第14話『盾となることだけが存在意義』

 ズキリと痛む頭。なんで痛むんだっけと思いながら、遊乃はゆっくりと体を起こした。

 目の前には真っ白なカーテン。自分が寝転がっていたのは白いベット。鼻をくすぐる消毒液みたいな匂い。それらを合わせると、自然にここが保健室だとわかった。


「あ、よかった……起きたね、遊乃くん」


 ベット脇には、心配そうに遊乃を見つめる琴音と、暗い表情で俯くリュウコが座っていた。二人は何故そんな表情をしているのだろうか、と遊乃は疑問に思った。そう考えた瞬間に、疑問は泡が弾けるみたいに解決していく。


「そうだリュウコ――貴様、デュー戦で俺様の言うことを守らなかったな」


 怒る様に、ではなく。

 思い出し、事実を確認するように言う遊乃。

 リュウコ、何を言おうか迷っているのか、少しの間彼女は口を開かなかった。きっと、リュウコ自身もなんと言っていいのかわかっていないのだろう。それを察して、叱る父親から娘を庇う様に、琴音が口を挟む。


「お、怒らないであげて。リュウコちゃんだって、遊乃くんのことを思っての行動なんだし」


「怒るわ! ったく。マジで連携が課題だな……」


 いたたた、と言いながら頭を押さえる。デューの鋭い一撃は、すでにそれなりの時間が経過しているはずなのに、未だ新鮮な痛みがあった。


「おい琴音、俺様が気絶した後、どうなった」

「え、と――。『風祭遊乃、自分の召喚獣さえも操れないとは、やはりペテン師ね!』って言ったデューさんは、勝ち誇りながら帰っていたんだけど……」


 そこから先は、琴音の口からはとても言えなかった。

 気絶した遊乃をリュウコと共に運び、セットされたダンジョンへ降りる為に使った征服の扉から学園へ戻ると、なぜだかすでに、学園のほとんどが遊乃の敗北を知っていたのだ。


 確かに遊乃は目立っていたし、運んでいる姿を見られたらそういう発送になるのもおかしくはなかったが、明らかに情報の伝達が早すぎる。


 デューが大声で喚き散らしたのだろう、と、琴音は推測していた。


「ふむ……」と顎を擦り、「やはり俺様の名誉を確認するためには、デューをぶっ殺すしか無いようだな。おい、琴音。お前、俺様に回復呪文ヒーリングしたか?」


「あ、うん……」


「いや、琴音はやはり気が利くな。俺様のパーティだけある。リュウコも琴音を見習う事だな」


 そう言って、遊乃は大きく笑う。保健室に彼の笑い声が響く中、リュウコが自分の不甲斐なさに落胆していることをわかっている琴音は、あまりリュウコを挑発してほしくないらしく、遊乃の笑いを止めるべきかリュウコを励ますべきか迷っていて、オロオロと体の向きを二人どちらに向けようか迷っていた。

 リュウコは立ち上がると、力ない足取りで保健室から出て行く。


「……なんだあいつ? いつもならもうちょっと張り合いがあるんだがな」


「あの、遊乃くん……。リュウコちゃんがいつもと違う理由、わからない?」


「知るか。でもまあ、ヘマしたからなんじゃないのか?」


 琴音は、深い深い溜息を吐く。琴音がそこまで呆れた顔をするのを見るのは、幼馴染の遊乃でも初めてだったので、少しだけ驚いてしまった。


「リュウコちゃんは、その――」そこまで言って、彼女は本当に言ってもいいのか迷ったものの、結局言う事にしたのか、一度頷いてから、「いま、生きている理由が奪われたような気持ちのはずなんです」と真剣な顔を作る。


