第45話『小骨抜いといてやる』
四人は、確信にも似た足取りで、ダンジョン内を歩いていた。特にこのダンジョン『楔の祠』は、リュウコが過去に開けた大穴がある。
もう匂いなど関係ない。
ここで起こった事件、リュウコの事を知っているのであれば、もうその大穴を目指すことを目的とするのは、当然と言ってもよかった。
四人はすぐに、洞窟内で吹き抜けと化した場所へたどり着き、大穴の底を覗き込む。
「この底に、私の……」
リュウコはその後の言葉を飲み込んだ。だが、周囲の三人は、彼女が何を考えているのかすぐにわかった。
過去、あるいは正体、もしくは同種がいる、この言葉のどれかだろう。
遊乃は、背負っていたカバンを下ろし、
「じゃあ、まずは俺が先行する」
と、手足を振り、体をほぐす。
その言葉はリュウコにとって意外だったらしく、小さく目を見開き、遊乃の前に立ち、彼を止めた。
「……先行? なぜです。行くのであれば、私も」
「アホか。お前がいきなり行って、たまげるようなことでもあったらどうする。俺様が下見して、小骨を抜いとこうという、心遣いだ」
「言っちゃったら意味ないんじゃなかなぁ」
琴音の呟きを、遊乃は「うるせえ」と一言だけ言って封殺した。
「そのようなことは、もうありません……」
「まあ、そう言うな。主人の好意くらい、受け取っておけ。幸いにも、危険は少なさそうだし、な」
遊乃はリュウコの体を軽く押し退け、剣を抜いて、静止も聞かず壁を降りた。
剣の角度を調整して、器用にブレーキをかけながらゆっくりと降りていき、二分とかからない内に、リュウコと出会った封印の間へと降り立った。
そこはあの時と変わらない、神殿のような佇まいだったが、一つ変わっている物があった。
それは、まるでかつてのリュウコがそうしていたように、剣が刺さっていた場所に一人の男が立っていたことだ。
まるで金色の鬣を持つライオンのように、髪をオールバックにしている、白いタンクトップとデニムのズボンを履いた、裸足の男。
筋骨隆々で、傷だらけの白い肌は、歴戦の厚み、凄みを感じさせ、遊乃に覚悟を迫るようだった。
男は遊乃の姿を認め「やはり、来たか」とだけつぶやいた。
「……やはり、来た、だと?」
遊乃は悟られないよう、剣を臨戦態勢に構える。我流の構えである遊乃のデタラメな立ち姿は、一見すると構えには見えないという、意外なメリットがあった。
「キミはここでその黒剣、
「そうだが、貴様は、何者だ……?」
「キミはその剣が何かわかっているのかッ!? キミが世界の破滅を、再び招く引き金を引いたんだぞ!!」
その怒鳴り声は、それだけで遊乃をふっとばしそうなほど、希薄に満ちていた。思わず防御姿勢を取りそうになったが、彼はプライドで持ちこたえる。
「うるせぇッ! 知らねえよ! だから知りたいんだ! お前は誰だ、
「リュウコ……そうか、リュウコと名乗っているのか」
一切情報を明かさないくせに、自分だけは知ったような顔で頷いている。
その光景は、遊乃を苛つかせるのには充分すぎるほどだ。普段の彼ならば、切りかかっていてもおかしくはないが、しかし、経験の浅い遊乃でもわかるほどの『強者』である男の迫力に、遊乃は動くという選択を取れなかった。
「悪いことは言わない。今すぐその剣を渡すんだ。まだ“完全な力”は取り戻していないはず……その前に再封印すれば、すべてが丸く収まる」
「再、封印、だと……? じゃ、じゃあ、貴様がリュウコを封印したのか。リュウコの仲間じゃないのか!」
「……仲間」
男は、忌々しいものを見せつけられたように、顔をしかめた。
なぜそこまで、憎しみを顕にするのか、遊乃にはわからなかった。
だが、少なくとも、ここでリュウコを呼ぶのはまずい。それだけはわかる。
「私は、リュウコというドラゴンの敵だよ。かつて、ここにあのドラゴンを封印したのが、私だ」
「そうかい。なら、尚更剣は渡せんな」
「別に、それはそれで構わない。渡されなくとも、奪い取るだけだ。しかし、キミはおそらく、偶然引き抜いたんだろう? ここは、知っている人間でなければ踏み込めない位置にある。だが、偶然入れないわけじゃない。キミは何も知らないようだし、そういう人間を傷つけるのは、好きじゃない」
「俺を傷つけられるとでも?」
「られるさ。キミの肌は、柔らかい」
その挑発で、やっと遊乃は動き出すことができた。
地面を蹴り、走り出して、思い切り跳んだ。
「うおるぁぁぁぁッ!!」
遊乃は初手に、必殺技を選択する。
剣を頭の上で握り、振り下ろす。内包されたその力に、男は「なるほど」と呟いた。
「素晴らしい力を秘めている。ダッシュ力もいい。キミは伸びる男だ」
それだけ言うと、男はゆっくりとした動作で腕を伸ばした。掌で受けるつもりか、と遊乃は考えたが、だとしても関係はない。
掌程度のガードなら、それごと叩き切ればいい話だ。
「世界制覇ぁッ!!」
叫び、剣で男の腕を叩き斬ろうとした。
だが、男はそもそも、掌でガードなど考えていない。彼は、人差し指と中指で切っ先を挟んで押さえ、遊乃を空中に押し留めた。
「なんッ――だと!? 俺様の、世界制覇の一撃を――ッ!」
剣を引き抜こうとするが、まったく動かない。とんでもない力で押さえつけられているようだった。そしてよく見れば、彼の指先が、淡く白い光を放っている。
「光魔法……!」
やはり、この男が追っていた封印獣。
そう確信したが、剣を押さえられ、動けない状態でなにをすべきか。
遊乃は、反射的に選択していた。
「だったらこれだッ!」
遊乃が選んだのは、剣を押さえている手を支える、肘への蹴り。
しかも、爪先を当てることで、威力を一点に集中させた蹴りだ。並の相手なら肘を破壊できるし、そうでなくても最低限、剣を解放させることくらいはできるはず。
だが。
「魔法ではなく、蹴り?」
男は、蹴りを当てられても、びくともしていなかった。しかも、肘を包み込むように光をまとっている。どうやら全身を光魔法で防御しているようだ。
「……この場では魔法を選択するかと思ったが、意表をついたつもりか?」
「うるせぇッ!」
相手に弱みは晒さない。
自分がスピードを底上げする魔法しか使えない、などとは言わず、遊乃は顎を蹴り上げることで答えた。
だが、光の防壁に防がれ、ダメージが通らない。
「フッ!」
男は、遊乃を地面に叩きつける。
背中から思い切り、石畳に叩きつけられ、背骨からビリビリとした衝撃を感じ、呼吸が一時的にできなくなる。
「カッ、オォッ……!」
無理に呼吸をしようとして、妙な声が出た。
しかしそれでも、遊乃は剣を手放さない。男が軽く引っ張っただけでは、取れないほどだ。
「……この剣に魅了されたか」
男はそう呟くと、剣を持っている遊乃の肘を踏みつけた。
「ぐぅ――……ッ!」
遊乃は、声を我慢した。
痛みを見せたくない、そう思ったからだが、男に対してそんなプライドなど、意味がない。
「この剣は、もらっていくぞ」
男は、そう言って、思い切り、遊乃の肘を踏み抜いた。
ぐちぃ、という肉が潰れる音。
ごギャッ、という、骨が砕ける音。
それが妙に、遊乃の耳に残った。
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