第5話 ハズレ枠

 自己紹介兼動画撮影会が無事終わり、皆で談話してると程なくして案内の使用人が姿を現した。

 彼は一礼したあと部屋にいる全員に視線を向け、これからの予定を告げていく。

 今から国王代理含めた数名と一人ずつ話し合うこと。

 そしてその結果そのまま必要箇所に割り振られるかもしれないため、今もっている物はここに置かないほうが良いとのことだ。


「すまん、部屋にある俺の武具はどうなる?」

「もし離れた場所になりそうならもちろん一度取りに行きます。それまでは兵が部屋を見張っているのでご安心を」


 話を聞かないと何も分からないのは皆も一緒なのだろう。二、三質問が飛んだものの、つつがなく説明が終了する。

 そして一人目、少し間を開いて二人目と呼ばれた人物が部屋を出て行った。

 しばらくしても戻ってこないところを見ると、多分彼らは協力することにしたんだろう。今後どこで会えるかは不明だが、出来たら今日みたいにまた全員で集まれたらいいなと思う。


 そして部屋の人数が半数を切り、ついに最後まで一緒に残っていた人も行ってしまった。どうやら自分が最後のようだ。

 広い部屋に一人きりと言うのはなんとも寂しく不安になってくる。さっきまで皆と騒いでいた分、余計にそう感じるのかもしれない。

 これからどんなことを聞かれるのか、そして自分に何が出来るのか。

 そう言えばこちらからの質問はいいのだろうか。可能なら聞きたいことは沢山ある。

 国王代理も忙しいみたいだし、次に時間取れるのはいつになるかもわからない。聞けるときに聞いておいたほうが良さそうだ。


 そしてついにそのときが来る。


「フルカド=ヤマル様。大変お待たせしました、どうぞこちらへ」



 ◇



 廊下を歩きながら色々考えていたら、ふとひとつの疑問が浮かんできた。

 自分以外のメンバーが戻ってこなかったと言うことは、多分彼らは向こうの条件を飲んだことになるんだろう。

 もしかしたら断った人もいるかもしれないが、先ほどの自己紹介時の事を思い浮かべるとその可能性も低そうだ。

 理由は分からないが彼らは元の世界に戻ることに固執していない。むしろ前向きに協力したいという姿勢すら見て取れた。

 自分が思う普通の人の感覚なら大なり小なり帰りたいと思うのではないだろうか。自分としては正直揺れ動いている部分はあるものの、手放しでOKしたいかといえば……多分違う。

 もちろん必要とされている以上助けたいと言う気持ちはあるのだが。


(そして何で俺なんだろうな……)


 そして一番の疑問がコレだ。昨日から幾度と無く出てくるがいまだ答えに辿り着けていない。

 同じように呼ばれたメンバーは勇者だったり聖女だったり、または立派な役職についていたりと元の世界で間違いなく必要とされるような面々である。

 自分のように一会社員……いなくなっても替えがどうとでもなるような感じでは決して無い。


 正直なところ彼らに対してコンプレックスは感じている。ただ羨望はあるが嫉妬はない。

 呼ばれた基準が良く分からないのだ。だから余計に困惑する。


(せめて俺がなんか手に職あればまだ分かるんだけどなぁ)


 例えば日本の技術をこの世界に、とか、見たことも無い料理で人々を幸せに、とかそういった展望がありそうならば分かりやすいのだが、残念なことに自分にはそういったものはない。

 道具は使えるが作れない。料理に関しても全く同じ。

 技術面も完成品と使い方は知っているが、ただそれだけである。ふわっとした感じでいいならどういった理論かはなんとなく分かる程度だ。とても製作まで持ち込めそうにない。

 体力面にしても目立つべき部分は特になし。ケンカすら右手で数えるぐらいしかしてない自分にしてみれば戦闘などもっての他だ。


(とりあえず聞きたいことはまとめておこう)


 細かいことはその都度聞くとして、絶対に知りたいことは次の通り。

 何故自分が呼ばれたのか。自分に何をさせたいのか、もしくは出来るのか。元の世界に帰る手立てはあるのか。

 特に最後は重要だ。帰りたくないと帰れないではまったく違う。


(大体こんなところかな、あとは……ん?)


