第18話 契約(済)

 明けて翌朝。


「うーぁー……」


 スマホから鳴る目覚ましアラームを止めゆっくりと目を開ける。

 昨日生死の境を垣間見たせいで疲れが抜けない。出来れば昨日丸ごと夢であって欲しいところだが……。


「わん!」


 枕元にいるぬいぐるみもどき……もといポチから現実だと教えられる。

 あー、そうですよねー。全部ばりばり現実ですよねー。分かってたけど後五分夢に浸らせて……。

 

 そして五分後。

 結局痺れを切らしたポチに顔面をベトベトにされるほど舐め回され起きる羽目になった。



 ◇



「おはようございますー」


 いつも通りの時間に冒険者ギルドに顔を出す。

 とは言え今日は仕事は無しの予定。壊れた防具やバッグの修理、他にもやるべきことがいくつかあるからだ。

 ここに来たのも今日顔を出すように言われたからである。


「おう、こっちに来てくれ」


 男性職員に呼ばれカウンターの方へと向かう。

 途中どうも他の冒険者がこちらを見ているような気がした。なんというか、視線のようなものを感じたのだ。


「……自分、もしかして見られてます?」

「まぁそうだろうな。Eランクが単独で戦狼バトルウルフ撃破とか前代未聞だからな」

「それ、実力じゃないって昨日もお話したんですが……」

「それでも過程はともかく結果は残っちまったからなぁ。今日はその件の続きだ」


 まぁ座れ、と促されポチをテーブルの上に乗せてから着席する。


ギルドこっちでちと昨日の件で意見が分かれててな。戦狼単独撃破の功績からランクを上げろって意見も出てるんだわ」

「それってDランクにってことですか?」

「いや、一足飛びでCランクだ。そんだけインパクトがあったってことだろうな」


 職員がそういった瞬間、後ろの方で何人かが立ち上がるような音がした。

 そりゃ日夜依頼こなしてる人間からしたらポッと出の幸運で上にあがったら文句の一つや二つも出したくなるだろう。

 事実、職員が後ろにいるであろう冒険者らを手で制している。


「だが現在の実績、ギルドの規定からそもそもランク上げすら早いって意見もある。第一通常依頼すらまだ一回も受けてないからな。そこで本人の意見も聞こうって話に今なってんだ。多分お前が望めばランクは上がるとは思うが……」


 どうする、と問われるがそんなもの初めから決まっている。


「もちろんお断りですよ。そういうお話はちゃんと自分の意思と実力で討伐した上でお受けします」

「はっ、お前ならそう言うと思ったぜ。んじゃ上にはそのように伝えておく。それとオークションの件だがもう少しかかるみたいだ。終わったらその時知らせるから気長に待っててくれ」

