第22話 合否
あれから二日経ち約束の日が訪れた。
私は彼に言われたよりも少しだけ早めに傭兵ギルドへとやってきていた。
彼はまだ来ておらず待つことしばし、程なくして今日は肩に子犬を乗せて目的の人物が姿を現した。
「おはよう、少し待たせちゃったかな?」
「あ、おはようございます。ちょっと落ち着かなくて早めに来ちゃっただけなので気にしないでいいですよ」
挨拶を交わし受付の人に頼んで奥のブースを一つ借りる。
中に入り互いに向かい合うように座れば早速本題が切り出された。
「まず最初にコロナさんにパーティーに入って欲しいかって話だけど……。しっかりと考えた結果大丈夫そうだったので、是非よろしくお願いします」
「……いいの、本当に?」
「もちろん、こっちから頼みたいぐらいだったし。何せ俺がへっぽこだから誰も組んでくれないからね……」
やや乾いた笑いを浮かべどこか遠い目をするヤマル。彼は彼で色々苦労したのだろう。
「それで組むに当たっての契約内容を決めよっか。一応雇い主って位置づけだけど、気になる部分や不満点があったら遠慮なく言ってね」
そうして話し合った結果、次の様な条件で契約することになった。
まず私はヤマルの冒険者ギルドの仕事を手伝うこと。また仕事が無事達成された場合、傭兵ギルドへの報告を二人で行うこと。
そして雇い主であるヤマルは自分に対して自身と同様の生活を保障すること。これは食事や宿など不平等がないようにと彼が配慮したため。
報酬に関してはまずパーティとして必要な経費・活動資金を抜き、余った金額を個人資産として等分する形となった。
また雇い主であるヤマルは一方的に私を解雇しないこと。そして私も一方的に彼の元から去らないこと。
お互い不備・不満点が出た場合は話し合いの場を設け、決まらないときはギルドに必ず相談して今後を決めること。
雇用期間はヤマルが望む魔道具が手に入るまで。ただし明確な期日が無いため、途中で私の都合がつかなくなったときは相談し決めること。
「細々したことは問題が出たときに都度決めるとして、大よそはこんなところかな」
「うん、これで良いと思う。でも雇われ側の私に結構融通効くようになってるけどいいの?」
「むしろそっちこそこれでいいの? 場合によっては年単位で俺に付き合わされることになるよ?」
互いに互いを気遣いあうものの特に問題はない。こんな私でも今日からずっと仕事があるのだから願ったり叶ったりだ。
ヤマルの方も特に問題ないようで、来る前に貰っていた個人契約書に内容を記入。後はヤマルと自分の名前を入れればとりあえず契約書は完成だ。
「これでいいのかな?」
「うん、後はギルドに提出して問題なければ正式に成立だね。……ヤマルさん、こんなキズモノだけどよろしくね」
「ん、こっちこそ情け無いとこたくさん見せると思うけどよろしくお願いします」
互いにしっかりと握手を交わし、この瞬間パーティが成立した。
ヤマルを見るとどこか嬉しそうなのはずっとソロでやってたからだろうか、その分一入なのかもしれない。
「それで提出したら今日はどうするの。早速お仕事行く?」
「あ、それなんだけど……今日一日、ちょっと付き合ってもらいたいんだ。どうしても行きたい場所があるんだけど……」
◇
ヤマルに連れてこられたのは大通りから少し外れた一軒の酒場だった。
まだ日が昇っている昼間のためか酒場特有の喧騒は感じられない。
「……ここは?」
「俺が使ってる宿。まぁ入ってよ、女将さんには話してあるから」
促されるまま一緒に中に入るが、こんなところで何の用だろう。
