第9話『魔法を覚えよう!』
イドの勝利を疑うものは、その場に一人もいなかった。
クラパスは、人類を救った立役者、トランフル・クラパスが開いた都市船だ。人口も他の都市船とは比べ物にならないし、何より強さを求めてあらゆる人間がやってくる。
年齢制限で分かれている大会ではあったが、そこには当然、才能に恵まれた少年少女がやってくる。その中でも圧倒的な強さを誇ったのが、イド・アンデルス。
正確無比な剣筋は、出場者を圧倒して見せた。
当然、討伐騎士としても将来を期待されていたし、入試でも素晴らしい成績を誇っていた。
その彼が今、頭から血を流して倒れているのだ。
教師が慌てて駆け寄り、イドの頭に手を添え、手から出る光をあてがい、回復魔法をかけている。
それを見もせず、遊乃はリュウコの元へ戻り、琴音へを見つけ、「よっ」と軽く手を挙げた。
「よっ、じゃないよ遊乃くん。入学早々、喧嘩?」
「あいつが売ってきたんだよ。な、リュウコ」
「まあ、最終的に買うと決めたのはご主人様でしたが」
「お前も買えって言ってたろうが!」
そうして、責任の擦り付け合いをしていると、三人の元へ、ハンマーを背負った教師がやってきて、小さく拍手をした。
「いや、すごいな。見事だった。君は、誰に剣を習った?」
遊乃は、そんな教師の言葉に、きょとんとした顔を見せる。いきなり知らない言葉を話されたような反応に、教師は一瞬、何を言い出すのか身構えた。
だが、遊乃の言葉は単純。
「独学だが」
と言って、遊乃はその話が終わったとばかりに「授業はどうするんだ」なんて、間の抜けたことを言い出す。
「い、いや、独学ってキミ……」
「なんだ? 学んでないから、学校に来たんだろうが」
言っている事そのものは、間違っていない。
確かに、知らないからこそ勉強をしに来ているのだが、教師である彼から見ても、イドの剣は冴えていた。それをまったくの素人が躱し続け、一撃で倒すとなれば、剣以外の鍛錬を相当こなした証拠である。
(まったく、今年の一年は怪物揃いだな……)
内心に笑いを隠すよう、こっそりとそう呟く。
そして、遊乃から後ろに立っていた生徒達に、手を広げて宣言する。
「さぁ、今日は説明だけだったが、思わぬ実技が入ってしまった! とにかく、私の授業は対人戦で戦闘のいろはを学んでいくものだ。今日はここまでにしよう。次の授業に行くもよし、ダンジョンに潜るもよし。あぁ、スキルカードを買ってもいいな。もちろん、休んでもいいぞ。それじゃあ、解散!」
その一言で、授業が終わった。
周囲の生徒達は、その場から離れるのを少し躊躇っている。遊乃に対して何か言おうか迷っていたようだが、先程の教師の言葉で用事が済んでいたのか、少し鈍いペースで続々とその場から離れていった。
「さて、私もイドくんを保健室に運ばねば。風祭くん、キミのことは覚えておくよ。どこまで伸びるか、楽しみだ。ぜひ、今後とも私の授業を贔屓にしてくれ」
教師もそう言って、イドの体を持ち上げ、肩に担ぐと、コートから出ていった。
残ったのは、遊乃とリュウコ、そして琴音の三人だけ。
「ところで、なんで琴音がここにいる?」
遊乃は、フェンスの向こうにいる琴音に対し、怪訝そうな目を向けた。
「そうだった。さっき、先生もちょっと言ってたでしょ? スキルカードの話」
「あぁ。それ、ちょっと気になった。なんだ、それ」
「ふふん。私は魔法の勉強をしに行ったから、一足早く、その話が聞けたの。すごく簡単に言うと、魔法を覚える為のカードなんだって」
えっへん、と慣れない動作で、ぎこちなく胸を張る琴音。大きな胸が、ぽよんと揺れた。
「なに、魔法が覚えられるだと?」
「そうっ。私は次回の授業までに、いくつか自分の魔法を覚えなきゃいけないんだけど、遊乃くんも覚えたいかなと思って、教えにきたの」
「そーかそーか!」
遊乃は、自慢の足ですばやくコートから出て、琴音の元へ向かい、乱暴な手付きで彼女の頭を撫で回す。髪がボサボサになるのも構わず、嬉しそうに顔を緩める琴音を見て、リュウコが「いつもこんなことしてるんだな」と察するのは難しくないことだった。
