第34話『それなりのファッションがある』

  ■


「ご主人様、起きてください。時間ですよ」


 そんな声で遊乃はゆすられ、目を開けると、リュウコが顔を覗き込んでいた。もう毎朝、起きた時一番最初に見るのはリュウコの顔なので、もう慣れてしまっている。

 結局、ここ最近のダンジョン潜りで疲れた遊乃達は、マリにチケットをもらってすぐ、寮に戻って体を休めた。


 休みを全力で楽しむ為には、前日からの準備が必要不可欠という、遊乃のこだわりである。


 体を起こし、伸びをすると、ぽりぽり首筋を掻きながら、ダイニングに置かれた大きめなコーヒーテーブルを見た。ハンバーガーとサラダ、コーヒーが置かれている。


「ふぁ……。朝からちょっと重たいんじゃないのか」

「朝は重いくらいがちょうどいいんです」

 

 リュウコはそう言うと、遊乃が座るのを待たず、ハンバーガーをかじった。

 少し頷きかねた遊乃だったが、しかしすぐにハンバーガーの匂いに鼻孔をくすぐられ、食欲が湧いてきて、席に座るとリュウコと向かい合い、食事を始めた。


 近所の市場で買ってきたバンズと野菜、リュウコの手作りハンバーグが絡み合い、食べれば食べるだけ腹が減ってくるようだった。

 特に、ケチャップとトマトがいい味を出している。


「うん、お前、料理だいぶ上手くなったな」

「ありがとうございます。しかし、具材がいいからです。野菜はご主人様の家で採れたものを使っていますし、ケチャップも、風祭印のトマトから作っておりますので」

「なに? ケチャップ、手作りなのか?」

「ええ。これ以上に美味しい食べ物を、私は知りません」


 リュウコは、実家に帰らない遊乃の代わりに風祭家へ赴き、彼の近況などを報告するついでに、野菜をもらってきているのだ。

 風祭家がクラパスでも指折りの農家であることを差っ引いても、記憶が戻ってから初めて口にした食べ物であることが、彼女の味覚に大きな衝撃を与えたのである。


 二人はそのまま、黙々と食事を終えて、遊乃は出かける為に着替えた。

 白いシャツと、黒いベスト。そしてジーパンというシンプルなスタイルだが、リュウコは着替えず、メイド服のままだ。


「……お前、なんで着替えないんだ?」


 着替え終わり、遊乃はずっと自分の着替えを見ていたリュウコに問いかける。


「これ以外の服、持ってませんからね」

「あぁ……そういえば、そうだったな」


 どうやらリュウコの服は特別なモノらしく、彼女が魔法でどこからか出したものを着回している。彼女曰く、第二の皮膚なのだが、しかし一応はデートと銘打っている外出だ。

 そんな中でメイド服では、遊乃の方が落ち着かない。


「ふむ……いい機会だ。お前に、メイド服以外の服を買わねばな」

「いえ、別にお気遣いなく。これは私の正装、どこへ行くにも恥ずかしくない、一張羅ですので」

「ふざけんな。俺様が恥ずかしいんだよ。メイド連れて出かけるほど、偉ぶった立場でもないしな。……展覧会行く前に、服屋に行くぞ」

「はぁ、ご主人様がそう仰るのでしたら、お供しますが」

「決まりだ」


 遊乃は一応、尻のポケットに入れておいた財布の中身を確認する。服の一着や二着くらい買えるだろうことを確認すると、リュウコを引き連れ、部屋を出た。



  ■



 “サンフラワー通り”は、クラパスの中でも大きな市場だ。

 遊乃たちの住んでいる寮から、歩いて一〇分ほど行けば、買い物客と店で賑わう、大きな一本の通りがある。


 連日祭りでもしているのか、というほど賑やかなそこを、遊乃とリュウコは、人通りではぐれないよう、気をつけながら歩いた。


「たまにお買い物で来ますが、相変わらずすごい賑わいですね」


 周囲をキョロキョロと見回しながら、遊乃の背後に立つリュウコが呟く。

 野菜のたたき売りをしている商人や、アクセサリーを売る露天商達だけでなく、この通りには何かを売っている人間か、それを買う人間しかいないのである。


「たしか、ここらへんだったな……」


 遊乃も、リュウコに釣られたようにキョロキョロと周囲を見渡し、そして一つの店を見つけた。


「あったあった。あそこだ」


 通りの中央ほどにある店は、おしゃれな服を着たマネキンがショーウインドーの向こうでポーズを取っているところからわかる通り、服屋である。

 その名も“ガーリーモード”若い少女をターゲットにした服屋だ。


「おや、ずいぶん可愛らしい服が飾られていますね。ご主人様の趣味ですか?」

「違うわ! 琴音の趣味だ。よく付き合わされてな。ここしか女物の服屋は知らんのだ」


 ということは、ほとんどご主人様の趣味だろうな、と、リュウコはこっそり思った。

 琴音が遊乃に何が似合うか聞いている光景が、目に浮かぶようですらある。


 ドアを開け、店内に入ると、胸元が大きく露出されている、白いワンピースを着た女性店員が笑顔で頭を下げた。


「いらっしゃいませ!」


 そんな営業スマイルに、遊乃は軽く頭を下げ、背後に立つリュウコを前に押し出した。


「ど、どうされました」

「いや、お前の服だろうが。お前が好きに選べ。ワンセットまでなら買ってやる」


 そう言って、遊乃は店内に入ってまだ一〇秒も立たない内から、退屈そうにあくびをし、周囲の服を物色し始めた。

 だが、そもそもリュウコだって、メイド服以外の良し悪しはわからない。


 一応、遊乃の横に立つメイドとして、恥ずかしくないファッションを心がけるつもりではいるが、人間の常識など、ほとんど制服しか見ていないようなリュウコにわかるわけもないのだ。


「ご主人様」

「あん?」


 ひらひらとフリルのついたスカートを摘みながら「なんでこんなもんがついてるんだろう」と首を傾げていた遊乃は「なんだ、もう決まったのか?」とリュウコへ視線を移す。


「いえ。私は、人間の服などわかりませんので、選んでいただけませんか」

「……お前もか? 琴音も選べって言うんだよな。めんどくせえ」


 やっぱりそうか、と、リュウコは納得し、頷いた。


「ええ、お願いします。ご主人様の横へ立つものとして、恥ずかしくないセンスをお教えください」

「……俺様は大体のことには自信がある。女物の服なんて知らんが、それでいいか」


 今日はやけに素直だな、と思いつつ、リュウコは再び頷く。

 遊乃の中に、今日はリュウコの慰安であるという意識がしっかりとあるのだとわかり、少しだけ、リュウコは嬉しくなった。

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