第4話 閑話・救世主たち(-α)の自己紹介
「では私からですな」
動画撮影会先頭バッターは最初に話しかけてきた初老の男性だ。
そう言えばあれよあれよと流れに身を任せていたため、まだ誰一人名前すら知らない。
なお動画の内容はあれこれ話し合った結果、それぞれを知るためにと言うことで自己紹介と言うことになった。
「私の名前はスヴェルク=ルードヴィッヒと申します。以前の世界では国家直属の裁判官をやっておりました。我が家系は代々その職に就いており、私もそれに倣っておりました。この世界での司法はどうなっているのかまだ分かりませんが、そちらの方面で協力することになると思われます」
以後、お見知りおきを。と頭を軽く下げ締めくくるスヴェルク。
カメラを構え録画し終え、はい、良いですよー、と言うと彼は足早に近づいてきた。
どうやら写真同様動画にも興味津々のようである。
「ちょっと待ってくださいね。えーと……」
スマホを操作し先ほど撮った動画を見せる。
画面からスヴェルクが現れ、先ほどと同じ声がスマホから聞こえると周りからも驚きの声が上がった。
「すっげぇ……。え、なんだよそれ! おっさんがもう一人いるみてーじゃんか!」
「いやはや……動いている自身を見ると言うのはいささかこそばゆいものですな。他人から見た自分を見ることなど経験のないことですし」
どうやらこちらも好評のようだった。
次を誰にするべきか、と思っていたらすでに何人かが手を挙げこちらを見ている。
その目は『早く自分を撮ってくれ』と雄弁に語っていた。
◇
「うっしゃ、俺の名前はラット! と言っても本名じゃないらしーんだけどな。元々孤児で国の路地裏で食うのもやっとだったんだけど、ちょっとエラいさんの目に止まってそれからは一転よ。身軽さに目をつけたその人に雇われ、まぁ……色々やったな。おっと、その辺は詳しく聞くなよ? あ、情報収集とかは割りと得意だぜ? そのうち必要になったら声かけてくれよな!」
小柄な少年がこちらに向けて元気に挨拶してくる。
年の頃は十五歳ぐらいだろうか。茶髪で人懐っこい笑みを浮かべている。
色々何したかは気になるところではあるが、触れない方がいいんだろう。やぶへびやぶへび。
「うーん、ちょっとインパクトに欠けるか。兄ちゃん、バク宙でもしようか? それともこう……」
言うや否や止める間もなくラットが片手逆立ちを椅子の上でやりはじめた。
更に彼はそのままぐるっと360度回転し、勢いそのままに飛び上がっては空中で一回転して着地する。
「うし、これでどうだ!」
とてもいい笑顔で決めポーズをするラットだったが、後に控える大男に首根っこを捕まれてはそのまま強制退場されられていった。
「どうも、セレブリア=ルーカスです。向こうではちょっとした商店主をやっておりましてね。割と悠々自適な暮らししてたんですが、中々ここは刺激的なようで面白い。商品を持って来れなかったのは悔やまれますが、まぁイチからまた始めるのも一興でしょうな。どうです、その道具私に譲ってくれれば相応以上の金額にして差し上げますよ?」
こちらは歳は五十ぐらいだろうか。
ふくよかな体つき、恐らくセレブリアの世界では豪奢であろう服装。
いや、感性は人それぞれ世界それぞれだ。例えそれが金ピカ刺繍の成金衣装に見えたとしても、きっと何か意味が含まれてるに違いない。
「うわだっせぇ」
おいこらラット君、そーゆーのはもう少し小声でお願いしたい。
とりあえず彼の提案には丁重に断りを入れておいた。さすがにこれは日本との繋がりみたいなもんだ、そう易々と手放すことはできない。
「私の名前はセレスティア=S=リンフォースと申します。セレスとお呼びください。あちらの世界では神の声を聞く聖女……の候補として日々研鑽を積んでおりました。人々を癒し、少しでも手助けできるよう勤めさせていただきたく思います」
金髪碧眼、白い修道服、可愛らしい顔立ちとまさにパーフェクト聖女と言うのが第一印象だ。多分それは間違っていないだろう。
腰まで伸びたサラサラな髪を揺らし、笑顔を浮かべる彼女はレンズ越しでもまったく衰えることはない。
スマホの通信が出来るなら『金髪美少女シスターが目の前にいる件』とかタイトルつけてSNSにぶち上げたいぐらいだ。
きっと自身最高のアクセス数が見込まれるだろう。
「聖女候補……ですか。どのようなお仕事を?」
「祈りをささげたり聖句を覚えたり……あとは神殿で傷や病気を癒したりでしょうか」
これでも得意なんですよ?と満足げな笑みを浮かべるセレス。あかん、可愛い。
これ以上やるとバッテリー切れまでずっと彼女のターンになりかねないので、泣く泣く切り上げることにした。
「僕の名前はセーヴァ=シン=ラインハルト。よろしくね。ちょっと言うの恥ずかしいんだけど、向こうでは勇者で知られてたよ。あ、正確には元勇者だよ。もう役目終えてから五年経ってるしね。僕もここで出来ることは精一杯やるつもりだよ」
セレスが完璧聖女なら、こちらは完璧勇者と言った青年だ。
蒼い髪と目、甘いマスク、身長も高いし体つきも申し分ない。服の上からじゃ分からないが、多分細マッチョというやつか?
