第28話『シルバーファング』

「けっ。くだらん時間を過ごしちまった」

「まったくよ」


 と、遊乃とデューは、二人して腕を組み、似たようなポーズでイドとその腰巾着を見下ろす。

 それを見た琴音は「二人って似たもの同士なんだなぁ」と、なんだか腑に落ちたような気持ちになった。


「しかしこいつ、エルフをやたらと敵視してたが……なんだったんだ?」


 遊乃はイドの体を持ち上げ、先程までイド達が入っていた部屋に放り込む。

 どうやら会議室らしく、大きな円卓があり、ホワイトボードに何かが英語で書かれていた。空世界では、共用語という言葉が使われており、元々世界にあった言語は、方言の一つに近い認識をされているのだ。


「エルフの女にでも振られたか」

「いや、そういうんじゃなくて……」


 溜め息を吐くと、デューは「いい?」と前ふりをしつつ、話しにくそうに口を開く。


「生まれ始めた頃から、エルフは人間と違う姿をしているわけでしょ。しかも、身体能力なんかも、普通の人間よりはるかに高い。昔は、化物が生まれた、なんて言われてたそうよ。昔はもっとすごかったらしいけど、今でもエルフは差別される対象ってわけ」


「ふぅん。なんとも馬鹿らしい話だ」


 そんなどうでもいいことに時間を割きたくないとばかりに、遊乃は部屋を出た。

 差別して拒絶するなど、遊乃からすれば、その理由がわからない。


 人間性が嫌いというのならわかるが、見た目や能力が高い程度で嫌っていては、キリがない。そう思っているから。


「エルフだなんだと言う前に、デューはデューでしかないだろうに。デュー本人が嫌いだというなら、納得もできるがな」

「あんたはそういうタイプよね」


 苦笑しながら、デューは遊乃の背中を、平手で力強く叩いた。


「いてぇッ! なんだおい、いきなり叩くなバカモン」

「いいじゃないの、これくらい、軽いもんよ」


 エルフの体という、恵まれた素材だからこそ軽いと感じるが、人間である遊乃には、充分重い一撃だった。

 こういうところもあって、接し方が難しいのかもな、と、こっそり思う遊乃。


「お二人が仲良くなったところで、そろそろボスの部屋が近いよ」


 と、琴音が楽しそうに言う。

 だが、そんなことを言えば、噛み付くのがデューである。


「誰と誰が仲良くなったってのよ!」

「いいではありませんか。ボスを前に、団結を強めるのも、悪いことではありません」


 先程まで黙っていたリュウコも、気持ちの切り替えが済んだのか、そう言ってさっさと部屋を出ろと言わんばかりに、デューの背中を押し、部屋から追い出す。


 そうして四人は、再び廊下を歩き出した。

 イドとその腰巾着は、とりあえずあのまま置いておけば、じき目を覚ますだろうという考えである。

 特にベラージオは、開拓されてからなかなか長いダンジョンだ。キャファーの数そのものも少ないし、キャファーに発見される前に目を覚ます確率はかなり高い。


 さすがの遊乃達も、イドがキャファーに襲われて死んでいいとまでは思っていないらしく、万全を期して、休憩する際に使うキャファーを遠ざける香を炊いてきた。


 そうして、四人はついに、ダンジョンの最奥である、大きな金庫の前にやってきた。

 かつては、何人も通さなかったその金庫は、何千年経っていても変わらない重厚感を保っている。しかし、中にキャファーがいるせいで、扉は半開きになっていた。


「ここに何億クレって金があったのかねえ」


 遊乃はそう呟くと、鼻をすんすんと鳴らし、匂いを嗅いでみた。金の匂いでも感じようとしているのだろうが、実際にそんなものは感じず、あるのはずっと感じていたカビと埃の匂いだけ。


