第23話『レベル一〇ダンジョン・ベラージオ』


  ■



 単位を稼ぐことを決めた遊乃と琴音、そしてそれに付き合おうというリュウコの三人は、それぞれの食事を平らげて校長室を後にする。

 遊乃とリュウコは、なぜか張り切っている琴音の背後に並んで、彼女がなぜそこまで張り切っているのか、疑問に首を傾げていた。


「琴音さん、何をそんなに張り切っていらっしゃるんですか」


 たまらず、リュウコが琴音の背中に声をかけると、彼女は力強い足取りで歩きながら振り返り、決意に燃えた瞳を見せつけ、両拳を握った。


「だって遊乃くんを留年させない為なんだよ! 私一人で討伐騎士になるなんてヤダし!」

「それは、入学した以上、なったほうがよろしいのでは……」

「ヤダ! だって怖いもん! だから遊乃くん、世界制覇の為にも、今からダンジョン潜るよ!」

「……明日からじゃダメか?」


 遊乃は、顎に手を添えながら、キメ顔で言った。が、事ここに来てかっこつけて乗り切ろうとしている遊乃に、さすがの琴音も怒り心頭だったのか、遊乃の手を掴んで、引っ張っていく。


「そんなこと言ってたら一生動き出さないよッ! 明日なんて来てないものアテにしないの!」

「お前、かっこいいこと言うなぁ」

「遊乃くんッ!」


 と、そんな言い合いをしながら、遊乃は琴音に引っ張られ、三人は『征服の間』という部屋へやってきた。

 いくつもの、人がすっぽりと入りそうな白いカプセルが本棚の代わりに並んでいるような部屋だ。入り口の手前には、受付であるカウンターがあり、そこでは管理人と呼ばれている人間が、ぼんやりと座りながら室内を見ていた。


「あの、利用したいんですけど」


 琴音がそう声をかけると、管理人である妙齢の女性が「はいはい」と頷きながら、カウンターの下から、一枚の紙を取り出す。大見出しで『征服の扉 利用届』と書かれたそれには、利用パーティメンバーを書く欄がいくつかあった。


「じゃあ、ここにサインしてね。一番上に、パーティのリーダーの名前を書いて、下にメンバー」


「はい」


 その紙に、琴音は備え付けられていたペンで、三人の名前を書き込む。一番上、つまりパーティのリーダーは、当然遊乃である。

 利用した人間を管理しておくことで、行方不明になった際、どこへ誰が飛んだのかすぐわかるようにしておくためのものだ。


 遊乃達は、近くの征服の扉の前に立ち、琴音はその操作パネルで、どこのダンジョンへ飛ぶのか指定をする。


「今の私達のレベルで行ける、一番難易度の高いダンジョンに行こう。それくらいしないと、レベル全然上がらないからね」

「未知の部分が多そうな場所がいいな」


 ぼんやりと周囲の生徒たちを観察しながら、遊乃が呟く。彼の行動原理は好奇心。それがない場所に行くことは、時間の無駄であると考えているからだ。


「そんなとこ、学園から飛べるわけないでしょ。そもそも、私達のレベルじゃ無理だよ」

「でしたら琴音さん、私の翼で降下すればいいのでは」

「ダメだってば! 許可なく地上に降りたら厳罰だよ! それに、行方不明とか負傷しても、誰も助けに来てくれないし」


 そう、地上には討伐騎士か、候補生でなければ降りられない。候補生である場合は、必ず学園の指定したダンジョンにしか降りられないのだ。

 いくら死ぬ可能性があるとはいっても、未来ある若者たちを預かる場所。リスクは最小限にしてある。もしも規定時間以内に戻ってこなければ、専門の救助隊が派遣される。


 そして、地上には毒素があるので、そもそも長時間活動はできない。


 キャファーであるリュウコは例外的に、いくらでも地上にいられるが、人間である遊乃達は、耐性があると言っても二日が限度。それを超えると、毒素に汚染されて、死ぬかキャファーになるかの末路を辿ることになる。


「もう、おとなしく規定のダンジョンに行こうよ。それなりに手応えがあるから、退屈はしないと思うし」

「ちなみにどこだ?」

「あぁ、うん。えと、アメリカって国。国土が広いから、キャファーもそれなりにまんべんなくいるんだって。そこの、ネバダって街。昔は世界最大のギャンブル都市こと、ラスベガスがあったんだけど、そこのベラージオに行くよ。ちょうど、レベル一〇のダンジョンがそこだからね」


