第36話『かつての人類の暮らし』
会計を済ませると、 遊乃とリュウコは、服屋から出て通りを歩いた。
遊乃は楽しみにしている事だけは、抜かりなく行うタチであり、すでに
だが、サンフラワー通りを歩いている最中、リュウコが露出した肩を隠しながら、ほんのり赤い顔で呟く。
「なんだか、とても視線を感じるのですが」
「あん?」
遊乃はさり気なく、周囲を確認する。
確かに、男女問わず、リュウコをチラチラと伺っているようで、有名人が来たけど、確信がないから話しかけられない、という雰囲気を出していた。
「ふむ、メイド服の時じゃあ、あんまりスタイルとかわかんなかったからかもな」
クラパスは貴族も数多く住んでいる為、メイドが市場に買い物へ訪れることもあるため、意外とメイド服は目立たない。
そして、華美な装飾もなく、体を覆い隠すようなメイド服は、それにばかり印象が行きやすくなり、案外顔を覚えられないものだ。
だからこそ、私服に着替えたリュウコは、その見目麗しい姿を初めて人前に晒したのと同じ状態となり、通い慣れた市場だというのに視線を集めているのだ。
「な、なぜここまで見られなくてはならないのでしょう……」
「珍しいもんは見たい。人として、当たり前の心理だな」
特に、その気持ちだけで一生を決定させた遊乃は、腕を組みながら深く何度か頷いた。
「珍しい、ですか……やはり、私が、人ではないから……」
「そんなんじゃないだろ。お前はどっからどう見ても人だよ。人間だろうがキャファーだろうが、在り方は自分が決めればいい」
遊乃は、それで話は終わりだ、と言わんばかりに、大股で先へ歩いていく。
失われた遺産展覧会が、楽しみで仕方がないのだ。
しかし、それがなかったとしてもリュウコの心を察することは、難しいだろう。彼女は、本当の心を隠すのが、とても上手いから。
■
サンフラワー通りを抜けて、それから一〇分ほどの場所に、展覧会の会場がある。
そこは王立美術館であり、普段はクラパス中から集められた芸術品が飾られているのだ。文化的に知れることがあれば、と、遊乃もかつて何度か訪れたことがある。
真っ白な城のような建物は、あまり人がおらず、花でいっぱいの中庭を抜けて、小さな階段を登り、美術館に入った。
エントランスでは、にこやかな女性がカウンターに座っており、遊乃はその女性にチケットを二枚差し出す。
「ようこそ、失われた遺産展覧会へ。こちら、右の通路から歩いて行ってください。年代順に失われた遺産が並べられており、順番に歩いていけば、左側から戻ってくるようになっております」
頷いて、二人は右へ伸びる通路へと歩いていった。
飾られている美術品を際立たせるようにと、窓以外は真っ白な壁と床をしているその通路を歩いていると、遊乃は不思議と体がこの空間に溶けていくような感覚に襲われる。
嫌いな感覚ではないので、それをこっそり味わっていると、1つ目の時代が展示されているスペースへやってきた。
「ここは……?」
ガラスケースに飾られた、あらゆるかつての日常品を見て、リュウコは首を傾げた。
「ここは、技術革命時代だな。電気とか機械を、主に扱っていた時代らしい。西暦で言うと、二〇〇〇年代だと聞いている」
部屋の入り口近くにあったパンフレットを「もらっておこう」と取り、尻のポケットにしまう遊乃。
そして、一番最初に現れたのは、白い箱と、それに繋がれた画面。拳サイズのネズミのような何かが、ボロボロの姿で飾られていた。
「おぉ、こいつはパソコンってやつだな」
「パソコン?」
「なんでも、この箱が一家に一台あった時代があるらしい。遠くの人とやりとりしたり、いろいろな遊びもできた、なんでもできる箱なんだとか。調べものもできるから、これ一つで、王立図書館以上の情報を得られたらしいぞ」
「……なるほど? では、料理を作ったり、掃除したりもできたのでしょうか」
「いや、多分無理だろう。そういうんじゃなくて、これは人と人との距離を近づけるものだったんだろうな。掃除っていうなら、あっちのあれでやってたらしいぞ」
そう言って、遊乃が指差し、向かったのは、その隣に展示されていた首の長い鳥のような、ホイールのついた黒い何かだった。
「これは?」
「掃除機、というらしい。電気の力で、ここの口から地面に落ちたチリや埃を吸い取ってたんだと」
「なるほど、わざわざチリトリや箒を使わなくとも、これ一つで兼ねているというわけですか。便利ですね」
「俺様は掃除などせんから、それこそなんでもいいがな」
「ご主人様、少しは掃除したほうがいいですよ。学校のロッカー、すでに大変なことになっているではありませんか」
遊乃は、ダンジョンに潜った際、自らの興味をそそったものは、すべて持ち帰っている。そしてそれを、学校のロッカーに放り込み、飽きるまで調べるという趣味があるのだ。
しかし、地上で拾うモノは、大抵の場合汚れている。
それを一切掃除しないままロッカーに入れているので、ロッカーは戦場かと言わんばかりの様相を呈しているのだ。
「まあ、その内な。しかし見ろ、二〇〇〇年代の地上はずいぶん面白かったようだな。これとかすごくないか?」
そう言って、遊乃が続いて見つけたのは、掃除機の隣に大きく展示されている、大きな青い鉄の塊だった。
「これは飛行機の翼、その破片らしいぞ。鉄で出来ているのに、飛ぶんだと! すごいよなぁ、一体どうやって飛んでたんだろうなぁ」
「飛ぶくらいなら、私が抱えて飛びますよ」
「バカ言うな。お前は飛べる生物だから、飛ぶことに特別感がないんだろうが、人間が自分の技術で飛ぶから感動するんだろうが」
遊乃は、展示されていた翼に添えられていた、説明プレートを眺める。
「ほぉ、航空力学……空気は、強い力を受けると硬化する性質があり、それを利用して浮き上がっていた……風の魔法かぁ。風の魔法が使えりゃ、飛べんのかなぁ」
「ただのブレスをご主人様に叩きつければ、飛べますかね」
「あぁ、ぶっ飛ばされるんじゃねえかな……」
その言葉で遊乃が思い出したのは、カイゼルだった。
リュウコのブレスで遠くまで飛ばされていたが、あれも、もしかしたら気持ちよかったのかもしれない。
そうは思うが、想像してゾッとした肝は、ごまかせなかった。
いくらなんでも、あんな勢いで受け身も取れなかったら、最悪死ぬだろう。
死ぬのはいくら遊乃でもイヤだった。
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