第23話 再会(CとSSR)
この世界にも当然のように宗教は存在する。
日本とは違い一神教らしいものの、存在自体は神様ってだけでかなり漠然としていた。
そんな宗教を束ねているのが神殿だ。その立ち位置としてはギルドに近い。
なにせ神殿も国の公的機関の一種だからだ。
やっていることは日本の教会に近いと言えばいいだろうか。祈りを奉げ国民の懺悔を聞き神の教えを説く。
他には近くにある教会兼孤児院の運営、召喚石と言われる宝珠への魔力供与、たまに不死者や霊への対処など意外とやることは多い。
またその不死者らへの浄化能力に目をつけた魔術師ギルドとの共同開発の下、浄化の魔石を作成していたりもする。
本来は神殿関係者がいないときのための保険みたいな扱いの浄化の魔石だが、汚れを消し去る効能も見つかったことで一般にも売り出されることになった。
「と言うのがここんところ関係者が教えてくれた情報かな」
道すがら、ここ数日で仕入れた情報をコロナへ教えながら並んで歩く。
横を歩くコロナは見違えるほど可愛くなった。
女将さんによって髪は肩口ぐらいの長さで整えられたボブカット、服装もしっかり洗濯して綺麗に汚れを落としたので傭兵ルックでも清潔感を与えている。
元々素材が良かったのももちろんあるだろう。しかしたったそれだけでも女の子はここまで変わるとはびっくりである。
そんなコロナの服はいつものマントを外してその下の服が露になっている。
装備としては自分に近いだろうか。街娘が着そうな服の上にケープを羽織り、胸元には革鎧をベースに金属板で補強した鎧と腕に金属製のガントレットをはめている。
また足は足首ぐらいまであるロングスカートで見えないものの、本人が言うにはグリーブをつけているらしい。
そう言えば今まではマントで見えなかったが、彼女の尻尾も髪同様桃色だった。結構ふわふわしてそうでポチといい勝負ができそうである。
「ふぅん、でも今日はそんなところで誰に会うの? 多分関係者なんだろうけど……」
「まぁ、個人的な知り合いの子だよ。結構忙しい子だから探すのも空いてる時間教えてもらうのも苦労したよ……」
何せ二日間時間が欲しいと言ったのはその人に会う約束を取り付けるためだったからだ。
予想通り忙しい日々を送ってるものの、運良く今日なら教会にいるらしいので時間を作ってもらった。
「ますます分かんないよ。そんな人が私と会う理由が……実は私の知り合いでした、なんてことでもないんだよね?」
「うん、まぁそこは行ってのお楽しみってことで。お、見えた見えた」
神殿へと続く本道から横にそれると、やや離れたところに教会兼孤児院が見えてきた。
神殿と教会も一緒にすればいいのに、と思ったが、どうも大きな神事などは神殿でやり、日々の細々したものは教会でやると住み分けされているらしい。
「あれ、ポチちゃんなんか項垂れてない?」
「あ~……こないだ孤児院の子にもみくちゃにされたからなぁ」
前回行ったときに孤児院の子にいいようにされてたのを思い出す。
流石に大人ならば我慢できるだろうが、ポチはまだ生後半月も経っていない。そのまま子ども達から逃げるように駆け出し、それを追いかける子ども達との鬼ごっこが自然開催されていた。
ちなみに自分は目的の人と会うためのアポとか色々話をしていた。その間だけでも、と言うシスターの願いでOKを出したのだが、戻ってくるなりポチがこちらに突撃せんばかりの勢いで頭の上に避難したのを覚えている。
「まぁ今日は俺がずっといるから大丈夫だよ」
「わぅ……」
少しは安心してくれたものの、やはりまだまだ恐怖は拭えていないようだ。
そんなポチを宥めつつ教会の裏手へと周り裏口から中に入る。物珍しげに周りを見るコロナを連れ目的の部屋にやってきた。
