第20話『リュウコの逆襲』
だが、逆に考えれば、そのアイテムは拾えばカイゼルも使えるということ。リュウコのブレスでは攻撃範囲が足りないというのなら、そのアイテムで補うだけ。
「作戦の詰めが甘いんじゃないの!」
カイゼルも近くの岩場に飛び込む。
だが、そこにアイテムはなかった。
ここには偶然なかっただけか。そう思ったのだが、次の岩陰にもその次の岩陰にもなかった。
こうなると偶然ではない。偶然で済むほど薄い確率ではない。
「くそっ! なんでだ! 僕の『ドロップ・ボックス』じゃないとあんなに大量のアイテムは持ち歩けない! ここに仕込んでおいてるはずだろう!」
その答えは単純で、ただ岩の根元にアイテムを埋めているだけだったりする。
だが、今のカイゼルは冷静さを失っていた。絶対的有利にあるはずなのに、こうして追い込まれた。
盗みまでやったのに、こうして遊乃に追い込まれた。
これじゃあ僕が格下みたいじゃないか。
違う、僕は格下なんかじゃない。レベルも違うし、年季も違う。
なのになんでこうなる? 僕は何かミスをしたか?
そんな自問自答で彼はいっぱいだった。
気付かないうちに崖の縁まで追い込まれたのだ。これがショックでなくて、何がショックだというのか。
ヒザを突いて、四つん這いになって地面を叩く。だが、そうしている間も遊乃の攻撃が止まないのは当たり前の話。
カイゼルの目前に、爆弾が一つ落ちる。
「うわぁッ!」
逃げようとしても、遅かった。
今度の爆弾は、電気魔法。スタンガンを全身に滅多打ちされたような痺れが襲う。
「しくった……! 気を抜いた……!」
僕は何をしているんだ。
我に返って、泣きそうになった。かつてここまでのピンチはあっただろうか、と今までの経験を思い出すも、ここまで心が追いつめられた事はなかった。
「どうよ。堪能してもらえたかよ、アイテム地獄」
カイゼルの前に立ち、倒れている彼を見下ろす遊乃は、そう言いながら黒剣を奪い返した。
「さて、リュウコを出せるかな……。それっ」
その剣を振るう。刀身から光の粒が舞い、まるで蝶が花に引き寄せられるように一つの塊となっていく。その光がだんだんと輪郭を持って行き、一分もしない内にリュウコになった。
「ふう……久しぶりに、娑婆の空気を吸えました」
リュウコはそう言って、体を伸ばし、遊乃の隣に立つ。カイゼルにしてみれば、とても絶望的な状況だ。自分は負傷しているのに、遊乃はほとんど負傷をしていない。
動き回ったから体力の消耗はあるものの、それでも、ここからはリュウコと協力して戦闘をするはずだ。体力の回復なんて、すぐできる。
「よう、久しぶりだな。カイゼルのとこは居心地よかったか?」
「最悪でしたね。私の使い方をまったく理解していません。無理やりブレスを吐かされたんで、少し酸欠気味です」
言いながら、リュウコは頭をぐらぐらと揺れる頭を押さえるように、額に手を添えた。
「く、くそ……っ」
まだ麻痺の魔法が効いているカイゼルは、そう呟くと、勝てるかどうかの計算をしようとしてやめた。麻痺が解けるまでにはまだある。その間に一撃――どころではない攻撃を叩き込まれる。
「なあ、先輩。アンタさ、もう一度チャンス欲しい?」
それは、日照りの土地に降った雨の様な言葉だった。
どういう意図があって遊乃がその発言をしたのかはわからない。だが、それは間違いなく僥倖とも言える物だった。
「チャンス、っていうのは……?」
痺れて呂律を保つのも大変だったが、なんとかそう言った。
「この回復薬と麻痺取り薬をやるから、リュウコと戦うっていうやつ。やる?」
「……」考えるカイゼル。だが、実際考えるまでもない。もうここまで恥を晒しているのだ。それを取り返せるチャンスがもらえるのだから、拾わない手は無い。
「当たり前だ。やる」
「そか。んじゃ、これ」
遊乃は、カイゼルの口に錠剤を二つ押し込んだ。
それを水無しで飲み込む。体の中に溶け込み、全身の痺れや怪我、疲れが流されて行くような感覚に包まれる。それを満喫していたら、実際に体の痺れはなくなり、しもやけも治っていた。
立ち上がって、拳を握るカイゼル。体の調子は元に戻った。後は武器だが、遊乃は今まで使っていた市販の剣をカイゼルに投げて、それを受け取り、振るう。おかしな細工がされているという事はない。
「リュウコ、お前もお返ししてやりたいと思って、舞台は整えてやったぞ」
そう言って、遊乃はリュウコの頭に手を置いて、三回ほど頭を軽く叩く。
「お任せください、ご主人様」
リュウコの腕が、黒い鱗に包まれる。指が伸び、ついでに爪も伸びる。そこだけ見れば、まさにドラゴンの腕だ。しかし、それ以外は普通の少女。
カイゼルは、慢心していた。先ほどまで彼女の力に溺れていたにも関わらず。
「一瞬でケリをつけてやる!」
流れる水の如く緩やかな動きから、濁流が襲って来るような剣閃。先ほど遊乃はすべて食らってしまった。
だが、リュウコは腕で受け止めた。
「バカなっ!」
カイゼルの間抜けな声。だが、遊乃もそう思ってしまった。彼女の鱗は、鉄さえも通さないのかと驚いたのだ。
開いた方の腕で、カイゼルの腹を突く。まるで杭を打ち付けるような威力に、カイゼルの体が折れ曲がった。
「ご、ぁ……っ!」
腹を押さえ、よたよたと後退していくカイゼル。
もう無理だ、やめてくれ。勝てないのはわかったから。
言おうとしても、腹をやられて酸素を取り入れる事に必死で言葉が紡げない。
その間にも、リュウコは大きく息を吸い込んでいた。
「や、めて……っ」
光のブレスが、来る。
あんなの食らったら死んでしまう。
いや、こいつは俺を殺す気だ。嫌だ、死にたくない。こんな所で死んでいい俺じゃない。
そんな思いも、当然言葉にはならない。いや、言葉にしていたら本当に殺されていただろう。
リュウコが放ったのは、ただの吐息だったのだから。
とは言っても、大木くらい簡単に持って行きそうなほどの突風ではあったが。
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