第35話『これでは防御力が足りません』

「ええ、大丈夫ですよ。ご主人様のセンスがたとえ壊滅的でも、それで恥をかくのは、ご主人様も同じですからね」

「貴様、全部俺様のせいにするつもりだな?」


 ジロリとリュウコへ鋭い視線を投げるが、その程度で怯むようなか弱い女ではない。

 遊乃は舌打ちをして、リュウコの体をジロジロと見始める。


「どうされました? ダメですよ、手近で済まそうとしては」

「なんの話だ!? 誤解を招きかねない発言はやめろ! どういう服が似合うのか考えていただけだろうが!」

「冗談です」


 こうした冗談が出てくる辺り、リュウコもなかなかご機嫌なのだが、そこまでは彼女も自覚していなかった。


「……お前はどういう服がいいとか、そういうのはないのか?」

「そうですね、スカートですとありがたいです。動きやすいですし」

「そうか? ……普通、スカートだとめくれて動けないんじゃないのか」

「いえ、別にめくれるくらいは」


 人間としての常識がだいぶ欠落しているリュウコなので、スカートがめくれようが、中身が見えようが、気にしないのである。

 しかし、同行者がパンツを見せびらかして喜ぶような趣味は、遊乃にはない。


「いいか、普通下着ってのは見せないものなんだよ」

「……ではなぜ、やたらと派手なデザインがあるのです? 見せないのであればタダの布で充分なのでは」


 俺は女物の服屋で何をやってんだ、と遊乃はため息を吐きながら、なんとか言いやすいように言葉を絞り出す。


「お前にはわからんかもしれんが、身につけるモノは本人のやる気とかに関わるんだと」


 これは琴音から教わった言葉だった。おしゃれは自分のやる気を出すためにするものだ、と。

 リュウコが納得するかは少し怪しかったが、以外にもあっさりリュウコは納得した。


「なるほど。確かに、私もこれを身につけると、身が引き締まりますから、わかります」


 リュウコはそう言って、頭の白いヘッドドレスを両手で触り、位置を直した。


「これがあると、やはりメイドという感じがしますからね。しっくり来ました。おしゃれはやる気、決意の源」

「んー、まあ、お前が納得したなら、それでいいが」

「それではご主人様、早く私の服を選んでください。今日という日は有限なのですよ」

「やかましい。俺様だって、とっとと済ませて失われた遺産ロスト・レガシーを見に行きたいんだ」


 言いながら、遊乃はリュウコと店内の服を見比べる作業に入った。

 一度やり始めたら、大抵のことに真剣なのが、遊乃のいいところである。

 特に、彼も口にこそ出さないが、いつも支えてくれているリュウコへの感謝はそれなりに大きい。


 そのケアができるのであれば、多少の手間くらい安いものだ。


「よし、これと、これと、これ。試着してこい」


 遊乃は、それなりに真剣に選んでいたとは思えないほど、適当な動作で取ってきた服をリュウコに私、店の奥にある試着室を指さした。


「かしこまりました」


 そう言って試着室へと向かうリュウコの背中を見ながら、遊乃は「ああしてると、キャファーとは信じられんな……」と呟いた。

 常識に欠けているところはあれど、なかなか普通の少女然としており、時たまリュウコのことを普通の人間だと思う時がある。腕をドラゴンに変え、多種多様なブレスを放つ少女など、他にはいないが。


 そうしてしばらく待っていると、リュウコが試着室のカーテンを開き、遊乃に姿を見せた。


「……あの、ご主人様。少し、露出過剰なのではないでしょうか」


 言いながら、リュウコはもじもじと膝をこすり合わせるようにする。その顔は、少し赤い。

 遊乃が選んだのは、黒いオフショルダーのブラウスと、ワインレッドのミニスカート。そして、元々リュウコが穿いていたブーツ。


 頭のヘッドドレスを外していないのは、メイドとしての気位だろう。


「おぉ、いいんじゃないのか。よく似合っている」


 小さく拍手しながら、遊乃は誇らしげな顔で頷いた。

 リュウコは普段から、肌を見せない格好をしている。メイド服は足首まで隠れるし、長袖なので手首すら見えないほどだ。


 だから、どうせなら肌を出しまくってやろうという、いたずら心で選んだのだが、皮膚を露出するのは恥ずかしいらしかった。


「これでは防御力が足りませんよ」

「いや、別にダンジョン潜るんじゃねえんだから、いらねえんだよそんなもん」

「ですが、ご主人様を守るものとしては、これほど華美な服というのは」

「俺様に選ばせたんだ。それで決定する。似合ってるしな」


 遊乃は片手を挙げ、遠くにいる店員へ「すいませーん」と呼びかけた。

 やってきた営業スマイルの店員へ


「これ、全部ください。着ていくんで、今まで着てたやつ入れる袋だけもらえますか」


 店員は「ありがとうございます! こちらへどうぞ」と、二人を先導するように、レジへ向かった。


「……ご主人様」

「なんだ?」

「ご主人様って、店員には敬語なんですね」


 そう言うと、意表を突かれたように、遊乃は喉の奥で息を飲む。昔から両親の「誰かが私達の野菜を売ってくれるからこそ、生活できてるんだぞ」という教えのせいで、よほどうろたえたり、はしゃいでいる時以外は、敬語が出てしまうのだ。


「っせえ。ほっとけ」


 遊乃はそれだけ言うと、照れ隠しか、大股でレジの方へと向かっていった。

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