼には魔術師としての才能が無い。魔力の少なさがそもそも致命的だ。

 そんな彼がこんな複雑怪奇な魔法を開発したとは思えない。もし開発できるならこのようなものではなく、もっと戦闘に使えそうなものでもいいはずだ。

 更に付け加えるなら彼はこれを魔道書で覚えたと言っていた。魔術師ギルドマスターが持ってきたものを購入しその場で覚えたそうだ。

 あのギルドマスターとなんで接点があるのかは気になるが、少なくともヤマルが魔道書経由で覚えたことは間違いないだろう。

 ヤマルが開発、魔道書に《生活魔法》を封印してから再回収したパターンもあるが、そもそもその封印魔法に使う魔力が彼には足りてない。

 つまりこの魔法を開発した誰かがいると言うことだ。


(会ってみたいな、その人に……)


 今だ見ぬ開発者に想いを馳せる。

 そもそも魔法の基礎部分にこれだけ異常とも言えるものを詰め込んだ人が何故、《生活魔法こんなまほう》なんて創ったのだろうか。

 散々異常、異常と言ったが、正直なところこの魔法の総評は『残念』の一言に尽きる。実にもったいない。

 汎用性と応用性、各種機能があるのに、それに対し結果が全く伴ってないのだ。

 昨日ダンが言った通りである。便利なのはわかる、だが必要かと言われたらそうでもない。

 もしこの中の機能、例えば『並列』や『合成』だけでも組み込んだ普通の魔法があれば、それこそ革命的なものになるだろう。

 そんな魔法が存在するならば冒険者の伝手か風の便りぐらい届きそうなものだ。にも関わらず現在あるのは彼が使う《生活魔法》のみ。

 実際技術的なもので出来なかったのか、それとも存在するが秘匿しているのか。全く興味は尽きない。

 会って話がしたい。疑問を投げかけたい。あわよくばその技術を伝授して欲しい。


(今度ギルマスに聞いてみようかな)


 あの魔法の魔道書をどこで手に入れたのか。本人から買ったのか、誰かから仕入れたのか。

 何にせよ今回の依頼での大収入である。今まで皆に連れられていたような自分に明確な目的が一つできたのだから。

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