第16話『囚われの身』

「ご主人様」


 そこへ、リュウコが走ってきて、遊乃へ頭を下げる。


「うむ。ご苦労」


 遊乃はため息混じりに言って、リュウコの頭に手を置いた。リュウコに続いて、琴音がやってきた。


「まさかデューちゃんに勝つなんて。すごいです遊乃くん……」


 琴音は、遊乃の功績を讃えてか、拍手をする。それがキッカケになったのか、フェンスの向こうにいたギャラリーからも歓声が巻き起こった。


「俺様の名誉も取り戻したというわけだな」歓声に応え、遊乃は周囲へ手を振る。「さ、て……忘れてねえだろうなあ、デュー・ニー・ズィー。俺様に負けたら、なんでもすると言った事を」


 遊乃の顔は、まるで圧政をする王の様に邪悪な物となっていた。正直勝負に夢中で、その後の約束なんてすっかり忘れていたデューは、内心慌てた。


「たっぷりエロい事をしてやるぜ! ナーッハッハッハッハ!」


 そんな彼に、なぜかリュウコが抱きついて、遊乃の体を思い切り締め上げる。サバ折りというより、腕力で遊乃を潰そうとするようなシンプルな技。


「いだだだだだだだだッ! りゅ、リュウコ貴様何をする!」


 遊乃はすぐリュウコを引き剥がして、彼女を睨む。だが、リュウコも何か含む所があるのか、遊乃の視線に屈しない。


「……はぁ。わかったよ。おい、デュー。さっきのは無しだ」

「え、い、いいの?」


 デューは自らの肩を抱き、体を守る様にしていたが、それを解いて立ち上がる。リュウコも、顔を綻ばせて、頷いていた。


「よ、よかった……」


 人知れず安堵の溜息を吐く琴音。


「……アンタの事、少し誤解してたみたい。風祭、アンタすごいよ」


 デューはグローブを取ると、遊乃へ手を差し出す。仲直りの握手。人と人の交流は、手から始まる。しかし、遊乃は「何を勘違いしている」と言い、彼女が差し出した手を見つめる。


「……はい?」

「お前は俺様の奴隷だ。俺様が勝ったのだから、当然の権利だ」


 再び、デューのこめかみに青筋が走る。

 彼女は地面をおもいっきり踏みつけ、派手な音を鳴らし、「アンタ、やっぱり最低だわッ!」と言い残し、格技場から去っていった。


「い、いいの? 遊乃くん……。彼女、遊乃くんを見直しかけてたのに……」


 本当はそれでいいと思っているのだが、一応琴音は遊乃へそれを進言した。


「いらん。あいつはあれくらい跳ねっ返り強い方が楽しいからな」


 遊乃はリュウコを引き連れ、「ナハハハハ」と笑いながら、格技場を後にする。


気持ちのいい勝利を遂げた所為なのか、遊乃の背中は酷くごきげんそうに見えた。


  ■


 格技場を出て、校庭へ戻る最中の道。格技場は校舎裏にあるので、必然的に校舎の横を通って行く事になる。薄暗く、人通りの少ないそこは、周囲にリュウコと遊乃以外の人間はいない。


 校舎の外壁と、学校の敷地を隔てるフェンスに挟まれた狭い道。人が三人並べばそれで埋まってしまいそうだった。


「さて、今日は疲れたしな……。リュウコ、今日は干し肉でも買って帰るか」

「そうですね。ご飯は簡単に済ませましょう」


 二人はそんな話をしながら、その狭い道を歩いて行く。

 このまま何事も無く家まで帰れる。今日のトラブルはすべて片付けた。遊乃の脳裏には、無意識にそんな思いがあった。


 だから、背後に誰かが立った事に、遊乃は一瞬気づけなかった。

 何か硬い物で後頭部を殴られ、意識が昏倒する。


「ご主人様!」


 リュウコが振り向くと、そのリュウコも、遊乃を殴った黒い鉄の棒――よく見れば剣の鞘だった――で顔を殴られ、気絶していた。


「な、何者だ――!」


 遊乃は、ぐらぐらと揺れる意識をなんとか保ちながら、その犯人の顔を見た。

 金髪にオールバック、青い瞳に白い肌。学ランをワイルドに着崩したそいつは、彫りの深い顔をしていた。


「見せてもらってたよ。さっきの戦い。――いやぁ、すごいね。このドラゴンの子」


 そいつは、ヘラヘラと笑いながら、遊乃の腰から剣を引き抜く。


「あと、この剣。俺の心を射止めてくれたんだよねぇ……。これももらってくから」


 そう言うとその男は、遊乃から奪った剣を振るう。

 すると、リュウコが光の粒へと変わり、剣へと吸い込まれていった。


「よし。やっぱり俺の能力で代用できたな。――それじゃ、風祭くん。この子と、この力は、僕が大事に扱ってあげるから」


 遊乃から剣とリュウコを盗んでいき、鮮やかに立ち去るその男。そんな背中を見つめながら、遊乃は意識を保っていられず、気絶した。


 俺の召喚魔法じゃなきゃ、リュウコを剣に入れられないのに、なんであの男はできたんだ。

 遊乃が思考したそれは、気絶から目覚めた後も続く事になる。


  ■


「ババアぁぁぁぁぁッ!」


 気絶から目が覚めて、まず遊乃がした事は、再び校長室に乗り込む事だった。ノックはしない。その代わりに叫んで、さらにドアまで蹴破ったのだから、遊乃的にはマナーを守ったつもりだった。