 思考が一端まとまったところで視線の先に三人の男性の姿が見えた。

 丁度傍の部屋から出てきたところらしい。王城にいて身なりがいいところを見ると多分貴族か……もしくはそれに近い偉い人か。

 彼らはこちらに気づくことなく話し込んだまま反対側の方向へと歩いていった。

 そして使用人に案内され到着したのは、先ほどの男性らが出てきた部屋であった。

 中に入ると国王代理ともう一人、三十過ぎぐらいの男性が椅子に座っていた。だが二人とも何か気落ちしているのか、表情がどこか暗い。


「ヤマル様をお連れいたしました」

「ん、あぁ……ご苦労、下がって良いぞ。ヤマル殿、そちらに」


 指示されるまま対面の椅子に座り、国王代理らとテーブルを挟んで向き合う。

 そのテーブルの上にはカップが五つ……多分先ほど出て行った三人もここにいたのだろう。

 途中退席、忙しいのは分かるがこのタイミングでやるだろうか。


「ヤマル殿、先に謝っておきたい。本当に申し訳ないことをした」

「え?」


 開口一番、いきなりの謝罪と頭を下げられた。

 多分召喚のことを言っているのだろう。昨日しこたま謝ってくれたのにまだ足りないと思っているのか。


「いえ、昨日謝罪はしてくれましたし、そっちはもう」

「そうではない、そうではないのだ……!」


 どうにも要領を得ない。彼らが何に対して謝っているのだろう。


「貴殿には全てを話そう。他言無用としていただきたい内容ではあるが、この情報を開示することがこちらの誠意と思っていただきたい」



 ◇



「そういう……ことですか」


 全てを聞きもはや怒りすら沸いてこない。胸にあるのはただただ空しい虚無感のみ。

 彼らから聞かされたのは正しくトップシークレットとも言える召喚に関することだった。


 この国では今回のように国の存亡に関わるときに異世界からの助っ人として召喚を行っていた。

 それは文献に残っている数百年前より遥か昔から伝えられている秘儀、それによってこの国は幾度となくピンチを乗り越えてきたらしい。

 ただしこの秘儀には致命的な欠陥が二つあった。

 一つは大量の生命を文字通り奉げることが必要であること。

 もう一つはどのような人物が召喚されるのかこちらからでは分からないこと。

 前者は三百年ほど前に召喚された伝説の魔女によって改変され、彼女によって考案された専用の魔道具を用いることで解決を見せることとなる。

 そして魔女が更に秘儀を調査をした結果、皆が知らなかった一つの機能を見つけ出した。


『十人以上同時召喚すれば一人は確実に英雄級が出てくるわよ。代わりに一人は役に立たない子になるけどね』


 だが彼女考案の専用の魔道具は一個作るのに膨大な資金と時間がかかる為、この手法は今までとられることが無かった。

 事実、今回の召喚においてもどのように召喚するか意見が割れに割れたそうだ。

 十人同時召喚ならば確実に当たりとも言える人材が混じっている。ただし十個もの魔道具を消費する上、その英雄級の人材とセットで付いてくるもう一人以外、どのような人物が出てくるのか分からない。最悪英雄一人にその他九人と言う結果すらありえる。

 一回ずつ行うならば、うまくいけば少ない回数で当たりの人物が出てくる可能性がある。ただし失敗したときのデメリットは言うまでもない。最悪持ちえる魔道具全て使うことになりかねないし、使ったところで理想の結果になるわけでもない。

 更に昨今の情勢において長らく平和だったため、魔道具自体のストックがあったのが混乱に拍車を掛けた。もし魔道具が十個未満ならば一回ずつ試す案で可決されたであろう。

 結局現状失敗ができないと言う事態が確実性を求める方向で話がまとまることになり、自分たちが呼ばれたと言うわけだ。

 結果はごらんの通り。誰が英雄級当たりなのかは分からないが、少なくともあの面々を見ればはずれとは程遠いだろう。


(まるで課金ガチャだな……)


 十回以上でSSRが確実に手に入る!みたいな謳い文句のアレだ。もちろんこちらの世界の人がそんなの知ってるわけないが。

 ともあれ予定通り、自分は英雄級の人材を確実に呼ぶ撒き餌としてこの世界に召喚された。

 それはつまるところ自分の役目はすでに終えており、残ったのは伝説の魔女曰く役に立たない人物一名。

 なるほど、だからあの三人は部屋から出て行ったのか。

 自分が最後まで呼ばれなかったのは偶然だろうが、九人話して外れと思える人物がいなかったのだろう。

 必然と残った人物がそれに該当することになり、もはや話を聞く価値すらない、と言った所か。

 だから国王代理も隣の男性も部屋に入ったときに暗い顔をしていたのだろう。これから突きつける事実に心を痛めて。


(いい人なんだろうなぁ)