何よりオーラがすごかった。甘いマスクから放たれる笑顔には、なんというか後光がさしてる様な波動を感じる。
うん、気のせいかもしれないけど、多分感じる。
「ほぉ~、文字通り救世主ってやつですか? その背の剣は聖剣か何かですかな?」
セレブリアの目が光ったような気がしたが、多分見間違えじゃないだろう。
きっと商人としての金勘定が頭の中でめまぐるしく動いてるに違いない。
「いえ、聖剣は持ってましたけどもう必要ないということで元あった場所に戻しました。これはそれまで使ってた剣ですね」
どうやら聖剣自体はあちらの世界にはあるらしい。欲しいとは思わないけどちょっと現物を見れないのは残念である。
セレブリアも残念そうにしているが、きっと自分とは意味合いが違うのだろう。
「サイファス=ロウだ。あちらでは旅の戦士として各地を転々としていた。出来ることは戦うこと、ぐらいか。こちらの武具には興味あるな、是非見てみたいところだ」
サイファスは自分がこちらに来たときに助け起こしてもらった男性だ。
筋骨隆々が人の形を取ったらまさにこんな感じだろう。
二メートルは越すであろう長躯、丸太のような腕、短く刈り上げられた銀髪。
その顔は先のセーヴァがイケメン主人公なら、彼は頼れる兄貴分と言ったイメージである。
かっこいいではなく凛々しい、逞しい。男が一度は憧れるであろう『強さ』を分かりやすく体現した人であった。
「あれ、武器や鎧は?」
「む……迷ったが部屋に置いてきた。さすがに食事まであの格好と言うわけにも行くまい」
戦時ならばともかくな、と付け加えてはそりゃそーかと納得する。
あんな巨大な斧とゴツい鎧は確かに食事の場では邪魔になりかねない。
「ぼ、僕はちゃんと邪魔にならないように横に避けておいたからね!」
剣を背負ったままのセーヴァが慌てて自身のフォローに入ったのを見て、皆一様に笑いを漏らすのだった。
「はーい! ルーシュでーっす! 見ての通り踊り子、旅芸人一座の団員として色んな所行ってたよ! 仕事中にこっち呼ばれちゃってお城と格好がミスマッチだけど、まぁそーゆーわけだから気にしないでくれると助かるかな? あ、こっちで美味しいもの見つけたら教えてね!」
自己紹介しながら踊るとは中々斬新な子だった。
歳は二十歳ぐらいだろうか。薄紫色の髪はポニーテールにまとめられ、褐色の肌と相まってよく映える。
愛くるしくコロコロ笑う表情はセレスとは違った可愛らしさがあった。
だがルーシュは自身が言ったように扇情的な踊り子の服を着ており、スタイルもかなり良い。
そんな子が踊るたびに揺れる胸はぶっちゃけ目のやり場に困る。が、動画を撮る手前やむなく……そう、やむなく見続けねばならないのは仕方ないことだ。
「にーちゃん、鼻の下伸びてるぞ」
そうラットに突っ込まれ慌てて表情を引き締める。
ばれてたのかばれてないのか分からなかったが、ルーシュは特に気にした様子も無くカメラに向け笑顔を振りまいていた。
「あ、えと……リディ、です。本が好きです。えっと、計算もそれなりに……です」
打って変わってこちらはとても大人しい少年。
リディはラットと同じぐらい小柄な子。茶色の髪は目が隠れるぐらい伸ばしており、その隙間からわずかに緑色の瞳がちらりと見える。
手には前の世界で持っていたのか分厚い本を大事そうに抱えていた。
「その本は?」
「これは、その……僕の好きな物語の本、です。騎士と姫のお話なんですよ」
好きなことに振れられたからかちょっと声のトーンが明るい。