ドアを二度ノックすると、中から『どうぞ』と女性の声の返事が返ってくる。
「おはようございます、ヤマルさん」
「ん、おはよう。今日はよろしくね」
ドアを開け中にいたのは白い修道服を着た金髪碧眼の美少女ことセレスティア=S=リンフォース。
自分と時を同じくしてこちらに救世主として呼ばれた一人だ。
「えーと、それでそちらの方が……?」
「うん、今日仲間になったコロナさん。コロナさん、こちらが……」
「はじめまして、セレスティア=S=リンフォースと申します。セレス、とお呼びくださいね」
コロナに向かいペコリと一礼をするセレス。
対するコロナは目を瞬かせ反応できないでいた。どうしたんだろうと思い顔を覗きこむと、不意にこちらの腕を掴みセレスに背を向けるような形で耳打ちをかけてくる。
「ヤマルさん、あの子どうしたのよ。ものすっごい可愛い子じゃない」
「どうしたも何も元々の知り合いって来る前言ったよね?」
「そうだけど……ヤマルさんの人脈が良く分からないわ……」
ともあれひとまずは納得してくれたようで、再びセレスへと向き直ると改めて自己紹介をするコロナ。
互いに握手を交わすとセレスの案内で部屋に備え付けられた椅子に腰を下ろす。
「ヤマルさんにお話は伺ってましたけど、コロナさんは可愛い人ですね。私、獣人の方って初めてみました」
「可愛ッ……!? って、ヤマルさん何言ってるの!!」
「あー、その。そのまま話したつもりだったんだけど……」
何か褒めたのに怒られた、何故だ。
そんなこちらの様子をセレスはクスクスと楽しそうに笑みを零している。
「もぅ……。それで私に会わせたい人ってセレスさんだよね? 私、何にも話聞いてないんだけど」
「あれ、そうだったんですか?」
「あー、それについてはちょっと外じゃ話しづらくてさ。誰が聞いてるか分かったもんじゃないし」
その言葉を聞いて納得するセレスと、何のことかサッパリと言う感じのコロナ。実に対称的な反応である。
コホン、と咳払い一つし、なるべく真面目な表情でコロナに向き直る。
「まずコロナさんに一つお願いしたいことがあってね。今日ここで起こったことは絶対に口外しないで欲しい」
「え、えーと……それって結構マズいこと?」
「念のために言うけど犯罪とかそう言うのじゃないよ。ただバレたらかなりめんどくさい事になりそうなの、特にセレスが……」
「私としては別に構わないんですけど、周りの方が皆口を揃えて黙っておくようにと言われてまして……」
しばし俯いて考え込むコロナだったが、顔を上げてこちらを向いては首を縦に振った。
「分かった、絶対に口外しない。秘密にするよ」
「ごめんね。本当なら先に何するか言うべきなんだろうけど意思だけはどうしても聞いておきたくて……」
「ううん、大丈夫。それで何するの?」
「えっとですね、今から私が治癒魔法でコロナさんの手と足のお怪我を治します」
瞬間、コロナの体がまるで硬直したようにピタリと動きを止める。
そしてまるで油を挿してないロボットのような動きでセレスを見て、こちらを見て、再度セレスに顔を向けた。
「えっと……今、何て……?」
「私の魔法でコロナさんの手足のお怪我を治しますね。症状を聞いた分では大丈夫そうでしたので、おそらく治ると思いますよ」
小刻みに震えた左手にコロナが視線を落とす。
一昨日見せてくれたのは確か左手の怪我だ。重いものはもてないと悲痛な声で言ってたのを今でも覚えている。
「本当に治るの……? それに治癒の魔法って……」
「まぁそういうこと。だから絶対にしゃべっちゃダメだよ」
一昨日、コロナと別れた後のことだ。
城で召喚された人物と言うことでコネを使いセレスの場所を聞いてここにやってきた。そして怪我を治して欲しい子がいると頼み込んだところ何故か近くにいた護衛の騎士に取り押さえられた。
