第40話『同類かもしれない』

 マリの連絡とあっては、さすがに逆らうわけにはいかない。

 遊乃達三人は、手早く会計を済ませて校舎に戻り、校長室へと向かった。いつもなら他愛のない話をして、隙間の時間を埋める三人だったが、今はそんな気分にもなれず、無言のまま。


 琴音が校長室のドアをノックし、そして、中に入る。

 すると、そこには少し、異様な光景が広がっていた。一人の真っ白なドレスを着た少女が、応接ソファに座り、その向かい側にマリが畏まったように背筋を正して座っているのだ。


 白いティアラを頭に乗せた金髪碧眼の少女は、芸術家が丹念に丹念を重ね、インスピレーションを爆発させて作り上げた芸術品であると言われても驚かないほど、美麗な顔立ちをしている。


 筋の通った高い鼻と、青い視線を遊乃達三人に向け、小さく肉付きのいい唇を綻ばせた。


「あなた達ですね。初代様のダンジョンに大穴を開けた、というのは」

「えっ。いや、私は付き添いで来ただけで、それとは無関係――って、あれ?」


 慌てて弁明しようとした琴音は、その弁明の言葉を中断してまで、目をこする。まるで、目の前によほど信じられない光景が広がっているかのようだ。


「まさか、アリエス・クラパス様……!?」

「ええ。そうです。都市船クラパス、一五代目王位正統後継者の、アリエスです」


 つまり、遊乃たちが住む都市船で、今最も偉い人間の娘であり、遊乃達よりも、圧倒的に高い地位にいる少女。


 琴音はすぐに、跪いて「も、申し訳ありません。気づくのが遅れました!」と、頭を下げた。だが、リュウコはそんなことを知る由も無いので、琴音がなぜそうまでして敬意を表しているのか、わからなかった。

 なぜか、一五年クラパスに住んでいる遊乃もわからっておらず、琴音に「なにやってんだこいつ」と訝しげな視線を向けるだけ。


「ななななッ。なにしてんの二人共! 王族だよ? 不敬罪だよ!」

「そう言われてもな。王様の、娘、か? この白いの」

「白ッ……!」


 琴音の絶句とは対象的に、そのリアクションを予期していたのか、アリエスは口元を隠し、上品にクスクスと笑っていた。


「いえ、いいんですよ。えーと……音村さん、ですね。あなた方の事は、マリから聞いています。期待の新入生だそうですね」

「期待ぃ? 俺様は期待なんぞされんでも、世界を制覇する男だ」

「ふふっ。本当に言うんですね、それ。マリから聞いた時は、マリのユーモアだと思っていましたが」

「けッ」


 リュウコと喧嘩中である為、機嫌の悪い遊乃は、それ以上何も言わなかった。機嫌が悪い時、誰かに当たるのはかっこ悪いと思っているので、精一杯押し隠しているのだ。


「音村さんも、楽にしてください。今日は、あなた方に依頼があってやってきたんです」

「……王族が、直接ですか」


 リュウコも遊乃同様、機嫌が悪いからか、いつもよりも声が低く、警戒心を顕にしていた。王族からの頼み事など、厄介事に決まっているというのは、記憶を失っていてもわかることらしかった。


「ええ。少し、手詰まりの状態でして……。ここは、期待の新入生の力でも、借りようかと。これ以上、他所の国から手を借りては、外交時に不利となってしまいますし」

「他所の国……って。国家間の問題なんですか?」


 恐る恐る、跪いたまま顔を上げる琴音。


「楽にしていいと言っているのに……。まあ、でも、安心してください。他所の国出身の討伐騎士、というだけです。この依頼は討伐騎士組合ギルドに回していたのですが、プロでも手こずる依頼でして」


「いや、それ、尚の事安心できないんですけどぉ……」

「なぁに。プロではできんことも、俺様ならやれる。それで? どんな依頼だ白いの」


「逃げた封印獣の捕縛、あるいは、殺害です」


「封印……」


 その言葉に、リュウコが小さく反応したのを、遊乃は聞き逃さなかった。なんだか嫌な風向きを感じていたが、興味を持った以上、突き進むのが遊乃である。


「続けろ」


 と、話を促した。


「クラパス王家の城、その地下深くに、開かずの間と呼ばれる部屋があります。――そこはどうやっても開けられず、長年放って置かれた部屋だったのですが、つい数ヶ月前に、その部屋から何かが逃げ出したのです。固く閉ざされた扉を、内側からとてつもない魔法で粉砕し、地上に逃げました」


「キャファーか?」


「おそらくは。ただ、誰もまともに姿は見ていないのですが……近衛兵の一人が、飛び出していくその封印獣を見て、、と……」


 人型のキャファー。ますます持って、遊乃の嫌な予感は的中していた。

 隣に立っているリュウコが、殺気にも近い何かを発していて、遊乃は思わずため息を吐く。


「人型の、キャファー……それって……」


 琴音も何かに気づいたのか、リュウコをちらりと見た。しかし、彼女の表情があまりにも鬼気迫るものだったので、すぐに視線を反らす。


「ええ。リュウコさんが封印されていたダンジョンも、我らクラパス王家縁の地……。そして、件のキャファーも、城の地下深くに封印されていた。……無関係と考えるのは、いささか無理があるかと」


「だから俺らにこの依頼を投げたな、ばあさんと白いの」


 マリは頷き、真剣な眼差しを遊乃に向けた。


「ええ。リュウコちゃんの正体を明らかにする、チャンスだと思いまして。……それに、リュウコちゃんがいれば、あなた方はレベル以上の戦力を有していることになる。なまじプロに頼むより、確実性があると判断しました」

「チッ。おい、リュウコ。どうする」

「……なぜ私に訊くのです」


 二人は、まるで睨み合うように視線を交差させた。その光景は、二人に何があったのかを知らないマリとアリエスにも、何かあったことを示唆するには充分だ。


「どうも、お前絡みくさいからな。俺様はやってもいいが、お前がやりたくないと言うのなら、やる理由がない」

「やりますよ。当然。もしかしたらその封印獣は、私と同類かもしれない。ならば……私がなんなのか、知っているかもしれないのですから」


 そう言って、リュウコは自らの腕をドラゴンに変身させ、掌を見つめた。かすかに震えているその手を見て、遊乃はただ頷き「そうか」と言った。


「琴音はどうする。危ないかもしれんぞ」

「とーぜんッ! 行くに決まってるでしょ! そんな状態の二人だけじゃ心配だし、何より、私は世界制覇譚の執筆係だよ。遊乃くんの活躍はチェックしなくちゃ」

「ああ、いえ。あなた達以外にも、一人護衛をつけますよ」


 盛り上がっている三人に水を差すようなタイミングで、アリエスがそう言って、手をパンパンと二度叩く。


「入ってください。三人に自己紹介して、


 彼女の合図と同時に、校長室へ一人の女子生徒が踏み込んできた。

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