第13話『連携不足』
世界が毒素に汚染されてから、しばらくして。
人間にはある程度、毒素への耐性があることがわかった。
それによって、地上で活動できることほど耐性が強い人間がいるとわかり、討伐騎士が生まれたのだが、そんな討伐騎士以上に、耐性が強い人類が生まれていることもわかった。
それが、エルフである。
一般的な人間よりも圧倒的に毒素への耐性が強く、魔法力や身体能力も高いという、まるで人間が毒素へ対抗する為に進化したような存在だ。
他にも、耳が長く尖っていたり、髪の色が常人離れしているなども、普通の人間とは違う部分。
遊乃は、初めてエルフを見たことで「おぉ」と感慨のため息を吐いた。
「本当にいたんだな、エルフ」
まだまだ普通の人間と比べ、数の少ないエルフは、人口の多いクラパスといえど、そうそういるものではない。
そんなエルフの彼女は、一歩一歩遊乃たちに近づきながら、喋り続ける。
「あたしの名は、デュー・ニー・ズィー。ジョブは
「ほぉ、それはそれは」
遊乃も負けじと一歩踏み出し、デューと名乗った少女と、手が届く距離まで近づいた。
互いの間合い――特に、拳を使うであろうデューには有利な距離である。
近づいてみると、デューの上背が高いことがよくわかった。遊乃とほとんど同じなのだから、女子であることを考えると、とても長身だろう。
「で? 俺様が大したことないというのは、どういうことだ」
「“すでに開拓されて歴史のあるダンジョンで未知の部屋を見つけた”とか“期待の新入生イドを倒した”とか、いろいろと名を上げてるにしては、実力が伴っていないわね、って意味よ」
「ふぅん」
遊乃は興味をなくしたとばかりに、がっかりしていた。
「なっ、なによ」
まさかそんなリアクションとは思わず、デューは思わず顔をしかめる。
「そんなこと言われ慣れている。いまさら怒る気にもならん」
イドを倒してから一週間、すでに周囲から様々な噂をされている。そのすべてが、彼を大きく見せる物だったが、実際に遊乃を見た連中は、大抵の場合「あいつがそんなやつには見えん」と言っていた。
もともと信じてもらわなくても構わない、というスタンスの遊乃である。
すでにそんなことを気にしなくなっていた。直接言いに来たのは初めてだったので、少し驚いたくらいだが。
「はっ、注目されて上機嫌って感じかしら?」
遊乃の感情をどう捉えたのか、デューは困ったように肩を竦める。
「どう捉えられても構わん。一応言っておくが、俺様はいろいろ噂されて迷惑しとるんだ。世界制覇の役には立たんからな」
「はっ!」
遊乃の世界制覇という言葉に、吹き出すデュー。
「あんたホントに言うのね! 何が世界制覇よ。子供みたいな夢見ちゃってさ。バッカじゃないの? あんたにゃ無理よ。この世界に、あんたより強い人間がどれだけいると思ってんのよ。そんな人間達が勝てないキャファーだって、この世には大勢いるのに」
「いや、俺様にはできる。俺様にはわかる」
無理、無茶、無謀など、今まで何度も言われてきた。
今更そんな言葉で揺れる遊乃ではない。
だからなのか、なぜか言った本人であるデューの方が、挑発されたかのように顔を真っ赤にして、遊乃を睨みつけていた。
「できっこないわ! あんたなんかに!」
「できる」
「なによその態度! 大体あんたなんか、入試でたまたま運良くリュウコに出会ったから注目されてるだけじゃない! ズルよ!」
「お前……」
そこでやっと、遊乃はデューがここまで絡んできている理由を察し、額を押さえて俯いた。くだらないことで時間取らせるなよ、と表現しているのだ。
「ようするに、注目されたいんだな? で、俺様が注目を集めてるから、やっかみに来たのか」
先程からずっと赤かったデューの顔が、図星を突かれたからか、より赤くなって、遊乃の胸ぐらを掴んだ。
「決闘よ! あんたとあたし、どっちが強いかはっきりさせましょう! リュウコと二人でかかってきなさい!」
「なんでそんなことを……」
「いいから! かかってきなさい!」
体をゆすられながら、遊乃は考えた。このデューという女、首を縦に振るまで黙らないタイプだ、と。
ここは地上だし、あまり時間をかけていると、討伐騎士であっても活動限界時間がやってくる。で、あれば、ボサボサしている暇はなかった。
「わかったよ。なら、相手してやるから。表出ろ」
「ふふん。受けたわね? 後悔させてあげる」
「リュウコ、いいな?」
リュウコは黙って頷き、デューと遊乃、三人で表に出た。
「あぁ……なんだかまた面倒なことに……三人とも、ここがキャファーの巣だって忘れてるんじゃないかなぁ」
一人そう呟くと、呆れながら、ゆっくりと琴音も後を追う。
外に出ると、遊乃とリュウコは並んで、五メートルほど離れたデューと向かい合っていた。
デューは、手に填められた自分の武器である鉄製のガントレットの調子を確かめ、軽く拳を振るう。彼女も先程まではキャファーと戦闘していたのか、すでに体は温まっているようで、遊乃をチラリと見て、準備が出来ていることを言外に伝えた。
遊乃も、腰の剣を引き抜いて、だらりと構える。
「さっきも言ったけど、あたしの職業は『拳闘師(パンチャー)』この拳が武器よ」
「そか。――ま、俺様には敵わんって事だけわかれば、それで充分だがな」
その短いやり取りで、戦闘が始まった。
デューは左拳を前にした、一般的なボクシングのファイティングスタイル。まず突っ込んだのは、そのデューだった。
軽やかなフットワークですぐさま距離を詰めると、左ジャブの連打を遊乃に浴びせる。
「おっと」
だが、遊乃は軽やかにそれを躱すと、詰められた分の距離を開く。
「うむ、確かに。あれだけの大口を叩くだけはあるな、ガハハハ」
「チョーシくれてんじゃないわよッ!」
右拳を握り、遊乃へ渾身の右ストレートを放つ。まるで弾丸が放たれた様に、遊乃の目では捉えられない程のスピード。横へ転がり、大袈裟にそれを躱すと、遊乃は彼女を油断してはならない敵だと判断を改める。
しかしそれでも、遊乃は一瞬の隙を見つけ、切りつけようと剣を振りかぶった。
だが――リュウコが前に出て、同時に振りかぶっていたデューの拳を受け止めていたのだ。
「なっ、お前、さっきもあれほど――ッ!」
「しかしご主人様、私にはあなたを守る使命があると、私も言いました」
「なにがなんだかわかんないけど、チャーンスねッ!」
デューは、遊乃と話していたリュウコを足払いで倒し、飛び越えた。
「自分のキャファーとの連携も取れないなんて、愚かね風祭!」
そして、遊乃の頭上から、そんな彼女の流れ星みたいに鋭い右が、遊乃の額を捉えた。
思い切り脳を揺らされ、混濁する視界。そして彼は、ふらふらとしながら、ついには倒れた。頭の中では、リュウコに対する恨み事ばかりを唱えながら。
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