リュウコの心
第33話『慰安の日』
そして、結局あれから一ヶ月はあっという間に経った。
風祭遊乃という男は、興味のないことでは、切羽詰まらないと本当に何もしない男であり、それを上手く琴音が手綱を握りながらやってきたのだが、今回もご多分に漏れず、そんな一ヶ月となった。
「遊乃くん!? 期限まで一週間だよ!? なのに、なんでベラージオの時からレベル上がってないの!?」
そんな琴音の説教もそこそこに、一週間とにかくダンジョンへ潜った。
今更遊乃が授業で高得点を出すことに期待するほど、琴音も遊乃という男を知らないわけではない。
当然、銀狼の時のように、突然変異的な高レベルキャファーがいるなんてミラクルが起こるわけもなく、とにかく地道にダンジョンを攻略し、そして――
「どうだ、ばあさん。俺様、約束通りレベル一〇になったぜ」
期限の一ヶ月目、遊乃は校長室を訪れ、マリにデバイスを見せつける。
やれやれ、やっと来たか、とため息を履きながら、マリはかけていた老眼鏡をデスクに置いた。
そして、デスクの前に立つ遊乃からデバイスを受け取り、レベルを確認し、安心したように微笑んで、遊乃にデバイスを返した。
「まったく、シルバーファングなんて高レベルキャファーを倒していたんですから、もっと早く来てもいいくらいでしたよ」
「いいだろうが。期限は守った」
この生徒は校長に機嫌を取るという概念はないのか、とマリは首を傾げたくなったが、遊乃がそんな心の機微を感じ取って行動するなどないだろうとわかっていたので、なにも言わなかった。
「少しずつこなしていけば、そこまでお疲れになることはなかったのではないですか?」
「俺様が疲れている? どこがだ」
そうは言うが、さすがに遊乃の顔色は悪い。
一度地上に降りたら、体内の毒素が完全に排出されるまでの時間を取るのが常識だが、遊乃はそんなことなどせず、潜り続けた。琴音は途中でリュウコにすべてを任せて休んでいたが。
「毒素が体に及ぼす影響は、完全に解明されたわけではありません。あまり無茶はしないように」
「俺様が無茶などするかってんだよ。できるからしたまでだ」
「……まあ、それならいいですが。リュウコちゃんはどうです?」
と、遊乃の背後で、ソファに座っているリュウコに視線を移す。
「しばらくはダンジョンに潜りたくないですね。お腹も空きますし」
「ふふ。まあ、最初は皆さんそう言います」
「そうか? 俺様は未知のダンジョンならもっと潜ってもいいがな」
「あなたはもう少し、周りを見ることを覚えなさいね」
遊乃は反応に困ったようで、曖昧に頷いた。どうやらいくつものダンジョン攻略で、思うところがあったようだ。
琴音の補助や、リュウコの強さに助けられたので、身に染みたのだ。
「さて、ババアに報告も済んだし、帰るか。俺様眠い」
「そうですね。しばらく激務でしたし、お休みがほしいところです」
二人して、校長室から出ようとしていたので、校長はその背中に「ちょっと待ってください」と声をかけた。
立ち止まり、振り返ると、校長はデスクから立ち上がり「これをどうぞ」と、遊乃へ何かチケットサイズの封筒を差し出す。
歩み寄り、それを手に取り、封筒を開くと、そこには……
「なんだこりゃ? 『
「ええ。実はその主催が私の古い知り合いで、チケットをもらったのです。しかし、私はお仕事があって行けないので、お二人で行ってきてはと」
「ふうん。しかし、なんでばあさんが。あんた、教育者だろ。教え子にこんな贔屓していいのかよ?」
「まあ、それはそうなんですが。ただのマリ・ショルトーとして、レベルを上げたお二人にご褒美ということで。それに、
「俺様は召喚術師ではないが……」
ちらりと、遊乃は隣に立ち、手元のチケットを覗いているリュウコを見た。相変わらずの無表情ではあるが、さすがにこれだけ一緒にいれば、何を考えているかくらいはわかる。
少し興味深いな、と思っているのだろう。
「まあ、俺様に尽くす従者に、たまの褒美をやるのも悪くない。ダンジョン攻略で得た報奨金があるから、懐も潤沢だしな。――よし、明日はデートと行くか」
「……デート? 知っていますよご主人様。男女一緒に出掛けて雰囲気を高めた後、生殖行為を行うというあれですね」
「せんわ!」
「冗談です」
少し見ない間に、ずいぶんと打ち解けたモノだ、と、そんな二人のやり取りを見て、マリは微笑む。
「まあ、個人的なプレゼント、というのもあるのですが、リュウコちゃんの記憶の鍵になるのでは、という思惑もあるのです」
「私の、記憶……?」
リュウコは首を傾げた。なぜ『
「リュウコちゃんは地上のダンジョンにいましたからね。おそらく、地上が毒素で汚染される寸前の時代で、何かがあったのでしょう。その頃を知るには、もってこいです」
リュウコは一瞬、固まった。そして、校長に頭を下げ、
「ありがとうございます、マリさん。お心遣い、痛み入ります」
その、固まった時の表情は、遊乃にも何を考えているかわからなかった。
ただ、怖がっているような、あるいは寂しそうな、そんな表情だったことが、印象に残っていた。
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