「わかりました、お願いしますね」


 今日の話はこれで終了らしい。

 軽く会釈して立ち上がって、一つ忘れていたことを思い出した。


「あ、そうだ! ちょっと一つお願いしたいことあるんですが……」



 ◇



 あの後武具屋と道具屋に寄り修理を頼んできた。どうしてこうなったのか話したらどちらも何とも言えない表情をしていたものの、とりあえずはやってくれることになった。

 ただ双方別依頼が立て込んでいるらしく、二、三日程時間がかかるとのこと。

 早めに直して欲しいものの流石にどうすることも出来ないため、時間に関して了解し物を預けてきた。


 そして数日振りにやってきた魔術師ギルド。

 今回はポチの首輪購入だ。

 自分が首から下げているギルドカードをポチにも着けたいと言った所、これは冒険者専用であり出せないらしい。

 ただ似たようなアイテムは魔術ギルドにあるのでそちらに行けとのことだった。


「すいませんー」

「はい、今日はどのような……ご用件で……」


 中に入り受付嬢に話しかけるが、彼女はこちらを見ると何故か言葉が尻すぼみになっていく。

 前回の件で顔を覚えられた?と思うも少し違う。正確には視線が自分の頭上に……。


「すいません。ここペット禁止でした?」

「あ、いえその、大丈夫です……」


 ポチを頭の上から下ろし胸元で抱き上げる形に持ち直す。

 その間彼女の視線はずっとポチに釘付けになっていた。なんか何を考えているのかすごく分かりそうな視線である。


「……ちょっと抱きます?」

「はいっ!!」


 仕事中なのに即答かよ!と心の中でツッコミながら彼女にポチを渡す。

 するとまぁモフることモフること。同じように胸元で抱きしめたと思えば顔に頬ずり、更には尻尾をモフモフと……物凄く幸せそうな顔をしていた。

 視線を横に向ければ他の受付嬢もこちらを見てすごく羨ましそうにしている。ただ他の客がいるためさすがに持ち場を離れないものの、そわそわと落ち着かない様子なのが十二分に見て取れた。

 ポチはポチで特に抵抗することも無く、こちらも気持ちよさそうにしているので大丈夫だろう。

 流石に人を噛むようなことはしないように朝念押しだけはしておいた。その成果がちゃんと出ているのかもしれない。

 そしてある程度モフらせたところで話を切り出すことにした。


「えーと、それで今日はその子の首輪欲しいんですよ」


 とりあえず目的の首輪のことを受付嬢に伝えポチを返してもらう。

 欲しい機能としてはポチとはぐれたときに互いに場所が分かるような物だ。しっかりと希望を言った所該当するものがあったのだろう。

 彼女が立ち上がり、奥の魔道具販売コーナーを指す。


「あちらに販売員の者がおりますので伝えてきますね。少々お待ち……」

「皆、大丈夫?!」


 その時、ドダダダダ!と駆ける様に階上から誰か降りてきた。

 その声の主はホールに入るや否や手に持った杖を光らせ臨戦態勢に入っている。

 だがホールは至って平和だ、特に心配されるようなことは何も起きていない。

 皆がお互いに顔を見ては首を傾げ再び声の主を見る。


「あれ、マルティナさん?」

「ギルド長、どうかされましたか?」


 声の主――魔術師ギルドの長、マルティナは何も起こってない室内を見てポカンとしていた。


「あ、あれ……変ね、確かこっちに……。あれ、ヤマル君? その子って……」

「こんにちわ。マルティナさんもモフります?」


 可愛いですよ?とポチを見せると、彼女は一直線へこちらにやってきた。

 やっぱ女性は可愛いものが好きなんだなぁ、とほっこりしていると彼女はこちらの背後に回り肩をがっちりと掴む。


「ちょっとこっちに。ごめん、この子借りていくね!」

「ちょ、またこのパターンですか!」


 そのまま押され促されるままにまたも会議室に……ではなく、最上階のギルド長室へと連れ込まれた。

 中に入るとまず飛び込んでくるのが左右の本棚だ。びっしりと分厚い本が敷き詰められており威圧感すら感じる。

 そして正面を見ると部屋の中央に応接用と思しきテーブルとソファーが二脚。

 その奥にあるのはマルティナの執務机だろう。上には山積みになった書類がこれでもかと鎮座している。


「全く、なんてもの連れ込んで来るのよ。びっくりしちゃうじゃない」

「あ~……もしかして?」

「バレバレよ、魔物は体内に魔石あるからね。と言うかうちの子たち何で気づかなかったのかしら……」


 手で額を押さえ目を伏せながらもソファーに座るマルティナ。そして彼女に促されるままに対面のソファーに腰をかける。

 ポチもソファーの上におろし大人しくするように言ったら、体を丸めて目を伏せてしまった。よっぽど気持ちよかったのだろうか。


「で、今日は何しに来たの? と言うかその子どうしたのよ」

「えーと……」


 とりあえず昨日の出来事、今日の目的を掻い摘んでマルティナに話した。

 徐々に険しくなっていた表情が戦狼の所で驚きに変わり、ポチを引き取ったところであんぐりと口を開けるまでに至った。

 そして今日の目的を話すと「なるほどねぇ……」と何やら考え出し始める。


「ヤマル君、ここ来たのたまたまだろうけど正解よ。今の状態、結構危ないんだから」

「危ないって……ポチがですか?」

「まぁその子の危険性より君とその子の立場ね。魔物の子どもなんて私だって見たの片手で数えるぐらいよ、それも敵としてね。こんな風になるなんて考えたことすら無かったわ」


