第8話 ここで装備していくかい?


「それでは今日はありがとうございました」

「おう。明日も同じ時間にギルドでな」


 冒険者研修一日目が無事終了しほっと一息つく。

 武具屋で少し……いや、大分時間を超過したため予定よりも遅くなってしまったが、ラムダンはちゃんと最後まで付き合ってくれた。

 夜の帳が落ち、辺りはすでに夕闇。

 街中とは言え日本と違い明かりが煌々としているわけではないので、足早に宿へと向かうことにする。

 まだ慣れぬ王都の夜道をおっかなびっくり進みながらも何事も無く宿に辿り着くことが出来た。



 ◇



 玄関のドアを開けると見慣れはじめてきた一階の酒場。宿部分は二階にあり、酒場兼宿の造りになっている。

 この宿には町に来てからずっとお世話になっていた。斡旋所の職員の人にお願いをして教えてもらった宿だ。

 地獄の沙汰もなんとやら、教えてもらった分のをこっそり職員に渡した甲斐があったもんだ。

 そのお陰もあり割とリーズナブルで程々の部屋を用意してくれたので非常に助かっている。

 騒がしい酔っ払いらに絡まれないよう端の席に座ると恰幅の良い女将さんがこちらにやってきた。


「おかえり。どうだい、今日はうまくいったかい?」

「あー、まだちゃんとはしてないんですよね。本番は明後日以降ぐらいかな?」


 この女将さんは情報通なのか、こちらの行動が何故か筒抜けになっている。

 一昨日斡旋所に匙を投げられたときも、こちらからは何も言ってないのにその事を知っていた。

 何で知ってるの?と聞くと井戸端会議で知ったと言うが果たして本当だろうか。と言うかこの世界は個人情報保護がかなりゆるゆるのようである。


「アンタはあんま荒事向きじゃないんだし、無理しない程度にやんなさいよ」


 多少の無理はしないとここの料金がそのうち払えなくなりそうなので、曖昧な笑みで誤魔化しておく。

 

「それで今日は何にするんだい? 賄いでいいんならすぐに出せるよ」

「あ、それでお願いします」


 日替わりランチ……もとい日替わりディナーとも言えるここの賄いは他の料理より値段が安いので重宝している。その為もっぱら注文はこれだ。

 何が出てくるかは主人の仕入れと食材の余り次第のため分からないが、量は申し分ないし味も普通に良いので良い事尽くめである。

 程なくして料理がやってきたので、今日も美味しく有り難く頂く事にした。



 ◇



 食事を終え二階の部屋に戻ると借りてきたカバンをテーブルの上に置く。

 カバンの中身は自分の私物が入っているが、本体は現在道具屋に預けて補修中だ。


「しっかしラムダンさんはほんと当たりだったなぁ」


 ギルド職員もちゃんと注文通りの人を当ててくれたようで感謝しかない。

 ラムダンも武具選定や店案内、買い物後の基本的な講習もきちんとやってくれた。

 

 特に助かったのが道具屋での選定だ。

 武具屋の後に立ち寄った道具屋でのことだ。

 回復用のポーションはこの世界にはあると言うことは聞いていたので、最初はその様な物を揃えると思っていた。

 もちろんそれらも買い物リストにはあったようだが、いの一番でやったのは自分のカバンの補修である。

 冒険者は割とどんな場所でも行くので、少なくとも布製では破れたりすることもままあるらしい。魔物と戦って切られる事も珍しくないようだ。

 冒険者ご用達の丈夫なカバンも店にはあったのだが、新しく買うよりは今あるものを補修したほうが安上がりで済むということでそれに従うことにした。

 自分のカバンは旅行に持っていっただけあり、やや容量が大きめの肩から下げるタイプの物だ。ファスナー開閉式の口と、その上からかぶせ部分で覆うやつである。ぱっとした見た目は魔女の宅○便のヒロインが使っているやつに近い。色はあちらと違い草色だが。

 今回の補修は底面底抜け防止用補強と、かぶせ部分と肩掛け部分に革を取り付ける簡易的なものだ。

 一日でやってくれるそうなのでカバンを預け代わりのものを借りたが、その際店の人がファスナーに興味深々だったのが印象的だった。

 ともあれカバンはそのまま使うつもりだったので、補修については完全に盲点だった。心の中で再度ラムダンに感謝をしておく。


「んー、武具と道具一式は明日受け取るから特に準備はないか」


 武具も今日は持ち帰っていない。こちらもサイズの微調整を今やってもらっているところだ。

 それと例の試作品も明日中に出してやると息巻いていたが間に合うのだろうか。もちろん間に合ってくれると個人的にはすごく助かるけど。


(あとは店に何か忘れてないか一応確認しとくかな)


