第31話『負けてタダでは帰れまい』

「しかし、ご主人様。どうなさいますか。逃げる方がいい、私もデューさんと同じ意見ですが」


 剣から聞こえてくるリュウコの声に、遊乃は首を振った。


「それこそ損ではないか。ギャンブルと同じだ。ここまで血を流した以上、タダで帰るなんて馬鹿らしい」


 ギャンブルでは負ける人間の言葉だったが、遊乃はそんなこと意識もしていない。そして、リュウコもそんなこと知らないので「なるほど」と一言呟いて、黙った。


「それに、俺様は勝ちの目を確信している。勝てるのに逃げるかってんだ」


 遊乃はそう言って、剣を構えた。

 体を半身に、切っ先を突き出した、フェンシングのような構え。その構えを見て、デューは心底驚く。


 その構えは、一度しか見ていないデューの構え。突き主体の戦法を取る彼女の構えならば、確かに片腕で充分だ。


「バカなッ。ちょっと琴音、風祭、どっかで剣術習ってたの!?」

「そ、そんなわけないよ。だって、遊乃くん、人に教えてもらうの、ものすごく苦手なんだもんッ」


 琴音の言葉通り、遊乃は人の話を聞くタイプではない為、何かを教わるというのが極端に苦手だった。いつだって、自分の感じたことをそのまま糧にしてきた。


 しかし、だからこそ、自分が味わったデューの剣ならば使えると、彼は確信していたのだ。


 すり足気味に、勢いよく踏み出し、冷気を纏わせた剣を突き出した。

 だが、横薙や大袈裟の一閃という、面の攻撃を躱されてきたのだ。銀狼は突きという点の攻撃を、あっさりと躱していく。


 だが、もしも遊乃がいつもの剣術を使っていても、躱されていただろう。血を失ったダメージは全身に巡り、トップギアに入れることすら難しい。


「リュウコ! 今度は炎だ。剣に纏わせろ!」

「かしこまりました」


 その短いやり取りに、遊乃の剣が燃え始める。

 だが、属性が変わっても動きは変わっていない。構えが変わったことで、本能的に警戒し、見を選択していた銀狼は、遊乃にそれ以上の策がないと確信したのか、ついに遊乃へ爪を振り下ろした。


 しかし、遊乃はそれを待っていたのだ。


 一瞬剣を離し、切っ先を横に向け、横薙。剣から吹き出した炎が、銀狼の体を覆った。


「どうだ!?」


 しかし、元々その程度の炎で燃えるような体はしていない。

 一瞬驚いてひるんだが、体が冷えていることもあり、焦げてすらいなかった。


「ちっ! か!」

「ご主人様。氷のブレスに切り替えるべきではないでしょうか。炎はシルバーファングに対して、有効な属性ではないようです」

「いいや、これでいい!」


 遊乃はそう言うと、再び切っ先を下に向け、突き主体の構えを取る。


 それを遠くから見ていたデューは、琴音の背中をバシバシと叩きながら叫ぶ。


「琴音ッ! 今こそ援護が必要でしょ! 銃撃って!」

「だ、ダメだよ! 遊乃くんとの距離が近すぎて、遊乃くんに当たるかもしれないし、なにより、弾丸が跳ね返されるかもしれないんだよ!」


 先程『インバイトホール』の前に撃った弾丸で、銀狼の体の硬度は把握している。あの体では、跳弾で遊乃に当たる可能性は否定できない。

 しかし、別にそれだけが琴音のできることではないのだ。


魔法銃師マジック・ガンナーは銃だけじゃないんだから! 遊乃くん、もっかい行くよ! 『インバイト――」


「やめろ琴音!」


 動きを止める呪文を唱えようとしたら、遊乃の怒鳴り声に、琴音の呪文が止められた。


「なっ、なんで!」

「まだ倒せん! そんな状態で『インバイトホール』を使われて、そっちに狙いを定められてみろ! 今の俺様じゃ守りきれん! 使うタイミングはこっちで指示する!」


 なぜ、という言葉を、琴音は飲み込んだ。

 遊乃に何か策があるというのなら、それを信じるだけだから。


 しかしそれでも、今の琴音には、にしか見えないのも事実。


 炎をまとった剣を振り回しながら、銀狼に遊ばれているだけ――。


 圧倒的な窮地であり、すでに逃げ切るだけの体力も怪しい中、遊乃だけは、この状況でも笑っていた。


 銀狼は先程のような、捨て身の爆弾戦法を警戒し、なかなか自分の間合いには入らないが、それでも遊乃の限界が近いことを悟っている。

 ハンターは遊ばない。獲物が弱りきり、倒れるのを待つだけ。


 だからこそ、遊乃の限界を見極めようとしているのだが――

 しかしそれは、遊乃も同じだった。


 遊乃の限界よりも先に、その時はやってきた。


 ガゴッッ!! 


 と、なにかが凹むような音がして、デューと琴音は周囲を見回す。

 だが、すぐにその音の正体はわかった。


「ホゴ……ッ、かぁぁぁぁッ!?」


 なぜか、銀狼が苦しみ始めていた。

 その体には、まるで枯れて水分がなくなった大地のように、ヒビ割れていた。


「琴音ッ! 今だ!」

「へ!? あ『インバイトホール』!」


 銀狼の足元から、いくつもの白い女性の腕が飛び出し、その動きを止める。内部に蓄積されたダメージが、銀狼の体を蝕んでいたのだろう。

 すでにその拘束を脱出する術すらないようだった。


 遊乃も、最後の力を振り絞り、天高く跳び、片手で剣を掲げ、銀狼の頭へ剣を突き下ろす。


「世界制覇ぁッ!!」


 ゴリッ、という、衝撃音の後、ギシギシと薄い鉄と鉄がこすれる嫌な音がし、そして――


 ――ついに銀狼は、その動きを止めた。

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