■3『リュウコの力』

第12話『エルフの少女』

 討伐騎士が地上へ降りる時、『征服の扉』と呼ばれる失われた技術が使われる。


 人が一人入ってしまいそうなほど大きいカプセルと、横にはデバイスと連動する操作パネルが置かれているのだが、そこに、デバイスへ配信されるダンジョンアドレスを読み込ませることで、ダンジョンへ降りることができるのだ。


 ただし、当然のことながら、アドレスがあるダンジョンというのは、すでにプロが開拓した場所。

 学生の内は、特別な事情でもない限り、プロが安全をある程度確保したダンジョンにしか降りられないのだ。


 そして、今、遊乃達はそんなダンジョンの一つである、かつてはユーラシア大陸と呼ばれた場所――綺麗な海が、観光名所として有名だった、エーゲ海はギリシャの農村にいた。


 周囲は真っ白で四角い家がたくさん立ち並んでおり、村全体がキャファーの巣となった場所。


「うぅー、ん……ッ! 気持ちのいい天気だなぁ。風がしょっぱいなんて初めてだし、地上に降りた甲斐があったなぁ」


 遊乃は空を見上げながら、桟橋の縁に腰掛け、伸びをする。

 その後ろに立ったリュウコは、琴音がニヤニヤと見ている彼女のデバイスを覗き込んでいた。


「どうしたのです、琴音さん」

「いやぁ、もう私達、レベル五だよ。これで新しい魔法が覚えられるから、なんだか嬉しくって」

「琴音はやる気充分だな。いいぞ、そのまま強くなって、俺様の役に立て立て」


 そう言いながらも、遊乃は青い海から目を離さない。初めて見る海に、興奮が隠せないのだ。当然、都市船には海がない。だから、地上に降りる職業でないかぎり、海を見ることがないのだ。

 また、魚を養殖するプラントならあるものの、それでも魚というのはとても高く、高級品になっている。


「遊乃くんは決めたの? 覚える魔法一つ」


 遊乃の背中に声をかける琴音。だが、遊乃は「まだだ」と、あくび混じりに返すだけ。

 彼がリュウコとの契約で、魔法を一ブロック分しか覚えられないと知ってから、早一週間が経った。

 何か一つ、とっておきを覚えればいい、などと言いつつ、毎日授業を受け、ダンジョンに潜り、彼がどんな魔法を覚えようとするのか決める素振りはない。


「リュウコちゃんがいるんだし、攻撃魔法は覚えなくてもいいと思うけど、補助呪文くらい覚えておいたほうがいいんじゃない? 私が魔力切らしちゃったら、それすらできなくなっちゃうし」

「あぁー、つってもなぁ」

「大丈夫ですよ、琴音さん」


 言いながら、リュウコも遊乃の隣に腰を下ろし、海を眺める。


「私がご主人様をお守りすれば、それで済む話です」

「俺様は誰かに守ってもらう気などないがな。おい、琴音。お前も海見ろって。キレーだぞぉ。昔はこんなとこで泳いでたって聞くが、マジなのかな」


 全く持って能天気な二人。琴音も別に、二人の実力を疑っているわけではないが、絶対とは言い切れない以上、どこでほころびが生じるかわからないもの。

 琴音はこっそり『私がしっかりしなきゃ』と拳を握った。


「ほら遊乃くんッ、リュウコちゃんッ! もう行こうよ。ここ、一応キャファーの巣なんだよ? いつキャファーに襲われるかわからないんだから、のんびりしてられないよ」

「あぁ、そうだな。海なら、またいつでも見に来れる」


 遊乃とリュウコは、立ち上がって、三人で桟橋から町中へと戻っていく。

 いくつもの小石が固められた石畳の道を歩きながら、三人は臨戦体制を崩さない。町全域がダンジョン、建物の陰など隠れる場所はたくさんある。高レベルのキャファーがいないから、レベル五の遊乃達でも入れるが、不意打ちを喰らえば低レベルのキャファーといえど危険だ。


