■4『単位(レベル)を稼ごう!』

第21話『留年しますよ』

  ■


 リュウコも剣も返してもらった。そして、自分に完膚なきまでに負けた男など、すでに遊乃は興味を持たなかった。

 校長へと連絡し、放ったまま帰ると、翌日にはカイゼル・アーマインの退学処分が決定となっていた。


 元々彼の悪事は問題になっていた所で遊乃に倒されたので、これ幸いと学校側も彼を退学にすることですべての問題を片付けようとしていたのだが、カイゼルはその処分が下される前に、自分から退学を言い出したのだ。


 曰く、『こんな醜態を晒しては、もうここにいられない』


 遊乃はそれを自分の所為だとは思っていないし、罪悪感など微塵も無いが、とにかく彼はボロボロの体を病院で癒したまま、そこから出る事なく、学校へは来なくなった。


  ■


 それから、早一週間が立とうとしていた。カイゼルの事はすぐに忘れられた。というのも、遊乃が倒した事が公表されず、カイゼルが勝手に学校をやめたことになっていたからだ。


 当然、レベルが物を言う龍堂学園である。遊乃がそれを声高に宣言しても琴音、デュー以外の人間が信じるわけもなく、結局いつも通りの毎日が戻ってきた。


 今更な話ではあるが、龍堂学園はその名の通り学校である。


 学校というくらいなのだから授業はもちろんあるが、その授業とは数学や現文ではなく、冒険に関する知識や技術を学ぶ物。


「えー、つまり。寒冷地帯に住むキャファーは、その環境に適応するべく、皮膚や体毛が熱くなっている為、氷系呪文や打撃斬撃が効きにくくなっている。こういったキャファーを倒す為には、二つ方法がある。その二つを答えてみろ。……音村」

「は、はい」


 とある教室にて行われている授業は、戦闘知識概論。キャファーの弱点などを学ぶ物であり、当然授業をこなしていても授業点が入り、単位が上がる。


「は、はいっ」


 教室の真ん中ほどに座っていた琴音は慌てて立ち上がると、「オーソドックスなのは炎系呪文で倒すか、守りの薄い部分へ攻撃を当てる事です。守りの薄い部分は多くの場合体の中心ですので、そこへ攻撃を当てる事」


「正解だ」教師は満足そうに頷き、持っていた自分のデバイスを操作する。こうすることで、生徒のデバイスに授業点を加算し、それが一定数貯まる事で単位が上がるのだ。


「今、音村が言った通り。キャファーも人間と同じ様に正中線――つまり、体をまっすぐ半分に割っている線に急所がある。炎系呪文を用意してから行くのがベターではあるが、何があるかはわからない。これを覚えておいて損はないだろう。逆に、熱帯に生息するキャファーは……?」


 そこで、教師は一人の生徒が目に入った。というより、彼が目に入らない授業の方が珍しいのだが。


 教室の窓側一番後ろ、その席に風祭遊乃は座っていた。琴音と同じく、教室の真ん中に座ろうとしたが、リュウコがいたことで邪魔となり、彼は後ろの席に回されたのである。


 リュウコは戦闘時以外剣に入るのを嫌がり、また校長によって登校が義務づけられているので(そんな事をしなくても彼女は遊乃から離れないが)、まるで遊乃の背後霊みたいな位置に椅子を置いて、授業中は生徒の様に授業を聞いていた。


 しかし、彼女がご主人様と慕う遊乃が座学の授業を真面目に聞いていた事など一度もない。なぜなら、常に寝ているからだ。


 今日も分厚く寝心地のよさそうな枕を机に置いて、それを使って寝ていた。


「ご主人様、教師の方が見ていますよ」


 遊乃の背中を人差し指で三回ほど突く。だが、遊乃は「うるさい……俺様は眠たいのだ……」と覇気の無い声で返したきり、規則正しい寝息を立てる。

「風祭ぃ!」


 教師の大声。教室中の生徒が体を跳ねさせた。だが、遊乃は鬱陶しそうに目をしぱしぱさせ、上半身を起こしあくびと伸びをセットで披露してから、「なんすかぁー」と気だるげに返事をした。


「熱帯に生息するキャファーの倒し方、答えてみろ」

「んなの簡単だろうが。ズバンと斬って、終わり」


 そんなつまんない事を聞く為にわざわざ起こしたのか、と言いたげに教師を睨む遊乃。彼はあまり寝起きがいい方ではない。


 教師の呆れとは裏腹に、教室内では小さく笑いが起こっていた。


「あのなぁ……。そういう事を訊いているんじゃない。私が訊きたいのは、熱帯に生息するキャファーの弱点とその傾向だ」

「氷系の呪文に弱い事以外わからん!」


 そこは、基本的に誰でもわかる事だ。だが、遊乃はそれだけ自信満々に言うと、腕を組んで胸を張った。


「……音村、答えてくれ」

「はい」笑いを堪えながら、琴音が立ち上がり、「熱帯のキャファーは氷結に弱く、また皮膚や体毛の薄さから打撃に弱い傾向にあります」


「さすが音村だ。風祭、お前もうちょっと真面目にやらんか。後ろで見てるメイドさんに恥ずかしいと思え」

「うるせーな! メイドなんて好きで従わせているわけではない!」


 不真面目な生徒の弱みを突けたからか、教師は少し満足そうに笑っていた。概ね、こういう具合に毎日の授業が進んで行く。もちろん遊乃を無視して進める生徒の方が多く、こうして遊乃を起こす教師はそう多くはない。だが、遊乃を起こす教師ほど人気がある傾向にあるのは確かだった。


