第19話 インフラ事情と二つ名
飴玉の尊い犠牲の元、ようやくマルティナから解放された。
ともあれ目的の首輪型魔道具兼魔獣証明は無事もらえたのでポチに装着させる。
「さて、どうしようか?」
「くぅん……」
お互い顔を見合わせるが今日は本当に時間が空いていた。
たまにはこんな日があるのも悪くないし現状何も出来ないのは分かっているのだが、どうにもこうにも落ち着かない。
いざ時間が出来ると何かしなきゃとつい思ってしまうのはまだ会社員生活の癖が抜けきっていないのかもしれない。
「……ダメだなぁ、もうちょっと心に余裕を持たないと。もう少し見て回るか」
「わんっ!」
折角魔術師ギルドに足を運んだのだ。
この間は魔法を覚えたことで浮かれてすぐ出て行ってしまったので、中をしっかりと見学していない。
一応ギルド員になったためある程度の出入りは自由になったが、特に用も無くうろちょろしても他の人の邪魔になってしまう。
なので今日は販売コーナーの方を見ることにした。
(結構揃ってるなぁ)
街の商店と違いここに置いてあるのは魔道具オンリーだ。
杖やローブなど魔術師の装備品と思しき物から、良く分からないもの、家庭で使うものなど多種多様なものが揃えられている。
そして奥の方まで歩いていくと、箱型の大きな物が何台か鎮座していた。
「あ、やっぱここの物だったか」
そう、『冷蔵庫』である。
最初宿で見かけ教えてもらったときは驚いたものだ。まさかこんなところに冷蔵庫があるとは思っていなかったし。
もちろん日本製の冷蔵庫みたいに電気で動いてるわけでもないし冷凍室はついていない。冷凍庫は別商品として置いてあり一体型ではなかった。
しかし冷蔵庫としての機能は日本とさほど変わらない上、魔石のエネルギーで動くそれは運ぶ手段さえあればそのまま持ち出せれる利点もある。
興味が沸き販売員の人に話を聞くと、この冷蔵庫のみならず魔道具は基本魔法を封印して使用してるようなものが多いらしい。
魔道書みたいに封印後取り出すことはできないものの、その分魔道書封印に比べれば簡単とのこと。
例えばこの冷蔵庫の場合冷凍系魔法を封印し、魔石をセットすることで魔法が発動してるみたいな仕組みだった。
他にも食事処に行けばコンロみたいな魔道具が置いてある店もある。
(そう言えば結構インフラは整ってるんだよなぁ)
中世風異世界だからもっとひどいものだと思っていたが意外にそうでもない。
さすがに日本ほど整ってるわけではないが、魔道技術の発達により水道回りもしっかりと整備されている。
他にも細々したものもあった。
例えばこの一見何の変哲もないペンも日本で言えばボールペンにあたる。インクを水系魔法で押し出すようにしているらしい。取り付けてる魔石をかなり小さくすることで、暴発しないよう工夫をしているそうだ。
実は同じものを一本所持している。
生活魔法を覚えた際、魔道書が完全に白紙の本になってしまった。
一度使うと魔道書としてはリサイクルできないようでそのままメモ帳としてもらったのだが、その際におまけと言うことで持たせてくれたのだ。
一通り見終えた所で販売コーナーを出て少し魔道具について思案する。
確かに魔道具は便利だが、普及率は一般家庭レベルだとそこまでと言ったところ。
やはり値段の高さがネックなのと、実際魔道具を使わなくても生活が出来る環境が整っているというのも理由の一つだろう。
利便性自体は認められているものの、総じてコストパフォーマンスが追いついていない、と言ったところか。
その為店舗や城等、多人数が集まる場所で用いられていることが多い。
冷蔵庫などに使われてる魔石自体は割りと値が低いものの、魔力が切れたら都度充填しなければいけない部分もある。
これを一家庭でやりくりするにはやはり金銭面で痛手だ。
(まぁまだまだ発展途上ってところかな)
商用から家庭用に移行するのはいつの世も同じだ。
製作において何かしら改善があればもっと手が出しやすくなるだろう。
……とは言え自分ではこの手のものは買っても仕方ないし、そもそも《
(
水は出るし火もおこせる。風を操作してサイクロン風な掃除機もどきのような使い方も可能。
やはり生活の場でこそこの魔法は輝くのだと教えてくれる。まさにかゆい所に手が届く魔法と言った具合だ。
特にトイレ周りは魔法で水が出せるようになり、擬似ウォッシュレットが使えるようになったのが本当に大きい。
それまでの苦労は……うん。まぁ、大変だった、とだけ言っておこう。
「……お腹すいてきたな。何か食べに行こっか?」
「わんっ!」
いつもは街の外で女将さん手製のお弁当(有料)だが、今日は街で何か探すことにした。
◇
魔術師ギルドを出てどのお店に向かおうかと思案していると、不意に何かを蹴ったような感触がした。
慌てて見てみると足元にはバスケットボール大サイズぐらいの半透明の物体が体を揺らしている。
「あ、ごめんごめん」
それはスライムであった。この街に出て初日に真っ先に驚いた存在だ。
スライムはびっくりしたようにこちらから離れると、小さく跳ねては建物の陰に隠れるように姿を消していった。
