第25話『一撃!』

 ルーレット談義もそこそこに、四人はダンジョンの奥へと向かっていく。

 どうやらダンジョンについての下調べは済んでいるらしく、琴音曰く


「ボスはカジノのお金を管理していた、金庫室にいるみたいだよ」


 とのことだった。

 前衛である遊乃とデューを戦闘にし、一番後ろに後衛職である琴音を配置。リュウコはブレスにより中距離攻撃もできるし、いざという時、遊乃の剣に入って戦力の増強をすべく、前衛と後衛の中間に立ち、その陣形で、四人はカジノの奥にあった、かつては客と従業員を隔てていた大きく堅い木製の扉を開いて、奥へと進む。


「うへえ、めんどくさそうだな……」


 遊乃は、奥の通路を人目見て、そう呟いた。彼の本能めいた部分に、面倒であるという警報が鳴ったのだ。

 真っ白な壁と、灰色のリノリウム床。そして、すぐ先には十字路があり、少し油断すると自分がどこにいるのかわからなくなりそうなほどだった。

 カジノは強盗や泥棒などを防ぐため、従業員達の通路は迷路のように入り組んでいるのだ。


 かつて新人は迷うのが通過儀礼とさえ言われていたが、今となっては、ボスと冒険者を阻む迷宮になっていた。


 遊乃達は知る由もないが――かつて存在していたゲームのように、ダンジョンが迷宮であるというパターンは、実際のところ多くはない。

 なぜなら、キャファーはなぜか、人間の作った建造物に好んで住む習性があり、よほど人里離れた所に生息しているキャファー以外は、ほとんどがビルだったり、住居だったり、レジャー施設だったりにいる。


「迷うかもしれないけど、大丈夫だよ遊乃くん。開拓済のダンジョンだから、地図あるし」


 言いながら、琴音はデバイスからダンジョンマップシステムを呼び出す。

 後衛職である琴音が背後を警戒しながら、マップでパーティをナビする。


「うーん、迷わないのは助かるんだが、しかし、迷うのがダンジョンの醍醐味だと思わんか?」

「ふざけんじゃないわよ。誰がわざわざ、ダンジョンで迷いたいってのよ」


 デューに反論されて、遊乃は自信満々に手を挙げた。


「バカか!? ここは命のやり取りをするところよ!?」

「何言ってんだ。だからこそ、いつ死んでもいいように、悔いのない人生を送るんだろうが」

「学級目標か!」

「……学級目標か?」


 デューのツッコミに、遊乃は疑問を覚えたらしく、すぐ背後にいるリュウコに視線と疑問を投げる。

 だが、記憶がほとんどないリュウコが、そんな事知るわけもなく、少し考えて、すぐ面倒になったのか、首を横に振り


「いいえ、学級目標ではありません」


 とだけ言った。面倒になったので、マスターである遊乃の味方をしたのだ。


「なによッ! なんか私、不利じゃない? ――って、風祭あんたなにしてんの!?」


 近くにあった扉を、なぜか勝手に開けようとしていた遊乃の肩をデューはガシッとしっかり掴んで、その動きを静止する。


「なに、って。ここなんだろうなぁ、と思って」

「キャファーが罠とか仕掛けてたら、どうするつもりよ! キャファーだってダンジョンを守ろうとする知能くらいあんのよ!?」

「罠は正面から踏み潰すのが、俺様の流儀だ。気になったからには開けねば気が済まん。それに、どんな罠だろうと、俺たちなら大丈夫だろう。俺は、琴音とリュウコ、そしてお前の実力を信用している」


 遊乃はそう言って、デューの肩に軽く手を当てた。


「……なによ、なんか、素直じゃない」

「俺様はいつだって素直だ」


 ほんのり顔を赤くするが、気分よさそうに微笑むデュー。だが、その背後で、彼女の気分に水を差さないよう、琴音とリュウコがヒソヒソと話をしている。


「あれって、あそこの扉開けたいから言ってるだけだよね? 実力の信用は本当だと思うけど……」

「ご主人様の性格を考えると、そうでしょうね。ご主人様は、都合のいい時に都合のいい言葉を言う傾向が特に強いですから」


 しかし、そんな二人も、遊乃が扉を開けるのを阻むつもりはないらしく、デューを納得させた後は何も言わず、その鉄製の扉を押した。

 すでに悠久と言ってもいい時が流れているのにもかかわらず、ギギギッと錆ついた蝶番の嫌な音だけがして、扉はすぐに開く。


 すると――


「どぁぁぁぁッ!?」


 ジャラジャラジャラ、と、まるで大当たりしたスロットマシーンのように、メダルが雪崩のように、扉から流れ出してきた。


「なんだぁこりゃッ!?」

「……罠?」


 デューは首を傾げながらも、部屋の中を覗き込む。多くのロッカーが倒れ、警備員らしい征服が散らばっているそこは、更衣室であるらしかった。

 なぜそんなところに、大量のメダルが詰め込まれていたのか、その意味はすぐにわかる。


「――ッ! ご主人様、キャファーが一体、こちらに向かってきています」


 リュウコの言葉に、遊乃はすぐさま大量のメダルから体を抜け出し、リュウコの視線の先に向けて、剣を構えた。

 そして、デューと琴音も拳と銃を構え、通路の奥から走ってきたキャファーと相対することになる。


「ぎゃがッ、ぎゃぎゃぎゃッ!」


 まるでトカゲと猿が合わさったような、猫背のキャファーが舌を垂らし、よだれを撒き散らしながら、遊乃たちに向かって走ってきた。


「もしかして、あいつの金庫だったりすんのか?」

「キャファーが貯金なんてするの?」

「キャファーには、光り物が好きって種類もいるらしいわよ」

「なるほど、散らばったメダルを集める部屋だったのですね」


 そんな、戦闘前の短い会話を終わらせ、遊乃とデューがまずそのキャファーに向かって突っ込んだ。

 まずキャファーとぶつかったのは、最も間合いの短いデューだった。


 遊乃は剣がある分、リーチがある。だから、デューを先頭にして戦いを組み立てることを選択したのだ。


「デュー! わかってると思うが、爆撃拳は使うなよ! 密室で使われたら洒落にならん!」

「わかってるってば! そんなのなくても、これくらい楽勝よッ! 『双撃拳ダブル・アクション』ッ!」


 デューはその言葉と同時に、一瞬で二発の拳を叩き込んだ。

 双撃拳は、一撃の拳に、二発分のダメージを与える補助魔法。つまり、今の一瞬だけで、三発の拳を叩き込んだことになる。


 彼女の攻撃力は、学年の中でもトップクラス。

 その攻撃を低レベルダンジョンのキャファーが、受け止められるわけがない。


「ぎゃがッ、ぎゃぎゃ」


 何か悲鳴のようなものを口から鳴らし、怯むキャファーに対し、遊乃も


「次は俺様だぁッ! 『脱兎の如く』!」


 と、彼も素早さを引き上げ、一瞬でキャファーの懐に飛び込み、その脇腹を切り裂き、背後に抜ける。


 そして、そこに琴音がキャファーの膝へと、銃撃を正確に打ち込んで、動きを止めた。


 だが、それだけではない。

 まだ一人、残っている。


「最後は、私ですね。――はぁッ!」


 リュウコは、膝を曲げてバネのように一足跳びでキャファーの頭上を取り、そして、ドラゴンの爪で、その脳天を一気に切り裂き、トドメを指した。


 連携を心がけたその動きは、さながら熟練パーティのようだった。

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