 こんな風、と言われたポチはソファーの上で大あくびしていた。割と大物なのかもしれない。


「魔物連れて街中歩いてる、なんて知られたら即処分なんて話が出てもおかしくないわよ。そして意図的にそれを連れて回る君もね。……冒険者ギルドのほうはどうなってるの?」

「とりあえず上に話はいってるみたいですけど、今はそれ以上のことはまだ……」

「なら近いうちにこっちに話が回ってくるわね。今のうちに手を打っておいた方が良さそうね」


 そういうとマルティナは立ち上がり、大きな本棚の一角へと向かった。

 その本棚には押し込まれるように大漁の本やそれ以外にもファイルらしきものがみっちりと詰まっている。

 それをとっかえひっかえ見比べてはようやく目的の物を見つけたのだろう。ファイルから一枚の紙を取り出してはそれを持ってこちらへと戻ってきた。


「はい、これにサイン書いてもらえる?」

「えーと、『魔術師ギルド加入書』……? え、でも何で? と言うか自分もう冒険者ギルドに入って……」

「ギルドは掛け持ちできるわよ。うちの子だって業務に支障でない範囲で他のギルドに行ってる子もいるし」


 割と真面目な話になるわよ、と真剣な目つきで言われては、こちらもしっかりと座りを正し聞く体勢を取る。


「魔術ギルドには加入条件があるんだけど、今回は特例でそれすっ飛ばすわ。ギルド長わたしの推薦ってことでね」

「はい」

「で、魔術師ギルドは大体役割としてもう少し細分化されるのよ。術の開発をする人だったり、魔道具製作する人だったり、魔法の取り締まりに関わる人だったり。今回君は『獣魔師』ってことで入ってもらうわね」

「獣魔師、ですか?」

「そ、魔物を従える魔術師。本当なら熟練の魔術師が『獣魔契約』ってやつをやって成功したらなれるんだけどねぇ、まさかこんな方法があったなんて……」


 盲点だったわ、と膝に肘を立て手で顔を覆うマルティナ。

 だが今の言葉を聞いて少し待ったをかける。


「あの、そんな契約した覚えないんですけど……」


 熟練の魔術師が使う契約なんてそれこそ難易度が高い物だろう。魔法の才が無い自分が出来るはずもないし、そもそもその契約自体知らないので出来るはずがない。


「自覚ないわよね、そりゃ。実際獣魔契約なんてする人殆どいないし。失敗したら至近距離で魔物にがぶっといかれちゃうもの。要点まとめると『対象との信頼関係』があり『望むものを与え』、『血肉の一部を分ける』ことで契約成立よ」

「俺そんなこと」


 してない、と言おうとして昨日のことが思い出される。

 『対象との信頼関係』は刷り込み。

 『望むものを与え』と『血肉の一部』は噛まれたときに血を吸われたことではないだろうか。戦狼が死んでから数時間、その間に生まれたならポチのお腹が空いてたとしてもおかしくは無い。

 血を吸ったことで空腹が少し満たされると同時に自分の血が取り込まれたのなら話は変わってくる。


「後は名前を付けて存在を固定化すれば」

「完成ってわけですか……」


 今度はこちらが項垂れる番だった。まさかあの短時間で成立してたなんて。

 どうりであの時急に大人しくなったり言うことを聞くようになったはずだ。契約成立してこちらが主の関係になったということなんだろう。


「契約が成立したことで変化があったはずよ。あとはこの子の言ってること、なんとなく分かるんじゃない?」

「確かに……」


 実際ポチの言葉を聞いたわけではないが、何となく伝えたがっていることは分かっていた。

 逆にこちらの言葉を聞いて言うことを聞くのもそれが起因しているんだろう。


「話を戻すわね。つまり君とポチちゃんは獣魔契約をした関係だって魔術師ギルド公認で認めさせるわけ。この子は魔術師ギルドの子ですよーって感じでね。そうすれば一緒にいても問題なくなるから、そのために君にはギルドに入ってもらわないといけないのよ」

