切欠

 魂とは魔素が集積したものであり、魔素とはその魂の活動・・・思考によって発生する不可思議なナニカである。

 魂があったから魔素が生れるようになったのか、魔素があったから魂が生れるようになったのか。これは、デアエ・エクス・マーキニースでさえも知りえない事である。

 しかしながら、現代において彼女達デアエ・エクス・マーキニースが管理する封印世界ストラトゥム・カルパー・テルミヌスでは、魔素を使用して魂を生み出している。

 この為世界を管理する者達の間では、魔素が先に何らかの形で発生してそこから魂の誕生へと繋がったものと考えるのが一般的な考えとなっている。

 この件に関しての探求は時折ではあるが、時を持て余した存在が研究を重ねてはいるが、未だに答えの出ない問答となっているのだ。


 さて、そんな魂の素となる魔素ではあるが物質の素でもある。

 世界を構成する空間はもとより、その内側に存在するありとあらゆる物は、魔素より生じた物である。

 そして、これに対して思考で以って影響を与えうる存在がいる場合、その者の意向を強く受けることになり、その存在の趣向を強く反映した世界が誕生することになる。

 では、その管理者たる存在が、自らの介入を極力抑えた場合どのようになるのか?

 それは、神ならざる管理者では予想は幾つか立てられる程度であった。


 河野は魔素に満たされた世界と、天照てんしょうと共に生み出した理を反映させた世界の変化を促すための最初の切欠を行おうとしていた。

 この最初の切欠は今後に大きな影響を与えるために、本来であれば慎重に選択をしなければならないのだが、河野はこれを気軽に選択していた。

「さて、これを行えばこの世界は本格的に稼働することになる。楽しみだ。」

 河野は自らの想像、嫌・・・妄想を膨らませた最初の切欠を投じた。

 神ならざるものが生み出す神たる存在、イクサーに今現在満たされている魔素をすべて使用して発生させる意識だけの存在。


 この最初の存在から、この世界がどの様な知識と経験を得ていくのだろうか?

 皆様がこれから読んでいかれるのはそんなお話でございます。

 はてさて、今この世界には河野が反映させた理が存在しています。その理には現在コミュニケーションを円滑に行えるよう、この世界にいる存在は生まれた時から言葉を解することが出来ます。

 小さいとはいえこの世界に満たされた膨大な魔素というエネルギー物質が凝縮された存在は、種族が神と認定されることになるのですが・・・、そんな生まれたばかりの神様が、いきなりコミュニケーションを円滑に行えるようになった場合どうなるのでしょうね?

 想像してみてください、神とは言え生まれたばかりの存在が、いきなり言葉を理解できることがどういうことなのか。

 そして、この世界の理はまだ何も経験していないという事。コミュニケーション能力以外が未発達の膨大なエネルギーを持った存在がどの様な行動をするのか、いやはや実に楽しみですね。


 知性持つものの誕生、それは長い年月をかけて肉を持ったものが、その身体に蓄積させた情報で以って、進化し、退化し、淘汰され、辿り着くものである。

 肉の身体を纏わない精神だけの存在は、進化も知らず、退化も知らず、淘汰も知らない。なにもないのに言葉を理解している、そんな状態は一言で言えば、残酷と言って良いだろう。

 嘗て河野が居た世界にある数ある神話にも、残酷な話や、妙に人間味のある神様の数々の所業があるが、赤ん坊にいきなり言葉を与えるような存在はなかなかにいないだろう。

 もし、この様な存在がもっと後、知識と経験を蓄積し、様々なスキル等を得た状態の理があれば、多少話は変わっていたのだろうが。今そこにいるのはそのような環境下にいない存在であった。

 そして起こるのは、生まれたばかりの赤ん坊が泣きだすが如き慟哭だ。

 内に秘めた膨大な魔素を一切制御せずに放つ泣き叫びは、振動という音としての現象以上の事象を引き起こすことになる。

 一点に凝縮されていたエネルギーの急激な放射は、瞬く間にイクサーという小さな世界を駆け巡ることになった。

 この事象は、理によって世界振動と名付けられることになる、理や空間を除いた世界崩壊の初めてになった。

 しかしながら、今この世界には壊されるようなものは一切なかった。故に結果として起こったのは、魔素の対流の始まりであった。

 河野と天照てんしょうから発生した魔素は、この現象が起こる前にはほとんど動くことは無かった、漏れ出るままに押し出されるままに、世界を覆っていった結果だ。

 そこに生じた世界振動と言う慟哭は、魔素の流れを生み出した。これにより、世界は停滞から脱することになる。そして、自身が保有する魔素を全て発散した最初の神は、明確な自我を芽生えさせることなく消滅することになったのだった。


 あー、なんと健気で儚い神様だったのでしょう!

 生まれてすぐにこの世界を停滞から救わんとするその献身、まさに神と称賛されるべき素晴らしい所行だ。


 河野の妄想・・・それは、生まれたばかりの神の消滅という残酷な結果から始まる、世界の変革の始まりを促す神話という妄想だ。


 斯くして、神の消失による世界変革の兆しという祝福。皮肉に満ちたこの出だしは、神話とするに実に相応しいと思いませんか?

 読者の皆様?


そして世界に、理より通知が届く。


―――

新しい種族、ベイビーゴッドを認知しました。

新しいスキル、祝災・世界振動を認知しました。

新しいステータス、魂力たましいちからを認知しました。

―――


 これを聞くのは、既に天界へと移動を終えていた、河野と天照てんしょうのみである。

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