第3話 まだまだ慣れない異世界二日目

 明けて翌朝、窓から差し込む眩しい日差しと共に目が覚めた。

 視界に広がるのは見慣れぬ高い天井。横に視線を移せば自室のより遥かに大きく豪奢な部屋。

 庶民街道まっしぐらな自分にとって落ち着かない部屋ではあったが、眠れたあたり相当疲れてたかまいっていたのだろう。


(夢じゃないんだなぁ)


 目が覚めたら自室で『土曜日消えたーー!!』と頭抱える朝であって欲しかったが、残念ながら現実であるらしい。

 昨日救世主と言われこの世界に呼ばれた。所謂異世界召喚と言う物である。


(本当に城なんだな)


 昨日この世界に呼ばれたときは夜だったらしく、客間の窓から見える風景も暗闇に明かりがポツポツとあるだけで良く分からなかった。

 それが今や窓から見下ろすその風景はTHE・城下町である。

 大通りを行きかう人々、雑多な建屋、警邏する鎧を来た兵士に城を中心にぐるりと取り囲む城壁。まさに中世RPGの世界がそこに広がっていた。


(そういえば魔法もあるんだっけか)


 実物は見てないが昨日の話でとある魔法が問題になっていた。

 当たり前の口ぶりで話していたから、この世界において魔法は割りと身近な存在なのかもしれない。


 ――コンコン。


「あ、はい!」


 ドアがノックされ反射的に返事をすれば、失礼します。と若いメイドが姿を現した。

 ネコミミとかがついてるわけでもスカートの丈が短いわけでもなく、黒と白を基調としたメイド服。

 昨日彼女を初めて見たときは本物のメイドを見れて少し感動したものだった。何せマンガやアニメの世界でしか見たこと無かったし。

 そんな彼女だがメイドとしての自負があるのが良く分かる。仕事人としての気概を感じるし、その佇まいにはいかがわしさなど微塵も無い。


「おはようございます。夕べはおくつろぎ頂けましたでしょうか?」

「あ、はい。こんな豪華なところでちょっとびっくりしましたけど……」


 わずかに笑みを浮かべてそう答えると、メイドも柔和な笑みを浮かべてくれた。

 そしてこちらに近寄ると、きれいに折りたたまれた衣服を差し出してくる。


「昨日お召しになっていた服が乾きましたのでお持ちいたしました。こちらで別の服をご用意しようかと思いましたが、着慣れた服のほうが良いとのことでしたので」

「あ、わざわざすいません。ありがとうございます」


 昨日寝巻きを借りそれまで着ていた私服を彼女らに預けていた。綺麗に折りたたまれた服を見ると普段の自分のたたみ方が雑なのが良く分かりちょっと凹みそうになる。

 が、そこはプロと素人の差と割り切ることにした。餅は餅屋、この手のことで本職に適うわけがないのだと自分に言い聞かせる。


「ご朝食のご用意ができましたらまたお呼びいたします。今後のことについてもそのときに、と申し付かっております」


 今後のこと。昨日一日を振り返り、様々な疑問や聞きたいことは十分にある。

 それについてはしっかり答えてくれるらしいので、聞き漏らしが無いようこの際全部聞くつもりだ。


「それでは失礼いたします」


 一礼しメイドが部屋から出ると、自分の私服に着替えて呼ばれるのを待つことにした。



 ◇



 程なくして先ほどやってきたメイドに呼ばれ朝食が用意してある部屋に案内される。

 すでに部屋の中には昨日自分と同じようにやってきた面々が揃っていた。どうやら自分が最後のようだ。


「おはようございます」

「あ、はい。おはようございます……」


 椅子に座ると隣の席にいた女の子から挨拶された。

 白い修道服風の服を着た少女。見慣れぬ服とその笑顔に心が揺れ若干どもりってしまったものの、なんとかこちらも挨拶を返す。

 いやだって金髪碧眼のすごい可愛い子に声を掛けられたら普通こうなるだろう。

 さらに言えば女の子にあまり慣れていない自分が上手く返せないのは当たり前だし、うん。うまく返せないのは仕方ない無いことだ。


(……なんか悲しくなってきた)


 こちらの心情露知らず、少女は頭に?マークを浮かべそうな顔でこちらを見ていたが、なんでもないよと告げると再び笑顔を見せてくれた。


(しかしまぁ……すごそうな面々だな……)