「なるほど……分かりました。よろしくお願いします」


 しっかりと頭を下げ、出されたギルド加入届けにサインをする。

 その後はマルティナより獣魔師としての説明を受けた。と言っても個人的にギルドに貢献することはほぼなく、何か変化があれば逐一報告して欲しいぐらいとのこと。

 獣魔師自体の絶対数が極端に少ないため、まだまだ手探り状態であったが故だ。


「はい、後はこれね。君の魔術師ギルドカードとポチちゃんの獣魔契約の魔物って証の首輪。一応君が望んでた機能はついてるからね。あと何か言われたらこれを見せて説明すればいいわよ」

「何から何まですいません、ホント……」

「ほんとよねー。仕事がまだ片付かないからあっちの話聞けないし、これでまた増えちゃうし。あーあー、なにか私に良いことないかしらねー」


 そのあからさまにチラチラ見るのはやめていただきたい。

 とは言え仕事はともかく、今回のことも生活魔法でもマルティナに世話になっているのは紛れも無い事実。

 何か礼をしたいところだが、まだまだ稼ぎが安定しない自分に出来ることなんて何も……。


(あ、そう言えば……)


 カバンの中を漁り、中からフルーツ味の飴を一個取り出す。

 貧乏性ゆえかこちらに来てからまだ二回しか食べていない日本製品。異世界に興味あるマルティナなら喜んでもらえるかもしれない。


「マルティナさん、お疲れみたいですしこれなんてどうです? 甘い物で少し癒されるかも」

「ん~、何それ?」

「フルーツキャンディ……えーと、日本あっちの甘味ですよ。たまたま持ってこられたやつですけど」

「頂くわ!!」

「近い近い!!」


 顔がくっつきそうなぐらい身を乗り出すマルティナを押し留め、彼女に飴を渡す。

 貰ったマルティナは小袋を開けることなく、へー、とか、ほーとかマジマジとそれを掲げては見つめていた。


「これ袋よね、手触りツルツルだし材料何かしら……。それにこの精巧な絵、見た目で内包物が分かるようになってるの良いわね。でもこっちじゃやれても量産には向かないか……んー……」


 中々食べずにあれこれ思考してたマルティナだったが、恐る恐るといった感じで封を切る。

 中から取り出した飴玉をしばらく眺めた後思い切るようにして口に含んだ。


「あ、それ舐めるタイプですからね」

「ふぁーい。あまい……おいひぃ……」


 コロコロと転がすように舐めるマルティナ。その表情は半ば恍惚めいたものであり、飴玉ひとつでそうなるのはやはり環境の違いからだろう。

 少なくとも自分はあぁはならない……と思う。いや、このまま行けば日本の味欲しさにもしかしたら……いやしかし……。


「ねぇ、ヤマル君」

「はい? ……なんで隣来てるんです?」


 微妙に流し目でこちらを見るマルティナ。なんか捕食者のようなオーラが出ているのは気のせいだろうか。


「私、もう少し欲しいなー」

「え、これもう手に入らないからそんなに出す訳には……」

「欲しいなー」

「いえ、ですから……って腕放して下さい当たってますって!」

「んふふー、ヤマル君可愛いわねー。くれないと離さないわよ?」


 がっちりと腕を掴まれ胸を押し当てられては慌てて引き抜こうとするも、やはりこちらの住人のほうが腕力が高いのかびくともしない。

 日本での女性経験の少なさが如実に現れてるのか、どうしてもこのような場合の対応がうまくできないでいた。




 結局、マルティナに飴を五個ほど渡した所でようやく解放されることになったのだった。


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