「はあ? なんだそりゃ」

「それは、だって……考えてもみてよ」


 遊乃は腕を組み、考え込む。しかし、まったく思い当たる節がない。


「だって、今、リュウコちゃんの心の拠り所は、なんだよ?」


「……はあ?」


「リュウコちゃんは、他に記憶がないって、言ってたじゃない。リュウコちゃんが他にできること、したいこと、他にないんだよ」


 遊乃は頭をガリガリと掻く。自分の話がどこまで理解できているか、琴音は少し怪しく感じたが、それでも遊乃を信じて話し続けた。


「今は、遊乃くんを為を思って行動するのが、リュウコちゃんにとって、彼女らしくあることなの。……リュウコちゃんのとこに、行ってあげて」


「あぁ? なんで俺様が。励ますのは、別にお前でも……っていうか、なんで俺様が励ますんだよ。殴られてるんだけど」


「いいから! 行ってッ!」


 珍しく琴音から怒鳴られ、「う」と声を詰まらせる遊乃。しかし、それが遊乃には効いたらしく、「し、仕方ないな」とベットから降りて、遊乃は保健室から出た。


 召喚獣やパーティメンバーはダンジョン無いではぐれても大丈夫な様に、デバイスで位置が確認できる様になっている。遊乃はデバイスを取りだし、位置確認メニューを開いて、リュウコがどこにいるのかを確認。どうやらリュウコは屋上に居るらしい。


 急ぐのもリュウコを心配しているみたいで癪だなと思ったので、ゆっくり階段を上がっていく。最上階の屋上のドアは鍵がかかっているはずだが、なぜかノブごと破壊され、切ない音を立てながら風に揺られていた。


 リュウコが破壊したんだな、と舌打ちしながら、屋上に入る。


 高いフェンスに囲まれた、長い長方形のコンクリ床。その端に、フェンスに向かって体育座りをしているリュウコがいた。


「よう」


 遊乃はリュウコの隣に腰を下ろす。リュウコは、暗い顔で彼を見て、黙り込む。


「この学園は景色がいいだろう。なにせ、小高い丘の上にあって、遠くには空が見えるからな」


 彼の言う通り、都市船内にあるこの学校では、近くに街並み、遠くには空と、綺麗な景色が広がっている。


「あの、ご主人様、その……」


 何かを言おうとして、言い淀むリュウコ。普段なら「なんだ、早く言え」と急かす所だが、リュウコに優しくしなくてはならないと思っているので、遊乃は彼女の言葉を待った。


「申し訳、ございません……」


 リュウコの声は、いつも以上に淡々としたものになっていた。感情を見せることが、反省にならないと思っているのかもしれない。


「気にするな。俺様は過去のことをあーだこーだ言うのは嫌いだ」


「ご主人様は……私のせいで、魔法が使えず、敗北の汚名まで被ることに……」


「俺様は魔法使いじゃないから問題ない。大体、綺麗なままで世界制覇できるとは思っていないからな。どうでもいい」


「……私には、ご主人様しかいません。あなたの盾となることが、私の存在意義なのです」


 自分に与えられた使命と、唯一の記憶。その対象から邪魔呼ばわりされているということが、リュウコのプライドを大きく傷つけていた。

 遊乃はそんなことまったくわかっていないが、


「あのなぁ、俺様は前に出るのが仕事だ。誰よりも前に出るのがな。俺様の前には敵しかいちゃいけないんだ」


「……しかし、私も、前に出なくては、ご主人様を守れません」


 遊乃の顔を見上げるリュウコ。そんな彼女を見ないで、まっすぐ前の景色だけ見つめながら、遊乃は「そんなことないだろ」とつぶやいた。


「別に、前に出なくても守れるだろ。琴音は俺達の後ろにいるが、琴音だって俺を助けてるだろ。いいか、別に前に出るのが守るってわけじゃない。パーティーメンバーなんだ。強力することが、みんなを守ることになる」


 遊乃は、リュウコの頭に手を置くと、ワシワシと布巾でテーブルを拭くみたいに乱暴に撫でる。「うわっ」と小さな悲鳴をあげ、リュウコは撫でられた頭を押さえ、


「ゆ、許してくださるんですか」


 と首を傾げた。

 しゃがみこんでリュウコに視線を合わせると、「当たり前だ」と笑った。


「別に最初から怒ってないからな。俺様は改善しようともせず、怒鳴りつけるっていうのはどうにも好かん」


 遊乃はそう言うと、リュウコに手を差し出した。

 その手を取って立ち上がると、二人は向かい合う形になる。

 夕日差す学校の屋上で、手を握り合い向かい合う二人は、なんだかロマンチックな光景にも見えたが、次の瞬間、遊乃が言い放った一言で、すべてが台無しになった。


「よし、リュウコ。特訓だ! 俺達が最大限に力を活かし合えるか方法を探すぞ!」


 まるでジャンルがラブコメからスポ根に変わったように、夕日の質が変わったようですらあった。

 しかし元々、ムードなどを気にするような二人ではない。


 リュウコは腕をドラゴンに変え、遊乃は剣を引き抜き、互いの得物をぶつけ合った。

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