第10話 閑話・すれ違い


「ふぅ……」

「どうしましたか、国王代理」


 目の前にある山積みになった書類と格闘しているうちに思わずため息が漏れていたらしい。

 隣にいる補佐からそう言われようやくその事に気付く。


「いや、何。まだまだ問題が山積みだなと思ってね」

「仕方ありませんよ。新体制に人材の移動、昇進に国葬、果ては救世主多数召喚でしたし……」


 補佐の言う通りここ最近は目が回るくらいに色々な事があった。

 他にも貴族との交渉、亡くなった人の親族とのやりとり。それこそ表に出たものから裏で手を回したものまで様々だ。

 すべて自分一人でこなしているわけではないが、少なくともどのような事が起こったかその結果には目を通さねばならない。


「しかし救世主殿の活躍はやはり目覚しいですね」


 現在全員が得意分野に沿って各部署に散ってもらっている。

 例えば大戦士であるサイファス=ローは騎士団の個々の騎士の底上げに従事してもらっているし、セレブリア=ルーカスは物流関連を見てもらっている。

 もちろんいくら救世主とはいえいきなり外部の人間が口を出すのは今までそこにいた人間からしたら面白くは無い。やり方自体も世界そのものが違うのだから彼らに丸投げするのは現状危険極まりない。

