第19話『風祭遊乃は王道を往く』


  ■


 カイゼル・アーマイン。

 龍堂学園三年生。職業は剣術師であり、その才能は現在の三年の中ではトップクラスと言ってもいい。


 見た目だって悪くない。西洋の血筋なのか、金髪と青い目は、女子生徒の注目を集める。

 だが、何もかも完璧な人間など存在しない。まるで、何か一つくらい欠点がある事こそ、完璧な形であると言わんばかりに。


 彼の欠点は、その性格だった。欲しがりとでも言うのか、他人の物がうらやましく見えてしょうがないのだ。


 本来であれば、彼が周りから羨望の視線を受けるはずだった。しかし、欲望のダイヤルを設定し間違えたのか、彼は周りが羨ましく見えてしまい、他人の持っている物を欲しがってしまうのだ。


 あいつ、なんで俺より弱いのに、あんなにイイモノと巡り会えるんだ?

 あいつ、なんで俺より醜いのに、あんなにイイモノと巡り会えるんだ?


 そう考えたら、彼の中の獣は止められない。元より、彼に止める気など無いのだが。

 幸いと言うべきか、討伐騎士は力こそが物を言う職業であり、彼の行いは正統化される事は無くとも、大事にはならなかった。


「一年のクセに、こんないい物と出会えるっていうのが生意気なんだよ」


 彼は、廃ビルと思われるダンジョンに潜って、キャファーを切り倒した後、その死体の前であざ笑うみたいにそう言った。


 キャファーの血で濡れた、遊乃から奪った黒剣は、カイゼルが今まで奪ってきたどんな剣よりも素晴らしい物だった。切れ味も鋭く、今までならちょっと手こずっていた敵も一撃で切り伏せる事ができるし、この高貴なオーラはどう考えてもあの一年生にはもったいない。


 使いこなせるのは自分だけだ。彼はそう信じていた。


『何度も申し上げているのですが……ここから出してはいただけませんか?』


 突如、カイゼルの脳裏に、怒気で震えそうなほど、険しい少女の声が響く。


「ふふっ。ダメに決まってるだろ。君はもう、僕の物になったんだからさ」


 カイゼルは、剣に向かって喋りかける。

 何度もカイゼルに対して剣から出せと言って来るのは、その剣の中にいるリュウコだからだ。


『あなたの物ではありません。この剣も、私も、ご主人様のモノです』

「あの一年をご主人様、ねえ。君らってどういう関係?」

『どういう、って。ご主人様を覇王にするための、お付きのメイドです。私、知ってます。これ、誘拐というやつですね? ご主人様はお金なんてありませんよ』


「人聞きの悪い事を言うなぁ。そんなの要求しないよ、別に。僕は君を、あの一年に返す気はまったくないからね」

『出してください』

「やだね。いいから黙っててよ。喋る剣なんて、気味が悪い」


 そう言って、付着したキャファーの血を振るい落としてから、カイゼルは剣を鞘に戻す。

 リュウコに嫌われていても、だからと言って彼女は自分の力をカイゼルの指示なしでセーブする事はできない。剣に意思なんて無い。仮にあっても、カイゼルはそれをすべて無視する。


 それだけの力が、自分にはあるから。


「ふふっ……。あの一年、今頃泣いてるのかな……」


 そんな事を呟いて、カイゼルはダンジョンの出口へと向かう。

 征服の扉から入ったダンジョンは、出口にも征服の扉が置いてある。そこから学園へ戻るのだ。


 一瞬で学園へ転送されたカイゼルは、自分のデバイスを確認。剣を手に入れてすこしはしゃいでしまったおかげか、レベルが一上がっていた。


「レベル五十四……。このペースなら、卒業も楽勝だな」


 自分の人生は順風満帆だ。僕の道を邪魔する事は誰にもできない。

 小石一つ落ちていない、綺麗に舗装された道。彼は毎日を送る中、自分の人生がそういう物だと考える瞬間がある。どんな事をしても、誰が来ても、僕を転ばせる事ができる人間なんていないんだ。


 ざまーみろ! カイゼルはそう叫びたくなった。


 お前らとは違うんだ! 僕はお前らみたいなバカ共とは違う!