 立場上厳しい取捨選択を取らねばならぬことも多々あるのだろうに、それでもこちらを気に掛けてくれた。

 目の前にいるのはもはや救世主ではない、ただの平民と変わらぬ人間だと言うのに。


「……すまぬ、としか言いようがないな。聞きたいことがあればなんでも聞いて欲しい。そなたには出来る限りのことはしよう」

「そうですね……。では色々と聞きたいことがありますので遠慮なく」


 まず最初に問いかけるのは帰れるかどうかだ。

 ここに来たのが英雄級召喚のおまけなら、もはやこの世界に無理に留まり続ける理由は無い。


「帰る方法はあります。難しいですが」

「と言うと?」


 代わりに答えたのは代理の隣に座っていた男性だ。

 彼は足元から豪奢な台座の上に飾られた水晶玉を取り出した。それをこちらに見えるようにテーブルの上に置く。

 大きさは小さなトロフィーぐらい、透明な水晶ごしの代理と男性の姿が歪んで見えた。


「先ほどの話にもありました魔道具……召喚石です。まぁこれはレプリカですが」

「へぇ、綺麗ですね」

「本物はこの透明部分が魔力によって虹色に光っています。使い終わるとこれと同じように透明になり、また魔力を溜めねばなりません。この召喚石を使えば辿ってきた道を戻るように帰れると伝えられています」


 伝えられているのは多分確かめようがないからだろう。

 しかし帰れる方法があると言うの非常に大きい。


「それを使わせてもらうのは?」

「難しいでしょうね。秘儀自体は召喚した手前使用許可事態は降りるでしょう。しかしこの召喚石に限りがある以上現在余っている分を使うのは……」

「今回の召喚で十個も使用したから、ですか?」

「そうですね。現状数が少なくなったため間違いなく今後のために残りは保管するよう求められるでしょう。……私たち個人としては帰してあげたい気持ちです。ですが国と立場を考えると首を縦に振ることはできないんです」

「……勝手ですね、呼ぶだけ呼んで帰せないとか」

「返す言葉もありません」


 再び頭を下げる男性。部屋の空気が更に重くなったのを感じたので別の質問をする。


「その、魔力が溜まるにはどうしたら?」

「平時でしたら神殿での祈りの際に魔力を少し吸い上げるような形を取ってます。これで一つ溜まるのに大体十五年あたりでしょうか」

「じゅっ……!?」


 絶句するしかない。つまり今回百五十年分の消費をしたと言う事になる。

 確かに向こうの立場なら、平民一人のために十五年分をポンとやることは難しいだろう。あまり納得はできないが。


「魔術師や神官らが全力で注げばもっと早く溜まるでしょうが、それでも年単位になるでしょうね」

「……ちなみに自分が召喚石を持って方々を回るのは?」

「そちらもちょっと……。召喚石自体作り方は確立されているのですが、何分高価なものなので持ち歩かれるのはご遠慮願いたいです。余裕ができましたら優先的に回しますので……」


 そうは言ってくれるが最短でも年単位である。


「わかりました、現状その辺はどうにもならないみたいですし……。あの、正直自分どうなるんですか?」

「これから次第、ですね。貴方が何が出来るのかまだ分からないので今はなんとも。それではこちらからも質問をいくつか――」



 ◇



 あぁ、そうだった。

 結局この後、この世界において古門野丸ハズレ枠に出来ることは何も無いという結論になったんだった。

 政治経済、外交護衛、魔術料理etc……現状必要とされるようなスキルを何ももっていなかったのだから仕方ないと言えば仕方ない。

 仕方ないのだが……右も左も分からないこの世界で生きていけとは中々無茶なことを言ってくれる。

 それでも同情はあったのか、彼らは一応幾ばくかのお金と、この国の民であると言う身分証明書をくれた。

 とりあえずこれらがあれば少なくともしばらくは暮らしていけるらしい。


「はぁ、まずは仕事探さないとなぁ」


 また就活か、と一人ごちると、重い足取りで町の方へ向かうことにした。


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