……男女で宿と来ればまぁ、その、ってことも考えなくは無いが、目の前にいる人がいきなりそういうことするとは考えにくい。
もし今までのが演技だったらそれはそれで褒めるしかないかもしれない。もちろんそんなことされたらグーパンチして即解散だが。
「お、来たね。その子が言ってた子かい?」
「えぇ、すみませんがお願いしますね」
中では恰幅のいい女性がモップ片手に店の掃除をしていた。
彼女は仕事の手を止めるとこちらへとやってきては、自分を上から下まで何やら値踏みするようにじっと見る。
「えっと、あの……?」
「まぁ確かにこれなら仕方ないかもねぇ。えーと、コロナちゃんだっけ?」
「あ、はい!」
一体何の話を通してあるのか。困惑していると女将さんはとんでもない事を口にした。
「とりあえず服を脱ごうか。話はそれからだね」
◇
「うぅ……」
「や、先に話しておかなかったのは悪かったって……。でもデリケートな問題だし、自分だけじゃちょっとね」
「それは分かってるんだけど、でも……」
現在私は青空の下、全裸で湯が張られた水瓶の中に浸かっている。
周囲は布で仕切られてこちらは見えないものの、布一枚隔てた向こうに彼がいると思うとどうにも落ち着かない。
水瓶の縁に腕をかけつつ、これまでのことを思い出す。
あの後、女将さんに抱えられ有無を言わさずに宿の庭の一角へと連れてこられた。
普段は洗濯などに使われているらしい庭先ではすでにシーツが何枚か干されていたが、それよりも目を引いたのは端っこの方にある大きめの水瓶だ。
中には何も入ってなく……と言うより、下のほうに丸い穴があり中に入れてもすぐに水が抜けそうな欠陥構造だった。一体なんだろうか。
「ヤマルちゃん、とりあえず先に準備なさい。その間にこっちもやっておくから」
「えぇ、お願いしますね」
そういうとヤマルは宿の中へと戻っていく。残されたのは自分と女将さん、そして足元にいる彼の愛犬のポチだ。
「さて、あの子が戻ってくる前に現状を言っておくよ。結構厳しいことを言うからしっかりとお聞き」
「は、はい!」
何故か妙な迫力を感じ姿勢を正す。
魔物と戦うときですらこれほどの圧を感じるのは稀だ。一体この人は何者なのだろう。
「まどろっこしいのは無しだ。はっきり言って今のアンタはちょっとクサい」
その言葉にまるで頭に岩を落とされたような衝撃を受ける。
確かにここのところ金欠だったし共用の大衆浴場には行って無い。あまり動けないから汗をかくことも無かったからだ。
一応毎日水で絞った布で体は拭いていたのだが、まさかそこまでだったなんて……。
「着てるものも汚れてるし髪も手入れを怠ってる上に伸びっぱなしじゃないのさ。今日は徹底的に綺麗にするからね!」
「え、あの……」
「返事は?!」
「はいっ!!」
有無を言わさぬ女将さんの声に肯定を示すしかなかった。
その後あれよあれよと言う間に服を脱がされ武具も替えの服も全部持っていかれた。
宿の中からこちらが見えるわけでもなく塀があるので外からも見えないのだが、青空の下素っ裸にされるとは思いもしなかった。
流石に全裸はダメと言うことですぐさま少しサイズの大きいシャツを渡されたが、下着も無くシャツ一枚とか恥ずかしいことこの上ない。
程なくして椅子と洗濯タライを持ってきた女将さんが戻ってきた。中には武具以外の布製のものが全部入っている。
「とりあえずこれに座りなさい。髪を切ってあげるから」
促されるまま背もたれの無い丸椅子に座ると大きな布を首に巻かれ全身が覆われる。