 自分の横を通り過ぎて行く生徒達に、内心でそう叫び、カイゼルは自分の下駄箱へ向かった。上履きから靴へ履き替えようと、下駄箱を開けると、靴の上に手紙が乗っているのを見つける。


「……なんだ?」


 その手紙を取る。一瞬ラブレターかと思ったが、すぐにその予想は外れたとわかった。

 大きく、へたくそな文字で、『果たし状』と書かれていたから。

 果たし状を開いてみると、そこにはやはり汚い字でこう書かれていた。


『カイゼル・アーマイン。放課後格技場で待つ。リュウコと剣を素直に返すなら、痛い目を見なくて済む』


 差出人には、『風祭遊乃』と添えられていた。

 あの一年生か。カイゼルは、殴られた後の驚いた顔をした遊乃を思い浮かべて、笑った。


 正直言って、これを受ける必要性はまったくない。もう剣もリュウコもカイゼルの物であり、わざわざ遊乃の言う事に従って、物にする為の手順なんて踏む必要はないのだ。


 が、人生の潤いは無駄にこそある。それを忘れていない程度に、彼は遊び心を持っていた。遊乃に対して剣とリュウコの力を使って、完膚なきまでに叩きのめすのも面白い。


 それで再起不能になって退学するなら、もっと面白い。

 やらなくてもいいが、やらない理由はない。

 カイゼルはその果たし状を乱暴にポケットへしまうと、靴を履き替えて格技場へと向かった。


 格技場には前回のデュー戦とは違い、ギャラリーはいない。そこで、カイゼルは舌打ちをした。

 なんだよ。せっかく俺が盛大な花火を打ち上げようとしてるのに、ギャラリーなしかよ、と。


 内心でそう毒づくと、カイゼルは格技場の中へ足を踏み入れた。


「よう、カイゼル。待ってたぜ」


 不敵に笑う遊乃の顔は、まるでライオンの餌場に自らやってきたシマウマを見るようだった。カイゼルはその態度と言葉に不快感を抱き、


「僕は先輩だぜ。先輩か、さん付けで呼べよ。風祭クン」


 と嫌味ったらしく吐き捨てた。

 だが、嫌味が通じるような性格は持ち合わせていない遊乃は、それを無視して「俺が勝ったら、リュウコとあの黒い剣は返してもらう」と言い、剣を抜いた。


「君にはその市販品があるだろ。イイモノは先輩に譲れよ」

「アホか。イイモノは早い者順だ。無理矢理奪うもんじゃない」


 カイゼルも剣を抜く。

 だが、腰に差した鞘からではない。空中に穴が空き、そこに手を突っ込んで、そこから遊乃の黒剣を抜いた。


 そんな魔法、見た事がない。だから遊乃は固まってしまう。


「これは僕のオリジナル魔法で、『ドロップ・ボックス』っていうんだ。取っ捕まえたキャファーの魔法と応用して作った。だから、教師も僕が奪った物を探し出せない」


 本来、魔法はスキルカードで覚える物。だが、スキルカードというのは、誰かが開発した魔法を簡易化し、その魔法式をQRコードに圧縮。それを脳に刻み込む事で覚えるのだ。


 つまり、最初に魔法を作った人間が存在している。カイゼルも、そういった才能を持つ一人だという事。


「でも、これからはこの剣を、こんな所にしまわなくていい。だって、今日からこの剣について文句を言う人間はいなくなるんだからさ」

「俺が負ければだがな」


 カイゼルからすれば、現実逃避に強がりを言っている様にしか見えなかった。

 レベル差は倍以上。装備もカイゼルの方が整っている。これで負ければ、カイゼルの方が学校を辞めるくらい負ける事はありえない。


「お先にどうぞ」


 剣を抜くと、カイゼルはそう言って腕を広げた。遊乃が先手をとっても勝てるという、絶対的な自信があるからだ。


「なら、お言葉に甘えてやるか」


 遊乃は剣をしっかりと握り、頭上で構えた。

 そして飛び上がると、思い切りカイゼルへ向かって振り下ろした。


「へぇ」


 一年生にしちゃ、いい感じに力が込められた一撃だ。


 カイゼルはそう感心すると、遊乃の一閃を剣で受け止めた。ずしりと、手首に重しでも乗せられたような感覚が襲う。だが、所詮は一年生。在学中にずっと冒険して鍛えられ、年期の入ったカイゼルの肉体を脅かすほどではない。