 割とバタバタしながら中身を詰め替えしたため少し不安になってきた。時間はまだあるので中身の確認をすることにした。

 そしてテーブルの上に所狭しと並べられたのは、あの日と同じ日本製の品々。

 すでにバッテリー切れで動かないスマホと、コンセントが無いため使えない充電器にイヤフォン。

 着替え一式と洗面具系にタオル類。あの日まではコーヒーを入れていた魔法瓶の水筒。

 こちらでは全く使えない財布にカード、それに暇つぶし用として持っていった文庫本が一冊。

 後は会社に持っていくためにたまたま旅館の売店で買った飴が二袋分。

 そして王国民証明書とここ数日で目に見えて減ったこちらの財布の麻袋。初日に重く感じたのが懐かしく思える。

 

「特に忘れもんはないか。にしても減ったなぁ、初期投資と考えれば仕方ないんだけど」


 今日の買い物とラムダンへの支払いなどが重なり、この数日で1/3ほどの金額が減った計算である。

 元が取れるようになるのは果たしていつになることか。そもそもちゃんとやっていけるのか、不安材料は尽きない。


「……今日はとっとと休むか」


 明日は歩くし慣れぬ肉体労働も行う予定だ。

 さっさと休んで体力温存に努めることにしよう。



 ◇



 そして研修二日目。

 ギルドでラムダンと合流し、その足でまずは道具屋でカバンを回収しに向かった。

 店はすでに開いており、中に入ると店長が補修を終えたカバンを見せてくれた。

 予定ではかぶせ蓋と肩掛け部分に鞣し革を張り付けるはずだったが、それ以外にも左右の側面部に二つずつ、試験管が差し込めるようなサイズの円状のホルダーが追加されていた。