 しかし、そんな乱暴な入室の仕方では、中にいた人間が驚くのも無理はなく、机に座っていた校長は持っていた湯呑みを落としかけ、「あち、あち」と慌ただしく持ち直そうとしていた。


「あ、あのね風祭くん。まずはノック。それから、私の事はばあさんと……。いえ、本当は校長先生がいいんだけど……」


「ババアの呼び方などどうでもいい!」

「よ、よくないのよ……?」


 校長は疲れた様に肩を落とす。だが、そんな彼女に構っていられないと、遊乃は机を叩くと、「リュウコと俺の剣が盗まれたんだ!」そう叫んだ。


「……な、なんですって?」

「しかも、あいつはリュウコの召喚魔法を持ってないはずなのに、リュウコを剣に宿しやがったんだ!」


 校長の目が、あからさまに丸くなる。


「剣に宿す、というのは……?」


 そうか、そこを説明していなかった。

 遊乃はそれに気付いて、リュウコから聞いた彼女の能力を校長に説明する。他の召喚獣とは違い、亜空間に収納するのではなく剣に収納すること。そして、剣に収納された状態では、遊乃が扱えるレベルでリュウコの能力がセーブされること。


 さらに、光のブレスだけでなく火や氷などのブレスも吐けること。

 それらを聞いた校長は机に両肘をついて、指を組む。


「……おそらく、犯人は三年生でしょう」


 厳かに声を低くした校長の言葉は、鍾乳洞の中で垂れる水音程度には遊乃に響いた。なぜ、校長はそんな事がわかるんだろう。その疑問を遊乃が訪ねる前に、校長は言葉を続ける。


「三年生に相当するレベルなら、上級呪文『付加価値』が覚えられます。これは、倒したキャファーを自分の武器に封印し、その力を無理矢理使う事ができるのです」


「……つまり、その三年生は『付加価値』って呪文を俺の召喚魔法の代用にしたって事か」

「そういう事になりますね。……ちょっと待ってください」


 校長は、自分のポケットからデバイスを取り出す。


「付加価値が覚えられるのは、レベル五〇以上。三年生のこの時期でそこまでレベルを上げているという事は、それなりに成績が優秀な生徒と言う事になります。そんな生徒は学園にそういません」


 そう言いながら、自分のデバイスを操作する校長。何をやっているんだろう、と覗き込もうか迷っていたら、校長は遊乃へデバイスの画面を向ける。


「レベル五〇以上の三年生は、彼らだけです。犯人の顔は見ましたか?」


 頷く遊乃。


「でしたら、これで確認してください」


 校長からデバイスを受け取り、遊乃はそのリストを確認する。教員のデバイスは、生徒が覚えている魔法や成績がリアルタイムで確認できるようになっているのだ。


「本来なら、これを生徒に見せるのは厳禁なのですが、まああなたはもう例外中の例外ですし、いいでしょう……」


 いつもならそこで、『俺様は特別な男だからな』くらいの軽口は返って来るはずだったが、遊乃は無言で校長が差し出したリストを確認している。リュウコと剣を盗まれたのがよほど堪えたのだろう。まるで一夜漬けの勉強みたいに集中している彼を見て、校長は少しだけ遊乃を見直した。


「……こいつだ!」


 遊乃が校長へデバイスを返す。その画面には、その生徒の成績と顔写真が映っていた。


「カイゼル・アーマインくん、ですか……」

「ああ。間違いなくこいつだ。顔も見たし、間違いない」


 ふぅ、と小さく溜息を吐いた校長は、「風祭くん。とりあえず、教員がなんとかするから、あなたは黙っていた方がいいわ」


「んなわけに行くか。俺様は後ろから殴られてんだぞ。つーか、ここで教員に任せたら、チクったみたいでかっこわりぃだろうが」


「恰好を気にするのは女の子の前だけにしなさい。……アーマインくんは、あなたが勝てる相手じゃないの」


「そりゃ三年だからな。経験も俺より上手だろう」


「彼はあなたと同じ『剣術師(ソードウォーリアー)』例えばあなたが『銃術師(ガンナー)』などの、遠距離型なら万に一つは勝ち目があるかもしれません。けど、同じ剣術師……。それも、彼はあなたと違って、剣術師としての魔法も使えます。リュウコちゃんのいないあなたでは、勝負になるかどうかすら……」


「ふぅーん。……でもさぁ、ほんとに取り戻せんの? あんたらで、リュウコを?」


「……どういう意味です?」


 まさか、教員よりカイゼルの方が強いと思っているのか?

 校長は遊乃に対してそんな疑惑を持ち、眉をひそめる。


「だってよ、普通こんなことが知れたら教員が動くだろ。特に俺は、あんたらが言う『特別』なんだろ? でも、カイゼルはそんな俺を狙った。つーことは、しらばっくれる算段はついてるってことだろ」


「もちろん、そうかもしれません。ですが、あなたが動く事は無いようにしたいと思っています。……とりあえず、今日はもう帰ってください」


 遊乃は「期待はしてねーぞ」と言って、校長室から出る。

 彼の背中は、先ほどと違い、復讐の炎に燃えていた。

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