その場はセレスによって一先ず納まったものの、その後彼女によって一つの事実が明らかになる。
なんとこの世界では治癒魔法が存在しないらしい。
この世界において一般的に魔法と言えば攻撃魔法や補助魔法など戦闘に使われるものに対する言葉だそうだ。
冷蔵庫などの魔道具ですらその攻撃魔法の出力を下げることで一般化しているが、中身はあくまで攻撃魔法である。
神官らが使う浄化魔法も対不死者、対悪魔など攻性魔法に分類されている。
そのため人々は怪我を治すのはポーションだったり医者だったりするわけで、そんな中において治癒魔法を扱うセレスはもはや神の御使いのような扱いを受けていた。
そしてその存在が公になればどうなるかなど想像に難くない。
治癒魔法の使い手がもっと増えるようになればセレスの秘密も無くなるのだがそれはもっと先のこと。
現在セレス指導の下、他の神官でも治癒魔法が使えるようにならないか研究しているそうだが、まだまだ始まったばかりだ。
「では早速始めますね。手と足を診せていただけますか?」
まだ信じられないと言った様子でゆっくりと左手のガントレットを外すコロナ。
それを机の上に置きセレスに向けて腕を差し出す。
改めて見ると痛々しい傷だ。当時何があったのか聞くことすら躊躇うほどの。
セレスがその傷の部分を包み込むように手を添えては何やら小声で呟くと同時に両手から淡い光があふれ出してきた。
暖かな光に包まれること数秒、セレスが手を外すとコロナの患部の怪我は文字通り綺麗サッパリなくなっていた。
まるで左手を確かめるように握っては開くコロナ。彼女の中で何か手応えがあったのか、体が小刻みに震えている。
「手の方はこれで大丈夫ですよ。次は足をお願いしますね」
そして膝付近までスカートを捲り……何か視線を感じたので横を向くことにした。
ガチャガチャとグリーブを外す音が部屋に響き、続いて布ズレの音。
程なくして視界の端に先ほどの光が見えたので治療に入ったのだろう。こちらも数秒ほどでその光は消えていく。
「はい、これで多分治ったと思いますよ。念のためちゃんと動くか試していただいてもいいでしょうか?」
治療が終わったと言うことで再び二人の方に向き直る。
丁度コロナが椅子から立ち上がったところだった。彼女は右足に体重をかけるように体を傾けると、次にその足で片足立ちをする。
そしてそのまま腰の剣を左手で鞘ごと持つと、ゆっくりと前に向け構えを取った。
見事なボディバランスだと思わず感心してしまう。とても先ほどまで満足に動かせなかったとは思えない光景だ。
「大丈夫そうですね、良かったです!」
「おー! これで一安心だね。セレスも俺のわがまま聞いてくれて本当にありがとうね」
「いえ、ヤマルさんが追い出されたのも知らず何も出来ませんでしたし……せめてこれぐらいはさせていただきたいです」
追い出されたのはセレスのせいではないのに律儀だなぁと思う。
いや、そういう優しい性格なんだろう。このまま心に引っかかりを与え続けるぐらいなら、今回でそれがチャラにできたならある意味良かったかもしれない。
「コロナさん、治ったみたいだけどどう? なんか違和感とかあれば今のうちにセレスに……コロナさん?」
見ると彼女は剣を下げ足を下ろした状態でその場に立ち尽くしていた。
いや……
「う゛っ、えぐ……ヤ゛マ゛ル、ざん……! 私、足、ぢゃんと立てで……手も、持てて……!」
「うんうん、本当に良かったよ。セレスにちゃんとお礼言うんだよ?」
ボロボロとその両目から大粒の涙を零していた。
そのままコロナはセレスに飛び掛らんばかりに抱きつき、嗚咽交じりのお礼を言っている。感極まって上手く喋れて無いが、セレスは優しい顔でそんなコロナを見つめていた。