「そうじゃないかなぁ。やっぱり、カジノなんだし、お客さんの勝ち分はすぐに払えるよう、いっぱい入れてたと思うよ」


 言いながら、ボス前の準備か、琴音は銃の中にある弾丸を確認する。

 そして、デューも同じように、手甲の具合を確かめたり、柔軟をしながら、その言葉に反応した。


「それに、こういうとこって、絶対胴元が勝つシステムになってるはずよね。じゃなかったら、こんな大きなカジノ、運営できないでしょ」

「……はて。ならばなぜ、お客さんが来ていたのでしょう? 絶対に負けるとわかっていたのであれば、来るはずがないのでは」


 遊乃と同じく、その場に自然体で、ぼんやりと立っていたリュウコがそう言って、金庫の扉をジッと見つめていた。


「それは、勝つ時もあったからでしょ。……まあ、私なら参加費とか取って、ギャンブル以外で設ける手段を作っておくわね」


「なるほど。店側はビジネスとして、設ける為の手段を作っておく、というわけですか」


「おい、いつまで無駄話してる? そろそろ部屋入るぞ」


 遊乃は、金庫を開けるバルブに手をかけ、三人を見つめる。話も準備も終わったのを確認すると、遊乃はその重たい扉を、力いっぱい開いた。

 さすがに数千年以上立っているだけあり、錆びついている部分もあったのか、少し難儀したが、すぐに扉が開く。


 そこにいたキャファーは、一匹だけ。


 扉に背を向けている為、背中しか見えないが、体長はおよそ四メートルほど。その背中を丸めて、銀色の背中がかすかに揺れていた。


 その揺れるリズムに合わせ、なにか硬いもの同士がぶつかるような、がちゃがちゃとした音が鳴る。

 不愉快な音で、眉間にシワを寄せながらも、遊乃は拳を抜いた。


「あいつがボスだな。でけえし」

「別に大きさは重要じゃないけど……マップだとそうだね」

「……何をしているんでしょう?」


 遊乃、琴音、リュウコの声で、やっとキャファーは四人の闖入者に気づいた。

 ゆっくりと立ち上がり、振り返った顔は、まるで狼の顔。


 まるで狼型のロボットのような、銀色で包まれたそのキャファーは、口から噛み砕いていた途中と思わしき、硬貨をこぼしていた。


「――こいつッ。金食ってやがったのか!?」


 驚いた遊乃に、背後からデバイスでキャファーの情報を読み上げる、琴音の声が飛んでくる。


「シルバーファング。お金というか、金属が大好きみたいだね」


「だからあんなに銀色なのかしらね。――まあいいわッ。硬かろうが軟かろうが、ぶん殴るッ!」


 シンプルな思考故に、動き出すのも疾いデュー。

 間合いを一気に詰めると、思い切り拳を振りかぶった。


 


 それは、観察をしなかったこと。

 そして、銀色の体から、疾くはないのだろうと、油断したことである。


「ごぉッ!!」


 狼離れしたような声を上げ、生物離れしたような動きで、デューの腹に、思い切り体当たりした。


「がッ――ぁ!?」


 デューの初見で当たっていたのは、攻撃力が高いという一点。

 まるで馬車にでも跳ねられたように、デューは勢いよく元いた位置へふっとばされた。


「くッ――」


 クルッと空中で回転し、なんとか体勢を立て直し、着地に成功。

 だが、どうやらなかなか大きなダメージを負ってしまったらしく、口から一筋の血が漏れていた。


「ちッ。内蔵にダメージが……」

「まだやれるか」


 デューの隣に立った遊乃に手を差し伸べられ、口元の血を拭ってから、手を取って立ち上がる。


「当然。――けど、あれちょっとやばいかも。スピードは、風祭といい勝負かも」

「ほう、それは……面白い」


 遊乃はぺろりと舌なめずりをし、シルバーファングを見つめた。

 得意技が同じ相手と戦うのは初めてな遊乃は「どうなるんだろう」という未知が刺激されたのだ。


 ワクワクする気持ちを抑えつつ、剣をいつも通り、普通に持っただけのような状態で構える。


 面白くなりそうだ。

 まるで呪文のように、こっそりと遊乃は呟いた。

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