 聞けば戦闘になりそうなときにポーションを予め差し込んでおくホルダーらしい。実際昨日見せてもらったポーション瓶は試験管のような作りだった。

 また店長からカバンを受け取ると中にすでに何か入っているような重さを感じた。

 開けてみると仕切り板のような薄い板で1/3ほどスペースが区切られており、そこにはポーション瓶をはじめ昨日買った品がすでに詰め込まれていた。

 ご丁寧にポーションは瓶が割れないよう、網の目に組まれた枠組みに収まっている。しかもよく見たら底面に緩衝材のようなものが敷いてあり、更に専用の上蓋までついていた。

 またそのスペース内にはややしっかりした造りの小箱がひとつ。これはこちらから希望を出した完全防水、防塵用の箱だ。

 最悪カバンが水に漬かるようなことになっても、この箱の中身のみは濡れずに済むという一品である。


「いやー、中々創作意欲沸くもの見せてくれたから少し張り切っちゃったよ」


 今度作れるか試してみるつもりさ、と言う店長の顔はとても良い笑顔だった。

 目の下に隈が出来ていたので、もしかしたら遅くまでファスナーの図面でも描いてたのかもしれない。

 そして借りていたカバンから私物を取り出しては受け取った自分のカバンに詰め直す。

 全部詰めても元々荷物がそこまでないのと、カバンが程々に大きいこともあり多少の余裕は残されていた。


「毎度あり! また来てよー!」


 最後に借りていたカバンを返すと、店長が笑顔で見送ってくれた。

 さて、次は武具のお店だ。頼んだものは出来ているだろうか。



 ◇



 昨日の武具屋に入ると、待っていたとばかりに店主が装備一式を用意していた。

 店主の案をベースにラムダンに意見をもらい、最終的に決まった初の装備品。

 目の前にある『自分だけの武具』を見るとちょっとテンションが上がるのは男の子の特権だろう。まぁ子って言う歳でもないが。


「一応調整したが着てみろ。違和感あるようなら必ず言え、文字通り命に関わるからな」


 店主にそう釘を刺されつつまずは防具を着込んでいく。

 今回選んだのは魔物の革で作った鎧と小手、それに膝当てと靴だ。靴以外どれも今の服の上から装備するものになっている。

 鎧と言っても金属の鎧のようにごつくて頑丈なものではなく、胴体部と背中、そして肩と上半身を守る簡素なものだ。重さと可動域を考慮した結果このような形となった。

 と言うより仮に体力がこの世界の人並みにあっても金属鎧はあまり薦めれないのが、店主とラムダンの共通意見だったからと言うこともある。

 そもそも様々なところに行く冒険者にとって金属鎧は相性が悪いらしい。部分的に使うならまだしも、フルプレートの冒険者は滅多に居ない。

 これは外に居る間は中々脱ぐことが出来ない冒険者にとっては、高い防御力よりも蒸れづらく動きやすいほうが好まれるためだそうだ。

 頭から被るようにして革鎧を着け、左右の紐をぐっと縛ってだぼつかないように調整。

 そのまま膝当てを取り付け、今の靴から革の靴へと履きなおす。

 カバンと違い靴は新調することになった。今の靴では明らかに耐久性と防御力が足りないらしい。

 ラムダンは歩き回る冒険者にとって靴は特に妥協できない品だと言う。その為新人が履くものよりワンランク上のものを選んでいる。店主が若干まけてくれたため、予算内に収まったからこそ買えたのだ。

 そして最後に小手。

 これのみ革の上から金属板を数枚取り付け補強されている。盾を持ち歩かない以上、手の守りをしっかりするためだ。

 若干重量は増すものの安全性には代えられない。

 ラムダンもそれぐらい慣れろと言っていたので頑張るつもりだ。


「こんな感じですか? 鎧着るなんて初めてなんですけど……」

「お前本当に珍しい……いや、まぁいい。見た限りでは特に問題ないな。後は動いて何か感じたら持ってくるように」


 店主の言葉に首を縦に振りしっかりと肯定の意を示す。


「じゃぁ次は武器だ。まずはこいつだ。獲物が左に来るようにベルトを腰に巻け」


 そう言って最初に出されたのはまるで映画で見たガンベルトのような大きなベルトと、それに鞘ごと取り付けられたやや大振りの短剣だ。

 刀身の長さ三十センチ強、幅十センチ弱と昨日指差したナイフよりずっと大きい一振りである。

 もちろん相応の重さもあるが、素人である自分がモンスターと戦うのならばこれぐらいは必要らしい。

 

「そしてナイフが二つだ。武器よりは採取とか細かい作業用だな」


 そして渡される通常サイズのナイフが二つ。

 二つなのは予備と言うよりも使い分けの意味合いが強いらしい。片方を採取や解体に使ったら、もう片方は調理用などにするとのこと。

 まぁ変な汁や体液がついたもので調理はしたくないので納得の理由だ。

 短剣同様にナイフもベルトに取り付けると、最後に渡されたのは昨日話した試作品である。

 

(と言うか本当に完成したのか……)


 構造はそんな難しくないものの、知らない武器を作るのって結構難しいと思うんだが。

 本職の意地とプライドと言う奴かもしれない。


「大体は聞いたとおりに作れたとは思う。アイデア自体は悪くないんだが、万人向けかと言われたら難しいってのが正直な感想だな」

「でしょうね。もっと強い武器もたくさんあるでしょうし」

「まぁな。だがこいつはこいつでしかない強みはあるから俺は好きだぞ。とりあえずこいつも使ってみて感想を聞かせてくれ」


 受け取ったものをベルトの腰部のホルダーに挿し固定すれば、ようやく新米冒険者・古門野丸の完成だ。

 駆け出しの冒険者として見てくれとしては、まぁ並ぐらいには見えるのではないだろうか。


「やっぱまだまだ青二才って感じだな」


 しかし店主の言葉は中々手厳しい。隣ではその言葉に応じてラムダンも首を縦に振っていた。

 外見だけではまだまだと言うことなんだろう。

 もしかしたらこの二人には新入社員がピカピカのスーツを着てるようなものに見えるのかもしれない。

 もしくは新入生が着ている学生服とか。


「おっと、忘れるとこだった。餞別にこれもやろう、一番上に羽織っておけ」

「あ、ありがとうございます!」


 礼を言い差し出されたものを受け取るとフード付きのマントだった。

 ラムダンもそうだがギルドの他の冒険者らも着ているのと同じやつだ。確か直射日光を避けたり雨が降ったときに重宝する一品である。


「ラムダン、今日終わったら最悪こいつだけでもここに寄越せ。出だしが肝心だからな、何も無くても一応見ておきたい」

「あぁ分かった。よし、行くぞ」


 ラムダンの後を追い店を後にする。

 これからついに冒険者としての第一歩を踏み出すことになる。

 街の外にはどんな世界が広がっているのだろう。期待と不安、それに恐怖が少々入り混じって心がとてもドキドキする。

 高鳴る鼓動に胸を押さえつつ、ラムダンと共に街門へと歩を進めていった。

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