第42話『魔結晶』

 購買で食料やアイテムを買い、風祭パーティは征服の扉を使って、封印獣が逃げたとされるロシア地域へと降りた。

 学園が管理しているダンジョンに降りる時は、直接ダンジョンの入り口に飛ばされるのだが、今回は広域探索である。


 その場合は、まず中継地点と呼ばれる空を飛んでいる征服の扉に飛ばされるのだ。

 そして、周囲の安全をレーダーで確認した後で地上に降りる。


 遊乃達が降ろされたのは、高くまっすぐ伸びた木が鬱蒼と生い茂る森。


 周囲を見回し、キャファーの影が無いのを確認すると、遊乃は担いでいるバッグを背負い直して、他の三人を見た。


「よし、いいかお前ら。ここからはダンジョンでないとはいえ、いつキャファーが出るかはわからん。俺が先頭、リュウコが真ん中、琴音とネリネが後ろの隊列を守り、周囲の警戒を怠らないようにしろ」

「あれま。意外やねえ」


 と、微笑むネリネ。まるで、遊乃が指示を出したのが面白かったかのようだ。


「何がだ」

「いや、遊乃はんは、そういうのあんま気にせん人かと思っててん。でも、隊列とか気にするんやね」

「当たり前だ。俺様はパーティのリーダーだぞ。貴様らの命を預かる身。半端はできん」

「はあ、なるほど。そこら辺、きちんとしてるんやね。一度留年にリーチがかかった身とは思えんほど立派や」


「おい!? それどこで聞いた! ばあさんか、ばあさんだろ!」


「ははは。まあ、ええやないの。どんな人か聞いただけやさかい」

「なら、お前の情報も渡せ。魔術師ソーサラーだと聞いてるが、実際どんな魔法が使えるんだ」

「あぁ、それは――」


 ネリネが答えようとして、腰のポシェットに手を伸ばしたその時、リュウコの声がその行動を止めた。


「皆さん、キャファーです。その草むらから飛び出してきます」


 リュウコの言葉に、全員が一斉にその草むらを注視した。その時、見計らっていたかのような、あるいはバレたから仕方なくなのか、三匹のキャファーが飛び出してきた。


 黒豹のように見えるそのキャファーは、赤い目で遊乃たちを見つめながら、牙からよだれを垂らしている。美味しそうな獲物に見えているらしい。


「ほなら、ウチの力は、あいつらで証明しましょ。遊乃はん、前衛の仕事、あんじょう頼んます」

「カッ! 言われるまでもねえ!」


 遊乃は腰の剣を引き抜くと、そのキャファーたちに向かって突っ込んだ。しかし、いくらスピード自慢の遊乃とはいえ、さすがに体の構造がスピードを出すことに特化している黒豹キャファーには負ける。


 先に懐へ潜られ、腹に爪を立てられそうになった。


 遊乃のプランでは、スピードで圧倒して、倒し切るつもりだったが、それは敵わないらしい。

 プランが破綻した、とはいえ、破綻したプランにいつまでもしがみつくほど、遊乃は愚鈍ではなかった。


「甘ぇッ!」


 遊乃は蹴りで、黒豹の顎を蹴り上げ、少し宙へ浮かす。それはまるでサンドバックを前にした、ボクサーのような位置関係となる。


「そうそう、そこだ。剣を叩き込みやすいッ!」


 遊乃は、剣で黒豹の体を真っ二つにする。

 しかし、最初から一頭目は囮だったのか、すでに他二匹のキャファーが、遊乃に向かって飛びかかっていた。剣を思い切り振り抜いている遊乃が、ニュートラルな構えに戻す時間はない。