 改めて集められたメンバーを見るとなるほど、確かに『救世主』と呼ばれてもおかしくなさそうな感じがする。

 あくまで感じがするだけだが、なんと言うか一般人の自分でも分かるほどのオーラとでも言うか、そんな雰囲気を纏っているのが何人かいるのだ。

 隣にいる女の子もその一人である。


 そんなことを考えているうちに食事が運ばれてきた。

 一端考えていることを頭から締め出し、目の前の食事に取り掛かることにする。

 小市民の自分にとっては豪奢な部屋でのマナー付きの食事はそれだけである種の戦いなのだから。



 ◇



 食事を終えるとまた別室へと案内される十人。

今後の予定としてはこの後個別に面談があり、そこで詳細な説明と今後どうするか決めるらしい。

 だが昨日の国王代理らが現在も執務に追われているため、もうしばらく待って欲しいとのことだった。


 案内された部屋は超豪華王室版リビングルームと言えばいいだろうか。

 いや、貴賓室と言った方がいいかもしれない。

 くつろげるための椅子やテーブル、ソファーはもとより、部屋を彩る数々の調度品。無論どれもこれもが値段高いぞオーラを放っている。

 ピカピカに磨かれたテーブルなんて触って指紋をつけることすら躊躇いそうになる程だ。


 なので部屋の隅の窓際に置かれた椅子にちょこんと座ることにした。

 部屋の中央ではこのような部屋ですら慣れているのか、特に気にした様子もなく話し込むメンバーが数名。正直小市民の自分にはあれほど堂々とくつろげることはできない。

 逆にこういう部屋は落ち着かないのか、室内の調度品をせわしなく見回っているのは小柄な少年だ。物珍しげに色んな物を見て回っている。

 そして入り口のほうではメイドにお茶やお菓子のことを聞いている人もいた。

 自分に比べたら皆かなりアグレッシブである。


(……なんで俺はここにいるんだろう)


 食事前にも思った疑問が再び頭の中に浮かんでくる。

 日本のTHE・一般人である自分には際立った特技も才能もない。

 もしかしたらこっちで才能が開花したか?と期待し昨日部屋であれやこれや……内容は自身の名誉の為割愛するが、色々試した結果特にそういった感じもなかった。

 要するに場違いなのである。


(救世主って言われてもなぁ)


 ここで何を求められるのか、何が出来るのか、日本に帰る事ができるのか。


(そもそも俺は日本に帰りたいのか?)


 日々繰り返されていたことと、ここに来る直前に受けた理不尽を思い返す。

 会社では役立たずと影で言われてるのは知っているし、自分でもその自覚は――悲しいかな、ある。

 戻っても居場所がないのであれば、こちらで救世主として生きていくのもありなのではないか。


(何にしても話聞かないと始まらないか)