「えらいッ! さすが、俺様の自伝を書く執筆係だな」
「いやぁ、それほどでもぉ!」
「はぁ……なんなんでしょう、この人達」
リュウコも、背中から翼を生やし、フェンスを飛び越え、二人の元へ降り立った。
「よっしゃ! それじゃあ早速、スキルカードとやらを買いに行くか!」
スキップするような足取りで、その場の誰よりも楽しみだということを全身で表しながら、遊乃は校舎の方へ向かっていってしまう。
慌てて、琴音はそれを追いかけた。
「あぁー! 遊乃くん待って! 場所知らないのに勝手に行かないで!」
「やれやれ。ご主人様は、子供。覚えました」
呆れながらも、女性陣二人が、遊乃の後を追いかける。
普通の学校と同じように、龍堂学園には校舎の一階に購買部が存在している。
まるで学校の中に市場が存在しているというような風情をしており、開け放たれた入り口から見えるのは、それぞれの店に並んだ、冒険の必需品達だった。
周囲は生徒たちで賑わっており、皆が思い思いに買い物をしている。
たとえば、ロープだったり、戦闘を助ける補助アイテムだったり、あるいは保存食がその代表的なものだ。
「おぉ、これか!」
そんな中で遊乃は、いの一番に、購買部の一番手前側に存在する、スキルカードの店を見つけた。
スキルカードショップ『いのちづな』という、なんだか物騒な名前の店は、様々なカードが引っ掛けられている網状ラックが、いくつも並んでいる小さな店。
そこの店主であろうかという、ふくよかで優しげな笑みの中年女性が、遊乃たちに小さく頭を下げる。
「はい、いらっしゃい。おや、あんたたち、新入生かい」
店主は、薄いピンクのエプロンをしているが、その胸元に白抜きで『いのちづな』と書かれており、妙にシュールだった。
「おう、そうだ。なんでわかる?」
「わかるよぉ。魔法は討伐騎士か、あるいは王国守護の騎士じゃないと覚えられないだろ? だから、大体新入生ってのは、わくわくしながらここに来る。目がキラッキラしてるからわかるのさ」
「ほぉ……」
興味津々とばかりに、遊乃は近くの棚にあったカードを一枚取る。
そこには、簡単なイラストで剣を振り下ろしている白い人間の姿があった。普通と違うのは、一本振り下ろしているはずなのに、剣先が二本描かれている所。
そして、その下には『
「これなんだ?」
「あぁ、それかい? それは、一度だけ攻撃を二回分にする魔法だね。でも、あんたまだレベル一だろ? あんたに使えるのは、こっち」
と、遊乃がカードを取った棚の、反対を指差す店主。
「なんだそうか」
カードを戻し、その棚を見る遊乃。横から、琴音とリュウコも、棚を覗き込んでいると、突如店主が「あ、そうだ」と思い出したように手を叩いた。
「あんた達、デバイス出しな」
「デバイス?」
遊乃と琴音は、胸のポケットからデバイスを出した。
「それの、プロフィール画面の下に、魔法画面があるはずさ。それを出してごらん」
デバイスを操作し、言われた通りの画面を出すと、琴音は「あれ?」と首を捻った。
「なんですか、これ。なんか、魔法容量スロットってありますけど」
琴音のデバイスには、いくつもの四角いマスで区切られた、大きな四角が写っていた。
「デバイスはあんたらの脳と、魔法の力でつながってんのさ。カードをデバイスに読み込ませることで、魔法を覚えられるようになるんだが……そのスロットは、あんたがどれだけ魔法を覚えられるかの限界を示してるってわけ」
「へえー……なんか、結構覚えられそう……どうしようかなぁ」
と、琴音も楽しげな笑みで、カードの棚を見る。だが、ここで最も楽しそうにするはずの男が、なぜか渋い顔をしていた。
「どうされました、ご主事様」
さすがにおかしいと思ったリュウコが、遊乃の見ているデバイスを覗き込む。
するとなぜか、遊乃の魔法容量が、スロット一マス分を残し、すべて埋まっていた。
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