そう言えば人に髪を切ってもらうなんていつ振りだろう。国を出てからは気になったらナイフで切ってたから一年以上ぶりかもしれない。
「お、やってるね」
「あ、ヤマルさん。あの……」
「まぁ大人しくしておくといいよ。どうせ逆らえないし……」
やはり彼もこの人には頭が上がらないようだ。
半ば諦め混じりに遠くを見ているその姿がその言葉が真実であると物語っている。
「そりゃ毎日世話してるんだから頭上がってもらっちゃ困るからねぇ。とりあえずそこに全部入れておいたからやっといておくれ」
「ん、ありがとうございます」
そういうとヤマルがタライを持ちこちらを離れ……。
「ってそれ私の服! ちょっと待って!」
「ダーメ、あんたは大人しくしときなさい」
「だってあそこには……!」
自分の全部の服、つまり下着も丸ごと入っているわけで……。
そんなものを男の人、それも同い年ぐらいの人に洗ってもらうなんて絶対無理だ。恥ずかしくて死んでしまう。
そんな慌てるこちらの様子を察したのか、ヤマルが苦笑しながら大丈夫だよと告げてきた。
「あはは……まぁ見ないで洗うから平気だよ。手洗いするわけじゃないし……とりあえずそこで見てて」
そして排水口のある一角で彼がタライをおろすと、ポケットから小さな魔石を取り出した。
白い光が特徴のあの魔石は浄化の魔法が込められた使い捨てのやつだ。
それを中に放り込むと彼は右手をタライに向ける。
「《
すると手の平からどこからともなく水が出てきた。
水系魔法なら見たことあるものの、あのように攻性威力の無い魔法は初めて見る。
程なくしてタライに水が満たされると彼は魔法を止め、手を水につけては別の魔法を唱えた。
「《
すると今度はタライの中にあった洗濯物がひとりでに動き出す。
いや、洗濯物ではなかった。浸された水がまるで渦を描くように回りだしたため、衣服もそれに合わせて動き出していた。
「それでいいのかい?」
「えぇ。本当なら付きっ切りで回転を切り替えたいとこですけど、今日は浄化の石がありますのでそれで補えますから。一応底面部では逆回転させてますしね」
タライからヤマルが手を抜くも、水は尚も動き中の洗濯物を回していく。
一体あの魔法は何なんだろう。術者が離れても起動し続けるとか不思議で仕方が無い。
「ほら、こっちもやるよ。全体的に整える程度でいいね?」
「あ、はい」
大人しく女将さんに任せ髪を切ってもらう。
ちょきん、ちょきんと小気味良いリズムが耳もとで聞こえ、ゆったりとした時間が流れていく。
視線の先ではヤマルが気になっていた水瓶の方で何やら作業をしていた。
丸い板を持ち水瓶を覗き込むように上半身を中に入れると、おそらくそれを中で嵌め込んだのであろう。穴が空いてた部分が蓋で塞がれる形になっていた。
「《
そしてヤマルが水瓶から上体を起こし再び手を伸ばし魔法を唱える。するとまた手の平から水が出て水瓶へと注がれていく。
いや、あれは……。
(お湯?)
水瓶から湯気が出ていた。あの様子だと注がれているのは紛れも無くお湯だろう。
ドボドボと注がれているものの一度に大量のお湯は出せないのか少し手持ち無沙汰の様子のヤマル。
それでも少し経てばお湯が溜まったのだろう、魔法を止め別の作業に取り掛かり始めた。
水瓶の足元に木で組まれた平たい台を置くと、今度は水瓶を取り囲むように等間隔で四本地面に棒を突きたてていく。
そして棒の先端に紐をくくりつけて最後にシーツぐらいの布を取り付けた。あれは脱衣所……ではない、お風呂だろう。
……え、もしかして入るの私?