 国として土台が揺るいでいる状態で新しいことをするのは避けるべきである。

 なので彼らはまずこの国のやり方に慣れてもらいつつ、何か気になる点があれば都度意見を出してもらう特別顧問として動いてもらっている。

 こちらには無い着眼点を持ちすでにいくつかの有用なアイデアが出て来ていると話は聞いていた。数日経っているものの概ね現場からは好評のようだ。


「セレス殿は神殿に、ルーシュ殿は夜会でしたか」


 リディとスヴェルクはこちらを手伝ってもらっているし、ローズマリーは薬師として医務室へ。

 セーヴァは騎士団の編成や集団戦を主とし、ラットは各部情報の収集と伝達。

 彼らの実力を十全に発揮できてるとは言いがたいものの、それでも全員得意分野での片鱗が見れるのは流石と言った所だろう。


「ヤマル殿は街で静かにしているはずですが……」

「心配ではありますが、彼の為にも早く国の安定を――」

『代理ー! こーくーおー代理ーー!!』


 その時だった。突如、部屋の外から少年の声がこちらまで響き渡る。

 誰かに呼ばれているようだが今の時間は会議も何も無かったはずだ。一体誰だろうか。


「代理ー!」


 バン!と扉が勢いよく開け放たれ一人の少年が入ってきた。

 現れたのはラットと呼ばれる少年。先の召喚にてこの世界に呼ばれた救世主の一人だ。


「ラット殿、どうされましたか? 何か不都合な事でも……」

「いや、そっちじゃなくて……!」

「少し落ち着け。我々は話に来たんだろう?」


 その後ろから続くのは巨躯の大男。彼もラット同様救世主として呼ばれたサイファスだ。

 更にその後ろから同じ救世主のセレブリアとローズマリーが彼らの後に続いて入ってくる。


「皆様、これは……?」

「騒がせて済まない。少し気になることを耳にしたのでそれを聞きに来た次第だ」

「気になること、ですか。それはどの様な事でしょうか?」


 救世主のほぼ半数がやってくる程の事だ。流石に仕事片手間に聞ける内容ではないだろう。

 一度書類を机に置き、彼らの方へとしっかり顔を向ける。


「俺の方で面倒を見ている兵士らが城下町の巡回中に見慣れぬ人間を見たそうだ。黒髪で如何にも弱そうな少年が冒険者ギルドへと入って行ったらしい」

「で、俺が外での頼まれ事の際にちょいちょいと調べたらそれヤマル兄ちゃんじゃんか。ここ数日城で見ないなと思ってたのに何であんなとこにいんだよ」

「……? 何故ヤマル殿が冒険者ギルドに?」


 おかしい、渡したお金はいくらなんでも数日で消える金額では無いはずだ。

 どこかで落としたか、はたまた悪人にすられたか。実は物凄い浪費家であったと言う線もある。


「あたしも知りたいから今回お邪魔させてもらったよ。そもそもなんであの子は外にいるんだい?」


 一番後ろにいるローズマリーが腕を組みながらこちらに不審な目を向けてくる。

 今彼らに抜けられては非常に不味く、下手をすれば不和で国が傾いてしまいかねない。

 それだけは避けねばならないため、彼らにはまず何故ヤマルが城ではなく外にいるかを伝えることにした。


「理由は色々ではありますが……」


 嘘をついても後でスヴェルク経由でばれると信用されなくなりそうなので包み隠さず話すことにする。


「正直なところ世界が違いすぎて彼が出来る事が無いのが一番の理由です。彼の事を知るために世界含め色々と聞きましたが……正直半分も分かりませんでした」


 とりあえず確実に分かったことと言えばこの世界と違い魔物や亜人種などがいないこと。

 そして魔法が言葉としてはあるが実際には存在しない事。

 ではそんな世界がどういう世界と言えば……本当に何を言っているのか中々理解が出来ない世界だった。


「彼が持つ知識や技術はこの世界に無いものばかりです。恐らく中には有用なものもあるでしょう。ですが今の我々が欲するような力は何一つ持っていなかったのですよ」

「皆さんにも協力していただいている通り現在国の基盤が揺らいでいる状態なのです。まずはこれを安定させねば他の事など何も出来ません」


 自分の言葉の後に付け加えるよう隣の補佐が役職の通りサポートをしてくれる。

 こちらでも彼に何か出来ないかは色々尋ねたはしたのだ。

 しかし他の九名と比べても彼の世界が一番の異端な世界だった。

 そのせいか自分達が欲するような能力が彼からは完全に抜け落ちているような状態だったのだ。


「それなら教育しながらでも良かったんじゃないのかい?」

「確かにその案はありました。ですが国の建て直しは絶対的な急務……。一から教えるとなると誰かが教育をせねばならず、その分他の者にしわ寄せがいってしまいます。平時ならまだしも、現行ではそれすら厳しいのです」


 実際のところ一人ぐらいならば何とかねじ込めなくは無かったとは思う。

 しかしそれを口実に彼を受け入れるとなれば、自分達に反対している貴族らが見返りに何を言ってくるか分かったものではない。

 彼らとて国あっての貴族。これ以上国が混乱するようなことは避けるだろうが、だからと言って現状未来を担保に危ない橋を渡るわけにはいかなかった。

 それにそもそも救世主である彼らを呼ぶ前にこの件については取り決めが行われていた。

 使える者は国に、そうでない者は外に。もし哀れに思うならば各々の責任でどうにかするように、と。

 だから自分らが持ち得る権利の中、可能な範囲でどうにかするつもりだった。 


「よって一時的に彼のみ外へ行ってもらうことに決めました」

「ん、一時的?」

「えぇ、彼には申し訳ないと思いますが三か月分ほどの滞在費を渡しております。それまでにこちらの件を片付け、その後向こうが望むのであれば何かしら仕事を斡旋するつもりです」


 問題の先延ばしと言えばそれまでだが、その先延ばしで作れた時間で色々と片付けることが出来る。

 たった三ヶ月で全てが終わるとは思っていないが、少なくともある程度は余裕が持てる部分まではもっていくつもりだ。


「何をするかはまだ決めれる段階ではないですがね」

「……まぁ一応は考えを持って動いてたって訳ね。あんたらがあの子のことをちゃんと考えてるってのはとりあえずは納得しようじゃないか」


 とりあえずローズマリーはこちらへ向けられた矛先を納めてくれたようだ。

 彼女からしても完全には納得できるものではないのだろうが、一応及第点はもらえたらしい。


「代理、少し気になるのですがそもそもヤマル君の世界ってどんなのですか?」

「セレブリア殿も気になりますか?」

「えぇ。我々と違う異世界であればどの様な知識があるか、こちらに転用出来るのか今後のためにもお聞かせ願えますか?」


 ふむ、確かに以前の世界では世界有数の商人であり現行物流の仕事をしてもらっているセレブリアだ。

 もしあの子を受け入れる体勢が整ったら彼の下につけるのも悪くないかもしれない。


「と言っても先ほど言ったように私には半分も分からなかったがそれでもよろしいですか?」

「えぇ、問題ありません」

「では……。何とか理解できた部分で言えば彼の世界には魔物や亜人、獣人、魔人が存在せず人間しかいないみたいです。あとは魔法も存在せず特殊な能力持ちもいませんね」


 人間以外の種族はともかく、魔法が無い世界など聞いた時は少し侮ったことも事実だ。

 魔法技術も無い世界で一体どの様な生活を行っていたのかと。

 だが話を進めるうちにその心情が驚愕へ変わるのにそう時間は掛からなかった。


「……確か彼の居た世界はとても高い水準の世界だと思います。以前、彼が持っていた私物を見させてもらいましたが、まるで精巧な絵を一瞬で写したり時間を切り取ったかのような……えーと、動く絵と言いますか。その様なものを持っていました」


 そんな物まで持っていたのか。道具らしい道具はあの時持ち合わせていないようだったが部屋に置いていたのだろうか。

 しかしあの時彼は自分ではその世界の物を作り出す技術も知識も無いと言っていた。

 ただ完成品を知っているのであればこの世界の物で何か代用か……もしくは多少性能は落ちても画期的な物を作る標になるかもしれない。

 上手くいけば遠くない未来にその不思議なものも再現できるようになるかも知れないと感じた。


「やはり我々の世界を容易く凌駕しているようですな。彼の世界では人の知恵と技術のみで様々なものを作っていたそうです。彼の能力もその技術の土台ありきでしたが……。あと理解出来たものでしたらやはり乗り物でしょう」