「あ、ポチ。あれも襲っちゃダメだからね」
見ると警戒心を露にしていたので忠告をしておく。
スライムは魔物ではなく魔法生物と言うものらしい。
個体にも寄るが大きさは大体バスケットボールぐらいのサイズ。半透明のゼリーのようなプルプルボディに赤い核があるのが特徴だ。
あと魔石が存在しないのが魔物とは別物だと言う証だろう。
色も半透明と言う共通項以外は赤かったり青かったりと中々カラフルである。が、色による違いは見た目以外にないらしい。
ゲームなら赤いのは火系、青いのは水系なんて分類されるものだが、そんなことはないようだ。
性格は臆病、人に害を与えることは無くむしろ無くてはならない存在だ。
「スライムはね、ゴミとか溶かしてくれるんだよ。だからポチも見かけたら大事にしてあげてね」
そう、スライムは街の内外に生息し、そのボディにより様々なものを消化する。
自分より小さな物と言う制約はあるものの、大体のものは溶かせるそうだ。
街中ではゴミはもとより馬などから出る糞等を掃除するなど、その姿はまさにル○バさながらの働き振りだ。
またインフラの一部として組み込まれてるらしく下水道にも集められているらしい。
外は外で魔物や動物の死骸、特に骨すらもきっちりと溶かし綺麗にする。
その役割からスライムは《
ちなみにスライムは生物は食べない。と言うより動くものを食べない。
臆病な性格のせいか少しでも動くとすぐ離れていってしまうそうだ。
そのため畜産農家からは掃除用に重宝されている。
逆に野菜農家からは食べられる可能性があるため害獣扱いだ。とは言え身体能力も高くないため対策自体は簡単とのこと。
正直スライムがもしいなかったら、王都ですら色々不衛生になってたかもしれない。
……ちなみに最初トイレの底に沈むスライムに冗談抜きでビビッたのは内緒だ。
(あー、なんかフルーツゼリー食いたくなってくるな)
まぁそんなものは残念ながらないのだが。
昼は何か喉越しがよさそうなものでも探すことにしよう。
◇
結局今日は今まで行ってなかったところを散策することで一日を過ごした。
中までは入らなかったが気になった店舗がいくつかあったので、また後日時間ができたときにでも行こうと思う。
そして日も傾きかけた頃、再び冒険者ギルドにやってきた。明日何かやれそうな仕事がないかの確認である。
中に入ると相変わらずの賑わい。そんな室内の端を歩き通常依頼の依頼板までやってくるものの、朝と同じでめぼしい依頼は無さそうだった。
また明日来るか、と思い今日は帰ろうとすると、とある冒険者集団がこちらを手招きしている。
見知った顔ではあるが彼らとはあまり関わることがない。
訝しげに近寄ると、手招いた男性や近くにいた別の冒険者らは妙ににこやかな表情をしていた。
……鈍感な俺もでも分かる。多分、ロクな話ではないだろう。
「ヤマル、今回お前は戦狼を倒したわけだ」
「えぇ、まぁ結果的にはですが……」
「だがお前は実力じゃないから納得してない。そうだな?」
その通りだが一体なんだと言うのだろうか。
とりあえず頷き肯定の意を示すと、彼らも満足そうにうんうんと頷く。
「そこでだ、その話題を拭うべく俺たちがお前に二つ名を与えてやろうと思う」
「……は?」
二つ名は公的な呼び名ではない。
対象者に対する畏敬や憧れ、畏怖など様々なものが合わさり、人々から呼ばれるものだ。
スライムの《世界の洗浄者》などそのままだし、有名どころでは《
中には自称する人間もいるが、大抵周囲に認知されないためそのまま忘れ去られる傾向にある。
周囲が呼ぶから名が定着する。
この場合も冒険者らが言うならまぁ分からなくもないが、そもそも自分がやった偉業っぽいのは先日の戦狼の件。
だがそれを拭うための二つ名ともなると相当の二つ名が必要である。しかしそれ以外に自分は何もしたことが無いためどんな名を言われるか分かったものではない。
何かロクでもない名前な気がしてきた……と嫌な予感がする中、告げられた二つ名は予想通りロクでもない名前だった。
「喜べ、お前の二つ名は《
「うわぁ」
確かに自分の特徴は間違いなく捉えているが、無いわー……薬草のスレイヤーって……。
それだと将来は《
「どうした、気に入っただろう?」
「エェ、ソウデスネ」
あまり迫力ある顔を近づけないで頂きたい。
周囲にいる冒険者も似たような強面である。彼らにそのように凄まれてはこちらとしては何も言えなくなっていた。もはや甘んじて受け入れるしかない。
「……ちなみに他の二つ名で上書きは」
「もっかい戦狼をソロで倒せばそっちになると思うぞ。やるか?」
絶対お断りである。大きく首を横に振り断固たる意思を以ってそれを拒否する。
周りではいい仕事をしたと言わんばかりに皆満足げな表情をしていたが、愛想笑いをしつつ心の中で深いため息を漏らすしかなかった。
なお悪い意味かつ非公式とは言え二つ名最速記録も樹立したのだが、それを知るのは随分後になってのことである。
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