第32話『帳尻合わせは完了』
銀狼の頭から剣を引き抜くと、そこには真っ黒なオイルのような血がこびりついていた。
遊乃は剣を振るってからその血を落とし、起き上がらないか警戒していると、リュウコが剣から光の粒となって出てきた。
光の粒から人間体へと戻ったリュウコは、まじまじと倒れている銀狼を見つめ、遊乃へと視線を移す。
「一体、何をなさったのですか」
そしてそこへ、遠くで見ていた琴音とデューも歩み寄ってきて、少し銀狼を警戒しながらも、遊乃の答えを待った。
「金属疲労ってやつだな。こいつは金属の体を持っているようだったから、氷のブレスと魔法爆弾で内外共に冷やして、炎のブレスで温めてやったんだよ。冷めてから急激に温められると高い負荷がかかるらしい」
「へえーっ。遊乃くん、よくそんなこと知ってたね?」
琴音はしゃがみこんで、銀狼の体を人差し指で突いた。すると、どうやらとても熱かったらしく、「あっつい!」と勢いよく立ち上がる。
「あぁ。ウチは農家だろ? クワとかが、金属疲労で壊れることがあってな。親父からそういう現象があるって、聞いたことがあったんだよ。このシルバーファングってやつは、かなりスピードを出してやがったが、それでボディも軋んだってのもあるかもな」
「なるほどー」
「つうか、あたし的には風祭の家が農家ってのが、驚きだけどね……」
言いながら、デューは地面に座り込み、大きなため息を吐いた。
「なんにしても、これでベラージオは攻略完了……。ひぃーっ、疲れたぁ! なんだってレベル一〇ダンジョンでこんな苦労しなきゃなんないのよ!」
「今更言っても仕方ないよ」
琴音も、持っていた拳銃をガンベルトに納めて、デューの隣に座った。
「あんまりいい
言いながら、琴音はデバイスを操作していたのだが、自分のプロフィール画面を見て、いきなり目を見開き固まった。
「なに、どうしたってのよ……!?」
琴音のデバイスを覗き込んだデューも、一瞬目を見開き、そして、今度は自分のデバイスを取り出して操作する。
「一体なんだってんだよ?」
あまりにもただ事ではない二人の反応に、さすがの遊乃も気になってしまい、デバイスを開いた。
するとそこには、風祭遊乃レベル八の文字。
一気にレベルが二も上がっていたのである。
「おいおい、俺様のレベル、なんか一気に上がったぞ?」
「ちょっ、私も十一になってるよ!?」
「あたしも、レベル十三! 一気にどんだけ授業点入ったのよ!?」
普通、レベルがここまで一気に上がることはそうない。
なぜなら、レベルが一気に上がるというのは無茶をしたからということ。学園が侵入できるダンジョンを管理している以上、階段飛ばしでレベルを上げるなど、危険なことは基本的にできないのだ。
パーティ内にそのレベルのメンバーがいれば入れるが、しかし、低レベルの人間を連れて行くという、自分のせいで死にかねないリスクなど、背負いたがらないのが人情。
「これなら、俺様もレベル十になるのは、あっと言う間っぽいな」
「う、うーん……ラッキーと言うべきかなぁ……私的には、遊乃くんにはもうちょっと地道な努力を覚えてもらいたいんだけど」
と、頬に指を当てて、首を傾げる琴音。
「まあ、なんにしても、そこまでスケジュール詰め込まなくてもよくなったのは、確かだね」
「スケジュール? 何の話よ」
話に入り込めていなかったデューは、やっと疑問を口にした。
言いにくいだろうし、自分から言ってあげよう、と琴音が気を利かせて話そうとした時、遊乃は自分から「単位を一ヶ月後までに十にしないと、留年と言われててな」と、なんでもなさそうに言った。
「はぁ? 誰からよ」
「ばあさん」
ばあさんという言葉では、一般的な常識を持ち合わせているデューはわからず、琴音からの「校長先生だよ」という補足で、やっと驚くことができた。
「あんた、どこまで校長先生に目ぇつけられてんのよ。別にレベル上げるのは二年までに二〇あればいいんでしょうが」
「俺様もそういう話だと思ってたんだがな。ばあさんは嘘つきだ」
「いや、遊乃くんの危機感を煽るためだと思うよ」
銀狼を倒した余韻もへったくれもなかったが、しかし、こうした話に先程まで緊張していた神経の糸がほぐれていくのを感じる三人。死を意識した緊張からの緩みは、かなりの落差を生み、三人とも非常に大きな疲れを感じていた。
「まあ、もうレベルも二上がったし、とりあえず今日はいいだろ? 一ヶ月もありゃ、あと二上げるのも楽勝だし」
遊乃は琴音に手を差し出す。その手を取り、立ち上がりながら
「まあ……そうだね。どっちにしても、今日は帰ろ。疲れたよぉ」
「そうね。打ち上げ、とでも行きたいけど、さすがに疲れたし……お風呂入りたい」
「ご歓談中申し訳ありません」
三人がやっと帰る決心を固めたところで、今まで黙っていたリュウコが口を開いた。
「なんだ、どうしたリュウコ」
「いえ。私の不手際で申し訳ないのですが、この金庫室、そろそろ崩れます」
「「「えぇッ!?」」」
リュウコ以外の三人は、周囲を見回す。
確かに、至るところからミシミシと音を立てており、崩れだす秒読みを感じさせた。
「まだ逃げるのに余裕はありますので、逃げましょう」
「言われんでもそうするわッ! 行くぞ、琴音、デュー!」
「あぁ……なんか締まらないなぁ」
「ちょっ、ちょっと! あたしまだ足覚束ないんだけど!?」
「私が抱えていきますよ」
まるで山賊が村娘をさらうような肩車でデューを担ぎ、リュウコはひと足早く、金庫室から飛び出した。
そして遊乃と琴音も慌てて力ない走りで金庫室から飛び出し、その瞬間、背後からズガンッ! と大きな音がして、肝を冷やした。
見れば、金庫室はまるで上から押しつぶされたみたいにぐしゃぐしゃで、セミの抜け殻みたいにがらんどうな景色が広がっているだけという、寂しいものになっていた。
リュウコの運用は、もう少し考えよう。
遊乃にしては珍しく、反省をしていた。
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