 そこでチャイムが鳴った。これで、今日の授業は終了である。


  ■


 ホームルームも終えて、放課後。

 放課後が待ち遠しいのはどこの学生も同じである。教室内では放課後の予定をどうするか話し合う生徒達で賑わっており、みんなダンジョンへ自習しに行くかそれとも街へ繰り出すかを相談していた。


 遊乃はと言えば、また大きなあくびをしながら、窓の外を眺めていた。


「今日はどうすっかなー……」

「どうしますか、ご主人様……」


 遊乃の隣に座り、彼の真似をしてぼんやり窓の外を見るリュウコ。二人並んでいるまるで兄妹の様で、その光景を遠巻きにクラスメイト達は眺めて微笑んでいた。もう二人は名物兄妹の様になっているのだ。


「カフェテリアにでも行って、なんか飯でも食うかな」

「なるほど、それは妙案ですね、ご主人様」


 意外と食い意地の張っているリュウコは、よだれを垂らしながらそう答える。


「しかし、あそこは味が薄くてなぁ。もっとバーっと調味料をかけてもらわんと」

「遊乃くんが言う調味料って、ケチャップとかだよね?」


 後ろから琴音に声をかけられ、遊乃は振り返りながら「わかってるじゃないか」とほくそ笑む。彼はケチャップが大好きなのだ。


「お前も行くか? カフェテリア」

「あ、うん。行くよ」


 琴音が加わる事で、なんとも所帯染みた空気が漂う。その空気は、まだまだ家庭に縛られる気の無い遊乃にとって、少しばかり違和感のある物だった。


 その空気を払拭するきっかけが無いかと思った所で、遊乃のポケットにしまわれていたデバイスが震えた。ダンジョンでいきなり鳴り出したりしないよう、デバイスは音が出ない仕組みなのだ。


「なんだ?」


 デバイスを取り出し、見ると、新着メールの文字。差出人は『校長』と書かれていた。そして本文には、『すぐ校長室へ来られたし』と簡素な文。


 だが、遊乃は『すぐは無理。カフェテリアで飯食べる』と、まるで友達のような気安い文章を返信した。


 しかし校長も負けてはいない。すぐに『ご飯ならこっちで出しますから』という返事が返ってきた。もう校長としての威厳は丸つぶれだ。どうやら彼女は押しに弱い性格らしい。遊乃はそれに、『仕方ないな。カフェテリアで一番高いの二つ用意しとけ。あと、リュウコ用に干し肉も』と遠慮を知らない返事をして、デバイスをポケットに戻した。


「……仕方あるまい。おい、カフェテリアは中止だ。ばあちゃんとこ行くぞ」

「えー……」リュウコの中でも、校長より食事らしく、あからさまに不満そうな顔を見せる。


  ■


 校長室の前までやってきた琴音は、どうやら遊乃達がそこに入ろうとしていると知り、「校長先生に、そこまで無礼な態度取ってたの……?」と青い顔で震えた。


 ばあちゃんという無礼極まりない呼び方と遊乃の性格からして、間違いなく失礼を働いている。そんな場所に行ってもいいのか? と、いろいろ考えた。しかしここまで来て帰るのも変だ。覚悟を決めよう。


 だが、彼女がそんなことを思った所で、覚悟を決める時間など遊乃は与えず、ノックもせず無遠慮に「邪魔するぞー」とずかずか入って行く。リュウコもその後に続いた。


 それを見て、琴音は人知れず『リュウコちゃんにきちんとした礼儀を教えなきゃ』と思ったのは、彼女のみの秘密である。


 中に入ると、校長であるマリが、指を組んで険しい表情で遊乃たちを見つめていた。


 琴音は当然「あぁ、無礼な態度だから起こってるんだ。ついてこなければよかった」と、自分の軽率な行動を後悔していたが、次の瞬間、校長から発せられた言葉で、違うらしいことがわかった。


「風祭くん、あなた、このままだと留年しますよ」


 まさか校長直々からの留年宣告があるとは思わず、琴音は口を大きく開けて驚いていた。

 と、言っても、なぜか留年にリーチをかけているらしい遊乃は、ぼんやりと「へえ」なんて間の抜けた声を出しただけだったが。

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