第29話『逃げるのは早ぇ』

 意外にも遊乃は、特攻を選ばなかった。

 理由としては、デューがあっさりと迎撃されたからである。


 本来、今までの――遊乃、リュウコ、琴音のパーティであれば、遊乃が特攻を仕掛ける役割だ。

 彼ならば持ち前のスピードで、何か仕掛けられても対処することができるし、撃ち漏らしてもリュウコのアシストでなんとかなる。


 偵察、できれば撃破。

 それが彼の役割だと、誰にも言われずとも、理解していた。


 しかし、その役割をデューに明け渡している今、遊乃がすべきことはデューが得た情報をどうやって活かすか。その一点である。


 彼が先程のデューから得られた情報は二つ。


 攻撃力が高いこと、そして、スピードもなかなかあるという二つ。


 それならば、何も敵に付き合ってやる必要はない。同じ土俵で戦えば負ける可能性が生まれるのであれば、負けないやり方を取るのが当然。


「琴音ッ! 突っ込む!」


 短くそれだけ言うと、遊乃は自らに「脱兎の如く」をかけ、銀狼シルバーファングへ向かって突っ込んでいく。

 デューの言っていた「スピードは風祭といい勝負」というのは、おそらく脱兎の如くを使った状態で、いい勝負をするという事だろう。


 で、あれば――


「了解、遊乃くんッ! 『韋駄天ハイスピーダー』!」


 琴音に素早さ強化の呪文をかけてもらう。

 これが、銀狼のスピードを攻略する最適解。


 だが、念には念を入れるのが、琴音のやり方だ。


「おとなしくしといてねッ!」


 銀狼の足元に銃弾を三発打ち込み、動きを牽制する。一発は膝に当てたが、二発は地面に。

 一発当てたのは、銀狼に銃弾が効くか否かを確かめたかったからだ。もし効くのであれば、魔法力の節約ができる。

 効かなかったのを確認すると、銃に祈るようなポーズを取り、呪文を唱えた。


「『インバイトホール』!」


 かつて遊乃に使った、動きを封じる呪文である。

 銀狼の足元から、数多の白い女の腕が這い出してきて、足を掴み、動きを止めた。


「ナイスだ琴音ッ!」


 スピードでかき回すつもりだったが、想定を上回る琴音の好アシストに、遊乃はプランを変更。

 思い切りジャンプして、空中で剣を上段に構えて、銀狼の頭に思い切り剣を叩きつけた。


「世界制覇ッ!!」


 遊乃お得意の、重力と自らの腕力、体重を最大限に活かした攻撃――。

 彼が、と語る、強力な一撃である。


 だが――


「ぬッ!?」


 遊乃の一撃を、銀狼は頭で受け止めていた。

 彼の必殺技と言える一撃であり、名刀である黒い剣は、刃が立っている気配すらない。


 遊乃は「まずいな」と呟き、着地するや否や、強化されたスピードで即、銀狼の射程圏外に出た。


「ありゃあ、生半可に攻撃力を強化したところで、通るような防御力じゃねえ」

「でしたら、生半可でなければよろしいのでしょう」


 遊乃の隣に立っていたリュウコが、大きく息を吸い込んだ。それだけで蘇ってくる、強烈なイメージ。

 光のブレスを放とうとしているのだ。


 だが、ここは古びた金庫の中。そんなところで、極大のレーザービームを放たれては、どう考えても大変なことになる。


「まッ、まてリュウコ――ッ!」


 遊乃の静止は、一瞬間に合わなかった。

 事実、彼の中にも『光のブレスでなら倒せるだろう』という考えがあり、それが一瞬の判断ミスを生んだのだ。


 無情にも銀狼へ向かって放たれる光のブレスは、そのまま銀狼に直撃。


 跡形もなく、消し飛ばしたはずだった。


 まるで火の着いた棒を水につけたときのような、ジュっという音がしたかと思えば、銀狼の磨かれた体が鏡となり、光のブレスを拡散させて、弾き返したのだ。


「うぉぉぉぉッ!?」

「きゃあぁぁッ!?」

「ちょっとぉッ!?」


 遊乃、琴音、デューの三人は、降り注ぐ光線の雨に晒され、悲鳴を上げた。

 触れるだけで、その場を消し去る光の雨である。遊乃は全力で、一つ一つを避け、琴音もありったけの魔力を注ぎ込んだ防御呪文で防ぎ、デューはシルバーファングの回避方法を見て、自らのポケットにしまってあった鏡を使い、弾き返した。


「やめろバカモノッ! 狭いところでそんなバカ威力のモン使うな!」

「申し訳ありません。光のブレスが跳ね返されるなど、想定外でした」

「リュウコの光のブレスって、まさか、光が反射するものなら跳ね返されるってこと!?」


 デューは脇腹を抑えながら立ち上がり、舌打ち。


「どうなってんのよ! あれホントにレベル一〇なの!? あたしよりレベル下なのに、なんで手こずるのよ……!」


「……少なく見積もって、レベル二〇はありますね」


 リュウコの言葉に、デューと琴音の顔が青く染まる。


 現在、デューは一二。琴音は一〇。

 レベルは強さでないとはいえ、五も離れていれば経験から勝負にならないというのが、討伐騎士内での相場である。


「まっずいわね……逃げられるかしら」

「……逃してくれそうもないよ」


 デューと琴音は、銀狼をちらりと伺う。

 なぜか楽しそうに見えるのは、しっぽを振っているからだろう。久しぶりに歯ごたえのある敵が現れ、ワクワクしているのかもしれない。


 しかしそれは、銀狼だけではなく、遊乃もだった。


「逃げるって? バカ言うな! 逃げるのなんて、死にそうだなーと思ってからでも遅くはないだろ」

「バカ言ってんのは遊乃くんだって! たかだか授業点集めの為に死ぬ可能性があるんだよ!」


 言いながら、琴音は後悔していた。

 こんな言葉で遊乃が止まるくらいなら、そもそも彼は討伐騎士なんて目指していない。

 周囲の声を聞かず、誰もができないといってもやり遂げる。それが風祭遊乃という男だからこそ、琴音はついてきたのに。


 それでも言ってしまうのは、自分自身が弱いから。


 琴音は遊乃の返事を聞く前に、弾倉へ弾を込めていた。


「かっ! これからちょこちょこ面倒なダンジョン潜りするより、強いやつとやったほうが万倍面白いし、早いだろうが!」


 予想通りの言葉が返ってきたことで、琴音はにやっと笑い、拳銃を構えた。

 諦めそうになった時でも、遊乃が諦めないからこそ、琴音はここまでやったこれたのだ。

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