第46話『伝説の勇者、最強の竜』
遊乃の右腕が、砕かれた。
骨折――それも、誰かにそれほどまでのダメージを食らったのは初めてだったので、さすがにプライドの高い遊乃でも、我慢できずに声をあげた。
「うッ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
その声と同時に、男は、遊乃の手から剣を取ろうと引っ張った。
が、気を抜けば意識が飛びそうな痛みの中、それでも遊乃は手を離さない。
額に脂汗が滲み、痛みをごまかそうと、唇を噛んでも、肘の痛みが大きすぎて、まったく唇の感触がない。
血が出るほどまで噛んで、やっと唇の痛みを実感できた。
「……まだ離さないのか」
「あッ、たり前、だぁ……!」
遊乃はそう言って、未だ鈍らぬ眼光で、男を睨んだ。
「お前が誰であろうと、俺は、折れない……ッ!」
男は、自分が折った遊乃の肘をちらりと一瞥し、剣から手を離した。
「キミがそこまでする理由がわからない。キミなら、リュウコという少女が居らずとも、伸びることができるはずだ」
「アホ抜かせッ! 俺様は、リュウコを頼ろうとしているわけじゃない……! 俺様は……!」
「ご主人様ッ!」
割り込むようにリュウコの声がして、遊乃は頭を上げるようにして後ろを見た。
翼を生やしたリュウコが、琴音とネリネを脇に抱え、上から降りてきたのだ。
「貴様、一体何をッ!?」
リュウコは、両腕をドラゴンのそれに変えて、真正面から男に向かって突っ込んでいく。
「あかんッ! 琴音ちゃん、援護や!」
「え、あ、はいッ!」
傷つき倒れる遊乃の姿を始めてみた琴音の衝撃は大きく、ネリネから大きく遅れ、銃を引き抜いた。
ネリネはリュウコの背後から、黄色の魔結晶を放り投げようとしたが――男の指先から放たれた光線に阻まれた。
「そんなッ――」
「きゃぁッ!?」
ネリネの魔結晶は投げる前に衝撃を受けたことで爆発し、後衛二人に雷撃魔法を食らわせる結果となってしまう。
そして、残ったリュウコは、爪を男に向かってまっすぐ突き出した。
が、手首を捕まれ、胸に届くギリギリで阻まれる結果となってしまう。
「……なに?」
だが、なぜか驚いているのは、男の方だった。
足元に倒れている遊乃と、リュウコを交互に見比べた後、呟く。
「なぜ、黒い髪をしていない……!?」
「私は、目覚めたときからこうだった!」
大きく腕を振るい、男を遠くへふっとばすと、それには目をくれず、遊乃を抱き上げるリュウコ。
「ご主人様、大丈夫ですか!?」
「あぁ……ッ。ま、ちょいとやられちまったが」
「ゆ、遊乃くん……すぐ、回復するから……!」
雷撃魔法の暴発で、麻痺した体を無理やり引きずり、琴音も遊乃の元までやってきた。
「アホかッ。お前はまず、自分の麻痺を取れッ!」
「先に、遊乃くんの腕からだよ……『トリートエント』」
琴音は、遊乃の患部に掌から溢れ出る、緑色の温かな光を当てる。
その隙を守ろうとするかの如く、リュウコは二人の前に立ち、ふっとばした男に対峙した。
「……その髪、その目」
男は、叩きつけられ崩れた柱から這い出て、体の汚れを払う。
そして、何か得心がいったかのように、何度かうなずく。
「そうか。今度は、私の力をコピーした、というわけか。クラウンドラゴン」
それは、あっさりと口にされたが――
リュウコが知りたいと願い、そして、知ることを恐れた、リュウコの正体だった。
「クラウン、ドラゴン……! それは、一体なんですか!? 私のこと、どこまで知っているんですか!
「知っているさ。……クラウンドラゴンは、キャファーの中でも特別な存在。この世を一度滅ぼし、人類が空へ逃げる原因を作った存在だ。私は、最後の聖戦で、キミとここで戦った」
地上を滅ぼしたドラゴン。
それが、リュウコの正体。
遊乃は、そこまで驚かなかった。冷たいことを言えば、自分のことではなかったし、何より想定していた。
世界を滅ぼす原因となった、までは考えていなかったが、それでも、聖戦で戦ったキャファーなのだろう、程度には思っていたから。
リュウコも、ある程度の覚悟はしていた。
しかし、覚悟をしていたからとて、受け入れられるものではない。
「なら、わ、私の他にも、クラウンドラゴンが……」
「いいや。クラウンドラゴンは世界に一匹だ。お前は子を成さない。死の間際、自分を殺した生物を親として定め、クローンに転生する。そしてどうやら、封印間際、私をコピーしたようだな……!」
そうか、と、ネリネはその言葉で、納得をした。
男とリュウコが似ている理由。そして、男がリュウコと同じ光魔法を使える理由。
リュウコは男の遺伝情報を得て転生し、その力をコピーしたからこそ、光魔法を使えるのだと。
それはつまり、男がオリジナルであり、男とドラゴンの情報をかけあわせた存在が、リュウコであるということだ。
で、あれば――ネリネがこれ以上、深入りする理由はなにもなかった。
なぜならば、害をなす存在である可能性があるからこそ、封印獣の討伐にやってきたのだ。むしろ、世界を滅ぼしたリュウコの方を討伐するべきである。
常識的な考えなら、そうするだろう。
「……ここで戦った、っちゅーことは、まさか、あんた」
そして、最後に気づいたことが、思わず口から出た。
男は「キミの考えていることは、正解だろう」と頷き、
「私の名は、トランフル・クラパス。かつて、聖戦を戦い抜いた男だ」
遊乃ですら、震え上がるその名は、まさに『伝説の勇者』の名だった。
人類を空へ避難させる時間を稼ぎ、最も多くのキャファーを倒した男。
彼の伝記を読み、遊乃は地上への憧れを強めたのだ。
言うなら、憧れの人間である。
「わかっただろう。私は、人類の為に行動している。だから、おとなしく、そのドラゴンを封印させるんだッ!」
男――トランフルは、そう言って思い切り、リュウコに向かって、突っ込んだ。
まさに光速と言える男のスピードは、すべての物を置き去りにするかのようだった。
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