第18話『自分らしいやり方』
二人は得物を互いにふっとばしたことで、気まずい空気になってしまい、黙って見つめ合っていた。
ここからどうしよう、そんな悩みが傍から見ているだけでもわかるような微妙な空気に、割って入る一つの声。
「なにやってんの、あんたら。特訓してたんじゃないの?」
突然、そんな声が響いた。
遊乃はもちろんそんな女口調は使わないし、琴音はここまで気が強そうな口調ではない。
二人は声がした方へ向く。そこに立っていたのは、遊乃に負けたデュー・ニー・ズィーその人だった。
「貴様は……昨日俺に歴史的大敗を喫し、奴隷に身を落とした……タン・タン・メンじゃないか」
遊乃はデューを指差しながら、そんなことを言った。もちろん、半分くらい嘘だったのでデューが納得するはずもなく、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「確かに負けたけど歴史的ってほどじゃないし、そもそも奴隷になんてなってない! あと、私の名前はデュー・ニー・ズィー! いつまでそのネタ引っ張る気よ!」
女性にあるまじきがに股と大股を合わせた歩調で、彼女は遊乃の元へ近づく。そして、拳が届きそうなほどまで近寄ると、
「あんたこそ、カイゼルって先輩に負けて、ドラゴンの子と剣を取られたらしいじゃないの」
などと、挑発するみたいに笑った。まるで、今なら勝てるから突っついておこうという心の内が透けて見えるような彼女の言葉に、遊乃は「あれは不意打ちだったから負けたんだ」と挑発をいなす。
「まあ、なんでもいいけどね。大事なのは過程じゃなくて、結果よ。ここは過程を語る場面じゃない。さしずめ今は、カイゼルに勝つ為の特訓って所かしら?」
辺りを見回し、琴音と遊乃を順番に見て、腕を組むデュー。
「まあ、確かにアンタは強いとは思うわよ。レベルに比べりゃ、ね。でも、リュウコっていう力を手に入れて、意識のウェイトがそっちばかりに行ってるのよ。だから、自分の力の使い方を忘れてる」
「ああ、それ、ちょっとそう思った」
デューの言葉に、琴音が便乗した。
「戦略に大きな変化があって、遊乃くんは元の自分を忘れている……って感じかな。前だったら、剣をふっとばした後でも、何かしら攻撃をしようとしてたと思う」
琴音はデューを見て、視線で「こんな感じ?」と尋ねた。
「そう。っていうか、剣使ってない相手とじゃ、特訓にならないでしょ。……あたしも協力してやるわ。あたしまでカイゼルより弱いと思われたんじゃ、あたしの名前に傷がつくもの」
デューは、そう言うと腰に差していた短剣を引き抜いた。
「貴様、
訝しむような遊乃の視線。デューは、その質問はもう聞き飽きたと言わんばかりに小さくそっと息を吐く。
「確かに、あたしは本来『拳闘師』だけど、一応は剣も扱える。どんなスタイルがいいか、いろいろ試したからね」
訓練相手にはなると思うわよ、と言って、彼女はにやりと笑う。
遊乃も、「貴様も奴隷としての自覚が出て来たようだな」と唇を釣り上げただけの簡素な笑みを浮かべる。
「アンタ本当に失礼なやつね! 敵に塩を送ってやろうっていう、寛大なあたしの心遣いってのがわかんないわけ!」
琴音は、『それを言うのはもう、寛大じゃない気がするけどな』と思ったが、デューはさらに面倒な噛みつき方をしてくるのがわかったので、その言葉は飲み込まれたまま二度と出て来る事はなかった。
「まあ、いいわ。アンタが失礼すぎるヤツだってのは、わかってたし。……それじゃー、まずは『剣術師』っていう職業について説明しましょうか」
デューは、まるで教鞭みたいに短剣の先端で空中に円を描く。
「ああ? そんなの説明されるまでもねえよ。剣で戦ってキャファーをズバンと斬る職業だろうが」
「それじゃダメ。数学で、途中式が書かれてない答えみたいでダメよ」