騎士と姫のお話とはまたベタと思う反面、異世界でもその手の話はあるんだなぁと思わず感心してしまう。
「えっと、面白い本あったり……あ、皆さんの世界の物語とか教えてくれると、うれしいです」
最後にそう告げると深々と頭を下げるリディ。
そう言えば旅行の道中の暇つぶし用に持っていったラノベがあった気がする。機会があれば貸してあげてもいいかもしれない。
「シルビア=ローズマリーじゃ。見ての通りただの老いぼれ婆……と言ってもこの面子じゃ誤魔化せんかの。本業は薬師じゃ。向こうじゃ大体のモンは作れたが、こっちじゃどうかのぅ?」
紫のローブに三角帽、そして木製の杖と言う出で立ちのシルビア。
本人は薬師と言っているが、どちらかと言えば魔女の方がしっくりきそうだ。部屋の中で鍋を煮ているシーンなんかすごく似合いそうである。
「なんじゃ、なんか変なこと考えておらんか?」
「……いえ、そんなことないですよ?」
自分なりに何食わぬ顔で否定したが、果たして目の前の老婆には誤魔化せるものなのだろうか。
そんな不安をよそにシルビアは何食わぬ顔でこちらを見ていたが、興味をなくしたのか元居た場所へと戻っていく。
心を見透かされていると言うか、何か呪術でも掛けられそうな視線だと思ったのは内緒だ。
「これで全員かな」
「何言ってんだい。あんたがまだだろう?」
「そうだぜー。ほれ兄ちゃん、それ貸した貸した」
いつの間にかラットの手にはスマホが握られており、促されるままカメラの前に立たされる。
正直なところ人前に出るのは苦手なので遠慮したいところだったが、皆からの圧力に負ける形になってしまった。
「後ろから見てたから使い方は大体覚えたぜー。確かこれを押せば良いんだよな」
ほい、とラットが画面上のボタンを押せば録画が開始されたようだった。
もはや逃げられそうに無いので大人しく自己紹介をすることにする。
「えーと、古門 野丸です。向こうでは会社員……えーと、こっちだとなんて言えばいいんだろ? 商店の店員とかその辺かな。まぁ普通の一市民でした。特技とかは……」
無い、とは言いづらいが本当に特に無い。向こうでの肩書きもこれと言って無い。
本当に何にも無いな、とついつい自嘲気味な笑みを浮べてしまう。
「特にこれと言って無い、かな。まぁやれることはやっていきたいと思います」
よろしくお願いします、と最後に付け加えて頭を下げる。
よし、無難に終わった。これ以上無いぐらい普通中の普通にやりとげた。
「にーちゃん、こんなすごいもん持ってんだから特技のひとつやふたつあんじゃね?」
「だったら良かったんだけどね。これ作ったのも俺じゃなくて、もっとずっと頭の良い人が製作した物だしね」
ラットからスマホを返してもらいながらそう答え、今撮った動画を軽くチェック。
バッテリーもすでに20%を切っているが何とか全員分できたようだった。この調子だと明日、長くても明後日には完全に動かなくなるだろう。
(……これを見返すことが出来るのかな)
この世界にいる以上一度バッテリーが切れたら見ることはできないだろうし、帰れる当てもまだ分からないためしばらくは見れないだろう。もしかしたら一生かもしれない。
でも……
「おーい、にーちゃん。皆の世界の教え合いするぞー!」
「ん、りょーかい」
折角出来た思い出とこのメンバーとの繋がり、データが見れなくなったとしてもこれらだけは大事にしたいと思った。
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