第17話 戦狼の軌跡

 職員と一緒に中に入ると戦狼はまだ解体されずに台の上に寝かされていた。

 血抜き自体は済んでいるのか部屋に独特の匂いが立ち込めている。


「あの、どうかしましたか?」

「あぁ、あなたがヤマルさんですか。ここの解体担当の者です。ちょっと相談がありまして……」


 現れたのは血まみれの作業服を着た青年だ。自分と同じ歳ぐらいに見えるが解体を生業にしているとか正直尊敬する。

 しかしなんだろう、解体や素材に関しては俺よりこの人の方が適任のはず。

 だからそれらも含めて任せたはずなんだけど……。


「まずこの戦狼ですが状態が非常に良い。正直ここまで無傷のは見たことが無いです。そこで提案なんですがこいつをオークションにかけませんか? 好事家が買い取る可能性がかなり高いと思います」

「んー、オークションですか」

「えぇ、普通に素材にするよりは高くなると思いますよ。ただ少々時間がかかるので、即金が欲しいようでしたらこのままこちらで処理しますが……」


 確かにお金は欲しいが即金が今必要かといわれればそんなことはない。

 ならオークションにかけてもらった方がずっといいだろう。


「わかりました、オークションでお願いします。手続きとかそちらにお任せしても?」

「えぇ、その辺はこちらでやっておきますね」


 これで後はこの人たちに任せておけば大丈夫だろう。

 ……あれ、でも別にこの話ならここでしなくても……。


「すいません、ちょっと手伝ってもらえますか。この戦狼をあの箱の中に入れたいんですけど」

「あ、はい。あの箱は?」

「腐敗防止の魔道具ですよ。中ひんやりしてますけど入っちゃダメですよ」


 ……冷蔵庫? いや、冷凍庫か?

 ともあれ一旦思考を中断。担当者と一緒に戦狼を冷凍庫?の中に入れ蓋を閉める。

 さて、今日は冗談抜きで疲れた。金銭は後日だしとっとと宿に戻り……


「ヤマル、すまんがもうちょっと待て。こっちが本題だ」

「?」

「えぇとですね、その……これ、どうしましょう」


 職員が布にくるまれた何かを持ってきた。担当者も困惑顔でこちらに問いかけてくる。

 何だろうと思い布を広げると、中には子犬がすやすやと寝息を立てていた。

 上がダークブルーで下が白のツートンカラーの子犬。一体これが何だと……。


「あれ?」


 ダークブルーと白のツートン?