 そして、そんな時に役立つのが、リュウコだった。


「……ご主人様、おそらく先程倒したタイプと同じキャファーが、その建物の中に三匹います」


 と、リュウコが建物を一つ、無造作に指した。彼女の常人離れした耳や嗅覚が、隠れているキャファーの場所をあぶり出すのだ。


「よし、先手必勝だ!」


 遊乃は、リュウコの指した方向へまっすぐ走っていき、剣を抜く。


「あぁッ、待ってよ遊乃くん! みんなで倒さないと、みんなの授業点にならないんだよ!」


 琴音、リュウコも遊乃の後を追いかけ、建物に踏み込んだ。

 そこはどうやらかつての民家だったらしく、ボロボロになってテーブルや棚などと思わしき木材が散乱していた。


 そんな場所に、三匹。

 体が真っ黒な大きな犬がいた。


「へへっ、確かこいつは、ドッガーだったな」


 ドーベルマンが毒素を吸い、凶暴化したのが、ドッガーと呼ばれているキャファーである。彼らは群れで行動し、常に獲物を不意打ちして肉を食らう集成を持つ。


 三匹のドッガー達は、遊乃達を見つけ、牙を見せ喉を鳴らし、威嚇していた。


 が、先に発見されることになれていないので、間合いを詰めてしまえば――


「遅ぉいッ!!」


 遊乃は持ち前の俊足で、一気に間合いを詰め、一匹の頭を切り飛ばした。


「かかっ! もういっちょ!」


 遊乃が上段に剣を構え、うろたえている一匹を切り倒そうとする。

 だが、遊乃が切ろうとしたドッガーを、間に割って入ったリュウコが、爪で切り裂いた。


「あっ! リュウコお前、何を!」

「ご主人様をお守りしたつもりですが」

「そんなことせんでも余裕だわ!」


「そうでもないんじゃないかなぁ」


 琴音は、すばやく腰のガンベルトからリボルバーを引き抜き、遊乃の背後で飛びかかろうとしていた最後のドッガーの頭を撃ち抜いた。

 頭から脳漿がシャンパンみたいに飛び出して、体が崩れ落ちる。


「むっ……」

「油断大敵だよ、遊乃くん」

「いやぁ、悪い、助かった」


 照れくさそうに言う遊乃。

 だが、そんな微笑ましいやり取りをしている二人を、リュウコは面白くなさそうに見ていた。


「……ご主人様、私にもお礼はないんですか?」

「おぉ、そうだ。お前な、いきなり目の前に出てくんなよ。間違えて叩っ斬っちゃったらどうするんだ」

「私は大丈夫です。ご主人様より強いですから」

「そんなこと関係ない。連携を崩すような動きはするなと――」


 少し、ギスギスとした空気を感じ取った琴音は、ちょっとの勇気を振り絞り、そんな二人の間に入って、二人の肩に手を置いて笑顔を見せた。


「まあまあ。二人共無事だったから、いいじゃない。でも確かに、連携は私達の課題かも。遊乃くんは突っ走るし、リュウコちゃんも遊乃くんの前に行こうとするから、二人してどんどん行っちゃうんだもん。後衛職バック・ジョブは大変です」


 琴音はわざとらしく頬を膨らませ、腰に手を当て胸を張る。


「あぁ、悪いな、琴音」

「……申し訳ありません」


 この三人の力関係は、平常時は琴音が舵を握っている。最も知識があり、最も冷静だからだ。

 だから、すぐに遊乃とリュウコは頭を下げる。ただ、リュウコは心底からは納得していないらしく、口調に苛立ちが混じっていた。


「ちょっと一回、帰ろうか。私達が最も安全、かつ力を活かして戦える陣形を考えて――」


 そんな琴音の声を遮るように、どこからか拍手が聞こえてきた。

 すぐに先程入ってきた入り口を見たリュウコに気づいて、遊乃と琴音も入り口を見る。


 そこには、一人の少女が立っていた。琴音と同じ制服を着ているところから、龍堂学園の生徒であることは間違いない。


「やぁー、見させてもらってたわよ。噂の風祭とリュウコのコンビ」


 少女は、スラリと引き締まった足を惜しげもなく見せつける短いスカートを履き、長身の体を揺らしながら、新緑色のショートカットを掻き上げて、遊乃を見た。


「全然大した事ないわね、風祭遊乃」


 遊乃はその言葉など全然聞いておらず、彼女の耳を見ていた。

 長く尖ったその耳は、間違いなく、の証。だったから。

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