ということは、認識自体は間違ってないんだな。
遊乃は誰に言うでもなく、こっそりと思った。
「『剣術師』っていうのは、簡単に言えばさっき風祭が言った通りであってるんだけど、そんなのは『槍術師』も『拳闘師』も一緒。『剣術師』は、『槍術師』と『拳闘師』の間みたいな職業ね。槍には届かない攻撃力と、拳には届かない手数」
「……なんかそれだけ聞くと、妙に中途半端な職業だな」
「そんな事は無いわよ。剣のいい所は、槍に比べて器用で小回りが効く所と、拳に比べて一定以上の攻撃力が望める所。かなりオーソドックスな武器だけに、応用の幅も広いしね。覚えられる魔法も、前衛職の中では多い方よ」
まあ、魔法はアンタには関係なかったわね、と、デューはわざとらしく肩を竦めた。
「つまり、基本的にどんな場面でも対応できるっていうのが、『剣術師』の強み。いついかなる時でも、役割が変わらないってこと……。わかった?」
「うむ。さすが自分は強いと自称するだけはあるな。そこそこわかりやすかったぞ」
教えてもらっている立場なのに、胸を張って偉そうな遊乃。顎に思いっきり右フックを叩き込みたくなったが、デューはグッと我慢する。
「自称じゃなくて、事実だから……。まあ、いいわ。とりあえず、風祭の場合はリュウコを手に入れた事で、この役割を見失ってたってこと。剣術師っていうのは、いつだって押せ押せでいいのよ。ねえ、そこの」
デューは、琴音を剣の先端で差す。
「え、は、はい」
「アンタ、多分『
「音村琴音だけど……」
「ん、琴音、ね。じゃあ風祭。私と琴音が一回二人でアンタと戦うから」
「あぁ? ……わかった」
デューは、琴音の元へ行き、改めて挨拶をしてから、作戦を話し合っている様だった。
対して遊乃は、さっきの戦いを思い出しながら、今度こそと意気込む。
二人が向かい合い、所定の位置に着く。そして、審判役として琴音は、二人の準備が整ったのを確認すると、
「始め!」
その叫びで訓練が始まった。
「琴音!」
デューの叫びに、琴音は「はい!」と返事をして、呪文を詠唱する体勢に入る。
「させるかよっ!」
補助呪文、妨害呪文、なんであれ唱えられてはまずい。遊乃はまず、琴音に狙いを定めた。
だが、そこへデューが割って入り、遊乃に剣を振るう。完全に意識の外から飛んで来た一撃に、躱すのではなく剣で受ける事を選択してしまい、遊乃の足が止まった。
「『インバイトホール!』」
そこで、琴音の詠唱が完了する。
遊乃の足下から、黒く染まった女性の腕が何本も生えて来た。それはまるで、遊乃を地獄の底へ誘っているような手つきで彼の足を掴んだ。
女性の細腕なのに、まったく足が取れる様子はない。ズボンをがっちりと掴まれていて、その場に封じられてしまった。
「くそっ!」
遊乃の悪態が漏れる間も、琴音は続けて詠唱を行っていた。
「デューさん! 『ブレーカブースト!』」
先ほども使った、攻撃力増加の一撃が放てる呪文。それをデューの剣に宿し、デューは遊乃へと突きを放った。
「食らってたまるかッ!」
遊乃は、急いでベルトを緩めてズボンを脱ぎ、その拘束から脱出した。
「はぁッ!? あ、アンタなに考えてるわけ!」
思わず突きを中断して、見開いた目で下半身パンツ一丁の遊乃を見るデュー。彼女の後ろに立っている琴音は、顔を真っ赤にして両手で顔を押さえていた。
そよ風で揺れる遊乃のパンツは、アロハ柄のトランクスだった。
「ウハハハハッ! これで拘束を脱出したってわけだな!」
とーっ! そう叫んで、遊乃はデューへ向かって突っ込んだ。
パンツ一丁なのになんでそんなに普段通りで居られるのか、デューは遊乃の頭がどうなっているのか気になったものの、しかし剣を水平に構えて、迎撃の体勢を取る。
デューの剣術は突きが主体。つまりフェンシングの様なスタイルだ。
「琴音っ! 呪文を!」
「はいっ!」