「はい、出来たよ。整える程度だけど結構良い感じになったんじゃないかね。さ、あそこで頭と体洗ってきなさい。これ石鹸と擦り布ね」
「え、あの」
「いいかい? し・っ・か・り、洗ってくるんだよ。ちゃんとチェックするからね」
「……はい」
そして現在。
体をこれでもかと言うぐらい洗い水瓶の湯船に浸かっている。
仕切り布の外側では二人の人影が動いてるのが見えるため、女将さんとヤマルが何か作業しているのだろう。
彼らに働かせて自分だけゆっくりしてるのが何か申し訳なくなってくる。
「ヤマルさん、いる?」
「いるよ。お湯足りなくなった?」
「ううん、そうじゃなくて……なんで身奇麗にさせてもらってるのかなぁ、って。もしかしてよっぽどだった……?」
女将さんとのやり取りからこれを指示したのは多分ヤマルだろう。
でも自分がそんなにクサかったのかと思うと正直凹む。
「んーとね、やっぱり見た目は大事だと思うんだ。特に清潔感はね。だからコロナさんにはこうして今日やってもらったし、逆にそっちから見て俺が不衛生に思えたらそのときは教えて欲しいな」
「でも私達の仕事って結構汚れるの多いよ。ずっと清潔感を保てるかって言われると……」
「まぁ仕事中は仕方ないよ、どうにもならないことはままあるし。ただ街中だったり、人と会う時とかはちゃんとしたいかなって。第一印象で身なりがきちんとしてると結構変わってくるもんだよ」
「ふぅん……」
何やら経験めいた口調なだけに、多分過去に似たようなことで苦い思いでもしたのかもしれない。
まぁ不衛生なのは自分も嫌いだし、そのような方針をパーティとして取るならば従うまでだ。
「……ところで何してるの?」
なんかこう、ゴォー!って聞きなれない音がヤマルの方から聞こえてくる。
風の音に近い気がするが少し重低音のような……。
「んー、コロナさんの服を温風で乾かしてるの。普通に干したんじゃ時間かかるし今回だけね。後は地面に散らばった髪の毛を集めてるかな」
「さっきから気になってたんだけどそれって魔法?」
「うん、《
よっぽどその工夫が嬉しかったのか、ヤマルがその魔法のことについて色々話してくれた。
基本的な使用方法から始まり、最近だと異なる属性を合わせることを見つけ出したんだとか。
例えば水単独なら水を出すだけに対し、水に火の温度調節を付与することでお湯が出せるようになった等。
今やってる温風も風に火を加えた魔法らしい。風に暖かい熱を加えることで温風にしたそうだ。
「って、それって私の下着とか干してるってことでしょ!? 見ちゃダメだって言ったのに!!」
「見てない見てない! 干したの女将さんだし風は循環するように操作したから!」
「……信じてるからね。でもその魔法があれば色々出来るんじゃないの? 結構便利そうなんだけど」
「あー……それがちょっと制約あるみたいでね……」
再びヤマルが語りだすこの魔法の制約。
どうもヤマルの魔法は同じヤマルの魔法同士だととても親和性が高いが、それ以外だとそうでもないらしい。
例えば《
もちろん暖めること自体は出来るものの、その速度は普通に暖めるとなんら変わりない。
多分同じ魔力から生み出されたものだから変化に対する抵抗が少ないんじゃないか、と言うのがヤマルの見解だった。
「そうそううまくはいかないってことね」
「そだね。まぁ出来ないことを嘆いても仕方ないし、出来ることでどうにかする方法模索するよ。汎用性自体は高いみたいだしさ」
「うん、私も何か思いついたら言ってみるね。……そう言えば今日一日付き合って欲しいって言ってたけど、これだけじゃないよね。まだお昼前だし」
日が真上付近に徐々に近づいているものの、まだここに来てそこまで時間は経っていない。
つまり自分の身なりを整えた後でどこか別の場所に行くってことだろう。
「うん、この後ご飯食べたらもう一つ行く場所あるよ。そっちが今日の本命」
「どこに行くの? 武器屋? それとも冒険者ギルドへの挨拶?」
そう返すも布に映るヤマルのシルエットの手が横に振られる。どちらも違ったようだ。
「じゃぁどこに行くの?」
その問いかけにヤマルからは意外な答えが返ってきた。それは全くの予想外の場所だった。
「街の教会。そこでちょっと会って欲しい人がいるんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます