第37話『人類最後の聖戦』
予期せずして肝を冷やしたが、それでも好奇心旺盛な遊乃は、引き続き
技術が最も発展したとされる二〇〇〇年代は、現代の常識では測れない物品が数多く、遊乃の好奇心が非常に刺激されたのだ。
「すごいな……これが今、俺達が使ってるデバイスの元になった、スマホってやつか」
と、ガラス越しに、憧れの品物を見るかのように、顔をくっつけ、キラキラした瞳で黒い板を見つめる遊乃。
「これは小さいのに、さっきのパソコンと似たようなことができたらしいな! さすがに、性能は落ちるようだが」
「スマホ、ですか。一体何の略なのでしょう」
「スマートフォン、らしいぞ」
「でしたら、スマフォ、なのでは?」
「一部ではそう呼んでいる人間もいたらしいが、基本的にはスマホだったらしい。国によっても違ったんじゃないか。どこでも写真が撮れるから、人間は思い出を残すことに力を注ぎ始めた、とも書いてるな」
横に添えられた説明プレートとスマホを交互に見ながら、遊乃は言った。
「思い出、ですか」
「おぉ、こんな風にな」
遊乃はそう言って、リュウコの肩へ無遠慮に手を回し、そのままポケットからデバイスを取り出して、自撮り用のカメラで二人の顔を取った。
にぃ、と歯を見せて笑う遊乃、そして、呆気に取られたリュウコの顔が、デバイスに保存される。
「特別なところに行った時、特別なことがあった時。写真に撮って、スマホで遠く離れた人でも見られるアルバムに登録しといたそうだぞ」
「……なぜそんなことを?」
生まれたばかりで、まだろくな思い出がないリュウコには、わからない概念だった。だが、遊乃はまるで自嘲するかのように笑い、呟いた。
「思い出ってのは、案外思い出すのが難しいもんでな。似たようなことがあったりすると出てくるが、そうでない時はなかなか出ない。こうして写真に撮っておくと、いつでも特別な気分に浸れるから、だろう。そういういい気分は、誰かと共有したいもんだしな。それに……」
遊乃は、少し黙ると、息を吸って、意を決したように言う。
「それに、思い出は何かあった時の支えになる。辛いこともあるけど、また楽しいことができるように、頑張ろうと思えるんだ」
「……まるで、ご主人様にもそういう経験があるかのよう、ですね」
「無いとは言わんさ。俺様にだって、まあ、多少だが、辛いこともない、みたいな時だってある」
それは、初めて漏らした、弱音らしい言葉だった。遊乃は誰かの前で、弱音を吐くような男ではない。リュウコも充分理解していたつもりだっただけに、顔に出さないものの、相当驚いてしまう。
「さぁ、て。次は、俺たちの時代に移る直前だな。通称“最後の時代”だ」
「最後……」
その言葉に込められた意味を考え、リュウコは少し、薄暗いものを見たような気持ちになった。
二〇〇〇年代の部屋を抜けると、続いて現れたのは、三〇〇〇年代である。
だが、その時代は二〇〇〇年代に比べると本当に僅かだったらしく、スペースの量が半分もなかった。
「この時代から、人類は魔法が使えるようになったそうだ。見ろこれ」
と、遊乃は入り口近くにあったガラスの箱を指差すと、そこにはスマホに似た別のモノ――デバイスが飾られていた。
「かつては討伐騎士や、王国守護の騎士だけじゃない。全人類がこれを持っていたと聞いている」
「……全人類が、魔法を使えた時代、だったのですか」
「あぁ。エネルギー問題、環境問題、人口爆発、あらゆる問題があったそうだ。そして、それらを解決する為に作られたのが、魔法。エネルギーは自然から取り出せるからクリーンだし、人口問題は魔法で陸地を増やすことで、人類の住処を増やし、解決したとパンフには書いてあるな」
危うく戦争になりかけ、人類は間引きされる寸前だったとも書いてあったが、遊乃はそこまで読まなかった。
大した理由はない。ただ、楽しい気分のなのに、そんな事を口にしたくなかっただけ。
「つまり、魔法も
「……魔法はこの時代に生まれ、今でも人類の生活を支えているのですか」
「あぁ。つっても、俺様はこの時代、あんま好きじゃねえんだよな」
「なぜです?」
遊乃はボリボリと音を鳴らし、頭を掻く。まるで自分で掻いているのに痛がっているように見えて、滑稽だなと、リュウコはこっそり思った。
「この時代からは、俺らの時代とあんま変わらないからだ。見ろ、終わりの時代が俺たちの時代から続く技術の証がこれだ」
と、遊乃は、奥に展示されている、丸く大きな青い玉を指さした。人が二、三人入り込めそうなほどの玉は、ネオエンジンと名付けられている。
「こいつは都市船を飛ばすのに必要なエンジンでな。自然エネルギーを取り込み、メンテナンスさえちゃんとしていれば、半永久的に飛べる代物だ」
「それが“終わりの時代”に作られたモノ、なのですね」
「そう。ってことは、俺らの時代は、この時代の残りカスだってことだ。そんなもん、興味が湧かん。……が、ここは別だ」
と、遊乃は更に奥へと進んでいく。
そこにあったのは、技術的価値のある部品ではない。
地上時代最後の芸術家『エヴァン・シェロット』の書いた、壁画である。
かつてのイギリスの街で描かれたそれは、彼が住んでいたアパートの外壁いっぱいに描かれており、それを討伐騎士たちが『歴史的価値あり』と判断し持ち帰ってきた国宝品である。
そこに描かれていたのは、黒い霧と、黒い化物達と戦う、人類の姿。
重火器で武装し、髪や目、肌の色も違う全人類が、どこからか現れたキャファー達と町中で向かい合い、血を流して戦っている姿だ。
「これだこれ。人類最後の聖戦。これが見たかった」
「……なんですか、これは」
「初めてキャファーが現れたことで、人類は世界中の兵隊を集めて、遊撃軍を作ったそうだ。トランフル・クラパスの自伝に書いてあった。これは、それを目撃した芸術家が、後の時代の為に残したもの」
遊乃は、うっとりとした顔でその大きな絵画を見つめる。
描かれている人間、一人ひとりの人生までもが覗き込めそうな圧倒的リアリティが、遊乃の感性に響いたのだ。
だが、リュウコは違っていた。
突然、跪き、顔を覆って体を震わせている。
「おっ、おいリュウコ、どうした」
「な、なんだか、体が……強張るんです。涙が出そうで、たまらない……」
リュウコは顔を隠していた手を退けると、顔も真っ青で、唇も普段の血色など感じさせないほど紫に染まっていた。
「何があったか知らんが……ただごとじゃなさそうだな」
遊乃はそう言って、リュウコの体を抱き上げると、歩くよりも早く、しかし周囲の人に迷惑にならない程度に、出口を目指した。
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