第11話『風のように』

 その日は、それで寮に行くこととなった。

 遊乃は「ダンジョンに行くぞ!」とダダをこねたのだが、そもそも後衛の琴音が魔法を充分に覚えていない準備不足の中では、行ったところで危険なだけ。


 確かにダンジョンへ行き、授業点を上げることで単位が上がり、さらに強力な魔法を覚えられるのだが、焦ってダンジョンに潜り、死んでいく生徒もいる。


 だからこそ、落ち着いて地盤を整えてから潜るというのは大事なのだ。


 琴音からそんな説明を受けた遊乃は、渋々帰ることを納得した。


 デバイスに入っていた情報によると、龍堂学園の学生寮は、龍堂学園から出て、一〇分ほど町中を歩いた場所にある。住宅街の一角に、やたら頑丈そうな作りのレンガ作りのアパートであり、部屋は最上階である三階の奥だと、デバイスに届いたメッセージに書かれていた。


 大きな両開きのドアを押して中に入ると、そこには大きなエントランスが広がっていて、隅に置かれたソファには、生徒達が談笑をしていて、遊乃はそれを横目に、受付と思わしきカウンターで、置かれていたベルを鳴らした。


 すると、カウンターの奥にあった扉が開き、緑の作業服を着た、スキンヘッドの中年男性が出てくる。


「やぁ、どうも。新入生くん。僕はこの第三分寮の管理人。……メイドを連れてるってことは、噂の風祭くんかな?」

「噂?」


 遊乃が首をかしげると、彼は朗らかに笑い「いろいろと騒ぎを起こしてるようじゃないか」そう言いながら、背後の棚から鍵を二本取り出して、遊乃とリュウコの前に置いた。


「これがキミ達の部屋の鍵だ。三階の一番奥に、ツインの部屋がある」

「あぁ、どうも」

「ありがとうございます」


 遊乃とリュウコは礼を言ってその鍵を取り、階段へ向かう。

 そんな時、談笑をしていたソファから、ヒソヒソと小さな声が聞こえてくる。


「あいつか? 入試でダンジョンに大穴開けたってやつ」

「あっちのメイドじゃなかったか、それ」

「今まで見つけられなかった部屋見つけたって、教師達が大騒ぎしてるの聞いたぜ」

「なんかのフカシだろ。ありえねえって、大穴もトラップとかが原因だって。あんな新入生がそんなことできるかよ」


 と、遊乃の実力を疑う声に、なぜかリュウコが不機嫌そうにその生徒達を見ていた。


「言わしとけって、リュウコ」

「……なぜです、ご主人様」


 遊乃は階段に足をかけ、登りながら、後ろについてくるリュウコに振り向かず話を続ける。


「信じられんのも無理はないからな。ここでやってみろ、と言われたら寮がぶっ壊れるし、そもそも俺様は自分の強さをひけらかす気はない。そんなのは小物のやることだ。本当に強いのなら、そんなことせずとも知れ渡る」

「はぁ、ご主人様は、自分の評判に無頓着なのですね」

「そんなことないぞ。ただ、今の評判なんてどうでもいい、ってだけだ。俺様にふさわしいのは、世界を制覇した男、という称号だけだ。それを得る日まで、ひたすら走り続けるだけ」


「世界制覇、ですか」


 三階、一番奥にたどり着き、リュウコが鍵を開けると、そこにはベッドが二つと、机が二つ置かれただけの部屋があった。

 そんな八畳ほどの部屋にたどり着くまでに、簡単なキッチンと、風呂とトイレへ通じる扉が並んでいる。


 遊乃は、制服のまま窓際のベットに横たわると、天井を見つめて大きなあくびをした。

 そしてリュウコは、そんな遊乃が寝転がっているベッドの縁に腰を下ろし、遊乃の顔を覗き込む。


「聞いてもよろしいですか」

「なにを」


「私はご主人様に、覇王の素質を感じています。世界を統一し、統べるだけの素質です。しかし、ご主人様はそんなものはいらないとおっしゃる。世界をすべて見て回る、世界制覇さえできれば、ほかは何もいらない。そう言っていますね」


「あぁ、間違いないな」

「世界制覇とは、そんなにいいものなのですか?」


 遊乃は、目を閉じ、まるで懐かしいものを眺めているような優しい表情になり、自分の夢を傷つけないよう、そっと話し始めた。


「地上はかつて、隆盛を極めていたそうだ。今では魔法と呼ばれる力を皆が持ち、どこへでも行ける世界だったらしい。……が、今は都市船から一生出ることのない人間が大勢いる。この世界で最も自由だった種族が、地上を奪われただけでこのザマだ。俺様は、生まれた時からずっとそう思っていた」


 そう、都市船は空に浮いているという関係上、飛行手段を持っていない人間は外へ出る機会がない。

 そして、文明が一度滅びかけてしまったから、飛行手段は大抵の場合、外交をする王族クラスでないと持てないのが現状。


「俺様は、もっと自由になれる。この世界で知らない物をたくさん見て、人生を、世界を楽しむ。一つ所にとどまるなんて、俺様はしたくない。王は留まらなくてはならないからな」


「……それが、ご主人様が覇王を目指さない理由、ですか。以前も簡単に説明されましたが、それは王としてのスタンスによるのではないですか?」

「バカだな。王になれば責任が伴う。それは重りだ。自由になるなら、荷物は少ないほうがいいだろ。俺は、俺以外の人間も自由であるべきだと思っているからな」


 だからこそ、遊乃は殺生を嫌う。

 死とは、永遠の束縛だ。自分だってそんな目に合うのはイヤだし、可能性を奪うという行為には嫌悪すらある。


「人生何が起こるかわからんから面白い。そして、何があるかわからないから、荷物は少なめにする」

「……なるほど、ご主人様は、風なのですね」


「あん?」


 遊乃は上半身を起こして、リュウコを見た。

 リュウコはなぜか、何を言っているのかわからないというような遊乃を見て、小さく唇を歪めて微笑んでいる。


「とても軽くて、どこへでも飛んでいく風。私、しっくり来ました。ご主人様は、風なのですね」

「……何を言っているか、よくわからんが。お前がそう思うなら、好きにしろ」

「ご主人様は、やっぱり自分に無頓着ですね」


 遊乃は、腹をさすり、ため息を吐く。


「そうでもないさ。俺はいま、とても腹が減っている。飯を食う事以外は考えられないほどにな。生きたいから飯を食う。リュウコ、飯を用意しろ」

「かしこまりました。お母様から教わったレシピを試したいので、買い物に行ってきますね」

「あぁ、そうか。今は食い物がなにもなかったんだっけな」


 遊乃は体を起こして、ベッドから降り、剣を机の上に置いた。


「なら、俺も行こう。どうせ暇だしな」

「かしこまりました、ご主人様」


 そう言って、二人は一緒に部屋を出た。


 これからどうなるのか、二人はまだ知らないが、決意だけは堅い。


 世界制覇という目的が、二人を繋いでいるのだ。

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