第10話『裏表のない言葉』

「ありゃ、あんた……どっかで魔法学んでたことあったのかい?」


 店主は、遊乃のデバイスを覗き込んで言うが、彼本人にはそんな覚えが微塵もない。


「そんなわけないだろうが。さっきおばちゃんも言ってたろ。魔法は討伐騎士か、王国守護の騎士じゃないと、覚えられないって」

「そこはいろいろと例外があって……じゃ、なくて。だとすると、なんでまたアンタ、そんなバカでかい魔法覚えてるんだい」

「そんなの俺が一番知りたいわ!! なんだこれは!」

「喚かない、喚かない。ちょっとデバイス貸してみな」


 遊乃は、店主にデバイスを渡す。


「いいかい、この魔法ブロックをタップすると、何の魔法かがわかるんだ。……あんたのバカでかいブロックは、どうも召喚魔法みたいだね」


 キャファーと契約を交わし、時空間短縮の魔法を使い、いつでも呼び出せるようにしておくのが召喚魔法である、

 これは他の魔法と違い、魔法ブロックの大きさが、契約したキャファーの力によって決まるのだが、強力とされるキャファーでも一〇ブロック。


 そして、魔法ブロックの平均値はおよそ五〇ブロック。

 

 遊乃は、その平均である五〇ブロックなのだが、四九ブロックを、たった一つの召喚魔法が独占しているのだ。


 この店主がその事情に疎かったからこそ、騒ぎにならずに済んでいるのだが、そんなこと、遊乃達は当然知る由もなかった。


「召喚魔法? 俺様が、いつキャファーと……」


 そこで、遊乃は気づく。契約なんて、あの時を除いて他にない、と。

 だから契約した相手である、リュウコを見ていた。


「……私との、契約?」

「まあ、そういうことになるだろうよ」


 遊乃は肩を落とし、店主からカードを受け取った。


「俺様は、どうやら魔法を覚えられんようだな」

「へえ! お嬢ちゃん、キャファーだったのかい!? 見えないねえ……」


 ジロジロと、リュウコを見る店主に、リュウコは思わず首を傾げた。なぜ自分がそんな目で見られているか、わからないからだ。


「な、なんでしょう、店主」

「いや、知性を持つキャファーってのは知ってるけど、まさかそこまで人の姿をしたキャファーがいるとは、思わなかったよ」


「……そう、なのですか」


 まるで、助けを求めるみたいに、遊乃を見るリュウコ。


「そんなもん、俺様だって、俺様一人だ」


 遊乃はそう言って、心底「くだらないことを聞いた」とばかりに、ため息を吐く。まだ遊乃への絶対的信頼以外、ほとんど記憶のないリュウコは「なるほど」と頷いた。


「……たしかに、それもそうですね」

「そ、そういうことじゃないと思うんだけどなぁ」


 思わず口を挟んだ琴音だったが、彼女にしても、リュウコがなんて些末な問題であったらしく、それ以上のことは口にしなかった。


「……いや、しかし困ったぞ。そうなると、俺様、魔法覚えられんのか?」

「うーん、そうだねえ。一応さっきから、消せないかやってみてるんだけど、どうも特別な魔法みたいで、消せないのさ」


 そうかぁ、と、言って遊乃は振り返り「あんがとなおばちゃん。魔法覚えられねえんじゃしょうがねえや」と言って、店を出た。


 店の前で、魔法を買う琴音を待とうと、腕を組み、近くの壁によりかかると、リュウコがついてきていて、遊乃の前に立った。なぜか、図らずしも、メイドに説教している成金のような構図になる。


「申し訳ありません、ご主人様。私のせい……ですね」

「あん? なにがよ」


 心痛極まるような、リュウコの表情に対し、なぜか遊乃はリュウコが間抜けなことを言い出したように、首を傾げた。


「いえ、ですから……魔法が使えないのは、私との契約が原因なのでは……」

「あぁ、その話か。別に構わん」


 退屈な話は聞きたくない、そう言わんばかりに、遊乃はあくびをして、リュウコの鼻をデコピンで弾いた。


「いたっ……?」

「別に魔法が使えないくらい、どうってことはない。琴音が使えるんだし、魔法がなくたって世界制覇はできる。それに、魔法使えるようになるか、一人のメイドを得るかなら、メイドの方がなにかと便利そうだしな」