 そんな色合いの犬を最近……いや、犬じゃない。それもついさっき見たばかりだ。

 嫌な予感が頭を擡げる。つまりこの子犬は……。


「……子ども?」

「だな。俺も見るのは初めてだ」

「僕もですよ。魔物の子取り上げたとか他の人に言っても信じてくれませんって……」


 戦狼の子ども。それも産まれたて。

 聞けば担当者の人が作業してたらお腹に違和感があったらしい。水も吐かせたのに何故か膨らんだままのそれ。

 まさかと思い後ろに回るとすでに子どもの頭が出ていたそうだ。

 そして一つの仮説が浮ぶ。

 何故この戦狼が近場に出没したのか。もしかしたら昨日別のパーティが倒した戦狼がこのつがいだったのではないだろうか。

 そして臭いを頼りに出てきたところで自分と遭遇した、と。もちろん推測の域を出ないが、筋は通っている。

 まぁそれは一旦置いておくとして今の問題は目の前の子どもだ。


「いや、どうするって……どうするんですか?」

「まぁ無難なのはでかくなる前に……ってことだな。こいつの成体時の脅威なんて身を以って知っただろ」


 そりゃほんの少し前に殺されかけたばかりだ。あの恐怖はそうそう忘れることができるものではない。

 しかし目の前の子どもは本当に子犬のようにしか見えない。

 サイズ的には豆柴ぐらいか。この大きさが大人になったらあんだけでかくなるんだから不思議だ。


「何でこのことを自分に……」


 しかし仮に殺すなら正直なところ知りたくなかった。

 確かに将来的に人を襲うのであれば今のうちに対処するのは正しいことだろう。

 でも頭でそれが分かっていても心がそれを拒絶する。

 まだ何もしていない、だけど将来この子が人を殺した際に責任が取れるかといえば……。

 本心と理性がせめぎあい、頭の中がごちゃごちゃになってくる。


「まぁ戦狼仕留めたのはお前だからこいつの権利もお前だ。だからオークションに出すもよし、素材にするもよし、


 微妙にニュアンスの違う発音に察する。

 好きにして良いということは逃がすのも生かすのも好きにしていいと言う事だろう。

 ギルド側がそういうのは単に決まり事か、はたまた対処しきれなくなってるのか。

 だがそれを知る術はない。


「……はぁ、寝てる分には普通の可愛い子犬にしか見えないんですけどね」


 生かしても殺しても後味が悪い。

 この子狼がこれから先どうなるかが自分次第。魔物とは言え命を左右する立場なのは気が滅入るどころではない。

 そんなこちらの悩みなど知るはずもなく、のんきに寝てるなぁと子狼の下あごを軽く撫でる。

 くすぐったそうに身をよじるその姿は中々愛くるしいものカプッ。


「え?」


 何か変な擬音が聞こえたような……。

 見ると指が噛まれていた。それはもうこの子の母親が俺の右腕に噛み付いたときみたいにガッチリと。


「いだだだだだだだだ!!」

「バカ! そんなんでも魔物だっつってんだろ!」

「ちょ思ったより強……あ、血吸われてる吸われていでででで!!」


 三者が慌てて子狼を引き剥がす。

 噛まれたところはくっきりと歯型が残り血が滲んでいた。

 子どもとは言え魔物だと言う事を再認識し、改めてその危険性が浮き彫りになる。


「母子揃って噛まれるとは思いませんでしたよ……」

「今のはお前が迂闊すぎだ。見た目に騙されんじゃない」

「うぅ……反省します……」


 やはり動物とは似てて非なる者らしい。職員からの叱責は甘んじて受ける。

 しかしこうも凶暴だと先ほどの認識は改めなければならないのだろうか。自分がこの世界じゃ甘すぎる考えってのは何となく感じてるけど……。


「…………」

「……ん?」


 ふと視線を向けると子狼が起きていた。しかもばっちりを目が合ってしまった。


(あ、これなんかダメなパターンだ)


 嫌な予感がし一歩後ずさるも、それと同時に子狼は起き上がりこちらに向かって跳躍する。

 

「わんっ!」

「うわっ?!」


 べち!と擬音が聞こえるかのように顔面に飛びついてきた。

 そのまま子狼は四肢でこちらの頭をがっちりホールド。視界が奪われ見えないが、何やらパタパタと音がする。


「ちょ、離しなさい!」


 通じるわけがないのは分かっているもののそう言わずにはいれなかった。

 そのまま子狼の両脇を掴み引き剥がそうとすると、今回はあっさりと顔から剥がれる。

 見ると子狼は舌を出し尻尾もこれでもかと言うぐらいバタバタと左右に振っていた。さながら遊んでと懇願している子犬そのものである。


「おい、大丈夫か?」

「えぇ、なんとか……。え~と……?」


 先ほどとは違う意味で『どうしよう、これ』である。

 噛み付いてきたときみたいな様子は感じられない。単に寝ぼけてただけかもしれないが。

 そして。この子狼からは敵意と言ったものが感じられない。

 むしろ自分に向けては良い感情を持ってる節すらある。


「なんだ?」

「えーと、何かもうこの子大丈夫っぽいです。多分人襲うことは無いかと」

「……なんでそんなことが分かる?」

「……なんででしょうね? 自分でも良く分からないんですけど、なんか分かるんですよ」


 もはや理由にすらなっていない自覚はあるが、そう感じるのだから仕方ない。

 試しに子狼を床に降ろすが、自分の足元まで寄ってきては尻尾を振りながらくるくると回るだけだ。


「刷り込みですかね。初めて見たのを親と認識するってやつの……」

「動物ならともかく魔物でそれは聞いたことないんだがなぁ……。お前はそんな話聞いたことあるか?」

「いえ、僕も全然」


 刷り込みじゃないのか。でもそれじゃ一体どういうことだろうか。

 とりあえず足元にいる子狼に手を伸ばすと、こちらの意図を察したかのように大人しくなったのでそのまま抱きかかえる。

 その聞き分けの良さや見た目から先ほどの認識が塗り変わっていくのを感じる。


(あー、ダメだな)


