第17話『千日手』

 学校に残っていてもする事は無いので、まっすぐ帰ろうとして、下駄箱で靴を履き替える。そこへ、


「遊乃くん」


 と、琴音がやってきた。

 先ほどカイゼルに気絶させられた遊乃を懐抱したのは、他でもない彼女なのだ。起きた遊乃は校長に犯人を聞きに行った為、彼女には先に帰るよう言っておいたのだが、待っていたらしい。


「なんだ琴音。貴様帰ってなかったのか」

「あー……、その。少し、心配で……」


 頬を掻きながら、困った様に笑う琴音。遊乃は「俺様に心配など無用だ」と言って、上履きから靴へと履き替え、琴音を置いてどんどん先へ歩いて行く。琴音も慌てて靴を履き、遊乃の後を追いかけた。


「ついてこんでもいいぞー」


 振り向かずに言うも、琴音は何も返事をせず、遊乃の隣に並んだ。


「誰にリュウコちゃんを誘拐されたか、わかったの……?」

「まあな。三年生の、カイゼルって野郎だ」


「カイゼル……」名前を小さく呟くと、琴音は「三年生のカイゼル・アーマインさん……」と、フルネームまで答えてみせた。


「なんだ、知ってんのか」

「有名人だよ。……成績優秀で、討伐騎士としては確かに高い実力を持っている人だけど……ただ、ちょっと悪いクセがあって……」

「なんとなく想像はつくが、なんだよ?」

「人のモノを、すぐ欲しがるんだって。同級生がダンジョンに潜って手に入れた宝物とか、そういうのを力づくで奪って行くって、噂で……」


「その噂は真実だったってわけだ」


 胸糞わりぃ、と呟く遊乃。別に正義感などはないが、自分から盗んで行ったという事に腹を立てていた。


 盗まれるという事は、侮られているという事。

 こいつから盗んでも何も後悔するような事は起こらないと、そう思われたという事。


 それを考えていると、遊乃は腹の下辺りが熱くなるのを感じた。これが怒りであり、腹が立つという事でもある。あとはこれをカイゼルにぶつけるだけなのだが。


 ただぶつけるのでは意味が無い。ぶつけて、相手を倒せなくては意味がないのだ。


「どうすっかな……。俺様の才能、そして潜在能力では間違いなくカイゼルに勝ってはいるが、今はまだ実力では負けてるからな……どうやってリュウコを取り戻すか……」

「あ、あのっ」


 悩んでいる遊乃に、琴音は内蔵から振り絞ったような必死さで声をかける。


「わ、私っ、手伝うよ。遊乃くんの、パーティだから……それに、リュウコちゃんも、その、心配だし……」

「ふんっ」


 小さく鼻を鳴らし、遊乃は琴音の額を軽く叩いた。


「いたっ」

「お前に言われんでも、必要なら頼むっつの」


 遊乃にそう言われると、琴音は嬉しそうに、というよりも抑えきれないという感じで笑った。自然と頬が釣り上がるのが我慢できなかったのだろう。


「うんっ」


 そうして力一杯頷くと、遊乃からは不気味な物を見る様に細めた目で見られる。まるで、見ないで済む様にしたいができないから、間を取って目を細めたという感じ。


「な、なに?」

「いや、お前……。ずっと気になってたんだけど、なーんか俺様が命令すると、嬉しそうじゃないか?」

「え、いや、そ、そんなことは……」


 もうクセになっているらしい、困ったような笑みを浮かべる琴音。その表情は赤く染まっている。


「ま、いいや。お前も長年俺様と一緒にいて、俺様の命令が絶対だとわかっているようだしな!」


 世界制覇の一歩だな! と大笑いする遊乃。もちろんそれは彼の絶大なる勘違いなのだが、琴音はホッと安堵の溜息を吐いた。遊乃に対する最大の秘密。長年秘めてきた想いなのだ。


  ■


 翌日。


 昼休みになると、校長から遊乃のデバイスへ電話がかかってきた。それによれば、どうもカイゼルは遊乃の黒剣を持ち歩いていないらしく、事情を聞いた教員にも


『ええ? 僕が後輩から剣を盗んだ? やだなぁ、先生。証拠、あるんですか? 僕が盗んだ物持ってないのは見たらわかるじゃないですか。持ち物検査してもいいですよ。剣なんて目立つ物がそう隠し通せるものじゃない事は、先生達が一番わかってるとは思いますけど』