 遊乃が岩石だとしたら、カイゼルは鉱石。それくらいの違いがあった。


「遊んでやるぜ、一年生」


 遊乃を空中に押し返すと、彼の手つきはまるで風に揺れる木の葉みたいにゆったりとした物になる。そして、そっと物を投げ渡すくらいのスピードで斬撃が放たれたのに、何故か遊乃の視認よりも多く斬りつけられていた。


「――ッ!」


 だが、それくらいはしてくるだろうと、遊乃も予測していたようだ。

 彼は悲鳴を噛み殺し、地面に降りる。切り刻まれた所なんて無いみたいに、カイゼルへ向かって突っ込んで行く。


 前に出るだけが剣術師の仕事であり、遊乃の性根でもあった。


「光のブレス」


 カイゼルが剣を片腕で振りかぶる。その力を知っている遊乃は、大げさに横へ飛んだ。

 剣が一文字を描く。そして、光が飛んだ。まるですべてを飲み込んでしまう絶望を体現したようなそれは、遊乃がいた場所さえも飲み込んで、遠くの岩場を薙ぎ倒した。


 リュウコの協力が無くとも、俺より強力な光のブレスを放てるのか。

 そう思うと、カイゼルの方がリュウコを使いこなしているのでは、という疑問が遊乃の頭に湧き上がる。


 だが、それは違う。頭を振って、その考えを吹き飛ばした。

 なぜなら、あれは無理矢理しているからにすぎない。使いこなしているのではない。


 対してカイゼルは、それとまったく逆のことを考えていた。

 僕はこいつよりこの力を使いこなせる、と。


 僕が使うのが正しいのだ。こいつが持っていたのは何かの偶然で、本来なら僕にこの剣と、リュウコが来るはずだった。


「どうだい、風祭クン。僕の剣は」


 僕の剣。

 なんて気持ちのいい響きだろう。見ろよ、あの風祭の悔しそうな顔。


 その顔をもっと楽しもうと、カイゼルは遊乃の顔を見た。だが、遊乃の顔は悔しそうではなかった。むしろ、カイゼルがするべきであるはずの楽しそうな笑みを浮かべていた。


「……なんで笑ってるんだ?」


 ここまで追いつめられて、そんな笑いが出来るのは、狂気の沙汰か、あるいはやけくそか。とにかくカイゼルは、遊乃に対して何か薄気味悪い物を感じていた。


「いや、俺って、前までアンタみたいだったのかなって思うと、さすがにちょっと面白いっていうか、自己嫌悪っていうか」

「……どういう意味かな?」


 不思議と怒りはなかった。遊乃の言動に対する純粋な興味が、その言葉を引きずりだした。


「いや、俺もリュウコ使って戦ってたけど、リュウコに頼りすぎてたんだなと思ってよ。あんたの実力なら、自分が得てきた魔法や剣技だけで、俺への威嚇は充分だったんじゃねえの? そこでリュウコの力を選んだのは、リュウコがアンタより強いって思ったからだよな。三年って長い時間自分を育ててきたのにそれって、なんか甲斐が無くね?」


 俺も気付いたのはついさっきなんだけど、と言いながら遊乃は笑った。

 だが、そう言われてもカイゼルにはピンと来なかった。あまりにも来なさすぎて、笑ってしまったほどだ。


「はっ、ははっ。はははははははッ! いいじゃん、どっちでも! 僕が勝てればそれで万事オーケーじゃん! なんか問題あんの!」


 まるで友人のバカ話を聞いた時の様に笑い、カイゼルはその余韻を楽しむみたいに溜息を吐いた。


「面白い話だ。君は、自分が強くないと我慢できないんだ。どんな強い兵器があっても、自分自身が強くないとダメなんだ」


 バカみたいだ。

 カイゼルは思った。確かに自分自身が強い方がいいかもしれない。だが、あくまで強さはあった方がいいというレベルだ。


 絶対的な兵器があればそれでいい。

 その起動キーを自分が持っていればそれでいい。

 それを自分以外に向けられればそれでいい。

 それだって強さだろ。


「でも君ってさ、今はリュウコちゃんっていう兵器どころか僕に勝てる力もないじゃん。どうやって勝つ気?」


「ふんッ! 見ておけ、世界一な俺様の奇策!」


 そう言うと、遊乃はカイゼルに背を向け――


「『脱兎の如く!』」


 素早さ強化の呪文まで使って、走り出した。

 つまり、逃げたのだ。

 あそこまでの大口を叩いて逃げる。カイゼルには絶対できない事だ。あの男にはプライドって物がないのか?