「ふうん。まあ、昔のカジノとやらを見てみるのも悪くはないな」


「って、遊乃くん、今のカジノだって知らないくせに」


「……」無言で琴音から目を反らす遊乃。


「行ったことあるの!? だ、ダメだよ遊乃くん! 多分、遊乃くんギャンブル向いてないよ!?」

「ええい、やかましい。ちょっとしたお茶目だ。それに行ってたとしても、俺様はギャンブルでも世界制覇できる男だから、大丈夫だ」

「ギャンブル、とはなんですか?」


 これ以上、遊乃に何かを言っても無駄だと思ったのか、琴音は口を挟んできたリュウコに、優しく微笑む。しそうになったら、自分が止めればいい、と思っているから、ここではこれ以上ツッコむ必要がないと思ったのだ。


「えとね、お金を賭けて、ゲームをすること。トランプとか、ルーレットとか、スロットとか。特にラスベガスでは街がそれを観光名所にしてたって聞くから、すごいお金が動いてたんじゃないかな」

「なるほど……楽して一攫千金、というわけですね」

「うん。でも、よく知らないけど、ギャンブルはやってると気持ちよくなっちゃって、依存性があるから、問題になってたんだって。今でも、禁止してる都市船は多いよ。クラパスもそうだし」


「何を言ってる。あの勝った瞬間の気持ちよさがいいんだ。負けてる時も、希望を持って前に進めるのがいい」

「遊乃くん!? やっぱりやったことあるんだねギャンブル!」

「いいだろうが、別に。借金はしてないし、応用学校時代に、友達とやってただけだ」


 この世界では、小学校を基礎学校と呼び、中学校を応用学校と呼ぶ。そして、高校に上がる年齢からは、討伐騎士養成学校のように、専門的な分野を学びたい物が進学をし、普通の子どもたちは成人として、社会に出るのだ。


「もう、ダメだよ遊乃くん。勝ってたなら別にいいけど、遊乃くんは負けず嫌いだから、負けたら逆に熱中するんだから」

「うるさいぞ琴音。お前は俺様の母親か」

「違うけど、おばさまからは遊乃くんを頼まれてるもん。私の言葉は、母親の言葉だと思ってもいいんだよ」


 なんだか違う気がする、と首を傾げる遊乃。

 しかし、事実目の前で「遊乃のことをお願いね」と母親が琴音に言っているシーンを見たことがあったので、まるまる飲み込むことはしないまでも、ある程度納得はした。

 そうしていると、背後から


「あんたら、征服の扉の前でなにやってんのよ?」


 という、聞き覚えのある声。

 三人が振り向くと、腕に手甲を装備し、冒険に出る準備万端という、デュー・ニー・ズィーが立っていた。


「芸事なら他所でやりなさいよね」


「おぉ、奴隷デューじゃないか」

「あ、この間はどうも、奴隷デューさん!」

「どうも、奴隷デューさん。この間は、私を助けるご協力、ありがとうございました」


「あんたら礼儀を母親の腹の中に落としてきたのかッ!?」


 餌を盗られた野良犬の如き威嚇で三人を見つめるデュー。


「ったく。パーティまるごと失礼な連中ね……ん?」


 言いながら、デューの視点が、一つの場所に注目していた。それは、琴音の横にあった操作パネル。


「あんたら、ベラージオに行くの? あたしも行くのよ」

「ほぉ、そうか。なら、ご主人様命令だ。お前も来い」

「誰がご主人様だ、誰が! ……まあ、別に行くのはいいけどね。あたしも、ちょうどそういうお誘いをしようと思ってたし」

「ふむ、さすが奴隷だ。ご主人様の先を読む行動、ご苦労」

「あんた、ダンジョンで背後からぶん殴ってやるからね」


 かっかっか、と大笑いしながら、一人大股で征服の扉へ入り、ワープする遊乃。

 自分がぶん殴る宣言をしているのに、即背中見せるのかよ、と怒りながら、デューも遊乃を追いかけるようにして、ワープした。


「……はぁ。なんだか、賑やかになりそう」


 すでに疲れている琴音。

 それを慰めるように、リュウコが手を彼女の肩に置いた。

 乾いた笑いでリュウコを見るが、リュウコちゃんも心労の原因なんだよ? という意味で、肩に手を置き換えす。

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