 などと言って、教員の追求を躱したらしい。

 遊乃はやっぱりな、と思いながら、まず特訓する事にした。


 面倒くさがりで尊大な彼ではあるが、さすがにカイゼルという高レベルな相手では訓練も無しに挑む事など無謀だとわかっているのだ。もちろん、さすがのカイゼルとはいえ命までは取らないだろう。だから何度挑んで行ってもいいのだが、一度で勝たないとかっこ悪いので、訓練が必要なのだ。


 遊乃は昨日と同じ様に、格技場に立っていた。目の前に立っているのは、琴音である。


「な、なんか久しぶりだね。遊乃くんと、こうして訓練するの」

「あぁ。……昔は、よくやってたっけな」


 フッ、と小さく笑い、遊乃は剣を肩に乗せた。

 かつて、遊乃が世界制覇を夢見始めた時、彼はまず「琴音を鍛えるか」と思い立ったのである。


『俺様は強いが……やはり、一人くらい仲間がいるな。だったら琴音がいいや』


 そんな軽い気持ちで、遊乃は幼い日の琴音を誘い、彼女を鍛えたのである。


「いや、あの時は、そんな無茶なと思ったけど……。でも、まあ、今となっては楽しいし、いいんだけどね」


 遊乃は木の棒を剣に見立て、琴音はパチンコで、お互いに戦っていたのだ。

 しかし――


「でも、流石に今は、それじゃあダメだよね。適切でない鍛錬は、伸びるのに時間がかかるよ」


 と、琴音は銃口を唇につけながら、そんなことを言った。

 遊乃もそれは考えていたが、今のところ、他に適当な訓練相手が見つからなかったのだ。 


「あぁ……ま、とりあえずやれるだけやっとこう。それに、強くなるのは抜きにしても、久しぶりに琴音と戦うのも悪くねえだろ」


 琴音は、弾倉の中身を確認して、頷く。

 二人は一瞬、目を合わせ、そして、呼吸を合わせる。それだけで、互いに準備ができたのだとわかるほど、二人は長い時間を共にしてきた。


 まず、遊乃が選択したのは、高く跳び上がること。

 イドを倒した、あの必殺技を琴音に叩き込もうとしているのだ。


「それ、ホント好きだね遊乃くん!」


 琴音は、構えた拳銃の引き金を絞り、遊乃に向かって三発放った。

 だが、遊乃も彼女がどこを狙うかくらい、すでにわかりきっている。

 剣を握れないように、手首へ一発。そして、遊乃のスピードを殺すために両膝へ一発ずつ。飛び上がったのは、その行動を誘発させる為である。


 元からそうするつもりだったからこそ、遊乃は、空中でぐるりと前転のように体勢を変えて、遠心力をつけ、剣を琴音に向かって思いっきり叩きつけようとした。


「世界制覇ぁッ!!」


 しかし、琴音はその振り下ろされた剣にカウンターを合わせるように、拳銃を突き出した。刃と銃口がぶつかり合い、キィィィンッという甲高い音を鳴らしたその瞬間。その音に被せられたように、ズドンッ! と大きな破裂音。


 琴音が、銃を放ったのだ。


 たった一発の銃弾は、遊乃の全身を持ってしても抗えないほどの爆発力を持っている。それを、手首だけで抑えるのは無理だ。一瞬の抵抗も虚しく、遊乃は剣をふっとばされた。だが、剣が無いくらいで負けを認めるような、遊乃ではない。


「なめんなぁッ!」


 遊乃は、琴音の構えていた拳銃を下から蹴り上げ、自分がされたのと同じように拳銃を蹴っ飛ばした。


「ありゃあッ!?」


 互いに武器を持っていたのに、素手で抱き合えそうなほどの至近距離。

 見つめ合いながら、遊乃と琴音は、同じことを考えているのがすぐにわかった。


 お互いに手の内を知り尽くしているので、いつもこうなってしまう。

 特訓の意味がまったくないのだ。

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