第9話 ヤマルは にげだした!
「ああああああああああ!!!!」
逃げる。とにかく逃げる。ひたすら逃げる。脱兎の如く逃げる。
今現在背後から魔物に追いかけられている真っ最中だ。
血を思わせる赤い瞳、白髪鬼さながらの全身を覆う白き体毛、発達した後ろ足は今にも飛び掛ってきそうな気配を感じる。
それになんといっても目立つのは額から伸びた鋭い角だ。あんなものに刺されたらひとたまりも無い。
これが魔物。これが命を賭けた戦い。
冒険者が送る異常な日常の一部分を今身をもって体験している。
「おーい、早く仕留めろよー」
「無理無理無理ーーーー!!」
戦術的撤退はまだまだ続く。
◇
「おーい、早く仕留めろよー」
「無理無理無理ーーーー!!」
悲鳴とも思える叫びをしながらヤマルが尚も野を駆ける。そんな彼を追い回しているのはこの辺の平野を生息域にしている魔物の一種だ。
名をホーンラビットと言い見た目の通りの魔物。動物のうさぎをやや大きくし、額に生えた角で奇襲をする魔物だ。
ちなみに俺の冒険者……いや、人生においてホーンラビットに追い掛け回される人物を見たのは初である。
あの魔物は警戒心がそれなりに高く、奇襲が失敗したり獲物に見つかったときは即座に撤退するのだ。
なので断じてあのように堂々と姿を晒し追いかけることは、稀を通り越して奇跡かもしれない。
「対処法は教えただろー」
「分かってますけどーーーー!!」
そんなホーンラビットの対処法は単純明快。額に生えた角が武器であると同時に最大の弱点である。
手っ取り早いのが飛び掛られたときに何か硬いもので防げばいい。金属の盾があればそれが一番だ。
村人の中には鍋蓋で対処する猛者もいるぐらいである。
角に強い衝撃が走ると頭にダイレクトに響くらしく、そのまま目を回して倒れるのだ。後は悠々と仕留めるだけであり、確立された狩猟法の一つである。
(しかしマジで学者に話したら金一封でも貰えんもんかな)
ホーンラビットが人を追い回す習性を持っているなんて話は聞いたことが無い。
これがあの個体だけならたまたまだが、現在三匹目。その三匹全てがあのようにヤマルを追い掛け回しているのだ。
その度に俺がさくっと倒したのだが、さすがに一匹ぐらいは仕留めないと今後色々支障が出かねない。
「大丈夫大丈夫、ポーション買ったから部位欠損しない限りはどうとでもなるぞー」
「痛いの嫌に決まってるじゃないですかーー!!」
うわぁ、ヘタレ発言。
痛いの好きになれとは言わない。そんなのは一部の特殊性癖持ちぐらいだ。
だがこの仕事で痛み無しで済むことなどほぼありえない。
「はっ……てか、なんで……ひぃ、俺だけ……!」
あ、また息が上がってきた。
一応今回は護衛と言う立場もあるので、仕方なく助けることにする。
(我ながらまだまだ甘いな)
◇
「はっ……はっ……!」
服従のポーズよろしく、大地に四つんばいになり息を整える。
結局あの後また助けてもらった。三匹目のホーンラビットはラムダンの手により手際よく解体され、現在彼の背嚢の中である。
「明日から体力ぐらいはつけるよう心がけろよ? そんなんじゃすぐに死んじまうぞ」
「はっ……善処、します……ふぅ……」
荷物と装備抱えながらの全力疾走はマジできつい。うぅ、横っ腹が……。
でもラムダンの言うとおり体力ぐらいはどうにかしないといけない。どこかで時間を見つけてランニングでもするべきだろうか。
「てかその腰のモン使わないのか? 何か知らないが武器なんだろ。と言うかなんだ、ソレ?」
「あー……」
忘れていたわけではないが、全部奇襲を受けるような形だったため使いそびれていたソレ。
武具屋の店主が作ってくれた試作品を腰から引き抜き、ラムダンにしっかりと姿を見せる。
原材料がよく分からない木製のY字型の
日本では実物を滅多に見なくなったそれ、もしかしたらオモチャ屋にあるかもしれないが。
「なんて言えばいいのかな、簡易弓モドキと言いますか……」
「ほー、なんて名前なんだ?」
「スリングショットって言います。あ、でも自分の住んでたとこですとパチンコって言ってたりもしますね」
見ててくださいね、と言っては立ち上がり、手ごろな石ころを拾い上げる。
左手で竿を持ち、右手で石ころを革に挟んではゆっくりと蔓を引き伸ばした。
(試射だから狙いは適当にその辺の草むらでいいか)
そのまま右手を離せば蔓に蓄えられた弾性エネルギーを以って石ころが発射される。
草むらに飛び込んだ石ころはそのまま地面に着弾。勢いそのまま跳ね草むらから飛び出したかと思えば、あとは自然と勢いを失い再び草むらに入り見えなくなった。
(結構速度出てたなぁ)
速度は予想以上。狙いは……まっすぐ飛ばせてるか現時点では不明なのでまだわからない。
ただ棹も蔓も特に悲鳴を上げることも無かった。下手したら伸ばした段階で折れたり千切れたりするんじゃないかと思ってただけにほっとしている。
「こんな感じに使いますね。武器としては多分弓のほうが威力も射程もあると思います。こっちの利点は手軽さと、飛ばすものがその辺で取れるもので済むというとこでしょうか」