「ご主人様……」


 なぜか、リュウコはいきなり、片膝をついて、遊乃に深々と頭を下げる。市場でメイドにそんなことをさせれば当然目立ち、周囲の視線を独り占めにしていた。

 自分がすごいことをして目立つのは好きだが、そんなことで悪目立ちするのは好きじゃないので、遊乃はとてもびっくりして固まってしまう。


「さすがです、ご主人様。一つ力を得られずとも、あるもので我慢する貧乏根性、それこそ王の器」

「俺様にはまったくそう聞こえんが……」


  バカにされているとさえ思うが、リュウコの表情は真剣そのものだった。ピクリとも表情を動かさず、遊乃をまっすぐ見上げている。


「いえ、王とは贅を尽くすものではありません、最善を尽くすもの。自分に使えるものでないと、勝負の場に持ち出せません。自分の力を、持っている最大の物を、一〇〇倍にも二〇〇倍にもするのが王なのです。やはり、ご主人様は」

「なんだかよくわからんが、とっとと立て。俺様は女をかしずかせて目立つ趣味はない」

「いえ、ご主人様が『魔法を使えなくてスネてるんだろうなぁ、可哀想だなぁ』と私が思っていたのを、許してくださるまで、立ち上がりません」

「お前、俺様のことを敬ってないだろ!?」


 リュウコは、立ち上がって首を振ると、遊乃の腰から剣を引き抜いて、自分の首にあてがった。


「おいッ!? なにやってる!」

「私は、ご主人様のために死ぬ覚悟があります。もしも私に不服なのでしたら、この剣で私の首を落としてください。そうすれば、私は死にますから」

「んなこと望んでないわ。それにな、俺は殺しが嫌いだ。殺しは未来を奪うこと。もし、俺が殺したやつが、将来すごい物を作ったりしたらどうする。俺の未知が、一つなくなるってことだ。世界制覇をするのであれば、最高の状態でするのがマナーだ」

「……マナー?」

「マナー! そう、マナーだ。食い物もそうだろ。美味いもんは、最高に美味い状態で食ってこそだ。ウチのトマトを食べたお前ならわかるはずだ」


 遊乃の言葉に、リュウコの口の中で、思わず唾液が溢れた。彼女も育てるのに協力した風祭印のトマトは、絶品だった。

 確かにそのまま、茎からもぎ取って頬張っても美味い。しかし、もっと美味しく食べる方法があるのなら、それをしないで食べるのは、食べ物に対して失礼だと、リュウコは自然に思っていた。


「……わかり、ます」

「そう。特に、トマトと違って、世界は一つだ。だから、より美味い方法で制覇する。だから、俺様はできるだけ殺しはしない。特にリュウコ、お前みたいに、俺の――……」


 そこまで言って、遊乃は、ふとすぐそばに気配を感じて、ちらりと横を見ると、わくわくしたように目を輝かせながら、二人をこっそりと見つめている琴音がいた。


「……なにしてる、お前」


 遊乃は、琴音の首に腕を回し、ぐいっと引き寄せて額をつけた。


「い、いやぁ……なんか、面白そうだなぁ、と思って……」

「ほぉ、それで?」

「なんかえっちなやりとりしてたし……」

「どこだ! どこにそんなやりとりがあった!?」

「あなたのために死にます、の辺り……」

「俺様は、たまにお前がわからん……」

「私は遊乃くんにそう言ってもらえる自分が、結構好きだなぁ」


 いつも遊乃に振り回されている琴音が、この瞬間だけは遊乃を置いていける。常に「遊乃が自分を置いてどこかへ行くのではないか」と考えている琴音にとって、遊乃を圧倒できるのはとても貴重な機会なのだ、


「遊乃くんといると、自分に自信が持てるなぁ」

「なんだかバカにされている気がする……」


 怒りを抑えるように、何度も首を縦に振っている遊乃だが、琴音はそんな彼なんてどうでもいいとばかりに、口元を押さえ笑っていた。


「違うよぉ。遊乃くんは、ちゃんと褒めてくれるからだよ」


 遊乃はその言葉の意味を、裏側を考えてみたが、さっぱりわからなかった。

 しかし、それも当然である。そもそも、遊乃が勝手にバカにされていると感じているだけで、琴音としては、別にバカにしている気などないのだ。


 ただ、いつも遊乃は、周囲に飾った言葉を言わないからこそ……。

 琴音は彼に褒められる度、嬉しくなってしまう。


 本人だけが、それを知らなかった。

 

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