第22話『帳尻合わせを頑張ろう』
「い、いやいやッ! 遊乃くん!? 留年だよ! 一大事だよ!? なんでそんな普通なの!?」
遊乃に掴みかかり、琴音は彼を思いっきり揺さぶった。それを鬱陶しそうに引き剥がしながら、遊乃は襟を正してから、ため息を吐く。
「そう言われてもな。俺様が留年なんてするわけがなかろう」
「いや、事実、校長先生直々の呼び出しされてるのに、なにを……」
「せんと言ったら、せんのだ。俺様は一日でも早く、世界制覇をする男だからな」
まったく現実を見ていない遊乃に変わって、リュウコは一歩前に出て、マリをジッと見つめながら口を開く。
「このままでは留年、というのはどういうことでしょう?」
「まあ、まずは座ってください。ご飯、用意しておきましたから」
と、マリが応接ソファに座るよう、三人を促した。
そこには、ネギトロ丼と味噌汁、柴漬けと熱いお茶が並んで置かれており、干し肉が盛られている皿があった。
カフェテリアでなぜ一番高いのがネギトロ丼なのかといえば、空に人類が移ってから、魚を育てるのが難しくなったからだ。特にマグロなど、特別な技術で作られている。
ダンジョンに潜り、自分たちで金を稼げる討伐騎士候補生達と言えど、月に一度の贅沢で食べられるか否かという、高級品だ。
そして、琴音が校長側――つまりは一番奥に座り、遊乃、リュウコの順で席に座ると、校長は話を始めた。
「いいですか、風祭くん。今、あなた、レベルいくつですか?」
遊乃はそう言われて、デバイスを学ランの胸ポケットから取り出し、プロフィール画面を見た。
「レベル五って書いてあるが」
「遅いですよッ! なにやってるんですか!? 今、この時期でレベル七はないと、進級に間に合いませんよ!?」
机をバン!! と勢いよく両手で叩くマリ。その音に、まったく無関係の琴音だけが肩を跳ねさせて、怯えを顕にしていた。
だが、遊乃は一切話を聞かないまま、琴音へと視線を移す。
「ちなみに、琴音はいくつだ?」
「え、あの、一〇……」
「なんでだ! なんで琴音がそんなに高いんだ!?」
驚く遊乃だったが、校長はそんなことも把握してないのか、と言わんばかりにため息を吐く。
「いいですか、風祭くん。
「ふんっ。つまらん授業が悪い。それに、誰かが開拓したダンジョンなど、俺様からすれば論外中の論外だ。興味も湧かん。大体、別に討伐騎士になりたいわけじゃない。ただ、合法的に地上に降りられて、俺様がなれそうな職業が討伐騎士だったから、学校に入っただけだ」
「興味が湧かなくてもするんです! みんなそうしています! 音村さんはよく勉強しているし、授業態度も真面目。模擬戦闘での成績もいいから、単位があなたより上なのです」
「ほお、そうだったのか」
「ま、まあ……。遊乃くんのサポートをいつでも万全にしたいから」
「さすが、俺様の覇道を記す執筆係だ。その心意気やよし」
と、遊乃は乱暴に琴音の頭を撫でた。それを嬉しそうに甘んじて受けている光景を見ながら、校長は盛大な咳払いをして、その甘ったるい空気を遮る。
「あのですね、音村さん。風祭くんとパーティを組むのは、教師としておすすめしません。確かにリュウコちゃんという強力な味方を従えていますし、彼本人の才能も認めます。しかし、最後に物を言うのは、地道な努力です。もっとあなたにあったパートナーがいますよ」
「い、いやあ、そう言われても……。私はそもそも、遊乃くんに誘われてなかったら、討伐騎士を目指してないし……それに、他の人は、その……」
と、口淀む琴音。彼女の言葉を待っていると、マリにとって、信じられない言葉が飛んできた。
「なんていうか、つまらないんですよね……遊乃くんと違って、大体何するかわかる、っていうか、一緒にいても、わくわくしないっていうか」
マリは、あんぐりと口を開いて、絶句した。
彼女にとって、琴音もまた逸材である。彼女の実力は、教師からの評価や、自分自身で見たからよく知っている。
まだ一年生だというのに的確なサポートと、圧倒的な銃撃の精密性を持ち、よく気が回り、冷静だ。
パーティの後衛として、かなり理想的な人材と言ってもよかった。このまましっかりと経験を積んでいけば、確実に優秀な討伐騎士となる。
そんな彼女が、遊乃を見捨てず、退学にしたら共に出ていきかねない態度を取る。人類の未来を作る討伐騎士を育成する学園の校長として、優秀な人材を逃すことは痛手。
ただでさえ、遊乃はリュウコという、都市船を一騎で潰しかねない強大な戦力を有しているのに、なぜここまで、と頭を抱えても仕方のないことだった。
そう思い悩んでいると、ふと、覇王という言葉が脳裏を過り、頭を振った。
ありえない。こんな不良生徒が、覇王の素質を持つなど。
「……話が逸れました。とにかく、リュウコちゃんという戦力を持つ風祭くんが退学になるというのは、我が校にとっても避けたい事態なのです。学園は公平さを持つ場所ですから、特別にレベルを上げることはできませんが、こうして忠告だけはさせていただきます。とにかく、早い内にレベルを上げなさい。そうですね……来月までに、レベルを音村さんと同じ、一〇にしてきてください。かなりスケジュールを詰めれば、余裕でしょう」
「あぁ? なんで俺様がそんなことを」
「怠けていたからでしょう!」
「遊乃くん、遊乃くん」
と、琴音が遊乃の袖を引っ張る。
「私も、できれば遊乃くんと一緒に討伐騎士になりたいし……頑張ろうよ。手伝うから」
そんな上目使いを見せられ、遊乃は舌打ちをした。自分が付き合わせたという負い目もあるのか、思ったよりもずっと素直に、といっても、渋々だが、遊乃は頷いた。
「わかったよ。単位、稼げばいいんだろ」
まったく持って面倒くさい。
そう思う遊乃だったが、琴音の嬉しそうな顔を見ると、なんだかそんなことがどうでも良くなっていた。
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