 これ以上は考えてもどうしようもなさそうだったので、ズボンのポケットからスマホを取り出す。

 慣れた手つきで起動し、そこで思い出す。ここではスマホの機能が殆ど使えないことに。

 普段時間が出来たときは何かといじっているためだ。もはや習慣と言ってもいい。


「これじゃ暇つぶしもできないな……」


 電話やネットなど通信系は軒並み使えない。と言うかそもそも電波が異世界まで届ているわけがない。

 使えるものと言えばスマホ単体で独立して使えるもの……例えばカメラなどがそれにあたる。

 他にもメールは飛ばせないがメモ帳代わりにはできるし、ライトだって使える。

 ただしバッテリーが切れるまで、という大前提だが。


「おや、それはなんですかな?」


 スマホから視線を外し声の主のほうを見ると、そこにはモノクルを掛けた初老の紳士がいた。

 執事服と燕尾服の中間のような服装、オールバックに整えられた白髪の男性からは、この豪奢な部屋でも問題ないほどの気品がある。

 この人も自分と一緒でこちらに呼ばれた一人だ。


「えーと、スマホと言って……何て言えばいいのかな、自分がいたとこで一般の人が良く使ってる道具ですね。色々機能あるんですけど……」

「ほほぅ、異世界の道具とは実に興味深い。例えばどのような?」


 老紳士はスマホに――いや、異世界産の道具に興味津々のようだ。


「そうですね、同じような道具持ってる人と離れても会話できたりとか、写真撮ったりとかですね」

「ふむ、シャシンとは?」


 写真知らないのか。どうもまだこの世界が良く分からない。

 明らかに外国人風のこの人と日本語で話せてるのは、多分何か力が働いてるのだろう。それはなんとなく分かる。

 この世界自体は今のところは中世風の剣と魔法の世界と言ったイメージがあるが、目の前のこの人の世界がどんな世界だったのかは不明だ。

 写真そのものを知らないのか、同じものはあるが違う言葉として存在しているのかそれすら判断がつかない。

 なのでとりあえず写真の説明をすることにした。無難な回答を選ぶのは日本の処世術の基本だ。


「えーと、とても精密な風景画みたいなもの、でしょうか。あ、人もいけますけど、その場面を正確に模写するようなことができる感じですかね」

「そこの絵画よりも、ですか?」


 言われ見た先には部屋の壁に飾られた風景画。

 日本人感覚で言えば値段としては比べるまでもなく絵の圧勝。素人目でも良い絵と思えるからには、すごい絵なのだろう……多分。


「正確さなら圧勝ですね。ただ写真と絵は別物ですので、どっちが上とか下とかではないと思いますけど……」

「なるほど。もしよろしければそのシャシンをとる、でしたか。やっていただいても?」


 バッテリーには不安を覚えるが、こちとらNOと言えない日本人だ。

 笑顔で快諾すると、カメラアプリを起動する。


「何を撮りましょうね。風景でもいいですけど……あ、貴方を撮ってみますか?」


 どうも目上の人相手だと無駄に緊張してしまう。しょっちゅう上司に怒られていたからかもしれない。

 ともあれそんな提案をすると、男性はモノクルを取り胸ポケットにあった布でレンズを拭き始めた。そして裸眼の視線をこちらに向けてくるが、心なしか鋭く感じる。


「えぇ、構いませんがひとつ質問が。そのシャシンというのは、危ないものですか?」

「……? いえ、そんなことないですよ」


 その回答を聞くと柔和な笑みでモノクルを再びつける男性。どうやら信じてもらえたようだ。

 変な質問のような気もしたが、異世界の得体の知らないものなら身構えるのも無理のないことかもしれない。


「まぁお試しってことですし……あ、この椅子に座ってもらっていいですか?」


 そう言って立ち上がっては、代わりに男性を先ほどまで座ってた椅子に案内する。

 少し離れて距離とピントを調整。窓際だけあり外の景色もばっちりだ。

 歳はいっているものの精悍な顔つきの男性はナイスミドルと言っても差し支えないぐらいの端正な顔立ちである。

 撮る側としても良い被写体がいるのは中々楽しいものだ。


「じゃぁいきます、少しだけ動かないでくださいねー。3、2、1……」


 カシャ!とシャッターが切られる音に若干男性が驚いたようではあるが撮影は無事終了。

 写真を確認するが、中々どうして良い感じに撮れていた。出力できないのが非常に悔やまれるぐらいの出来栄えだ。

 男性にも見てもらおうと彼に視線を向けるが、いまだ固まったように微動だにしない。

 どうもあの様子だと終わったことに気づいてなさそうだ。


「あ、すいません。もう終わってますので動いても大丈夫ですよ」

「もう、ですか? もっと時間のかかるものとばかり……」

「昔は時間かかってたみたいですけど、今の写真はすぐ終わりますからね。はい、こんな感じになりました」


 スマホの画面を男性に見せると、目を見開き驚愕の表情を見せてくれた。

 まぁ絵が一般的な基準とした世界なら、精密さと速度じゃ写真の方が圧倒的なので無理もないかもしれない。


「なるほどこれは……すごいですな。まさかここまでとは」

「他にも動画……えーと、動いてる状態のもやれたりしますよ。声も入りますし」

「なんと! それも是非見せていただきたい!」


 自分が作ったものではないが、自身の世界のものが褒められるのはとても気分の良いものだった。

 なのでそう、調子に乗ってそれも快諾してしまったのだ。

 ……いつの間にか自分の後ろに他のメンバーがいることも気づかずに。


 この後男性が写真と動画について集まったメンバーに熱く語り、それを聞いた他の面々も興味を引かれ一枚ずつ写真を撮ることになった。

 更に記念、と言うことで十人の集合写真を一枚。これはメイドに頼み、使い方を教えた上でやってもらった。

 若干不安だったものの、メイドは無事任務を完遂。初めてとは思えぬ出来栄えに皆満足げだった。


 そしてこの後、自己紹介を兼ねた動画撮影会が開催されることとなる。

 それはスマホのバッテリーとのチキンレースが同時開催された瞬間であった。

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