第43話『光魔法』

 リュウコの探知能力によって、一行は森の中をザクザクと進んで行く。

 匂いを感じながら、リュウコの指示通り進みながら、遊乃も一応、追跡術トラッキングを行っていた。

 地面に残った痕跡から、誰がいつ、どこを通ったか判断する技術だ。

 落ちている枯れ葉が踏み抜かれていれば、それは何かが通った証。それが広範囲に広がっていれば、それはつまり、多くの生き物が通ったことになる。


 枯葉の砕け方で、どの程度の体重が乗ったのかも判断できることから、遊乃は重装備の人間が何人も通ったことを判断できた。


 そして段々と、そんな追跡術も必要なくなるような光景が広がってくる。

 そこかしこにある、弾丸や矢の刺さった木、丸く大きな穴で撃ち抜かれたものもあり、激戦を感じさせた。


 そんな森を抜け、開けた草原に出ると、そこには折れた剣なども捨てられており、草むらが焦げたりしているところから、簡単に交戦地点であることがわかる。

 しかし、遊乃には小さな違和感があった。


「……ここか」


 遊乃が呟くと、背後からやってきたリュウコ、琴音、ネリネの三人も、三者三様の反応を見せた。


「……匂いから、一ヶ月以上立っていることがわかりますね」

「何人と戦ったんだろう……私達が派遣されてるってことは、捕まってないんだよね? プロが中隊を組んで、この有様って、封印獣、とんでもないんじゃ……」

「でも、有害って感じじゃなさそうやで」


 ネリネは周囲を見回しながら、妙なことを口走る。

 ここまで交戦の跡を見ておきながら「有害ではないかもしれない」など、どうにも腑に落ちない話だからだ。


「なんでそう思う?」


 だから、遊乃は尋ねた。

 ネリネは誇るでもなく、淡々と答える。


「だって、血の跡がほとんどなかったやろ。おそらく、相手には先鋒隊を殺す意思がなかったんちゃうかな。人間は戦いで死ぬと、どうしたって血を流す。致死量の血液なんて、ここらにはなかったで」

「なるほど、それか」


 そう、遊乃が先程抱いた違和感というのは、血の少なさだったのだ。

 しかしだとすると、尚の事おかしい。


「討伐の扉を使うという知能があり、かつ、先鋒隊を殺していないだと? ……イマイチ、封印獣が封印されていた意味がわからんな。無害ならば、放っておけばいいだろうに」

「どうなんやろねえ。そこら辺、ちょっとわからんよね。封印獣のしたいこと」

「でも、とんでもない力を持ってるのは、間違いないっぽいよ」


 そう言って、琴音は近くにあった木を、指でトントンと小さく叩いて注目を集めた。

 その木は、もう木としての体裁を整っていない。切り株のなり損ないというような風体になっており、真ん中から∪字型にえぐられている。


 ささくれ立ってすらいない、綺麗な断面である。最初からこの形を狙って作られたかのようだった。


「どうやって作ったんだろう、こんな跡……」

「琴音には無理か?」

「うん。これ、攻撃でしようと思ったら、ほとんど彫刻の作業だよ。ネリネさんは?」

「ウチも厳しいなあ」


 一体どんな攻撃手段なのか、人間の三人はえぐられた木を見て、考えていた。相手の攻撃を事前に知っておくのは、攻略に欠かせない。


 そうして悩んでいたら、リュウコは小さく言った。


「……私は、多分できるかもしれません」


 そう言って、リュウコは大きく息を吸い込んで、近くの木に向かって光のブレスを放つ。


 ビュンッ、と風の切れる音がした刹那、木に綺麗な丸い穴が出来ていた。


 確かに、断面だけ見れば、まったく同じ。


「チッ……」


 遊乃はそれを見て、ますます嫌な予感を強めていた。ついには、確信と言ってもいいレベルになっている。

 ――敵は、ほとんど間違いなく、リュウコと同じ力を扱えるのだ、と。


「はえーっ! すごいなぁ、リュウコちゃん。今の、?」


 リュウコが作った木の穴を見つめながら、ネリネが歌い出しそうなほど楽しそうに、いろいろな角度から観察していた。

 そして、今のネリネの言葉をおかしいと思ったのは、琴音だけ。


「えっ……魔法、って。属性は五つだけなんじゃ……火、水、土、風、木の、五つだけじゃ」

「それは普通の人間の話。世の中には才能とか、お家の事情とかで、隠れ属性持ちっちゅーんがおるんよ。ウチは魔法の名門やから、そういうの詳しいんよ。購買で売っとる補助魔法も、隠れを研究してできたもんなんやで。光は、隠れの代表的なもんや。持っとるだけで、魔法使いとしての栄華は約束されとるほど、希少やけどな」


 希少やから代表って、なんかおかしいけど。

 そう独特な口調で言って、ネリネは「今のブレス、魔結晶に込められへんかなぁ」と、リュウコをジッと獲物を狙う肉食動物のような目で見つめていた。


「……光魔法、なら、相手は光魔法持ちってことか?」

「その可能性は高いやろねえ。人型で、光魔法を使える。まさか、人間が封印されてたってことは、ないやろし……」

「やはり、私の同族……?」


 リュウコ、先にえぐられていた方の木を見つめる。そこに、未だ見ぬ自分の同族を想像しているのだ。

 遊乃としては、別に同族が見つかるのはいい。

 ただ、それでリュウコがどうなるのか、何者かわかった時に、どういう反応をするのか、それだけが心配だったのだ。


 だがそれでも、進むかどうかは、リュウコが決めること。

 だから、遊乃は何も言わず、リュウコの判断を待った。


 人の話にヒント以上の価値は存在しない。

 結局最後に頼れるのは、自分の判断だけだからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る