(あー、やっぱ聖女だわ)
本人は前に見習いと言ってたが、コロナを抱きとめてる姿は文字通り聖女と言われる存在に違いないと思わせてくれる。
そんな二人の様子を眺めながらコロナが落ち着くのをゆっくりと待つことにした。
◇
「セレスさん、今日は本当にありがとうございました!」
「ううん、どういたしまして。また良かったら遊びに来てくださいね」
そう言われるコロナは来るときとは違ってボロボロだった。いや、正確にはボサボサになってた。
あの後嬉しさのあまり体を試すと外で駆け回ってるところに孤児に見つかった。そしてポチの代わりとばかりに行われた第二回鬼ごっこ。
まだまだ試しながらだった、とコロナは言っていたが十分速い速度だった。それでも数の暴力には叶わずに捕まると耳や尻尾をもみくちゃにされていた。
本人的には振りほどけそうな気もしただろうが怪我をさせるわけにもいかなかったため、結果成すがままにされたそうだ。
「ヤマルさんも無理しないでくださいね。やっぱり心配ですし……」
「ん、そのためにコロナさんを仲間にしたんだしね。無理はしないよ。セレスも色々大変だろうけど、そっちも無理しないようにね」
自分よりずっとしっかりしている彼女だが、能力あるが故に頑張りすぎた人間は日本で何人も見ている。
セレスの能力の関係上周りが無茶はさせないだろうが念のためだ。正直彼女に言えることのできる人間はこっちの世界じゃあまりいなさそうだし。
「じゃぁまたね。何かあったらこっちにも遠慮なく言ってね。大体朝夕には冒険者ギルドにはいるから」
「はい。コロナさんも何か違和感がありましたら来てくださいね」
「うん、本当にありがとう!」
セレスと孤児の子らに見送られ手を振りながら教会を後にする。
今日は無事に終わったからか来る時よりもポチが少し元気になっていた。まぁ終始自分の頭の上に陣取っていたため子ども達が手を出せなかったからでもあるが。
「でもホント治って良かったよ。セレスが大丈夫とは言ってくれてたけど、やっぱり実際見るまで不安だったしさ」
「うん……今でも信じられないよ。こうやってまた普通の体に戻れるなんて思ってもみなかったし……」
「まぁこれでとりあえず問題は解決したね。明日からは仕事しながら動きを確認して行こうかなって思ってるんだけど」
どう?と意見を求めると、不意にコロナが歩みを止めた。
振り向き立ち止まるコロナはやや俯いていたが、顔を上げるとどこか決意めいた表情をしている。
「あのね、ヤマルさん。ものすごく申し訳ないんだけど数日ほど離れたいの。どうしてもやりたい事があって……」
やりたい事、か。一体なんだろうか。
……多分体が元に戻ったからその関係だとは思う。そしてパーティを解散したいと言うわけではなさそうだ。
「数日って具体的にはちょっと未定?」
「うん、多分数日で済むと思う。それさえ終わったら今度こそ、私の力をヤマルさんの為に使う。だからお願い」
コロナの顔からは負の感情はあまり感じられない。そして戻ると約束してくれた。
なら彼女を快く送り出そう。仲間にすると決めた以上、自分が出来ることは彼女のパフォーマンスを十全に整えることだ。
心残りが無いよう、しっかりとそのやりたい事をやらせてあげようと思う。
「……ん、分かった。じゃぁそれが済んだら宿まで教えに来てくれるかな?」
「ありがとう、ヤマルさんには本当に感謝してる。なるべく早く戻るから!」
そう言うと彼女は駆け出していく。
その姿は一昨日のような動きはもうない。
しっかりとした足取りでこちらにもう大丈夫と見せるように、コロナは街中へと姿を消していった。
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