 多分もう自分はこの子を殺すなんてことはできない。

 完全に情が入ってしまった。何かあっさり掌返しした認識に少し違和感を覚えるが、これが本心だから偽ることなんて出来ない。


「……魔物って飼えますかね」

「分かってるのか、魔物だぞ?」

「でもまるで躾けられたみたいに大人しいですよ。生まれたばかりなのに、です。案外いけるんじゃないですかね?」


 抱きかかえた子狼を頭上に持ってくると、またもこちらの意図を察したかのように動く。

 後ろ足を肩に、前足と体を頭の上に乗せればまるで肩車のような形に収まった。何故だか妙にしっくりとくる。


「さっき噛まれたのが嘘みたいですね……魔物がそんなに懐くなんて僕初めてなんですが」

「俺もだ。一体どうなってるんだ?」

「さぁ……?」


 実際本当に分からないのだから仕方が無い。むしろ珍しいことなら自分が知りたいところである。


「……まぁそもそもそいつはお前のもんだからな。俺らがどうこう出来るわけでもないか」

「ちょっ?! いいんですか?」


 驚く担当者に職員が小さく息を吐く。


「さぁな、魔物は人類の敵のはずだがこいつ見てたら良く分からん。ただ責任はしっかりと持てよ。そいつがなんか悪さしでかしたら即討伐対象になるんだからな?」

「ん、分かりました。肝に銘じてしっかりと躾けます」


 大人しくするんだぞ?と頭上に向かって言うとちゃんとこちらの言葉を理解してるのか元気な鳴き声が返ってきた。


「まぁ余計な混乱招きかねないからとりあえず俺らだけの秘密だな。あぁ、でもギルド長には報告しなきゃならんからそこは理解してくれ」

「まぁ街中に戦狼がいるなんて知れたら騒ぎになりますからね、仕方ないか……」

「ところでヤマルさん、その子の名前はどうするんです?」

「あー……名前か」


 どうしようか。何かに名前をつけるなんてこと殆どしたことが無い。

 狼だからウルフを文字って……いやいや、狼なの黙っておかなきゃいけないのでそれは却下だ。

 うーん、強そうなのがいいだろうか。でも変に厨二ネームでもつけようものなら、他の人に名前呼ばれる度に自分に精神ダメージが入りそうだ。

 ならもっと簡単で親しみやすそうなのか?


「う~ん……ポチ? いや、さすがに安直過ぎか――」

「わんっ!!」

「え、マジでそれでいいの?」


 再び頭から子狼を抱き上げ、顔が見えるように正面に持ってくる。

 相変わらず尻尾をばたつかせるその姿はとても楽しそうだ。


「もう一度聞くけど……ポチでいいの?」

「わんっ!」

「もっとかっこいいのとか考えるよ?」

「わんっ!わんっ!!」


 言葉は分からないが構わない、それが良いと言ってる気がする。

 もし気のせいだったらそのときは全力で考え直そう。


「んじゃお前の名前はポチな」

「ぅわんっ!」


 うーん、まぁ本人が気に入ってるなら良いか。

 

「と言うわけでポチになりました」

「ぽちですか。あまり聞かないけどどんな意味が?」

「あー、意味と言うかうちの地元で親しまれてた名前みたいなもんですね」


 ポチが通用しないとはさすが異世界。こういったちょっとしたところでも違いを感じるなぁと思う。

 とりあえず後は二人に任せ、今日はもう宿へと戻ることにした。



 ◇



 そしてその宿にて。


「おかえり、今日は遅かったね。ほら、ワンちゃんはこいつに寝かしておやり」

「なんで一匹増えてるの知ってるんですか……」


 ポチの寝床を受け取りつつ、女将さんのすごさの片鱗を改めて垣間見ることになった。


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