 彼の世界にある乗り物を聞いた時のことを思い出す。

 実物が無い以上嘘偽りや夢物語と言えばどれだけ楽かと思ったほどだ。しかし本当であるのならとんでもない物ばかりであった。


「馬が不要で馬車より数倍速い乗り物は当たり前。数百名を一度に運ぶ箱状の乗り物。後は大きいものなら百名以上抱えながら空を飛ぶ音より早い鉄の鳥など。信じられますか? これらが人の知恵と技術だけで作り得たと言う事実が」


 魔法も不要。特別な力も要らない。

 だがかの世界はそんなものなど必要ないと突きつけるように学べば誰もが使える技術として確かに存在している。

 彼がその様な物を作る技術を持ち合わせていれば他の貴族を黙らせるなど造作もなかっただろうに実に惜しい。


「それは、また……」


 やはり目の前の救世主らもこの事には何も言えなくなってしまっているようだった。

 彼らからしてもやはりその様な物が存在すること自体が信じられないようだ。


「彼の知る物があればこの世界は更に豊かになるでしょう。ですがそれらを研究するにしてもまだその時ではないのです。どうか、ご理解いただきたい」

「まぁ私も商人とは言え以前は上に立つ立場でしたからね。国王代理の考えは分かりました」

「でもさー。代理は兄ちゃんに三ヶ月後ぐらいを目処に雇うとかその辺言ったんだよな? なら普通に考えたら大人しくしておくんじゃねーの?」


 ラットの意見についてはこちらも同じ考えであり、何故あのような行動を取ったのか気になるところだ。

 そもそもどうして彼が冒険者ギルドにいるのだろう。もし仕事がしたいのなら確か城下には斡旋所があったはずである。

 荒事が得意な集団が集まる場に彼のような性格の人間が用事があるとは思えないが……。


「国王代理、彼は元の世界に帰りたがっていました。もしかしたら自ら動いたのやもしれません」

「むぅ……」


 確かにこちらの庇護下に入れば生活は安定するが彼が求める召喚石は中々手に入らない。

 以前話した際にもその事は言っていたし早速行動に動いたという事なのかもしれない。


「流石にこちらの都合で待ってもらっている手前、彼のやりたいことを止める訳にもいかないかと」

「……仕方ないですな。もし彼がこちらに助けを求めることがあれば優先的に手を差し伸べるようにしましょう」


 一から十まで助けることは不可能だが手を差し伸べることはまだ可能だ。

 ともあれ偶然とは言え彼に関する事が聞けて良かった。もっと大人しい子だと思っていたが存外に積極性もあるらしい。

 今後は少し注意しておく必要もありそうである。


「ともあれ彼についてはこちらの方でも注意しておきましょう。教えていただきありがとうございます」

「そちらでも何か分かったら教えとくれよ。流石に一人だけは可哀想だからね」

「私の方も是非。彼については時間あれば色々と聞きたいですからね」


 こちらが頭を下げ情報の提供に礼を述べると、救世主たちも今後の情報を欲しいと言う言葉を残し部屋から去っていった。

 彼らが去った後考えるのはやはりヤマルの行動である。何故大人しく待たなかったのかだけは気にかかった。

 召喚石の為とはいえ、三ヶ月待てばもう少し安全に色々手段は講じられただろうに。

 あまり荒事が得意なようには見えなかった。ただ三ヵ月後の安全策を蹴ってでも元の世界に戻りたいと言う意志の表れなのかもしれない。


「ヤマル殿には何か考えがあるのだろうか……」



 ◇



「はぁ、少しは考えないとダメか……」


 諸々の諸経費でがっつりと減った資金。

 三ヶ月分の額は一括で貰うには多いだろうが、逆に言えば三ヶ月で文無しになる。

 つまりと言うことだ。


「そりゃまぁ銅の剣や棍棒渡されて魔王倒しにいけよりは遥かにマシだけどさ」


 某国民的ゲームの序盤の光景を思い出しつつ、ひぃふぅと部屋のテーブルの上に広げた残金を調べる。

 武具に必要なアイテム一式は買った。

 後は日々の仕事でどこまで稼げるか、そして日々の支出がどれほどか。稼ぎの良い仕事や自分が出来そうな依頼など調べることは山積みだ。


「う~ん、でもあの代理あんまこういう追い出しっぽいことする人じゃ無かったけど……まぁ上に立つ立場の人だと仕方ないのかなぁ」


 実はあの時色々やり取りしてはいたはずなのだが、ハズレと言われたせいか所々記憶が曖昧なのである。

 思った以上にショックを受けていたらしい。

 もしかしたら何か他にも国王代理が言ってたかも知れないが完全に思い出すまでには至らなかった。



 結局大事な部分がすっぽ抜けてることに気付くのはもっと後になってからのことになるのであった。

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