銃に願うようなポーズを取り、呪文を詠唱しはじめる琴音。だが、今度こそ遊乃は彼女に魔法を使わせる気は無かった。
「させるかっ! 二度目!」
なんと、今度はズボンばかりか、自らの武器である剣を琴音の足下に向かって投げたのだ。地面に刺さった剣に驚いた琴音は、思わず詠唱を中断。代わりに、小さな「きゃぁ!」という悲鳴が上がる。
「嘘でしょッ!」
まさか剣術師が剣を捨てるとは。目の前に自分だっているのに、とデューは内心混乱していた。
だが、それでも一瞬で頭を冷やせるのは、彼女の集中力が成せる技である。確かに呪文は封じたけれど、しかしだからと言って、状況はまったく良くなっていない。武器を持っている人間を相手に、武器を捨てるなどとは、どういう脳みそをしていればそういう発想が出て来るのか。
「驚かされたけど、もうこれで終わりよっ!」
デューの突きが、まるでショットガンのように一瞬で何発も突き出された。拳闘師としての実力も持ち合わせながら、ここまでの剣技が繰り出せる彼女の努力は、並大抵の物では無い。
「『脱兎の如く!』」
だが、遊乃とて、努力していないわけではない。
素早さ強化の呪文で、一気に射程外まで飛び出すと、攻撃が終わった瞬間の硬直を突いて、再びデューの懐へ飛び込む。
そして、手刀に見立てた手をデューの喉元へ突き立てた。
「……うん。いろいろと難はあったけど、いい感じじゃない?」
剣を降ろすデュー。遊乃も、彼女の喉から手を離した。
「ふむふむ。確かに、俺を思い出してきた気がするな」
遊乃はそう言いながら、腰に手を当てて胸を張った。
確かに、これが俺だ。リュウコに頼らない俺だ。自分にできることはなんでもする。それが俺だ。
何か大事な物を取り返した様な遊乃に、背後から琴音が「ズボンは穿いてね」と地面に放り投げられたままだった遊乃のズボンを彼に投げた。
「おっと、そうだったな」
遊乃は、気だるい朝の着替えみたいに、まったく急いだ様子もなくズボンを穿く。
「あと、遊乃くん、これも……」
まだ顔が赤い琴音が、先ほど遊乃が投げた剣も持ってきた。
「おう」
剣を鞘に納めると、遊乃は先ほど思い出した自分を忘れない様、しっかりと刻み込みながら、考えていた。
確かに自分を思い出す事は大事だ。けど、なんの為に思い出そうとしていたか。それはリュウコと剣を取り戻す為だ。
「あ、あの、遊乃くん」
珍しく深刻そうに顔をしかめていた遊乃が心配だったのか、琴音が遠慮がちに声をかけた。
「私も、一緒に……」戦うよ。そう言うつもりだったのだが、遊乃は「いらん」と彼女が言い終わる前に返事をした。
「これは俺一人の問題だ。パーティの問題じゃない。……というか、俺一人でやらなきゃいかんのだ」
遊乃は、別にリュウコの保護者というつもりはない。
確かに一緒にいるが、それは彼女が望んでいて、遊乃も拒んでいないからという結果に過ぎない。
彼にとって、意思を無視されるというのは何よりも許せないことなのだ。リュウコがカイゼルの元へ行きたいというのであれば、別に構わない。だが、今回は完全に遊乃のルールを侵害した。
だから遊乃は、カイゼルを倒さなくてはならないのだ。
自分のルールで、彼を裁かなくてはならないのだ。
「アンタ一人でやるのはいいけど、正直勝てないと思うわよ」
遊乃が決意を固めた所で、それに水を差すようなタイミングでデューが口を挟んだ。
「私もそう思う……。三年生は伊達じゃないよ。何かもう一押し、必要だと思う……」
今度は決意を固める為ではなく、作戦を考える為に押し黙る遊乃。
レベル差はデュー以上。そんな相手と戦うならリュウコは必須だが、リュウコはそのカイゼルの所にいる。つまり、勝ち目はほとんどないという事になる。
さすがの遊乃も、辟易が隠せなかった。
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