第49話『自分を信じることが王様の証』

「……この手はなんだ?」


 遊乃は、王族が自らの肩を掴んでいる、という状況など感じさせないほど、普通に不快感を顕にしていた。尋ねてはいるが、遊乃も彼女が自分を止めていることくらい、わかっている。

 なぜ止める、と聞いているのだ。


「あなたがリュウコさんの元へ行くことは、禁止します。先程私は彼女を見ました。……彼女の、表情を見ました。あの顔は、死を選んでもおかしくはなかった。あなたは、リュウコさんの最も大事な存在。もしもあなたに、希望を見せられ、生きることを選んだらどうするつもりですか!」


 自分がどれほどひどいことを言っているのか、彼女はしっかりと理解していたし、周囲が彼女に対して、少し引いているのも空気で理解していた。

 幼い頃から友達の、ネリネからもそんな空気を感じるのは少し悲しかったが、しかし、彼女の口は、体は、クラパスという領を守るためにある。最も優先すべきは、彼女の評判ではない。


 クラパスという都市船の、永遠なる安寧である。


「俺様に説得されたくらいで、あいつがどうこうなるタマには思えん。――が、もしかしたら、そうなるかもな。期待して、会いに行くんだ」

「でしたら、ダメです。なりません。あなたがリュウコさんを従えていられた状況そのものが、クラパスからの特別な許しがあってこそということを、お忘れなきように。あなたは、クラパスの領民。私に従うべきです」

「けっ。知るか。生まれたところがクラパスだというだけで、なんで俺様がお前に従わなければならん。俺様を従えたいのなら、倒してみせろ。俺様は、この世で最も自由な男になる、世界制覇をする男だ」


 遊乃はそう言って、肩越しに振り返っていた顔を戻し、再び校長室から出ようとした。

 しかし、アリエスは、そんな遊乃の肩を強く引っ張り、遊乃の頬を、右手で思い切り引っ叩く。


 まるで、何かが割れた時のような大きな破裂音がして、遊乃の顔が右に弾かれ、頬が赤く染まっていた。

 初めて人を叩いたが、自分の掌も痛むことに驚き、アリエスは、自分の手と遊乃の顔を、ゆっくり交互に見ている。

 もしかしたら、罪悪感を抱いているのかもしれないが、そんなことを言う彼女ではない。


「あっ、あなたが……リュウコさんの力に魅入られていないと、どうして言い切れるのです! また聖戦の時のように、今度は空を黒く染めるつもりではないと、どうして!」

「そんなもん決まっとる。俺様が、強いからだ。本来リュウコの力など、いらん。俺様は、仲間だからリュウコが必要なんだ」


 遊乃はそう言って、ドアを開けて、やっと校長室から出ていった。

 リュウコの居場所は、デバイスでわかるし、そんなものなくても、どこに行ったかわかる。だから、その場へ向かって、まっすぐ歩く。


 校長室から遊乃が出ていくと、しばしの静寂がその部屋を満たした。静かなのが逆に耳障りでありながら、誰もが口を開けない。

 そんな状況で、ぽつりと呟いたアリエスの言葉が、みんなの耳に深く刻み込まれた。


「どうして、なんで……あの人と話していると、こんなに感情が揺さぶられるんですか……」


 先程遊乃を叩いた手を見つめながら、アリエスは漏れ出す言葉を押さえきれないかのように、呟いていた。


 彼女の父、モダン・クラパスは、良き王だった。

 仕事の無い物には与えたし、病気で困っている民がいれば、資材をなげうっても、王宮医をあてがい、治した。

 賢王である、と、誰もが言ったが、彼の最後は意外にも暗殺であった。


 なぜか。

 それは、官僚や貴族の金にならない王だったから。


 彼は民を豊かにすることで、国を発展させた。

 それが、甘い汁を吸って生きていた彼らを怒らせ、金にならないからという理由で暗殺された。


 アリエスの中で、そのことが与えた影響は、とてつもなく大きかった。


 なぜあんなに立派なお父様が殺されなくてはならなかったのか……そう考えてアリエスが出した結論は「バランスを欠いたせいだ」だった。

 官僚や貴族達を満たしてやり、民に不満を抱かせない。それが王の勤めであり、自分を守る手段であると、彼女は幼くして自覚した。


 誰しもが、変化しなければ、不満など抱かない。


 滅亡という変化など、最悪だ。そんなこと、許してはならないし、そうなる芽があるのならば、早急に摘み取る必要がある。

 だからこそ、リュウコは早急に殺しておく必要があった。


 なのに、そんな彼女のことなどお構い無しで、自分の感情だけを叩きつけてくる遊乃は、彼女にとって、大きな邪魔であることは、想像に難くない。


「その、姫様」


 自分の無力に打ちひしがれるアリエスの傍らに立ったのは、琴音だった。


「私、姫様の気持ち、わかります。すっごく。むかつきますよね、遊乃くん」


 彼女の立場からすると、ありえない言葉を、彼女は微笑むように言っていた。それを見て、短い付き合いのネリネも、かつて「遊乃以外と組むなんてありえない」とまで言っているのを聞いたマリも、驚きを隠せない。


 この場で琴音以外で、驚いてないのは、何も知らないアリエスだけ。

 そのアリエスも、いきなりの言葉にわけがわからず、琴音の顔を見ていた。


「私、基礎学校三年の時に、ここへ引っ越してきたんです。最初に話しかけてくれたのが、遊乃くんでした。……遊乃くんは、私が昔住んでた都市船の話をとても聞きたがって、それからずっと友達です。でも、遊乃くん、そういう話だけは聞くクセに、ほんとに大事な話は全部自分勝手に決めちゃうんです。私が討伐騎士になったのもそう。いきなり「おい琴音。俺様の世界制覇に付き合え。俺様の活躍を世界に広める大事な役割を任せる」って、勝手に言い出して」


「それが、一体なんだと……」


「まあ、最後まで聞いてください。……全然私の話を聞いてくれないから、やっぱりムカつく時があるんです。でも、遊乃くんって、いつも自信満々だから、押されちゃって、いつも言うこと聞くことになっちゃうんです。……自信、自分を信じてるから、私も、遊乃くんを信じようって気持ちになるんです」


「なるほどなぁ」


 ネリネは、クスクスと笑いながら立ち上がると、アリエスの肩に腕を回して組んだ。


「ウチ、正直迷っとった。リュウコはんを生かしてええんかなって。――でも、決めたよ。ウチは、リュウコはんに生きててほしい。面白そうやしな。でも、世界が滅びるのはごめんや。だから、迷っとったんやけど、遊乃はんと琴音はんの話聞いて、決めた。しっかりしいや、アリエス。あんたも、自信を持って話さな。人間は、自信を持ってるやつについていきたがるもんや。あんた、王様やろ」


 親友からの厳しい言葉に、優しさを感じていながら、アリエスは動けずにいた。

 自信など、彼女が持てるはずがない。自分を正しいと思っていない、彼女には。

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