 首を傾げるも、すぐに「逃がすか! 氷のブレス!」と、剣を振るって遊乃の足下へ絶対零度の斬撃を放った。


 だが、それは予想していたらしい遊乃は、躱してすぐに岩陰へと隠れた。


「なにやってんのさ風祭クン! 僕を倒すんじゃなかったの? 隠れてたんじゃ無理無理。ほら、出て来てみなよ。もしかしたら倒せるかもよー?」


 そんな風に、カイゼルは遊乃を煽った。別に出てこなくても、リュウコの光のブレスなりなんなりで追い出せばいい。それは赤ん坊を黙らせるよりも簡単な仕事だ。


 だからこそ、もう少し好き勝手言ってからという慢心が彼の中に芽生えた。

 なので、一瞬遊乃の代わりに出て来た物体への反応が遅れてしまった。

 岩陰から山なりにカイゼルへ飛んで来るそれは、饅頭ほどのサイズをした黒くて丸い物体。


 どこかで見覚えがあるなと思ったが、すぐには出てこなかった。思い出したのは、その物体が足下に転がってから。


「これって――ッ!」


 それは、購買で売っている対キャファー用爆弾。魔法を詰め込み、爆発すると一定範囲をその魔法効果で埋め尽くすという代物。


「やばいっ!」


 蹴り飛ばして、遊乃へ返そうとするが、その企みは間に合わなかった。足下で爆発する魔法爆弾。


 飛び出したのは氷結魔法。一瞬で吹雪がカイゼルの体を襲い、指先の痺れや皮膚のしもやけを起こさせる。


「く、そっ!」


 その魔法が治まって、元の暖かな日差しが降り注ぐ。だが、その温度差が酷く不愉快だった。やすりで皮膚を削られているみたいに痛い。


「ウハハハハハハッ! どーだ! 討伐騎士はアイテムも使いこなして一人前なのだ!」


 岩陰から飛び出し、その岩の上に乗り大見栄を切る遊乃。突然の爆弾とその態度に、カイゼルも冷静さを失う。

 無言で遊乃に向かって、光のブレスを飛ばすも、遊乃は再びそれを躱し、違う岩陰に潜った。


「逃がさないよッ!」


 その遊乃が潜った岩陰に向かって、カイゼルは再び光のブレスを飛ばした。岩が破壊の波に飲まれる。だが、そこに遊乃はいなかった。違う岩陰に潜ったらしい。


「……どこだ?」


 見失った。

 あいつはどこにいる。それよりも、ここってこんなに岩が多かったっけ?


 カイゼルは意図しない内に、遊乃の策というレールに乗っていた。

 空中から爆弾がいくつも飛んで来る。それが放たれた場所から遊乃の位置を推測。そこへ向かって光のブレスを放つが、すでに遊乃は居ない。舌打ちをしながら爆弾を躱した。炸裂音が辺りに響き、今度は暴風が吹き荒れた。風系の魔法が入っていたらしい。


 リュウコのブレスは、確かに強力な魔法ではある。だが、弱点がないわけではない。

 その弱点とは、攻撃範囲の狭さと連射ができないことだ。リュウコの口から、あるいは斬撃の振り幅から放たれるので、どうしても範囲自体は威力に比べるとどうしても劣ってしまうし、呼吸と連動しているのでそう連発はできない。


 遊乃の素早さで岩陰に隠れられると、モグラ叩き状態になってしまうのだ。

 遊乃はカイゼルをここへ呼び出した段階で、罠を仕掛けていたのだ。あらゆる場所に、自分が持てる以上のアイテムを仕込んでおく。そうすることで、リュウコもいない、レベルも届かないという力量さを埋めようとした。

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