第26話『ダンジョン女子トーク』

「おぉーッ! なんか、すごいやれてなかった? 私達!」


 一番後ろで、客観的に見えていた琴音が、両手を挙げて喜んでいた。

 だが、敵に直接向かっていく為にキャファーしか見ていなかった三人は、顔を見合わせ


「そうか? 俺様の実力なら、あんなもんだろ」

「なに言ってんのよ。あたしの実力なら、あんたみたいなスクリューボールの介護だってお手の物ってだけでしょ」

「いえ、トドメを刺したのは私ですから、私の実力です」


 と、自分が一番手柄を挙げたなんて意地を張っていた。もしかしたら本当に各々が一番活躍したと思っているのかもしれないが、それは琴音にわかることではない。


「しかし、あの程度かよ。レベル一〇ダンジョンって」


 遊乃は剣を腰の鞘に納めて、ため息を吐いた。


「あの程度のキャファーしかいないようなら、このダンジョンは楽勝だな」

「いえ、さっきのキャファーはおそらく……レベル五というところでしょう」


 リュウコが、キャファーの死体を見ながら、そう呟く。答え合わせの為にデバイスを開いていた琴音が「すごい、リュウコちゃんの言う通り。さっきのキャファー……コレクトコング。レベルは五から八だって」と言って、デバイス上の写真と実物を見比べながら言った。


「なんだ、俺様と同じか? その割にゃあ、タイマンでも負けないと思うが」

「そりゃそうよ。レベルなんて、実績を表す数字であって、イコール強さってわけじゃないんだから」


 単位レベルはプロになってからも引き継がれる。

 上がれば、高レベルダンジョンに入れるし、報奨金も上がる。人類に貢献した証として、尊敬を集めることもできる。

 だが、単位を上げるだけならば、授業を真面目に受けて、コツコツ弱いキャファーを倒していても上がるのだ。


 もちろん、単位が上がれば上がるだけ上がりにくくなり、高レベルのダンジョンに潜らない限り、ほとんど上がらないが。


「ふうん。そうなのか。まあ、俺様は単位で測れるような男ではないから、なんでもいいんだが」

「じゃあ、あんた自分の強さを単位レベルで表すと、どれくらいだと思ってんの?」

「そりゃあ、一〇〇は堅いんじゃないか」

「バカね。レベル一〇〇なんて、多分人類救ってないと無理よ」

「なら、いつかはなるな。世界制覇の過程で人類を救うことくらい、楽勝だ」


 デューは、これ以上その話が無駄だと思ったのか、そこで話を打ち切った。

 何度話していても、遊乃の自信がどこから来るのかさっぱりわからない。

 少し、羨ましいとすら思うデューだった。


「さぁ、とりあえずついでに人類を救う第一歩として、ここのダンジョン制覇するか」


 まるでガキ大将が、遠足ではしゃぎ、先頭を歩くような大股で、どんどんダンジョンの奥へ向かっていく遊乃。

 女性陣三人は、その後を追いながら、周囲を警戒する。


 連携が取れるギリギリまで、遊乃と女性陣の距離が離れると、デューが琴音の腕を肘で軽くついた。


「ん? なに、デューさん」

「あんた、風祭のことが好きなんでしょ」


 いきなりダンジョン内で何を言い出すんですか!?

 さっきまでの遊乃くんをとやかく言えませんよ!


 そう返すのが琴音の役割だったが、しかし、いきなりそんなことを――それも、長年遊乃に隠している想いを本人が近くにいる場で言われては、さすがの琴音も冷静ではいられず、


「ななななッ! なにを言ってるんですか! そんなわけないじゃないですか!」


 大声で首と手を振ったせいで、さすがに遊乃もなにか話をしている気づいたらしく


「なんだ? なんの話だ」


 肩越しに振り返って、三人を見た。


「なんでもないッ! 遊乃くん、そこ右!」

「ん? お、おう」


 ごまかしもへったくれもない琴音の勢いに、遊乃は深く聞かず、曲がり角を曲がった。


「なっ、なんですか急にデューさん……!」


「いや、あんたが風祭と一緒にいる理由がそれ以外に思い浮かばないのよ。あいつって、めちゃくちゃわがままで自分勝手で、取り柄と言ったら強い事。生活力ゼロの甲斐性なしって感じじゃない。だったら、もう何か間違えて惚れたしかないかなと」


「そ、そんなことないですよ。遊乃くんは行動力に溢れてて、自分の意思をしっかり持ってて、甘え上手なところがあるけど、すごく強くてかっこいいけど、好きとかじゃ全然ないですッ」


「……オッケー。よくわかったわ」


 デューは、生暖かい目を向けながら、琴音の肩に腕を回す。


「黙っといてあげるわ。あんた、男見る目ないわねえ」

「そんなことないですッ! っていうか、別に遊乃くんの事は尊敬してるけど、恋愛感情とかじゃ……」

「はいはいはいはい。聞けば聞くだけ恥ずかしくなるから、もういいわ」


「ふむ、琴音さんはご主人様に好意を抱いていらっしゃるのですね」


 と、二人の背後でそっと話を聞いていたリュウコが、口を挟む。


「でしたら、その気持ちは言ってしまえばいいのではないですか。琴音さんの言葉なら、ご主人様も無碍にはしないと想いますが」

「い、いや、だから、遊乃くんは別にそんなんじゃ……」

「そうよ。早いほうがいいって。万が一……億が一、ないとは思うけど。風祭のことを好きなやつが、他に現れたらどうすんのよ? もしくは、風祭が好きになるってこともあるし。あっ、っていうか、風祭がリュウコ好きになったらどうすんのよ」


「ゆ、遊乃くんが……?」


 何を考えているのか、琴音の顔が真っ青になっていく。その様を面白がっているのか、デューは遊乃にバレないよう、喉の奥で笑いをごまかしていた。


「そ、それはないよぉ。ずっと近くにいた私がなんとも思われてないのに」

「あんた、風祭が絡むと自己評価高いわね……」

「実際、琴音さんのご主人様に対する献身は、私も見習うべきところがあります。先輩メイドです」

「いや、メイドじゃないよ……世界制覇自伝の執筆係だよ……」

「それも変な話だけどね、充分」


 そんなことを堂々と宣言する琴音は、ずいぶん遊乃に毒されているんだなと、デューは内心で思っていた。

 特に、遊乃が世界制覇すると疑っていない辺り。


「じゃあ、リュウコは? あんた、いくらキャファーだ風祭のメイドだって言っても、色恋沙汰くらいするでしょ。もう相手いたりとかするわけ?」

「えっ」


 まさか、自分にその話が振られると思っていなかったリュウコは、目を丸くして驚いた。


「い、いえ。私は……」


 記憶のないリュウコだから、何を言うべきかわからなかった。必死に言葉を探していると、デューは「ふぅん」と鼻を鳴らす。


「生きてくのに、そういうのは必要よ。人間はみんなそうしてるし、リュウコだって、いつかそういう相手、できるかもよ」


 彼女からすれば、なんでもない言葉だった。

 しかし、リュウコはそこで初めて、自分の今後ということを考えたのだ。


 風祭遊乃のメイドであり、キャファー。

 今後、遊乃と共に歩んでいくことは間違いない。しかし、それ以外は?

 自分と同じ存在がいないというのはつまり、今後の自分がどうなるのか、その一例すらないということだ。


 人間は本来、大人を見て今後を学ぶ。そうはならないと思う場合もあるし、そうなりたいと思う大人も見る。


 しかし――リュウコには、それがない。


 孤独という小さな針が、リュウコの心にチクリと刺さった。

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