今回は石ころだったが摘めれば弾はなんだっていいのだ。この世界だと木の実とか丈夫そうなイメージあるし、それを使うことができるかもしれない。
「おぉ、いいなそれ」
「そうですか? 店主は万人向けじゃないって言ってましたけど」
「まぁ万人向けじゃないのは確かだな。だが今見ただけでも有用性はかなりあると思うぞ」
そう言いラムダンはスリングショットの感想を述べていく。
「とにかく構造がシンプルなのがいいな。職人じゃなくて俺らでも材料があれば作れそうだし、修理もできるしな。そして矢と違ってその辺の転がってるやつを使えるってのも高評価だ。現地まで持っていく労力が減るってことだからな」
やはり荷物は極力減らしたいのは冒険者の共通認識らしい。
「後はお前みたいに力が無いヤツでもそれなりに威力が出そうなのは良いわ。うちのパーティの魔術師に持たせるのも悪くないかもしれん、魔力の節約になるだろうし……いや、アイツみたいに足の速いやつに持たせるのも悪くないな。拾って撃てば遠近ひっかき回しながらいけるか……?」
何やらブツブツと呟き始めた。そう言えばパーティリーダーをしていたんだっけか。
ラムダンが今言ってたアイツってのも多分メンバーのことなんだろう。
「ちなみに弱点はどんなのあると思います?」
「そりゃやっぱり威力だろうな。それなりに威力は出るがそれなり以上は出ない。硬い魔物、後は打撃系が効きづらいやつとかな。あぁ、人間相手なら兵士とか最悪だな。金属防具には石じゃ話にならん。こっちも金属飛ばせばありかもしれんが、それじゃ荷物の手間のメリットを消しかねん」
スラスラと答えが返ってくるあたりさすがラムダンと言った所か。
やはり現役で腕の良い冒険者は頼りになる。こう言った弱点もスパスパ教えてくれるし。
「そういえば昨日言ってたぼうがんってのも武器なんだろ? どういうやつなんだ?」
「あー、ボウガンは造りが複雑になった弓と言いますか……」
現物が無いためざっくりとした説明をラムダンに伝える。
聞いたイメージでの回答はやっぱり弓のほうが良いらしい。
スリングショット同様一定の威力があることや、矢を
(手に入れても結局はメンテの問題もあるし、仕方ないのかなぁ)
銃があれば一番良かったんだろうけど、予想通り武具屋には影も形も無かった。なのでボウガンならとも思っての発言であったんだが。
もしボウガンを作ってもらう機会があっても、ワンオフでは他の武器と違って各地でメンテすることもできそうにない。
都合良くボウガンを作れる人が居て、その人が自分と行動を共にするなんてことなどありえないし……。
「さて、休憩もこの辺でいいな。ホーンラビットがいたから順序が逆になっちまったが採取もやるぞ。こっちだ」
「あ、はい」
ついて来い、と言うラムダンの後を追い歩くことしばし。
水辺の近くにある草むらの中に目的のものがあった。薬草である。
「こいつがポーションの材料にもなる薬草だ。物の形状と採取法は必ず覚えるように」
そういうとラムダンは自前のナイフを取り出し薬草の茎の部分を切断する。
「薬草を取るときの注意点は必ず茎の部分で切ることだ。再生力が高いからこうやって切ってもまた生えてくるからな」
「根っこごと引き抜くのはダメなんですか?」
「根は根で別の材料になるらしいが、依頼されない限りはそれはしない。何故だか分かるか?」
その問いかけに考えることしばし。いや、単純に思いつくことが一つあるから多分これだろう。
「根ごと持ってくと次から葉の部分が手に入らないから、ですかね」
「そうだ。根と時間がある限り葉はいくらでも生えてくるからな。だが逆に注意することもある」
「と言いますと?」
「今回取った薬草は後日また取れる。つまりここにきたら定期的に薬草が手に入るということだが、それは俺たちだけじゃない。他の冒険者もこの場所にあるのを知ってたら取りに来るだろう。何せ所有権はその時見つけたやつだからな。とりあえず常設依頼系のモンは見つけたら場所を覚えておくことだ」
なるほど、確かにその辺に生えている薬草に所有権を求めるのは無理な話だ。
先着順となると何日で薬草として再び取れるようになるか、スパンはしっかりと把握しておいたほうがいいかもしれない。
「あ、でもそれなら土ごと掘り起こして栽培するとか」
「あぁ、一応栽培してるとこもあるぞ。ただ理由は良く分からんが生産量がイマイチらしい。専らそっちは研究用に使ってるって話だな」
なら市場に出回ってるのは基本冒険者らが持ち帰ったものになるのか。
「さて、後は時間ある限り魔物と採取の繰り返しだ。ホーンラビットや薬草以外にもここで見かけるのはあるから、出来ることなら全部やっておきたいな」
「あー……魔物のほうはお手柔らかに……」
あまり強いのでませんように、と心の中で祈りつつ、今日一日彼の教えをみっちり叩きこまれていった。
◇
その日の夕方。
「んで、なんで傷どころか汚れすらねーんだ?」
「あ、あはは……」
店主にピカピカのままの短剣を見せた結果ものすごくにらまれる羽目になった。
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