第50話『いじけて死ぬな』

 パーティーメンバーははぐれても位置が把握できるよう、発信器をつけることが義務付けられているから、どこにリュウコが行ったかなんて、デバイスで確認すればすぐにわかる。

 しかし、遊乃はそんな確認などせず、まっすぐに校舎の屋上へ向かった。


 かつて喧嘩した時、リュウコはそこにいた。


 だから、落ち込んだ時は高い所に登る癖でもあるのだろうと決め打ちをしてみたら、本当にいたのだ。


 暗い屋上で、フェンスの間際に体育座りで腰を下ろし、ぼんやりと街の様子を眺めているようだった。


「よう。さっきはお疲れ」


 あえて軽い口調で、遊乃はリュウコの肩を叩いて、隣に腰を下ろす。だが、そのあえては空振ったらしく、リュウコは何も言わない。


「で? どうすんだ、お前」


 今更世間話などする間柄でもなければ、そんな場合でもない。元々、探りを入れるのが不得意な遊乃。いつでも直球勝負だ。たとえ相手がそれで傷つこうと、今更変えられる生き方ではないし、傷つかなければ得られないこともある。


「……どうする、ですか。私は、どうすべきなんでしょう」

「さぁな。俺様はお前のしたいことに口を出すことはせん。せんが……」


 遊乃は真上を見上げる。

 都市船は地上時代より、綺麗に星が見えるのだが、そんなこと、地上で空を見上げたりしない遊乃は気づかない。


「俺様は、誰かに死んでほしいなどとは思わない。それだけは言っておこう」

「……たとえ、邪魔者であっても、ですか」

「あぁ。邪魔者はむしろ大歓迎だ。俺様の制覇譚に山場ができる。今回のことはまさにそれだな。いきなり世界を救った勇者が敵とは、今後どうなっていくか、非常に楽しみではないか」

「先程、あのトランフルという男も言っていました。私が世界を滅ぼすかもしれない、と。……私は、それだけは絶対に嫌です」


 リュウコは、そう言って、自分の唇を人差し指でなぞった。


「ご主人様の家で食べた、ノエル様のビーフシチュー、とても美味しかった……。そして、ご主人様と共に歩んだ地上も、美しい場所や興味深い場所が多く、素敵でした。私は、あの世界を壊した……」

「そんなもん、前の親に命じられたからだろう。前世と今のお前は、違う存在だ」


 遊乃は、そう言って寝転がった。

 ひんやりとしたコンクリートの感触が心地よく、眠りそうになる。


「過去は大切だ。俺はお前にそう言った。辛い時、過去を振り返ることで、頑張れる時もある。だが、何も辛い過去まで見る必要はない。楽しかったことを思い出せ。それを守る方法を考えろ。それが上手い付き合い方だ。失敗なんて忘れちまえ」


「何を……私のしたことは、失敗なんてものじゃない……」


「それをお前は覚えてないんだろうが。だったら、今更考えるまでもなかろう。こうして世界は生きているし、悪いと思っているんだろう。律儀なやつだ」

「私が、かつての私が、世界を壊したんですよ! 素敵だと思っていた物を、私はこの手で壊していた!」


 リュウコはそう悲鳴のように叫んで、立ち上がると、フェンスに掴みかかった。

 ここから出してくれと、悲痛な叫びを上げる囚人のように。


「それがどれほど辛いか、わかりますか!? ! この私が! それでも、死んでほしくないと言うんですか!」

「ふんっ。死にたくないくせに」


 遊乃は、そう言うと、上半身を起こして、頭をボリボリと掻く。そして、面倒くさそうに、力の無い目でリュウコを見つめた。


「世界を楽しむには生きているしかない。だが、自分がいると、世界を壊すかもしれない。そう思っているな?」


 図星を差されたからなのか、リュウコは振り返り、驚いたようなこわばった顔で、遊乃を見た。


「いいじゃないか。前世で地上が滅んだのは、お前だけのせいじゃない。それはつまり、お前以外の要素が揃っていない今は、起こる確率も減っているということだ。お前に戦えと命じた親もいないし、今は、トランフルのおっさんが親なんだろう」

「それは、そうかもしれませんが……」

「お前が死ぬ理由など、別にない。前も言ったろう。不安なら、俺様についてこい。それですべて解決だ」


 遊乃はそう言うと、リュウコに手を差し出した。

 立たせろ、示しているようにも見えるが、リュウコはその手が眩しいものであるかのように、まっすぐ見ようとはしない。


 そしてそれは、遊乃のことを信じられないと言っているのと、ほとんど同じことだ。


 だからこそ、彼は無性に腹が立った。自分のことよりも、唐突に現れたトランフルを信じるのかという気持ちもあったし、これだけ死んでほしくないと遠回しにではあるが伝えているのに、まるで死にたいかのように意識を変えない。


 だから遊乃は、その衝動のままに立ち上がると


「えぇいッ! めんどくさいッ! それだけ死にたいんなら勝手にしてろ! だがな、いじけて死ぬことほどかっこわるいことは、この世にないんだ!」


 怒っていると全身で表すように、大股で歩き、校舎内に戻った。

 ぎぃ、と錆で切ない音を鳴らすドアが閉まると、遊乃は頭を抱えて、しゃがみ込む。


「しまったぁー……!」


 肝心なところで、感情が爆発してしまう、遊乃の悪い癖だった。

 こういう時、琴音がいればなぁ、とこっそり思っていたが、そんなことは頭を振るって遠くに放り投げ、次の行動へと移ることにした。


「うだうだ考えても仕方ない。俺様は言えるだけのことは言ったんだ。あとは……」


 階段を三段飛ばしで降りながら、遊乃は剣の柄を握りしめる。


 あとは、トランフルを足止めするだけ。

 いや、ここまで来たら勝つだけだ。


 遊乃は世界を救う以上の無茶をする覚悟を決めた。

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