「遊乃くんッ! 危ない!」


 琴音はそう言って、銃に祈るように、魔法を唱えようとした。銃よりも魔法に信頼を置いている彼女は、咄嗟の場合、こうして魔法を選択する。

 だが、魔法はスピードが足りない。


 遊乃はダメージ覚悟で防御をしようとしたが、その必要すら無くなった。


「遊乃はん、伏せぇ!」


 ネリネの声に、遊乃は体から力を抜いて、地面に伏せた。すると、頭上を雷撃弾が2つ通過していき、キャファーたちに命中。

 雷撃は神経を狂わせ、行動を不能にする。

 飛びかかり、空中で行動が不能になった黒豹二匹を、構え直した遊乃が、横一閃で一気に半分へ切り分けたのだ。


「……疾いな」


 遊乃はそう呟くと、剣にこびりついた血を振るって落とし、振り返る。信じられない、そう語る表情でネリネを見ている琴音から察するに、どうやら特別な技を使ったらしい。


「にへへへっ。秘密はこれや」


 と、ネリネは腰のポシェットから、プチトマトのような大きさの赤い宝石を取り出した。


「なんだそれ!」


 見知らぬ物に興味津々の遊乃、一足飛びでネリネの元に駆けつけ、彼女の持っている宝石を覗き込む。


「コロン家秘伝、その名も『魔結晶マギプリズム』簡単に言うと、魔法をこうして結晶化させて、放り投げるだけで使えるようにするっちゅー代物なんよ。すごいやろ! 購買で売ってる魔法爆弾、あれの技術提供しとんの、コロン家やねんで。あれは簡易版やから、初級呪文までしか入れられんけど」


「ふうん……。でも、なんでそんな面倒なことを? 魔法なら、普通に討伐騎士なら使えるだろうに」


 魔法に無頓着な遊乃には、いまいちそのメリットがわからないらしい。

 だから、変わって隣で目の当たりにした、琴音が口を開いた。


「魔法の無詠唱発動、そして、高速化……」

「おやっ。琴音ちゃん、賢いねえ。そう、さっきみたいな危機的状況には、特に効果的なんよ。しかも、作る時は魔法式を頭に入れとかなあかんし、時間もかかるけど、作った後は放り投げるだけで使えるから、いちいちダンジョンごとに魔法を組み立てる必要もない。だから、ウチの頭に入っとる魔法式は、上級回復魔法が基本。すごいやろぉー」


 ふんっ、と鼻息を荒く吐き、腰に手を当てて胸を張るネリネ。それだけで、彼女がどれほどコロン家という血筋に誇りを持っているかがわかる。


 そして琴音は人知れず、悔しさを感じていた。

 遊乃のサポートをするのは自分だと思っていたからこそ、見事に遊乃をサポートしてみせたネリネに、である。

 同じ魔法使いに差をつけられることは、短い学園生活で初めて。だからこそ、その悔しさは身に染みた。


「で、遊乃はん。お近づきの印に、これどーぞ」


 先程取り出した魔結晶を、ネリネが琴音に握らせる。


「ん、なんだ、いいのか?」

「もちろん。もらってもらって。コロン家の癖みたいなもんや。気に入った人に、魔結晶をあげるの。ちなみにそれは、火炎弾や。攻撃したい相手に向かって投げるだけで、相手を火だるまにできるでー」

「なんだかよくわからんが…それなら、もらっておこう」


 遊乃は魔結晶をポケットにしまい「さて」と小さく呟く。


「ネリネの能力もわかったし、さっきの隊列で封印獣を追おう。リュウコ、探知できるか」


 リュウコは返事をせず、鼻を小さく「すんすん」と鳴らして、周囲の匂いを嗅ぐ。


「あちらから、人の匂いがしますね。古いモノですので、おそらくは交戦地点かと」

「よし、ならそっちに行くか。行くぞ皆の衆!」


 遊乃はそう言って手を上げると、リュウコが指さした方へ向かって、大股で歩いていく。そのいつも通りの背中を見ながら、ネリネは笑っていた。


(さて、お手並み拝見と行きましょか……世界制覇を目指すなんて、面白いこと考えてはる、風祭遊乃はん)


 元々、予定されていた護衛は彼女ではない。

 そこにわざわざ、アリエスの力を借りてまで割って入ったのは、偏に「遊乃を間近で見ておきたかったから」に他ならないのだ。


 ネリネ・コロン。

 彼女も風祭遊乃と同じく、面白そうなことが大好きだから。

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