第24話『生きて帰るまでがダンジョンです』

 遊乃の目の前が一瞬真っ暗になり、そして、次の瞬間、目の前には瓦礫で崩れ放題のカジノが現れた。


 征服の扉から足を踏み出すと、埃とカビの混じった、すえたような匂いが鼻をつく。そして、様々な欲望を乗せた舞台が、荒々しく壊されて、そこかしこに散らばっている。


 遊乃は想像を巡らせ、ここに何人の人間が居て、どれだけの金が動いたのだろうと考えてみた。


 応用学校時代は、欲しい物があると言って、財布の残りを全部賭けたやつがいたっけな、きっと、もっと額が大きくて、もっと大きな物を欲していたのかもしれない。

 たとえば、人生とか。


 遊乃は苦笑し、頭を振る。

 ギャンブルで買える人生などない。いや、あるにはあるが、それはきっと、ギャンブルを人生としていなければ、買えないものだろう――。


 そんな風に、過去の地上へ想いを馳せていたら、背後からガツンと殴られた。


「いってえッ!?」

「風祭あんたねえ! 背後からぶん殴ってやるって言って、即背中見せるとか、あたしをナメすぎよ!」


 と、背後からデューが、遊乃を殴りつけたあと、背中に飛び乗るようにして首をホールドした。


「やめろ貴様ッ! 奴隷のくせに生意気だぞ!」

「やかましい! あたしはあんたのライバルだってこと、忘れんじゃないわよ!」


 ちょうどその時、琴音とリュウコが征服の扉から転送されてきて、そんな風にじゃれている二人を目撃した。

 琴音はなにをどう思ったのか


「なにやってんの二人共!? そんなえっちなことして!?」

「なにをどう見たら首締め行為がえっちに見えるんだぁッ!」

「琴音さん、そんな事言ってる暇があったら、ご主人様から引き剥がしたほうがいいのでは」

「あぁ、そうだッ! ダメだよデューさん! そんなこと、私でさえしたことないのにッ!」


 そんなズレたことを言いながら、琴音は二人のもとに駆け寄り、デューを引き剥がそうとセーラー服の襟を引っ張る。


「あのさぁ、風祭……この琴音って子、なんかズレてるわね……」

「あぁ、それがいいところではあるんだがな」


 と、そんな小声でのやりとりの後、二人は離れた。

 琴音はやり遂げたような顔で、腰に手を当てて、大きく鼻息を吐く。


「さて、と。とりあえず、ダンジョンの目標は二つ。何か売れそうな物資を持ち帰ること、そのダンジョンのボスを倒すこと。このどっちかを果たすことで、なかなか大きな授業点が入るよ」

「そんな事知ってるって……」


 デューは、そう言いながら、渋い顔をする。

 しかし、遊乃は「なんだそりゃ」と新鮮に疑問を抱いていた。まさかこの時期になって、そんなことも知らないのかと言わんばかりに、目を見開くデューだが、琴音は遊乃なら知らないだろうと思っていたので、冷静に説明を続けた。


「売れそうな物資を持ち帰る――まあ、例えば“失われた技術ロスト・レガシー”が高値だし、人類への貢献として、授業点も高いよ。他にも、本とか、文化的な芸術品は――珍しいけど、これも高いね。


 で、次のボスを倒すだけど。キャファーはダンジョンっていう巣の中で、一番強い個体を、ボスとして設定するっていう習性があるんだって。


 で、ダンジョン内のボスになると、肥大化して、力が強くなるから、そいつを倒せば、ボス討伐報酬として、報奨金と大きな授業点がもらえるんだよ」


「ほぉ、ボス、か。そりゃあ面白そうだな」

「バーカ。面白いで済むもんですか。ボスは強いんだから、死ぬ可能性だってあんのよ」

「大丈夫でしょう。私がいるんですし、ご主人様のついでに、同僚デューさんもお守りしますよ」

「あんたの強さは知ってるけど、誰が同僚? あたしメイドでもないんだけど」


 四人は、そんな言い争いをしながらも、カジノへと進む。

 だが、カジノフロアから出る前に、好奇心旺盛な遊乃は、猫よりも好き勝手に、フラフラと奥の方へ向かっていく。


「なんでもいいんだけどよ、これって何やってたんだろうな」


 遊乃はそう言いながら、ルーレット台に手を置く。

 まだ周囲の物よりも比較的原型をとどめているので、埃やチリなんかをかぶっているが、回そうと思えば回せそうだった。


「へ? だから、ルーレットだよ」

「いや、そうじゃなくて、ルール」


 もともと、ギャンブルの文化が薄いクラパスである。

 遊乃と琴音は見つめ合い、首を傾げた。


「このルーレットに、何をどうしたら勝ちなんだよ」

「えー? それは、なんだっけ。なんか、ボールがこの穴に落ちたらいいって聞いたよ?」

「ボールを指定の穴に落とすんですか? なら、こうやって」


 とリュウコが、テーブルを軽く蹴った。


「こうすれば、ある程度狙ったところに落ちるのでは?」

「いや、多分それだとイカサマ……」

「イカサマ? イカサマとはなんですか」

「うーん、簡単に言うと、ズルとか。背後から殴るみたいな、卑怯?」

「それはよくありませんね。絶対よくありません。背後から殴る卑怯は、忌むべきです」


 遊乃が背後から殴られた事件を思い出しているのか、リュウコは表情を変えないまま、内なる怒気を燃やしていた。


「ギャンブルでイカサマなんてするもんじゃないぞ、リュウコ。ギャンブルっていうのは、勝つか負けるかわからないから面白いんだ」

「遊乃くぅん……」


 先程から、ギャンブル好きの側面を覗かせる遊乃に、琴音はウルウルと涙に濡れた目を向ける。


「ヤダよぉ。遊乃くんがギャンブルでお金スッて、私がえっちなことでお金稼ぐの……」

「いや、なんであんたが稼ぐのよ?」


 琴音の言葉に、隣に立って、腕を組んでいるデュー。

 なんだか、四人は遠足でもしているようなテンションで、死の蔓延るダンジョンで、ルーレットを囲っていた。

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